第二悪 貴様は俺様に屈服するしかない!
何かが動き出したようだが、
修吾はそれをまだ感じ取ってない…
あー……ようやくすっきりした……。しかし、うん。どっかのウジ虫みかんのせいで、
大通りが見るも無残な廃墟と化しちまった。
「見ていて、こう…切ないねぇ」
時計を見れば…いけね、あのウジ虫みかんが輪切りにしちゃったから
原形止めてねぇや。仕方がねぇから懐中時計は……いや持ってなかったか。
「……」
変だな、いつもならここでウジ虫みかん…違う、違う、斬り裂き魔メイドちゃん…
いや、だからそうじゃなくてだな…俺様の…メイドちゃんで…あー…。
「お、今はちゃんと俺様の傍にいるんだな」
目を擦ってるね、このウジ虫みかん…だから違うって…えーと…あ、ララルゥだ。
ようやく思い出した。暴れてる最中の俺様に対しても全く躊躇することなく
油をそそいでくれやがったからな。あんまりムカついたから
「貴様の名は今この瞬間からウジ虫みかんだ!」何て言っちまったせいだな。
「シューゴ様…?」
「何だ、疲れたのか?」
疲れているのは見りゃ分かるか。だがそこはウジ虫みかんで斬り裂き魔メイドちゃんの
ララルゥ。念には念を入れるべきだ。
「眠ってもいいですか…? …むにゃむにゃ…」
器用な女だ。立ちながら寝てやがる……ったくよ。
「さーて、どうしたもんかな…」
そのままだと倒れそうで危なげなララルゥを仕方なく
(内面ムカつくがこいつも女の子だしな)背負ってやる。
んでそれから改めて見る影も無い大通りを見渡した。
大通りはもう、何処かの戦場って言えるくらいのガレキの山、山、丘、山。
ド派手にぶっ壊れてるのは俺様が魔力込めたパンチとかキックとかで破壊した証拠で、
千切りだったり輪切りだったりみじん切りだったり銀杏切りだったり、
ともかく切り裂かれているのは全部俺様の背中で気持ちよさそうに眠っている
このララルゥさんの仕業だ。
「何個作ったんだよ…」
あと千切りにしたガレキでつくった数多のジャングルジム
(包丁以外の刃物を持たすといっつもこれだ)もララルゥの仕業。
それからとりあえず目が合ったから超ぶん殴ったり蹴っ飛ばしたり
張り倒した野朗どもとかは、とりあえずみんな放置しても死なない程度に
ララルゥに治療させて記憶もついでに消して置いてあるから、
後はガレキの山を元の大通りに戻すだけだが…。
実は俺様まだ時空系の魔術覚えてねえ…俺様としてはお粗末すぎる。
肝心なときに俺様のサポート担当(一応な)でもあるララルゥは、
俺様の背中の上で夢の中だ。
こいつは絶対夢の中でも俺様をキレさせて楽しんでいるに違いない。
「こういった土木関係は…」
「パルシオンを呼べばいいんですよ。シューゴ様」
パルシオン…? おお! そう言えば『守護兵』にそんなの居たっけ…って、
「ララルゥ、貴様…狸寝入りしていたのか」
「途中からはしていました」
半分はマジで眠かったんだな。ご苦労さん………何て言うと思ったかッ!?
