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僕がキノコを食べた日  作者: Eco-d
樹編 こんにちわのげぇむ
5/8

大前提として

三千字ほど追加しました

「まさかチャミィ、私の攻撃に耐えられるだけの体力を手に入れたと言うの!?」


 チャミィはそれに対して片頬を吊り上げてみせる。グランディはそのニヒルで気取った様子に、思わず歯を食いしばった。


 確かにそれなりの時間をかけてトレーニングをすれば、各ステータスを上昇させるのは可能である。


 しかし他のキノコ族と比べてしょっちゅう戦っているチャミィとは、前回の対戦からそれほど期間が経っていない。それほどの短期間で劇的に成長するのはそう簡単なことではない。


「ふふん」


 いったいどういうことなのかと考え込む樹の隣から、人を小馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。ヨウコである。


「ヨウコ、チャミィのあの変わり様はいったいぜんたいなんなのさ。もしかしてドーピングでも使ったの?」


 そう言ってから、樹は軽く笑った。軽い冗談である。そのままチャミィは流すとでも思ったのだが、そうはならなかった。


「ドーピング……確かにそれも間違ってはいないよ。そもそも樹は疑問に感じなかったのかな。チャミィが四マス移動出来るところを、わざわざ三マスしか動かなかったことに」


「どういうこと?」


 てっきり待ち伏せのためかと思っていたのだが、この言い方からすれば違うのだろう。ならばとしばらく考えてみるが、それらしい理由を予想することは出来なかった。


 樹は降参だとばかりに両手を上げる。彼女は無駄に仰々しくうなずいてから口を開いた。


「あれはしなかったんじゃなくて出来なかった(・・・・・・)の。根本的に考えて、二週間程度で上げることが出来るステータスは誤差の範囲でしかない。だからこそ自身の強みである移動能力を削って、その分を体力につぎ込んだってわけ」


 なるほど、つまり『バルーンシステム』を利用したのだろう。これは確かに上手く使えば強力な武器になるが、扱いづらい上に使用する時の制限が大きすぎて安易に手を出すことが出来ない。


 そしてその『バルーンシステム』の効果は非常に簡単なもので、ステータスをある程度自由に変更出来るというもの。例えば攻撃力を一定値下げたら、その分体力を増やしたり。


 しかし能力値を下げたからと言って、他の要素を同じ分だけ増やせるとは限らない。それぞれにも価値があるのだ。その中でも移動能力はずば抜けた価値があると言える。


 つまるところ移動能力を一つ減らしてしまえば、体力を数段階も成長させることが出来る。逆に言えば、移動能力を一つ増やすためには少なくない体力、攻撃力をつぎ込まねばならない。


 樹はふうむとため息をついた。そしてヨウコとの会話を終わらせて、グランディたちの方に視線を向けた。


 彼女たちも会話を交わしてるようだった。内容からして樹たちと似たようなことを話してたのだろう。


「へえ……バルーンシステムだなんて。あなたも思い切ったことするのね」


 グランディはどこか感心した様子、それからだけどと付け加えた。


「攻撃力はそこまで上げてないんでしょ? だったらたかだか一回程度の攻撃はなんともないよ」


 ターン制が基本のパニパニでは、一ターンに行動出来るのは一つのユニットのみ。本体の意思で攻撃を決定出来るのも、一度までである。


 しかし、攻撃時に自分のユニット同士が隣接している場合はその限りではない。


「――確かに一体だけでは、到底あなたの馬鹿みたいに豊富な体力を削り切ることは出来ないわ。だけど複数体による同時攻撃ならどうかしら」


 チャミィは不敵に笑う。一見するとチャミィが優勢のように思えるが、グランディは余裕をにじませて嘲笑した。


「確かに一斉攻撃なら、単体の攻撃よりもはるかにダメージが上昇する。だけど隣接している敵のユニットを攻撃する時は、そのターンは移動出来ないっていうルールを忘れていない?」


 それは至って基本的なものであり、パニパニをたしなむ者なら誰でも理解しているルールの内の一つ。それを忘れたのかと訪ねることは、ある意味侮蔑や挑発であると言えるだろう。


 それにも関わらずチャミィの表情は崩れない。そこでようやくグランディは笑みを引っ込めて、閉じたままの目尻を訝しげに下げた。


「あなたの目は節穴なのかしら。私の前にいる分身を何だと思っているの?」


 右手で眼前のマスにたたずむユニットを示し、チャミィは高笑いした。


 グランディはその分身のお腹当たりに表示されている体力ゲージに目をやる。そして体力が半分であることを確認し、それと同時に目では見えない攻撃力も半分ほどまで低下していることを確信してから、チャミィのあやふやな真意を確実にするために口を開いた。


