#4 レッドゾーン
そこは、静まり返ったホール。
口を開いたダイバーたちは、「ピー、ピー」と妙な機械音を発していた。
カイネンは一カ所に固まったストライカーたちを見回すと、重々しく口を開いた。
「二人の、死んだところを見た奴は居るか」
手を挙げたのは、ミザンツェ。
彼は眼鏡をかけ直し、その場で立ち上がった。
「わ、私は、ハロウズと、一緒でした・・・。ハロウズ・ドルクです。あの、難民たちと行動し始めて・・・、大体2時間経ったぐらいです。その、具現装甲機と出くわしました」
彼は眼鏡を幾度かかけ直すが、その手は寒さのせいか、ひどく震えていた。
「ハロウズは、恐らく上司だと思ったんです。ストライカーの・・・でも、次の瞬間には、ハロウズは殺されました。心臓を、手で貫かれて・・・その後、私は、怖くなって、逃げたんです。他の難民たちも置いて、逃げたんです・・・」
「それ、マズくないか?」
口を開いたのは、黒髪でオールバックの、高身長の男だった。
「あ、俺はユーロ・キロユースってもんだけどよ。護衛対象を見失ったんだろ?それってかなりマズいんじゃねえのか?」
「え、ど、どうして・・・」
「いや、どうしてって言われても、・・・だって、多分ソイツら殺されたと思うぞ。その具現装甲機に。お前、処罰とか受けるんじゃ・・・」
「い、いや、だって、私だって、必死だったんだぞッ!!!お前、いきなり訳も分からない敵が襲ってきたら、対応できるのかァッ!!!?」
「そりゃ無理かもしんねぇけど・・・」
カイネンは取り乱したミザンツェを押さえ、近くに居た男子に「彼を自室に戻してくれないか?」と頼んだ。ミザンツェはその男子と共にホールを出た。
「ユーロ、お前は何かあったか?死んだもう一人のヤツについてとか」
「ん、俺か。えーっとよー、俺は運良くその"敵"とは遭遇しなかったから、難民たちと話してたよ。あ、あと、もう一人はタンブルックってやつらしいんだけど、アイツも俺同様で単独での任務だったらしいな」
「タンブルックについては、分からず終いか。難民とは、どんな話を?」
「そーだなー、何か、俺は二人連れてたんだ。一人はテルス、もう一人はウラノスの奴だったよ。どうも、あまり裕福そうではない奴らだったね。かなり安い家賃で住める『宿舎』が建てられるっていうから、その間、AQ-SP338351の人間の脳内に住まうことになったんだと。全部、領邦が行ってるプロジェクトなんだとサ。で、俺たちはソイツらの護衛を任されてんだと」
ストライカーたちは周囲と顔を見合わせ、「そんなの初耳だ」と言わんばかりの顔を浮かべた。
「有り難う。それじゃあ・・・この中で、"敵"と戦った奴は居るか?」
「ハイハイハイ!!!ここに!!!」
威勢良く手を挙げたのは、金髪のショートヘアの女子だった。
「話してもらえるか?」
「ハイハイハイ!ホラ、ドゥーリン、立って立って!」
立ち上がったのは、肩まで濃い茶色の髪を伸ばし、片目を前髪で覆い隠した女子だった。
背丈は、カイネンと同じく175cmから180cmはあった。
「フゥゥー、めんどくさ。何で手ー挙げたんお前」
「みんなの為じゃん!!ホラ、トークトーク!!」
ドゥーリンは頭をガリガリと掻くと、ため息を吐いた。
「あたしはドゥーリン。この金色チビがルナ。よろしく」
「よろしくよろしくー!!」
カイネンはドゥーリンに戦闘についての説明を促した。
「フゥゥー、何だっけ。ああ、そうそう、具現装甲機は一体破壊しました」
ざわめくホール。異口同音に「マジかよ」だとか「すごい」という声が上がる。
「こんなんでいいん?」
「ああ、全然よくないな。何か、指南とかはあるか?それか、"敵"についての・・・」
「皆無。具現装甲機で襲ってきたから、迎撃した。それだけ」
カイネンはドゥーリンの修学社時代の成績を思い出していた。
筆記などの成績は非凡であり、格闘技術に関しても高い成績を残していた。そのため、毎年Bランク部屋であった。
「そうか。また何か思い出したら教えてくれ」
「多分無いわ。アタシ寝るからね」
そう言うと、ドゥーリンとルナはホールを後にした。
「あの、発言させてもらっていい?」
挙手し、カイネンが「ああ、いいぞ」と言うよりも前に立ち上がった男が居た。
レイル・レイ。
「一つ、面白い発見をしたからね。伝えとくよ」