「ったく…でもまぁよく考えてみりゃそうだな、待機命令しといたし」
――パルシオン。ジジイの遺産『守護兵』の一体で一番のインファイター。
パッと見は巨大ゴーレム。身長が8メートルくらいだっけ。
その剛腕から繰り出される一撃は霞ヶ関級のビルを楽勝でぶっ倒せる。
まぁ普段は日曜大工とかで役立ってもらっている。
「じゃあ呼ぶか」
俺様は念じる。すると7,8メートルほど離れた正面の地面が軽く揺れて、
ドカーンと登場する。俺様が前に定めた通りの決めポーズで。
うん、カッコイイ登場シーンだ。が、
「貴様の見せ場、今日無いから」
「え、そんな……って言っています」
パルシオンは喋れんが意思はある。でも俺様は読心魔術とか
覚えてないからパルシオンとの会話はララルゥを中継させる必要がある。
「いや、登場シーンは満点だ。言うことない。けど今日は後始末だけだ」
あ、ひざ着いて肩落とした。うおぅ小さく地響き。こいつ体重1トン強あるせいだな。
「最近出番がなかったから、期待していたのに…と言ってます」
「だってお前使ったらすぐ終わって面白くねぇもん」
「酷い、酷いよご主人様…僕はご主人様のなんなのさ…? …と言っていますが?」
このでかい図体のわりに心は小動物系の少年みたいな奴だ。
まぁララルゥの中継だから確信は持てねぇ。
「そう落ち込むな。貴様がいるから俺様は心置きなく暴れられるのだ」
「本当に…? …だ、そうです」
「貴様ら『守護兵』にウソついて俺様に何の得があるんだ?」
おお、立ち直った。
「うん、僕ご主人様を信じる…とか、言っています」
「とか」って何だ、「とか」って…ララルゥ、貴様本当に中継しているのか?
「よし、じゃあ作業を始めろ」
俺様がそう命じると、心なしか楽しそうに後片付けを始めるパルシオン。
……こいつの爪のアカ(無ぇけど)を煎じてララルゥに飲ませてやりたい。
「これで後はゆっくり寝られますね。シューゴ様」
「だな」
パルシオンはぶっ壊すだけが取り柄じゃない。こいつは物質を再構築させる能力
(主に自分の破損箇所を再生するためのものだが)もある。
ジジイもいいモン遺してくれたよ。
「うむ、しゃかりきに励めよ、パルシオン」
「はーい♪ とか調子付いていますが?」
「貴様ではないから許す」
「シューゴ様は心が猫の額より狭いですね」
「耳元でうるせぇウジ虫みかん。埋めるぞ」
なんか「ウジ虫みかん」って暴言気に入った。これからはこいつを罵る時は多用しよう。
「ところでシューゴ様」
「何だ」
「メガデスはどうしますか?」
メガデス……? ああ、あいつも待機させていたっけ。すっかり忘れてた。
「せっかくだからあいつも使おう」
俺様は再び念じる。すると俺様の影がぬるっ、と伸びて
そこから真っ赤なマント付きの濃い紫色のローブをまとった
身長2メートル強の人形が現れて浮遊する。そう、こいつがメガデス。
結構物騒な名前だが、こいつは『守護兵』の中では俺様の初代のご先祖様の頃から
稼動している最古参の人形だ。こいつもパルシオン同様意思を持っているが喋れん。
だがローブの下に潜ませた8本の仕込み義手で手話が出来るから
こいつには別にララルゥの中継は必要ない。
「よし、貴様も登場シーン合格」
ん? お褒め頂き・ありがとうございます・では・ご命令・を・
ご主人サマ。……ああ、はいはい。
「疲れたから家まで送れ」
ええ? それだけ・ですか? …うん、それだけ。
「ああ、それだけ」
そんな・今日・は・ワタクシ・の・出番・ナシ・ですか? …だと?
「不服か?」
いいえ・そんなこと・は・ありません・が、・今日・は・ご主人サマ・の・
ために・隠し芸・も・披露・したかった・の・ですが…ねぇ。
「とりあえずそれは次の機会だ」
了解・しました・ご主人サマ・少々・残念・ですが…か。
「早くしろ、ララルゥが風邪を引いちまうだろ」
メガデスは8本の腕を器用に使って俺様たちを抱え込む。
「速度は如何ほどですか? と聞いていますが?」
ああ、メガデスのヤツ。俺様達を抱えているから手話できんのか。
「かっ飛ばせ」
「了解…と言っ――」
凄まじい風圧が俺様の体に掛かって、一瞬体が軽くなる。
「ぬわああああああああああ!」
この阿呆! かっ飛ばし過ぎだ! ぬおおおおお!? 正面向くと風圧で顔が…!
