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僕がキノコを食べた日  作者: Eco-d
樹編 こんにちわのげぇむ
2/8

突き抜けた青空の下、彼女たちは笑う

私事が終わったので、これからは二日に一回ほどのペースで投稿します

 清々しい青空の下、暖かな春風が吹き抜けた。陽気な日差しのおかげで、Tシャツを一枚しか着ていなくても不自由はない。まさしく小春日和といった天気は、少し前まで外を歩くのにコートが必要だったとは信じられないほどだ。


 そして縁側にごろりと寝そべり、黒いショートパンツから覗く素足を庭に投げ出した(いつき)は、うららかな春の空をぼんやりと眺めた。

 家を囲う塀の外から子供たちの笑い声が聞こえた。かん高い悲鳴にも似た叫び声は、やかましくも微笑ましい。近所に住む小学生だろう。


 子供たちの声を耳にした樹は、ゆっくりとため息をついた。別に子供が嫌いというわけではない。むしろ好きな方だ。


 しかし現在のこの憂鬱な状況に活路を見出だせない自分に対して、その無邪気な様子は羨ましくもあり、たまらなくうっとうしい。


 樹は鳥たちが悠々と羽ばたいている大空を仰ぎながら、茶色がかった髪を押しのけてぽりぽりと頭をかいた。くせっ毛じみた短めの頭髪は、樹の手の甲を優しくくすぐった。


 頭が痛い。これは間違いなく曇り空にも似た樹の心が原因だ。負担を少しでも減らすためにも、いっそのこと気のせいだと切り捨てたい。


 ついでに言えば、胸も痛い。しかしこれは精神的なものではない。そのため気のせいだと切り捨てることは、とてもではないが出来そうにない。


 樹は重たい頭を少しだけ起こして、自身のお腹辺りにまたがった少女に思い(わずら)いながら視線を向けた。


「――ひどいよ……。わ、私のことをどう思うのは樹の勝手だけど、よりによってカビのお化けだなんて……」


 悲哀にまみれた声音で(ささや)き、その少女は閉じたまぶたの端から涙をこぼし、樹を睨んだ。ひとみは見えないが、まぶたが開いていたら恐らく樹に鋭い視線を向けていたのだろう。迫力なんかはこれっぽっちも感じないが、胸に満たされた罪悪感からか、思わず息をつまらせた。


「だ、だからごめんって謝ってるじゃないか……」


 樹はあたふたとしながら、呻くようにして声を上げた。押し寄せる罪の意識でそろそろ心が張り裂けそうだ。さらに言えば、ちょっとだけ泣きそう。


 お腹にまたがった少女は先ほどからちっとも変わらず、その小さな可愛らしい拳で樹の胸をぽかぽかと叩いている。すごい痛いわけではないが、数も数なのでじんじんとした痛みを感じる。

 いっそのこと払いのけてしまいたいが、その行為で気分が晴れるならと、樹は黙って受け入れていた。


「うっ、うぐっ。わ、私は間違いなくキノコ族なのに……」


 少女は胸を叩く手を止め、樹に身体を預けた。樹は慰めの言葉をかけながら少女の頭を撫でた。


「確かにそうだよ。君は確かにキノコで、間違いなくキノコ族の少女だ」


 少女は小さく身じろいだ。もう怒ってはいないようだ。樹はほっと一息つきながら少女の頭をもう一度撫でた。


 手のひらの下にある少女の頭は白くつんつんとはねている。ついでに言えば、いくつかの毛先は茶色みを帯びていた。


 少女はキノコであり、樹の知識によれば菌類に分類される。しかしその様相はどこか、同じ菌類でもカビに見えないこともない。


 安心によってぼんやりと弛緩した思考に、少女と出会った時と同じことが浮かび、樹は慌てて頭を振った。


 そんなことを考えてうっかりと口に出してしまったら、目も当てられないことになるに違いない。いっそのこと忘れてしまいたいと切に願うが、少女の頭がカビに似ている事実はどうしようも出来ない。