「……そいつはターンを消費するために作った分身のはず。その証拠に、私に有効打を与えるほどの攻撃力は保有していない」


「確かにそうね。でも起爆剤(・・・)として活用するのなら、攻撃力は不必要ではないかしら」


 はたしてチャミィの前方で喋らずにたたずんでいる分身は、彼女たちの話を少しでも理解していたのだろうか。いや、理解どころか思考すらしていないはずだ。


 いくら本体とそっくりな容姿、体格を持っていたとしても、所詮は胞子によって生み出されたただの人形。


 感情など欠片もないはずなのだが、同胞たちを攻撃して一体の仲間を葬ったグランディの分身に一歩、また一歩と歩み寄っていくチャミィのユニットは、どこか得意げに見える。


 そこでグランディはようやく何かを悟ったのか、彼女が息を呑むのが遠目からでもはっきりとわかった。


 それを見て満足げに微笑んだチャミィは、気取った様子で手を叩く。


 見ると、チャミィの目の前にいた分身は、いつのまにかグランディの分身の前に場所を移していた。


 またグランディの分身を囲うようにして立っている。これではさっきの繰り返しでしかない。


 違うところといえば、今度はたった一度の攻撃で全滅すること、それとチャミィが攻撃する番だということだ。


 そしてチャミィの手拍子に合わせ、陣の真ん中に立つユニットが足踏みをした。そして手のひら同士が打ち合わされて鳴り響く音に合わせて、彼女とそっくりな分身の動きも変化していく。


 素早く手を叩くなら、ステップも激しいものに。リズミカルに音を鳴らすのなら、同じくテンポよく地面を蹴っていく。


 チャミィが緩急をつける度に足踏みは変化していき、そしていつの間にか、分身の動きはさながら踊りと呼べるものになっていった。


 樹がこれを見るのは初めてではない。前にも何度か眼にしたことがある。しかしその感動が薄れることはない。樹は意識をとられ、激しくも可憐な踊りをぼんやりと眺めた。


 そのまましばらく意識と視線を向けていると、分身が地面を蹴る度に、足と土の間から少量の胞子が舞うことに気がついた。それは次々と増えていき、いつしか周りのマスを覆い始めた。


 一見煙にも似た胞子の塊が、表情を浮かべることなく静止していた別のユニットの足に触れると、何かに弾かれたかのようにステップを始めた。


 そしてステップが伝染し、計三体のユニットが全く同じ動きで踊り続ける。

 グランディが生み出した、無表情で直立したまま動かない分身を囲み、三体のプリン頭のユニットたちが表情をぴくりともさせずに踊り続けるさまは、さながら儀式のようだった。


 非常に不気味である。 宇宙人なんかが呼ばれたりしないだろうか。


「い、いつ見ても怖いな……。せめて笑顔で踊ってくれたらいいんだけどなあ」


 樹の隣で、ヨウコが怯えたように肩を震わせながら呟いた。


「死にきった目の笑顔を見たいと思う?」


「うっ……。それはそれで怖いかも……」


 その狂気じみた光景を想像したのか、ぶるりと肩をひときわ大きく震わせた。


 そんなくだらない会話の最中にも、地面を軽やかに蹴る音は鳴り止まない。分身たちの足下をおおう胞子は更に増え、とうとうグランディのユニットの膝ほどまで埋め尽くした。


 チャミィの分身とは違い、一切胞子の煙を吸収しない。むしろ身体を駆け上がり、絡みついていっている。そしてしばらくすると、ぶ厚い煙がグランディの分身の首ほどまで到達した。


「いつもの三倍……いえ、五倍くらいはありますわね」


 チャミィはぼそりと呟く。人数で考えたら発生する煙は三倍弱なのだが、同時攻撃によるダメージボーナスのおかげだ。二体による同時攻撃だとたかが知れているが、三体同時ともなるとダメージの上昇量ははるかに多くなる。


 もし四体を越えるのならば、それは凄まじい威力を発揮する。しかし対戦相手が格下の時など、よっぽど油断をしている状況でなければ二体を上回る同時攻撃というのは非常に稀であるため、滅多に見れるものではない。


 付け加えれば、今回のチャミィによる三体同時攻撃もレアケースと言える。グランディの余裕がなければ決して成立しなかったことだろう。


 やはりその難易度に応じて、攻撃を受けているユニットの顔をすっぽりと包む胞子の煙はいつもと比べて一回りほど大きかった。


「準備は整いましたわ」


 手を叩きながらもチャミィの頬が嫌らしくつり上がる。勝利の宣告とも言える呟きが聞こえたのか、グランディは忌々しくうめいた。


 彼女の三体の分身たちが足を止めることはないが、胞子はもう出ないようだ。


「――さあ踏み抜きなさい」


 その言葉をきっかけに分身たちの足踏みはさらに激しさを増した。地面に伝わる振動はかすかなものだが、どこか地震を思わせる。そしてその比較的穏やかな揺れは、グランディのユニットに静かに牙を剥いた。


 けれどと言うかやはりと言うか、その平和な振動は全身を包む胞子の煙に波を立てるだけ。その様子を見ていると、これが五倍の攻撃力なのだろうかと不安になる。


 しかし一〇秒も数えれば、その不安は興奮へと変わっていく。胞子の塊は徐々に赤熱していき、しばらくして焦げ臭さと共に煙が立ち昇ったのだ。


 樹は座ったまま上半身を精一杯乗り出し、赤色をした不思議な煙を食い入るようにして見た。どこからどう見ても発熱している、それもかなり温度が高そうだ。もしかして一〇〇度を越えているのではないだろうか。