「このバカ! 飛ばしすぎだ!」
メガデスは本気を出せば音速を超えて滑空できる。
だからこそこいつは『守護兵』一のスピードスターなのだが…いかん!
体が凄まじい勢いで冷える…!
「折角ですので隠し芸の一つを披露いたします…だそうです」
この超激烈スピードの中でもララルゥは表情一つ変わらんとはなぁ、
何だかんだ言ってもこいつも立派な『守護兵』か。
でもこいつは(人形っぽいけど)別に人形じゃないぞ?
暖かくて柔らかくて良い匂いがする女の子…まぁそこはとりあえず置いておくとして…
「披露せんでいい! このままだといずれ凍死する!」
洒落にならんぞ! この速度では!
「まぁまぁ遠慮なさらずに…と言っています」
「いいからとっとと速度緩めんか阿呆!」
「すでに聞いてないみたいです。かなりヤバイですね、シューゴ様」
帰宅する頃には俺様達の表面に霜が降りたのは言うまでも無い。
ララルゥを抱っこしてなかったら今頃どうなっていたか…
…ああ生きてて良かった。メガデスには罰として庭の雑草を刈らせて、
ついでに家の中の掃除も当分はこいつにやらせよう。
油断していた俺様を殺しかけたわけだから当然の報いだ。
さて、今日も新しい朝がやってきた。しかし寝覚めは非常によろしくない。
昨日のあの凍死しかけたことがまだ尾を引いてやがる。
メガデスへの罰を三割り増しにしておこう。
「全く、メガデスの阿呆め」
いつものように顔を洗って歯を磨いて居間へ続く廊下を歩いていると
コンソメスープの香りが鼻をくすぐる。今日は洋食らしい。いいねぇ。
朝飯が本格的な洋食だと贅沢に感じてしまうのは俺様だけだろうか?
いや、それは断じて無いッ! 高級ホテル然り!
「あー、腹減った…」
居間のドアを開けるとまた眼前に黒メイド服姿のララルゥ。
たまにフェイントをかけてくるときがあるので注意が必要だ。
何週間か前は背後から現れやがったこともあるからな。
「おはようございます。シューゴ様」
「ん。おはよう」
どうやらララルゥも昨日の事が多少なりとも尾を引いているようだ。
目の下にうっすらクマがあるからな。しかし気に掛けない。何故ならララルゥだからだ。
と言うことで着席。
「いただきます」
今日の朝飯は鱸とモッツァレラのカルパッチョ。
つけ合わせには焼きたてのバケットを贅沢にもガーリックトーストにしたものと
フルーツサラダ。そして先ほど廊下でも嗅いだ香りのコンソメスープ。
具は一切入っておらず、パセリを少し散らしたシンプルなものだ。
パッと見は普通だな。今日はさすがにゲテモノも入ってなさそうだ。ではスープを一口。
「うん…旨い」
ちゃんと卵の白身でアク取りをしてあるからスープには雑味が無い。
しかもWコンソメ(要するにWスープ)。
ここまで手が込んでくるとレストラン開けるな。
寝覚めはよろしくないが、今日は朝っぱらから怒らずに済んだのでなかなかいいぞ。
「シューゴ様」
「何だよ? メシ食ってるときは静かにしてろよ」
来るか? 受けて立つぞ? やはりこのままで済むはずがないのだ。
「ゼルドゥクから気になる報告が入っておりました」
ゼルドゥク…俺様に従う『守護兵』の最後の一体で最強の一体。
『魔導守護神』なんて素晴らしくご大層な二つ名を冠する
俺様の切り札の一つ。最終防衛兵器としてジジイが作ったんだが、