レイルは一度咳払いをし、周囲を見渡した。
「僕とグラノッチは、行動している最中、グループαのヒスとナークを見た。AQ-SP338351は僕らが勉強した通り、僕らの居る惑星のユグドラシルの5倍の表面積を持つ。無制限にスポーンしたとするなら、ヒスとナークに会うこと自体とてつもない確率だ。僕らは、恐らく決まった範囲内で、スポーンしている。次もそうなるとは言い難いけど、もしそうであれば、・・・緊急事態の際、応戦するってことが可能になるかもしれない」
それは、一つ、朗報であった。
僅かでも、根拠が曖昧でも、朗報であるには変わりなかった。
「それぐらいだよ」
「いや、感謝する」
カイネンは、その男の中にある"何か"を見つけ出すことができなかった。
とても不安定で、安心できないものがあると、カイネンは踏んだ。
「それじゃあ、俺からも報告させてもらう。俺も敵と対峙した。ニ体とやり合った。うち一体を逃し、もう一体は自爆した。自爆のシステムは、恐らくギミックによるものだろう。建物は半壊したが、俺が具現装甲機を解除する時に、壊れた物は全て修復され、元あった位置に戻っていった。AQ-SP338351の人間たちはそれを認識してはいなかった。そのシステムに関しては不明だ」
カイネンはそれを言い終える際、意図せずアイエスの顔を見た。
その話に釘付けになっていた、というわけでもなく。
ただ何か、不快なものをカイネンは感じ取った。
「じゃあ、他に何か言いたいことは・・・」
「ある!!」
立ち上がったのは、褐色の肌に、琥珀色の瞳を持つ男。
一目で、テルスの血を強く受け継いでいると判断できた。
「グループβのオーラン・ウルフスキンじゃ。儂はなァ、腑に落ちんのよ。グループγは、何のために居たんじゃ?」
男は近くに居た女子の胸ぐらを掴みあげた。
「お前は、確かグループγじゃろう?儂らが戦っていた時、何をしていた?」
「え、あたしは、別に・・・」
「何をしていたァ!!!」
カイネンがすかさず間に入った。
「よさないか。グループγは、何の指示もなかった。戸惑うのは当たり前だ」
「クソ、コイツらが、コイツらが戦っておったら、タンブルックは死ななかったんじゃ!!クソ、役立たず共がァ!!!」
オーランは頬を伝う涙を拭い、ホール内に響きわたる大音声で叫んだ。
「約束しろッ!!次の任務で、お前たちグループγは、何が何でも戦闘に参加しろッ!!!」
「は、ハァ!?何言ってんだ!?」
「もう誰一人として死なすな!!いいかッ!!」
そう言い残すと、オーランはホールの扉から出ると、力一杯扉を閉めた。
「何だアイツ・・・」
「そりゃ友人が死んだのは可哀想だけど、戦闘は強要すんなよ・・・」
「でも、次参加しなきゃ面倒だな、アレ」
「いやいや、俺たちはダイバーに入っても接続されるかどうかも分かんねえぞ」
カイネンたちは、ストライカーたちの間に出来つつある溝を悟った。
「これが、後々、足を引っ張ることにならないといいけどな」
*
「イラ君!」
自室へ戻ろうとするイラを止めたのは、アイエスだった。
「え!あ、え、アイ、エス・・・さん?」
「良かった、これから自室に戻るところ?」
「え?お、おう、・・・いや、うん・・・」
動揺を隠せずにいるイラに、アイエスは一方的に言った。
「頼みがあるの」
「え、・・・頼み?」
「えっとね、カイネ・・・」
「俺がどうかしたか?」
二人が、声のする方角へ振り返った。そこに居たのは、ほかでもないカイネンその人だった。
「どうした、豆鉄砲モロに食らった鳩の顔してるぞ、お前等」
「・・・」
アイエスはゆっくりとそこから後退すると、「やっぱいいや。バイバイ」と告げ、二人に背を向け走り出した。
「待て」
カイネンの声に止められ、アイエスは笑顔で振り返った。
「どしたの?」
「さっき、お前の報告だけ聞いてなかったんだが。お前も、具現装甲機で・・・」
「いや、防衛体勢に入ったってだけの話!ガチなやり合いはやってないよアタシ!」
「・・・そうか」
「アタシ、眠いから、部屋戻るね」
アイエスは足早に、突き当たりを駆け抜けていった。
その様子を見たイラは、カイネンの様子がおかしいことに気づいた。
「なんか、・・・今朝と比べるとマシだけど・・・なんかやっぱ神経質だな?カイネン」
