#1 収容
カイネン・シュトラウスは、茜色に染まる街並みを、肌寒い屋外テラスからぼんやりと見つめた。
特に、その兵舎から見えるものとしては、海上に浮かぶ幾多ものメガ・ビルディングと呼ばれる建造物ばかりである。
カイネンが居る建物は海面からの高さが約480m、しかしウラノス内では10番目ぐらいの高さのビルディングで、それの二倍以上の高さと土地面積を持つビルディングは、領邦所有企業、かつ教育機関でもある『東方区修学社』の学生寮である。
220階建て、それぞれの階には120部屋あり、部屋の種類は6種類ある。まさにメガ・ビルディングである。
部屋に関しては、年に二回行われる考査や、生活態度より、単位が振り分けられ、その単位数などにより部屋のグレードが上がる。
特にこのビルディングの最上階に、僅か16部屋だけ設けられた部屋は、Aランク部屋、またはプレミア部屋と呼ばれるもので、常に高い競争率の中にある。
Aランクの部屋からは、アングルにもよるが、海上都市ウラノスの白を基調とした街並みと、『東方区修学社』学生寮と背比べしている、『ウラノス中央テレビ局』の、セントラルタワーが見える。
1120mの大型電波塔である。
そもそも、そんな大きさの電波塔など、テレビの電波を送るだけならば必要はない(因みに、テレビは平面テレビと立体テレビというように区分されていて、スポーツ中継などに立体テレビが好まれるようになっている。しかしそれを踏まえても1120mは大げさである)。
電波塔が発する電波は、微弱なものとなって、この惑星『ユグドラシル』から、遙か遠くの惑星まで届く。
その電波の宛先である惑星の名は、AQ-SP338351。
海上に迄立させるだけに止まらず、海底にまでケーブルを張り巡らせ、飛行機の空路にまで支障をきたし、ウラノスの開発費用の四分の一以上にあたる約360KLMP(1P≒591円、K、L、Mのように桁とは別に段数というものがある。360KLMは2京8800兆円程度)を費やすという大がかりな工事を経てまで、それを建てる必要があったのか。
肯定。
その電波塔こそ、カイネンたちの武器とも言えるものである。
"具現装甲機"の、スポーン座標を指定するためには、最低限の大きさであった。
「おい、カイネン」
テラスの一角、白いペンキをそのまま塗りだくったような円卓テーブルの向かいに、一人の男が座った。
「ようイケメン」
カイネンはその男に皮肉混じりの軽い挨拶をかわすと、再び端末に目を向けた。
「これで何回訓練サボった?いいのかよお前、このままだと防衛庁免職だぞ?」
彼らはAQ-SP338351で行われる予定の地質調査に出向くことになっていた。
当然、生身で赴くわけではない。その地に適したアンドロイドマシンをテレポートし、それを遠隔操作する。
ストライカー部隊は『いざという時のための戦闘訓練』を繰り返し行っている。
「構わんさ。俺が消えたところで何になるってんだ」
「落ち着いて考えてみろよ。あの修学社の40人選考に選ばれるまで、どんだけ苦労したと思ってんだ」
「苦労はしてない。毎度のように言わせてもらうが、俺は頭脳明快、格闘の成績もオールA+。息をするようにな。だから、40人選考なんてのも、お前たちが茨の道だって言うものは、俺にとって舗装されたアスファルトに等しい。通ること自体、当たり前なんだよ」
「だから、防衛庁を抜けることにも・・・後悔はないのか・・・」
「ああ」
カイネンはテーブルの上、白い湯気を立てるティーカップの中の闇を、虚ろに見つめた。
白く渦巻くミルクと、その間にかいま見えるコーヒーの黒をじっと見つめ、あの日のことを思い出していた。
*
「なぁなぁ、アビリタってのはなんだ?」