如何せん戦争をするわけでもないから、こいつは基本的に殆ど使わない。
(色 々 魔 改 造 は 加 え た け ど ね ☆)普段は宇宙空間で
世界各国の人工衛星のハッキングとか、俺様の半径五百キロを見張ったりしている。
最近は面白そうな情報を俺様のパソコンに送信してこないから放置していたんだが。
「報告?」
「はい」
…そういやララルゥのパソコンにも送れるようにしたんだっけ。
定時連絡もバカの一つ覚えかと思うくらいの「変化なし」「異常なし」「問題なし」
ばっかりでつまらんからなー。
「で、何だって?」
「『魔術議会』が妙な動きを見せたと言ってます」
『魔術議会』…俺様の嫌いな高慢ちきな魔術師連中が集まる機関。
ジジイがくたばる何年か前にあそこで最高責任者だかを勤めていたな。
そういやジジイの遺産の何個かはあそこの宝物庫に保管されていたはずだ。
そ の う ち 全 部 奪 い 返 す け ど ね ☆
「んで、妙な動きってのは?」
「各支部から一定数の魔術師を、少しずつ確実に日本支部に集結させているとの事です」
確かに妙だな…二年くらい前に「議会に参加しませんか?」とか
後光差しそうな笑顔で来たのをご丁重にお返ししてやってから
何の音沙汰も無かったのに。
「『魔葬教会』と決戦でもおっぱじめる気か?」
『魔葬教会』…吸血鬼、人狼、魔術師、呪術師といった連中を
専門に退治したり封印したりすることを生業とした神官や騎士達の機密機関。
『魔術議会』とも古くから敵対関係にあるとか。別名…『魔葬騎士団』
創立は紀元十年頃だとか。まぁぁーあいつらなんざ
天上天下超抜無双最強無敵のこの俺様にとっちゃ屁でもないので今回は放置だ。
「その可能性は20%でしょう」
「どういうことだ」
コンソメスープおかわりを注ぎながらララルゥは続ける。
「二ヶ月と十八日前に停戦協定を結んでおります」
「そりゃまたどうして」
「吸血鬼や人狼たちの動きが英・独を中心に欧州で活発化していることが理由だそうです」
おうおう、そりゃご苦労なことで。む、ガーリックトーストの焼き加減最高。
ニンニクの風味もきつ過ぎず丁度良い。
「んじゃ残りは?」
「30%が単なる人材補給で、40%が『黒十字一族』との決戦準備です」
ララルゥがウジ虫みかん脳を働かせないって事はウソはついてないみたいだな。
ちなみにさっきララルゥが言った『黒十字一族』ってのは、
黒十字武殺とか云う殺人拳の怪物を始祖とする暗殺者の一族。
人間の本来持っている力を限界以上に高めた化け物じみた連中だけで構成されてて、
本業は人外の者や魔物とかを殺すために存在する奴らだ。
こいつらも議会とは敵対してる。にしてもカルパッチョもまたいいじゃないか。
刺身も新鮮で心地よい歯ごたえと身のキメ細かくて濃厚かつ上品な味だし。
ハーブのアクセントもさることながら、なによりモッツァレラのコクが…ん?
まだ10%余ってるぞ?
「おい、残り10%は?」
「不明です」
らしくないな、こいつが残りを不明だなんて。
いつもならここら辺でウジ虫みかん脳が働くはずだが?
昨日のことはそこまで尾を引かせたか。まぁいいや、
この調子なら朝は怒らずに登校できそうだ、久しぶりに登校前の採点で満点出るかもだな。
「ごちそうさま」
「お粗末さまです」
今日はコーヒーか。お、生クリーム。
ほう、好みでヴィーンナーコーヒーを作って飲めと?