 これは一緒にいる限り付き合っていかないといけない問題なのだろう。


 少女は今もなお、樹のお腹に陣取っている。普通の人間なら重くて仕方がないだろうが、幸いキノコの妖精だけあって小さい上にとても軽い。


 二人が並んで直立してみても、少女は樹のひざ丈ほどまでしかない。まさに小人と言っても差し支えないだろう。


 そこでふと少女は顔を上げる。少女の額から生えた、二本の茶色い角がふるりと揺れた。


「落ち着いた?」


「うん……。あの……樹。変なことで怒っちゃってごめんね」


 さっき誰かの胸を激しく叩いていた時とは違い、顔をほのかに赤らめている。樹はくすりと小さな笑い声をもらした。


「僕は全然気にしていないよ、グランディ」


 グランディは満面の笑みを浮かべ、顔を輝かせた。


 しかしすぐにむっとした様子になると、大きく跳ねて腹の上に着地した。樹は思わず目を(しばたた)かせ、グランディをまじまじと見つめる。


 茶色いブーツで足を包み、両肩を大きく露出させた白いドレスに身を包んだ彼女は、樹の顔をぴしりと指差した。


「いつも言ってるでしょ。なんで自分のことを『僕』って呼ぶのよ。それじゃあまるで男の子みたい」


 グランディは肩をすくめてため息をついた。心底呆れたとでも言いたげである。

 樹は乾いた笑い声をあげて苦々しく笑った。笑みを形作った口元からは読み取れないが、少しだけ気に触ったようだ。


「あのねえ……、男の子みたい(・・・)って失礼じゃないか。みたい(・・・)も何も、僕はれっきとしたお――」


「あ」


 少しだけ熱を帯びながら説明していた樹だが、興味なさげなグランディが妙な声を上げたことで熱をなくしてしまう。流石にもう一度呼びかけてまで語る気にはならない。


 仕方なしと言ったばかりに、グランディが見つめている方向に視線を向けた。どうやら彼女は庭の隅っこを熱心に眺めているようだ。


 すぐにはわからなかったが目を凝らすと、手のひらほどの何かがぴかぴかと光っている。樹はそれを見て鼻を鳴らした。


 しばらくして光が消えると、そこには小さな人型がうずくまっていた。


 樹はちらりとグランディを見て、もう一度庭の隅っこに視線を向けた。しばらく前までなら腰を抜かすほど驚いていたが、今はもう見慣れた光景だ。間違いなくグランディと同じキノコの妖精とやらだろう。


 庭の隅っこの人型はすっくと立ち上がると、樹たちに向けて勢い良く駆け出した。未だに樹の腹の上にいるグランディは、近付いてくるそれに向けて大きく手を振った。


「ヨウコ! こっちこっち!」


「グランディ!」


 ヨウコと呼ばれたキノコの妖精はぴょんと大きく跳ねて、縁側の上に着地する。ヨウコが履いたハイヒールのせいか、かつんと音がした。


「やっぱりこっちに居たんだ、探したよ」


 ヨウコはぶんぶんと頭を振った。頭から生えた鹿によく似た二本の角が空中で荒ぶった。激しい動きに関わらず、その真っ白な髪は全くと言ってもいいほど乱れない。


 それもこれも、樹とは比べものにならないほど強烈なくせっ毛のおかげだろう。ヨウコは着込んだ執事服のおしり辺りからはみ出た羊みたいな体毛をはたき、どことなく鹿を思わせる顔を樹たちに向けてにかりと笑った。


「やあヨウコ、ようこ(・・・)そ」


 樹は自分で言ったにも関わらず、思わず噴き出してしまう。ヨウコはむっとした表情で樹は睨んだ。


「あのさあ樹……、そのしょうもないだじゃれを言うのは構わないんだけどさ、自分で笑うとか馬鹿にしてんの?」


「鹿だけに?」


「ぷふっ!」


 樹のダジャレにも似た返答に、今度はグランディがこらえきれずに小さく笑った。

 ヨウコは二周り、下手したら三周り以上大きいグランディに鋭い視線を向ける、睨まれたグランディは笑顔を引っ込めて目をそらした。


 そして来て間もないと言うのに、疲労感を存分ににじませながら大きくため息をつく。ヨウコは心底面倒臭そうに口を開いた。


「あのねえ……今日私が来たのは、遊び目的だけじゃないの」


 ほらと、ヨウコは庭の隅っこを指差した。樹たちは示された通りに顔を向けた。


 そこには先ほどと同じように小さな何かがぴかぴかと光っていた。どうやら再び来客のようである。

 そして光が消えると、これまたヨウコと同じように樹たちの方に向かって歩みよってくる。ただしヨウコとは違い、ゆったりと歩いている。


 それの姿が明らかになるとグランディはうめき声を上げ、ヨウコに顔を向けた。ヨウコはどうしようもないとばかりに肩をすくめる。その様子を見るに、彼女にとってあまり都合のよい相手ではないのだろう。


「ここにいましたのね、グランディ」


「チャ、チャミイ……」


 チャミイはきらびやかな服をはためかせ、それから頭頂部は黒いがそれ以外は黄色いという、プリンによく似た髪を撫でた。


 そして堂々と胸を張って、グランディをぴしりと指差す。彼女は大きく息を吸って声を張り上げた。


「グランディ! いいえ、第八位! あなたにパニパニ(・・・・)を申し込みますわ!!」


 チャミイの挑むような言葉の後には、しばらく沈黙が残った。


 樹が最近知った言葉、パニパニこと『パニルール・パニリティ』。はっきり言って樹にとっては単なる遊戯にしか思えない。

 だがこれは彼女たちにとって非常に特別な意味を持ち、キノコ族にとって神聖な儀式とも言えるゲームなのだ。


 もしかしたらこの感情は不謹慎なものなのかもしれない。しかし樹の心はとびきり踊った。

 これから行われるゲームによる心理戦、それらのやりとりが、樹にとってはどうしようもなく楽しみなのだ。

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