 どうやってあれだけのエネルギー量を生み出したのかと一瞬頭を悩ませるが、恐らくあのステップに秘密があるに違いない。俗に言う共振現象でも引き起こしたのかもしれない。


 現実的に考えたらあり得ないが、これはゲーム。ある程度の物理法則は無視しているのか。


「くっ……」


 プレイヤーであるグランディには物理的な影響がないのだが、視覚からただならぬ熱を感じてこめかみから一筋の汗を流した。


 その汗が地面にぶつかって弾けた時、最後にひときわ大きな音を鳴らしてチャミィの手拍子が止まる。


 そしてその音に呼応して、分身たちは全く同じタイミングで動きを止めてから足を高く上げ、地面を踏み抜かんばかりの勢いで思い切り踏み込んだ。


 爆発と聞き間違えんばかりの爆音が場を埋め尽くし、いっぱいになった空間のすみに追いやられるかのように赤い煙が小さくなった。


「――『魅惑的な舞踏会(ダンスチャーミィ)』!!」


 妙にシャレた決めゼリフをトリガーとして、圧縮された胞子の塊は自由を求めた。


 ――つまり、弾け飛んだ。


 樹の耳は数秒近く使いものにならなくなる程の打撃を受け、三半規管をやられたのか吐き気が込み上げてくる。体調に異常をきたしながらも必死の思いで爆心地に視線を向ければ、三人のチャミィの中心からは轟々と炎が揺らめいていた。


「ふふふ、とうとう私の勝ちが決まりましたのね! 今までずっと順位をひっくり返せないままでしたが、今日はあなたの体力ゲージを削り切ってみせますわ!」


 チャミィは得意げに胸を張った。まだグランディ本体には少しも傷をつけてはいないが、現状の戦力では明らかに優勢。このままいけば恐らく、彼女が三時のティータイムで食べるケーキはさぞかし美味しいものになるだろう。


「あはははは! 喜んでいるところに水をさすようで悪いんだけど、チャミィの勝利が決まったわけではないでしょ?」


 戦力比が崩れたというのに、グランディは高らかに笑う。その様子はぬか喜びしている間抜けを嘲笑するかのようだ。


「何を言っているの? 数の上では私の方が一体多いの。前回の勝負では同数でやって僅差でしたわよね。つまり、この状況なら私が断然有利ですわ!」


 確かに視認出来るユニットはグランディが二体、チャミィが三体だ。小さな差に見えるかもしれないが、長期戦を得意とする彼女にとっては十分なハンデである。


 しかしグランディは快活に笑った。彼女は自らの勝利を信じてやまない。


「さっきチャミィが言ったんだよね、私の体力は莫大だって。いい? 私はきのこの一族の中でも随一の体力と攻撃力を持つきのこなんだよ」


「はあ……?」


 何を言っているのか、グランディにそう問いかけてみようとするが、一陣の風が吹き抜けた事で状況は一変した。


 爽やかな春風は、未だに激しく燃え盛っていた炎を消し飛ばす。その跡地には瀕死ではあるが、白い頭のユニットが堂々と立ち誇っていた。


「そ、そんな……!?」


 動揺するチャミィを見てグランディはにやりと口元を釣り上げる。


 そして指が鳴った。彼女の手から響いた音に応じて、瀕死のユニットは自身を囲む三体の分身のど真ん中に、固く握りしめた拳を叩き込んだ。


 もともと瀕死になっていた三体のユニットは、いとも簡単に体力ゲージをからにした。空中にはきのこ族三人分の胞子が舞い、ゆったりと空をたゆたった後四散して消えた。


「わ、私の負けですわ……」


 グランディの駒は三体、対してチャミィの駒は〇。勝機は少しも残っていない。だからだろうか、彼女は勝ち気な目元を歪ませてがっくりと肩を落とした。


 樹の隣でヨウコが長々とため息をついた。ちらりと視線を向ければ、なんだか少しだけ残念そうに見える。そう言えば彼女とチャミィは仲が良いんだっけ。


 ヨウコは樹の視線に気が付くと、がちがちのくせっ毛を撫でてどこか鹿を思わせる顔でニヒルに笑った。


「今の試合、どうだった?」


 チャミィの敗北には既に慣れているのか、ネガティブな感情はそこまで大きくなさそうだ。彼女は勝負に釘付けになっていた樹に問いかけた。


 ヨウコをぼんやりと眺めていた樹は、先ほどの試合を思い起こす。それから簡単な感想を口にした。


「決めゼリフって恥ずかしくないのかな」


「気になったところはそこなの!?」


 クールなヨウコにしては珍しくのりのりなツッコミである。彼女はすぐに我に返り、羞恥に頬を赤く染めた。


 そんな彼女を尻目に、涼やかな風が樹の柔らかいくせっ毛をふわりと揺らす。


 退屈な樹の日々にしては珍しい、ひどく満ち足りた昼下がりだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

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