通な事をする…今日は態度も悪くないし。ああ、いつもこうなら俺様宇宙一の幸せ者だ。
「クッフッフ……生クリームは甘くない。俺様のこだわりもわかっているじゃないか」
時計を見ればまだ午前七時半にもなってない。益々素晴らしい日じゃないか。
これなら今日は夜普通に過ごそうかな。積みゲーも消化する頃合だ。
「よし、そろそろ行くかな」
「あ、お弁当出し忘れていました」
ちょっとびびったが、まあ冷静に。
「ああ、弁当サンキュー。いってきます」
「いってらっしゃいませ。シューゴ様」
ちょっと取り乱しそうになった。しかし冷静に。
「今日はメガデスとパルシオンの体洗ってやれ」
「承りました」
おおおお? けっこう和やかな会話になったぞ?
うむ、これは俺様の『いい日記念日』認定だな。
帰りに記念のスウィーツ買ってこよう。おっと、
その前にガーリックトースト食ったからブレ○ケア死ぬほど飲もう…
…キャラ作りは! いつ如何なる時でもカンペキでなければいけないのですよ!
さて、いつものように『いい人』モードで登校し、間もなく教室だ。ただし今回はちと
早く着すぎたな。まぁ朝からストレスを軽減できていいじゃな…
「…馬鹿…な…!」
いかん、地が出た。よし、誰も聞いちゃいないな。よっしゃOK。
っつーか何だこれは、どうして早くからこんなに生徒が(それも男子ばっか)いやがる。
ガヤガヤうるせぇなあ。
「お、修吾。ういっす」
開けっ放しのドアから入ってきた俺様にクラスメイトの中では一番よく話す
梶取が一番早く気付いた。うむ、その点は感心だ。
「(『いい人』モード発動!)お早うございます梶取くん。
今日は男子の皆さん早いですね」
「何だ、修吾。そういうお前も早いじゃん。さてはお前もか?」
なんのこっちゃ? 俺様は気分いいからいつもより早く登校しただけだ。
「何のことです?」
「あれ? 聞いてねぇの?」
だから何の話だ。俺様がお前らの死ぬほどどうでもいいであろう話題に興味ねーよ。
「何をですか」
「そーかそーか、じゃあ修吾だから教えてやるよ」
野朗の笑顔なんざ見たかないし、その調子の良さは気に食わんし、
どうせいつもの通り下らんことだから聞きたかないが、俺様は『いい人』モード中だ。
「ではお願いします」
「実はな…」
適当に相槌打って聞き流すかな。
「今日この学校に、しかもこのクラスに、転校生が来るんだよ!」
転校生だと? 春先だ、珍しくも無い。去年も三人くらい来たじゃねぇか。
この学校は有名な進学校だから別段大したことじゃねぇ。
やはり下らんな。耳貸して損した。
「へぇ…」
もういい席に付く。しょーもない情報ありがとよ梶取。
つーか貴様また朝練サボりやがって、今日も貴様の弁明かよ…ったく。
折角の『いい日記念日』認定は取り消しだ。
「おいおい、話はこれからだって」
しつけーな。俺様これからフランス語辞典に偽装した魔道書を読んで
時空魔術の勉強すんだから。フランス語とラテン語とルーン文字で書いてあるが、
そこは俺様。魔術師たるもの多岐に亘る言語力は基本中の基本ですよ。
「でも、僕はちょっと勉強したいんですが…」
「いいから聞けよ。悪い話じゃねぇンだって」
悪い話じゃない? 相変わらずしょーもなかったら貴様が今日も
朝練サボったことについて何も弁明しねぇからな。
「転校生って言っても唯の転校生じゃあないんだよ。何と外国人だ!」
やっぱりしょーもねぇ。この学校の名前は何だ? 私立エリファス・レヴィ学園だぞ?