「イラ、俺の部屋に来い」
「え?」
「俺は神経質なんかじゃない。冷静だ。だからこそ、この様子だ」
「そりゃどういう・・・」
「来い。五角形マイナス筆記用具、それとキャッシュだ」
「は、はぁ!?何語だよそれ!」
「いいから」
イラはカイネンの言うがままに、イラの自室とは反対方向に歩みを進めた。
相変わらずの殺風景な部屋に訪れたイラは、カイネンのベッドに座り、そしてそのまま上体をベッドに預けるように倒れ込んだ。
「話って?」
「アイエス・ラヴは信用するな」
その言葉は、少々エッジがきいていた。オブラートも何もない、ストレートなカイネンの言葉だった。
「その心は?」
「底が見えない。何かを企てているのは明白だ。あまり近づかない方がいいだろう」
「また漠然としてんな・・・」
「お前がアイエスに気があるようだから言っているんだ」
「・・・え?」
「俺は心配しているんだ」
「待て」
「だから、近づくな」
「いや、だから」
「何だ」
イラはベッドから離れると、壁にもたれ掛かり、深呼吸をした。
「・・・気づいてたの?」
「お前はすぐ顔に出るんだよ」
「マジ?嘘ォ」
「本当だ」
イラは赤面した顔を手で覆い隠し、「ふぅぅん」と小さく呻いた。
「あと、アイエスに話しかけられると、必ず『えっ』と拍子抜けな声を最初にあげる」
「よく観察してるね」
「心配してるからこそだ」
カイネンはベッドの隣の小さな棚に設置されたメモ用紙を取ると、そこにつらづらと何かを書き始めた。
「何書いてるの?俺の赤裸々の数々?」
「違う。現時点で信頼に足り、仲間になりうる人物を書いている」
イラは書き終えたメモ用紙をカイネンから取り上げ、じっと眺めた。
「おかしくね?アイエスはレッドゾーンで、フィリアはグレーなの?」
「アイツはアイエスに感化されやすそうだが、現時点ではまともな性格の持ち主だ。ただ、どうもウラノス人に対して、どこか拒絶している部分があるのは否めないな。あとパニックに陥りやすい」
「へえ。じゃあ、ユーロのヤツがグリーン・ゾーンなのは?」
「人との対話を好み、かつ自分の意見を率直に述べる。見た目も悪くない」
「み、見た目?お前、もしかして」
カイネンはイラに対し、やや不愉快そうな表情を見せた。
「違う。そういう意味じゃない。ヤツの見た目は、人受けがよく、穏やかだ。あと、精神力もありそうだ。今回は、ヤツは戦闘を行っていないが、恐らく土壇場でも落ち着き払っているに違いない。チーム内のムードメーカー的存在になりうる。ヤツの存在は大きい」
イラは「確かに」と頷き、さらに読み進めた。
「ミザンツェはグレーか」
「ヤツもフィリア同様に、虚弱体質といった感じだな。ヒステリックになると、止まらない。秘密なんてのも、すぐに吐きそうだ」
「秘密、か」
「ただ、アイツの行動原理の中には、ガールフレンドの存在がある」
「え、愛は人を動かすってヤツ?」
カイネンはさらに不機嫌な顔を見せる。
「その通りだが、腹立つな。・・・あと、ヤツは、人一倍"生きたがる"んだ。任務を放棄してまで、自分が生きることを優先した」
「それは使えないってことなんじゃ?」
「任務をする上では、な。ただし、誰よりも生存率は高い。仲間にすれば、有効になる」
「なるほどな。なら、そういう点では、"あの二人"は、レッドゾーンに入るんだな」
「レイルと、グラノッチだな」
「そう」
カイネンは大きく深呼吸すると、イラを見ずに、何処か遠くを見るような顔で、ぼそっと呟いた。
「恐らく・・・・・・だ」
「え?」
「そう、ふと思ったんだ」
「え、何て?ゴメン、聞こえなかった」
「・・・」
思考にふけるカイネン。彼はしばらく、イラを見つめた。
「え、何々?その意味深な視線」
「やっぱりいい。あまり根拠が定まってないからな。ただ、アイツ等に関しては、警戒を怠るな」
「お、おう・・・」
部屋を後にしたイラは、最後にカイネンが言った言葉と、そのカイネンの口の動きを思い出していた。
「・・・何だったんだ、アレ」
(恐らく、アイツ等は・・・)
「ダメだ、分からん」
深くは考えず、イラは自室に戻ることにした。
自室のドアノブへと手をかけ、ゆっくりと捻ろうとする。
「あ、何してんだ俺。鍵鍵~っと・・・」
エントリーカードを取り出し、差し込もうとした矢先。