カイネンが第8学年(修学社は第1学年から第16学年まである。4歳から19歳までの教育をサポートしている)の初日に、隣の席から身を乗り出して第一声を発したのは、茶髪で琥珀色の瞳の少年だった。
すかさずカイネンは名札を確認し、彼の名がイラ・シャープランであることを踏まえ、回答を与えた。
「人間は本来、『ヴィキタスエナジー粒子』ってのを持ってるのを知ってるよな?」
「え?」
「・・・100年ほど前に発見されたものだ。原始時代、人間は潜在的にこれを用いていたと言われている」
「ほぉ」
「そして、今、俺たちの持つ最新技術が、その『ヴィキタスエナジー粒子』を活性化させることを可能にした。その技術は具現装甲機に内蔵された。そして、『アビリタ』は、その『ヴィキタスエナジー粒子』を利用した特殊能力だ。その技術は具現装甲機に内蔵されているから、俺たちは具現装甲機を使う際に『アビリタ』が使える。個人個人、『ヴィキタスエナジー粒子』の持つ性質は異なるから、『アビリタ』も個人で能力が変わる」
「え、そんなんあったっけ?」
「あるよ。しかしそれはあくまで、二年前学ぶべき事柄だ。何故今更にもなって俺に訊くんだ?イラ君」
カイネンは初対面でなれなれしい人間のことが苦手で、ぶっきらぼうな態度で接するのが毎度のことであった。
しかし、このイラ・シャープランの態度は、今までにないほど初々しさを欠いており、カイネンの機嫌を損ねるには十分なものだった。
「忘れてたんだよ!今日、初日テストあんだろ!?俺はB部屋狙ってんだよ!因みに、お前今何部屋?」
「Aだよ」
カイネンはこれで、"C以下である己と遥か遠くのAであるカイネン様との溝に深い絶望を感じて"、そして"最上級の羞恥"を覚え、自分に対し今後一切の馴れ馴れしい口のきき方はできんだろう、そう高を括っていた。
「すッっげえええ!!!確かAってさ、部屋ん中に立体テレビあんだろ!?あとゲーム機もあるんだろ!?しかもしかも、年間の学費は免除、寮費も然り、ガチで勝ち組なんじゃね?」
イラは鼻息を荒立て、Aクラスの主なサービス内容を足早に、一息で説明し終えていた。
「は、はぁ・・・」
「俺、イラ・シャープラン!よろしくな!」
「知ってる」
「お前は誰なんだよ!」
「カイネン・シュトラウス、だ」
「カイネンな、よろしく!」
イラ・シャープランの両親は俳優で、それもあってか、その間の子供もまた整った顔立ちをしていた。
(美男美女の間に生まれる子供は微妙だなんて話を聞くが、身も蓋もない嘘だな。現にコイツが証明している)
しかしカイネンは何処となく、イラの外観に対して、ウラノスの人間とは言い難い違和感を覚えていた。
「俺のお袋は北方のテルスの人だって。その人とは別れたんだよ」
「テルス・・・」(ということは、生みの親である母親は、別に俳優でも何でもないのか?)
カイネンは、テルスの人間たちの、ウラノスの人間たちに対する差別が目立ってきているという新聞の記事を幾度が目にしてきたのを思い出していた。その中で、ウラノスの娼婦などに対する暴力行為などがしばしば横行していることも知っていた。
「テルスがどうかしたのか?」
さらに。
カイネンは、近年、ある俳優が結婚したという噂を耳にしていた。
その俳優の姓は、シャープランであった。
「いや。道理で綺麗な目してると思ったんだよ」
「え、マジ?」
「ああ」
そこでカイネンは、イラの様子がおかしいことに気が付いた。
ぎこちない笑みを浮かべている。
「どうした?」
「い、いや、そんな感じに言う奴がお初だったから・・・」
イラは修学社に入学した頃から、その目に関するイジメを受けていた。
そのコンプレックスが受け入れられたことに、イラは喜びを感じていたのだ。
カイネンはそのことを理解すると、しかし、疑問を抱いた。
(虐められていたヤツが、あんなフランクに話しかけてくるものか?)