創立者は名前忘れたが外国人で、現に三年とか新入生にも何人かちらほらいただろうが。
つーか俺様もフランス人のクウォーターだぞ? ってみんな知らんか。あー結局下らん。
「そんなに珍しいですか? 三年生や後輩の人たちにもけっこういるじゃないですか」
「いや、まぁそれはそうなんだけどよ」
時間の無駄だ、魔道書読ませろ。
「ふっふっふ…しかし、今度の転校生は一味違うんだぞ?」
あっそ、えーと何々…? そもそも時空魔術の基本概念とは…?
「まず一つ! フランスの旧貴族階級のお嬢様ってことだ!」
旧貴族階級? んなもん去年短期交換留学とかで来たじゃねぇか。
外国語しか喋らねぇうえに鼻もちならんから俺様が夜に同郷の言葉で
散々こき下ろした後でぶちのめしたがね。あー…どこまで読んだっけ……おっと、
ここだ…かのゲオルグ=ファウスト博士も大悪魔メフィストフェレスを
召喚したときには時空魔術の第五理論を取り入れ…
「二つ! 詳細はまだハッキリしてないが、グラドルでも即通用するベリーナイス!
なボディの美少女ちゃんだ!」
よし、時空魔術の勉強は一先ず中断しよう。
というかそれを最初に言いたまえ梶取くん。成程。
道理で男子ばかりが多いのかこれでハッキリしたぜ。
「(メガネをクイッと)三つ目はあるんですか?」
「やっぱりお前も男だな、修吾。安心した」
お前に安心されても死ーぬーほーどーどうでもいいんですけどー?
「それで、三つ目はあるんですか?」
「勿の論だ。では三つ目! これがその証拠写真だ!」
そう言って梶取は得意げに胸ポケットから一枚の写真。
おお、ぱっちり大きな碧の瞳にブロンドだ。
ウェストアップ写真だが確かにベリーナイス。
トップの推定98か、アンダーも知りたいッ!
「どこでその写真を?」
「我がクラスにおけるピューリッツァー賞受賞者にして写真部新部長に就任した佐藤だ」
ああ、俺様より分厚い黒縁メガネのあいつか。パッと見は頭悪そうだが、
学力テストでベスト3に必ずその名前が載ってるな。つーかあいつ写真部だったのか。
影薄いから気付かなかった。
「いまなら焼き増し一枚二百円と限定リーズナブルサービス開催中だとよ」
リーズナブルサービスかどうかは置いておくとして…
……俺様も買っちゃおうかな…う~んどうしよ。いや、いいか。
生で見たほうが断然良いに決まっているし。とりあえず『良い人』モード中だから。
「梶取くん」
握手。だが野朗の手だから後で手を洗って念入りに消毒もするがな。
「いいってことさ。俺たちは同志だからな」
そこは認めてやる。そこだけは、な。
「やっぱり短期でしょうか?」
「さぁな。情報の仕入れ元の佐藤もそこまでは知らんようだが」
まあいい、短期なら襲っちゃえばいいんだ。俺様には魔法があるしな…ククク。
☣魔術師クロアミ☣
所変わって、ここは黒網邸。
ララルゥは修吾を見送った後、言われたとおりのことをこなし終え、
自分も遅めの朝食を終えていた。
ちなみに朝食は夜に修吾に食わせるゲテモノ料理の試作品である。
「暇ですね…」
とりあえず午前中にやることはもうない。
掃除は昨日の一件で罰としてメガデスがやり終えているので時間が余ってしまっている。
「(ララルゥ)」
「……姿を見せてください。メガデス」
ララルゥの影がにゅっ、と伸びたかと思うと一気に形を変え、メガデスが現れる。
「おやすみしなくていいんですか?」
「(昨日まで十分に休んでおりますからそれは大丈夫です。実を言えばワタクシも暇で…
…というわけで、ルーレットとかインディアンポーカーとかしませんか?)」
「嫌です。そんな二人で、しかもあなたとじゃ全く盛り上がらなそうなものを」
「(あなたとじゃ全くって…けっこうグサッと来ますよ? 傷ついちゃいますよ?)」
メガデスはうつむいてみせる。が、ララルゥの反応は変わらない。
「見てみたいですね。あなたの傷つく姿」
「(やれやれ、あなたと言う子は…)」
居直るメガデス。
「それで、どうでしたか?」
「(もう少しワタクシとの戯れにも付き合ってくださいよ。
ご主人サマとはいつも楽しそうじゃありませんか)」
「そ、そんなことは、ありえません…」
若干頬が染まるララルゥ。
「(隠さなくてもいいじゃありませんか? ワタクシは九世紀近く前の
初代御頭首の時代から現役で稼動しているのですからね。
経験値は貴女の何百倍もありますよ?)」
「口が利けないくせに達者なのは奇妙です」
「(やれやれ……そういうあなたは口が減りませんね…
…先代のご主人サマの手で、"先代のララルゥから記憶と能力を引継いで"
『守護兵』となったとは言え、あなたは生身の女の子…
まぁーご主人サマはどう思っているか知りませんが?