そこで、彼の背筋は凍った。
エントリーカード差し込み口付近のランプが"すでに"、"緑色"に点灯していたのだった。
「・・・何で、常時アンロック状態・・・なの・・・?」
部屋の鍵は、基本閉じると自動でかかる仕組みになっている。
それを常時アンロック状態にするには、内側からパスコードを入力する必要がある。
「パスコードを入力した覚えなんて無いぞ・・・?」
すぐにカイネンを呼ぶことを考えた。が、彼の精神的な疲労を考え、イラはその選択肢を絶った。
「ハハ、誰かいんのかよ・・・」
イラの格闘成績は平凡だった。
特に、アドリブ戦闘・・・、即ち、臨機応変な戦闘に関しては、あまりにも弱かった。
「呼吸を整えろ、俺・・・」
ゆっくりとドアノブを捻る。
そして、ある一瞬をもって、彼は勢いよくドアを開けた。
部屋の電気を点ける。
駆け抜け、広いリビングルームのベッドに乗り上げた。
「居るのか?出て来いよ・・・オイ・・・!」
ベッドの上こそ死角はないと踏んだイラは、震える足をそのままに、虚勢を張った。
しかし、"その者"は、"ベッドの死角"・・・"カーテンの中"から、突然現れた。
イラの右腕は一瞬で彼の背部へと動かされ、その者の左手はイラの口を覆った。
右腕を支配されたイラは、その者が押さえつける力に耐えきれず、ベッドの上で突っ伏した。その者はイラの耳元に口を寄せ、「黙れ」と囁いた。
「テメ、何、も・・・ん・・・」
イラはその顔に見覚えがあった。
「フゥゥー、力無さ過ぎでしょ」
「ドゥーリン・・・だったか・・・」
「イエス」
イラの言葉は、テンプレートなものだった。
「何しに、来たんだよ・・・夜這いか?」
「ハぁ?バカなん?誰がアンタなんか狙うの」
「じゃあ、何しに・・・」
「落ち着いて聞け」
ドゥーリンが物を言う寸前、ドア付近から騒がしい声が近づいてきた。
ドゥーリンはすかさずベッドのシーツの中に潜ると、イラの足首を掴んだ。
「何してんの・・・?」
「人が来るから、追い払え。助けを呼ぶような言動が見えたら、迷わず足の指を喰いチギる」
「ひぎッ・・・!?」
部屋へ駆け込んだのは、ユーロとグラノッチだった。
「どうしたんだ?スゲー音したけどさ」
ユーロは不審そうにイラの様子を見た。
「あ、い、いや、・・・えっと・・・」
「んだよコイツ、人様起こしといて、キョドりやがって。さっさと答えろやクソが」とグラノッチが悪態を吐いた。
「え、っと・・・なんか、部屋の鍵が開いてたのよ・・・」
イラの親指の根本に、カタい何かが触れた。イラはそれが、ドゥーリンの歯であると悟った。
「常時アンロック状態だったのよ・・・」
歯が、根本に食い込んでいく。
「俺は焦って、誰かが部屋の中に居ると確信したのよ・・・」
激痛が、イラを襲う。
「え、マジ?誰か居たの?」
「お、俺・・・今朝、鍵無くしてたの、思い出したのよ・・・」
「え?」
「盗られてもいいモンばっかだろうなって思って、パスコードを、そこのドアの・・・」
「クソ!!俺の睡眠時間返しやがれ!!」
グラノッチはぶつくさと文句を垂らし、部屋を後にした。
続いてユーロも、「老化現象きちゃってんじゃねーの?ハハ、メモ忘れんなよ、ジーちゃん!」と言い残して、部屋から姿を消した。
「・・・どう?」
「何?お前焦るとお姉口調になるの?キモ」
「・・・」
ドゥーリンはベッドから這い出ると、改めてイラの耳元に顔を寄せた。
「え、な、何だよ!?」
「今日は寝るな」
「え?」
「落ち着いてよく聞け。アタシら、"何かされてる"」
「・・・・・・はい?」
「それだけ言いに来た。じゃ」
そう言うと、ドゥーリンはベッドから離れた。
「多分・・・、これから、何か"大事なことがあった日"は、寝ない方がいいかも。ってか、ほぼ毎日」
その言葉は、イラに言っているようでもあり、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
彼女はそそくさとイラの部屋から出ていった。
静寂は、その時初めて訪れた。
「何なんだよ、一体・・・」
イラは、カイネンが書いたメモ用紙をポケットから出した。
「ドゥーリン・ブラックチャーチ・・・・・・レッド、ゾーン・・・」
前編、後編を企画しています。また合間に地球側の主人公の視点も描いていこうと思います。