しかし、その疑問もすぐに合点がいった。
「そういえばよ、お前さ、虐められてたこととかあった?」
そう聞いてきたのは、イラの方からだった。
「どうしてだ?」
「うーん、自画自賛するのがベースの性格が鼻につくことがあるし、なんか陰険で、常に他人の揚げ足をとろうとするようなところが・・・」
(俺も虐められていたと思ったから、妙な同族意識を持っていたわけか)
カイネンはもとより、怒りの沸点が高いこともあって、それらのイラの発言に対しては、
「しょうがないだろ、周りが馬鹿ばっかだからな」と鼻で一笑してみせた。その言葉には、棘というよりもイラに対しての親しみがあった。
「俺は馬鹿じゃねーだろ!?」
「知らん」
*
カイネンはその回想を一時終えると、「テラスじゃ悪い、俺の部屋に来てくれ」と、昔ながらの友人であるイラを、暗い兵舎の、暗い自室に招いた。
防衛庁所属ストライカーは非常に優遇されている。そのため、部屋一つにしても、落ち着きのないほどの広さを持ち、サービスも完備されている。
ただしそれはカイネンだけでなく、結局修学社時代、一度もA部屋の所有権を勝ち取れなかったイラもまた同様であった。
「でも何か・・・、俺の部屋とはまた違うな」
「荷物、整理したんだ。長居する気はなくてな」
「・・・そうかよ」
カイネンはティーパックを二つ用意し、それらをティーカップに入れ、電気ポットの熱湯を注いだ。
カイネンは沈むようにベッドに座り、イラは向かいのソファに座った。
「何があったんだよ?最近の訓練、全部休んでんじゃんか」
カイネンは重い口を開けた。
「エルドが死んだんだ」
「エルド?誰だ?」
「修学社の時、一個上の先輩だった。去年、防衛庁のストライカーになった」
「仲がよかったのか?」
「いや、全く。あいつは女子と"遊んで"は、もめ事を起こすような奴だ。俺とは全く別世界の人間だった」
「・・・ショックだったんだ?仲はよくなかったのに」
カイネンの表情は少しずつ陰っていった。
「別に。ソイツの死に関しては、特に感情は抱いていない。だけど、無性に、萎えたんだ」
イラはまだ話を掴めきれなかった。
彼は補完しきれていない部分を訊いた。
「まず、何でエルドは死んだんだ?」
「殉職、とは聞いた。だけど、詳しくは分からない。ヤツは宇宙開発とかを行っていたと聞く」
カイネンは紅茶をテーブルから持ち上げ、ゆっくりとそれを啜った。途中、火傷でもしたのか、小さく声を上げて、紅茶をテーブルに戻した。
「どんなに修学社で好成績を残し、40人選考に合格しても、防衛庁に配属されることになっても、結果的にはそんな"死に様"しかできないのか、って考えたんだ。特に功績を残したわけでもない。奴にとってみれば、40人選考で選ばれたことそのものが功績なのかもしれんが、それは小さな世界だ」
「・・・」
「俺は、今まで失敗を恐れたことはなかったんだ。ずっと、終わりのない勝利を求め続けてきた。そんな俺は、その終わりが何よりも怖いんだ。死ねば、均一だ。天国も地獄もない。無だ」
イラはため息を吐き、カイネンの俯いた身を起こした。
「まっさかだけど、お前、一番収入がよくて名声も手に入るから、防衛庁のストライカー志願したの?」
「そうだ。お前の言うとおりだ。それが、俺にとっての"勝利"だったからな」
「そんなお前は、ストライカーが常に抱える、"死"への可能性に、今更怯えたと」
「そんなところだ」
「馬鹿じゃん」
「大馬鹿だよ」
*
部屋から出たイラは、友人が抱える悩みについて暫く思考した。
イラは何処かでカイネンに羨望の眼差しを向けていた。
絶対的な自信、それを彼は持っていた。
イラは自分に対して、自信がなかった。
学習、格闘、どれをとっても平凡な自分は、自分に最も近い友人を模倣するように、縋ってきた。
だから、40人選考にも選ばれた。
防衛庁に推薦される人数は40人まで。カイネンの特異なまでの個性は、防衛庁の目に止まった。当然、成績も彼の選考を後押しした要因の一つだったろう。それに対し、少し顔立ちがいいくらいの個性しか持ち得ないイラは、成績で"滑り込む"他なかった。
防衛庁に就いてもまた、カイネンとの"差"を見せつけられた。
防衛庁は新入ストライカーに対し、"タイプ分けテスト"たるものを行い(新入ストライカーらに生身で、トーナメント形式で格闘をさせるもの)、個人の戦闘スタイルなどから各の具現装甲機の性能などを調整する。しかし、イラが耳にした噂によると、それは"格付け"の意味も込められているようだった。