でもあなたは彼の事を…)」
「まともに喋れないくせに五月蝿いですっ!」
ララルゥは顔を耳まで真っ赤にしながらも力任せに
破壊剣オートクレールをメガデス目掛けて振り下ろす―
―が、そんな大振りな攻撃が当たる筈も無く、ひらりとかわされる。
カタカタと首を鳴らしてメガデスは少し笑っている様子を取る。
それを見てララルゥはハッとしたようで、軽く咳払いをして
「…それで、結局どうだったんです?」
「(参りましたよ。残り10%が的中してます。学園に数人潜り込んでいましてね)」
「始末したんですか?」
「(ええ、きちんとご主人サマの言いつけも守って殺してませんよ?
ただ完治にはきっと時間掛かりますね…人間は換えの部品が非常に少ないですから)」
「シューゴ様は気付いていましたか?」
四本の片手を器用に顎に当ててメガデスはカタカタ首を鳴らしながら続ける。
「(…どうでしょうねぇ? なんだか女の子の話でご学友と盛り上がっていましたが)」
ぴくぴくと眉が動いてしまうララルゥを見て、メガデスはまたカタカタと首を鳴らす。
「………」
「(あなたが怒るのを見るのも久しぶりですね)」
「あまり調子に乗っていると、あなたでも『破壊』しますよ?」
再び首をカタカタ鳴らすメガデス。
「(『人形破壊者』の目ですね。
怖い、怖い―っと、そうでした。それはともかく、一人始末し損ねましたよ)」
「『暗黒無双』のあなたらしくもないですね」
「(相手が悪いです。よりにもよってレーム・ド・ルミエル家の『刃の神子』ですから。
近づくことすら出来ませんでしたよ)」
ララルゥもその言葉に思わず驚きの表情を見せる。
「ウソではありませんね?」
「(ワタクシはからかってもウソはつきませんよ?)」
「…こうしてはいられません…!」
ララルゥは席を立つ。
「(ご主人サマは「学校来たら一生口聞かねぇ」とか仰っていませんでしたか?)」
「いつまでもふざけてないで貴方も来て下さい。経験値何百倍はヨタ話ですか?」
ララルゥの何時に無く真剣な声色に、メガデスはそれ以上何も返さずに
ララルゥの影の中に潜っていく。
「(まぁ、彼女は貴女のことまでは知らないでしょうから、この方が都合いいですね)」
「ムダ口叩く暇があるのでしたら詠唱妨害魔術と光学迷彩魔術の発動に助力して下さい」
「(おっと、これは失礼)」
ララルゥは自室に戻り、戦闘服に着替え破壊剣オートクレールを背負う。
「…シューゴ様…今、向かいます…」
「(大好きなご主人サマの為なら例え火の中水の中。
ああ…愛しい人…どうかどうか、
ご無事である事を願っております…だから――)」
「本 当 に、『 破 壊 』 さ れ る の を、 お 望 み で す か?」
「(……スミマセン、調子ニ乗リスギマシタ……)」
メガデスは慌ててララルゥの影の中に潜り込む。
ララルゥは脱兎の如く黒網邸を飛び出し、学園へと駆け抜けていく。
☣魔術師クロアミ☣
相変わらず教室はうるせぇ。いや、当然だ。何しろブロンドでベリーナイスバディ!