実際、カイネンが入ったグループαは実質上の最強集団で、テルスの『北方修学社』のトップでもある、レイル・レイも加わっていたことを、イラは後々知った。
対してイラの所属はグループγ。補欠のようなものであった。
「あ、イラくん」
「あ」
イラが丁度、突き当たりで曲がったところで出会ったのは、グループαの一人であり、テルスにおいてレイル・レイと並び最強の名を語る"女性"、アイエス・ラブだった。
イラは"タイプ分けテスト"で初戦であたった。
そして無惨に敗北させられたことを少なからず根に持っていた。
「どしたの?ここはグループαの兵舎だけど」
「あ、ああ、友人の部屋に、ちょっと」
「・・・友人って・・・カイネン・シュトラウス?」
「うん」
「アイツ、レイルとほとんど互角にやり合ってたよね」
「はは、あれはすごかったな」
アイエスはふと、イラの顔をまじまじと凝視し始めた。
「え、ど、どした?」
「羨ましいくらい綺麗な肌、琥珀色の瞳、彼女とか居たの?」
「えっ、い、いや、どうして?」
無意識にも、イラの動揺は露わになっていった。
「うーん、っていうか、顔立ちとか、何か微妙にコッチっぽいよね」
「はは、まぁ、これは・・・えっと・・・」
小刻みに震える唇と、所々躓く言葉。
そんなイラの言動をよそに、彼の背後から声がした。
「アイー!何してんの講義始まるよー!!」
イラが振り返った時、そこにはアイエスの友人が居た。
イラは、アイエスの友人の顔が少しひきつったのを見逃さなかった。
「あ、うん、それじゃ、急いでるから!また話しようよ!」
そう言い残し、アイエスは友人と共に講義室へと消えた。
イラはアイエスの友人の表情を思い出した。
(アイエス・・・、彼女だけは不思議と、俺たち『ウラノス』の人間に対しては陽気に話しかけてくるんだけど、・・・やっぱ、他のテルスの人たちとは溝が深そうだな。彼女と話すことも、ちょっと遠慮した方が良いのかな)
人類がまだ大地に立っていた時、ウラノス地方の人種とテルス地方の人種とでは、戦争が絶え間なく続いていた。
事の発端は、ウラノス・テルス間の巨大地震であった。それを節目に、ウラノス側の人間たちによる暴動が勃発した。
テルスの植民地であったウラノスの、特に過激派集団はテルスが経済的な打撃を受けたその瞬間を好機と見なし、デモ行為、暴動などを幾度となく行った。
ある時、テルス内の一家をウラノスの過激派が惨殺したことにより、テルスが軍事介入を開始。
ウラノス自由軍とテルス軍による戦争が勃発した。
人類はそこから数百年後、異常気象による海面上昇現象問題に直面することとなる。
そこで初めて、ノートルダム・タイレンスと呼ばれる学者による巨大海上都市の開発プロジェクトが始動する。
ウラノスはテルスとの共同開発を強いられ、やむを得ずテルスとの停戦を提案。テルス側もこれを呑み、海上都市の開発が始まることとなる。
ただし、直接的な共同開発では、また暴動が起きかねない。そこで仲介役として、ヒュドールが名を挙げる。ヒュドールは海面上昇により、内陸部に追いやられた人々により、居住スペースも飽和状態となっていた。
それから250年の歳月を経て、メガ・フロート式の海上都市の基礎部分の工事が終了した。
人々は『居住革命』というものを初めて経験した。
現在ではウラノスとテルスでは表面的な戦争は一切行われてはいないが、この二つには未だ巨大な溝がどうしようもなく存在している。
「ああ、何か、テラスに行きたくなってきた」
イラは先ほどまで居たテラスへと踵を返した。
テラスの扉の前まで来ると、ある異変に気付かされる。
扉はガラス戸になっていて、外の景色が内からでも堪能できる。
そのはずだった。
「あー…れ」
ガラス戸は霞がかかり、外の様子は窺えない。
それどころか、ドアそのものが施錠され、ドアノブは微動だにしない。
「っかしーなー」
イラは何処か不吉なものを感じずには居られず、カイネンの元へ行くことにした。
「おい!あったか!?」
イラの耳に、何処からか聞こえてくる声が届いた。
「ああ、やっぱりな…、そっちは!?」
「駄目だ、"何処にも無い"」
イラはその会話に耳を澄ませた。
「やっぱり…この建物、出入り口が見つからない…!!」
初投稿です。
拙い文章です。
よろしければご閲覧ください。
頭のネジが飛んでる連中とかを書いていくつもりです。