な美少女ちゃんが転校して来るんだからよ。俺様もほんのりときめいちゃってるぜ…あ!
瑞穂先生来た!
「きりぃーつ!」
いかん! 声がちょっと裏返った! しかしそこはリビドー爆発な男子どもがほぼ全員、
最初の「き」の時点で総立ちだから何とか誤魔化せるかな。
「礼!」
「「「おはようございますッ!!」」」
おお、男子の心のみ今はほぼ一つだ。この雰囲気に女子たちは皆怪訝な顔を隠せない。
うん。まぁそりゃそうだよ。だってもうすぐ男の夢と浪漫と希望がいっぱい詰まった(?)
素敵な女の子がやって来るから。そうだろ? ゲス野朗共☆
「はい、今日は皆さん爽快で素晴らしい挨拶ですね」
「っ着席ぃ!」
いかん、二度目だ。だが今や一丸となった男子一同
一斉着席がそれをバッチリフォロー。
ナイス! ゲス野朗共☆ グッジョブ! ゲス野朗共☆
さて、瑞穂先生は教壇に立った。
「では、HRを始める前に皆さんにお知らせです」
「ジャックポット!」
男子の誰かが叫んだ。この馬鹿野朗が! ほら、瑞穂先生の目が光ったぞ。自重しろ。
「…既に何人かの生徒の皆さんはご存知のようですが、今日このクラスに転校生が来ます」
いかん、メガネがズレてる。第一印象は存外重要だ、面接も出会いも。
「では、入って来て下さい」
「ハイ」
なかなかいい声だ。では噂の美少女よ。俺様にその姿を拝ませろ!
おお…ララルゥとはまた違って大人っぽいな…ンでもって…
うん一見スレンダーに見えて出るトコしっかり…いかん鼻の下が。
つーか男子は皆発情したサルみたいな面だ。よし、俺様がやはり一番。
この勝負もらった!
「では、自己紹介してください」
「ハイ」
転校生の女の子はやんわりとカールしたブロンドの長髪をきらめかせて、
黒板に流暢に横文字を更々と書いていく。おおフランス語の筆記体だ。
他の連中読めんのかな?
「本日より、私立エリファス・レヴィ学園の高等部にて、
皆さまと学生生活を共にさせて頂くことになりました。
イザベル・レーム・ド・ルミエルです。これから卒業までの間、
皆さん宜しくお願いいたします」
含みの無い笑顔で、実に丁寧な日本語で喋った後、
深々とお辞儀をするイザベルちゃん。別にフランス語で挨拶したって俺様全然いいのに。
「それでは、イザベルさんの席ですが…」
何てこった! 俺様の席は一番後ろだ。隣ってのはまずありえな…
「あれ?」
いつの間に机が…変だな。朝の時はンなもん何処にも…
いや、気にしてなかっただけか。
「黒網修吾くんの隣の席ですね」
うおッ!? 野朗どもの憎しみと妬みだけが込められた視線が俺様に集中しやがる!
この恩知らず共め……馬鹿な!? 睨まれているだけなのに何だこのプレッシャーは!?
む? イザベルちゃんが席に近づけば近づくほどにプレッシャーが増していくだとッ!?
雑魚共の分際で生意気なッ!
「よろしくお願いしますね。シューゴ」
屈託のない笑顔でのファーストネーム呼びは俺様まだ慣れてないぞ。
でもいい。だってイザベルちゃんだし。
「あ、はい。どうぞよろしく」
スマイルが引きつっちまった…らしくないぞ俺様。
「それでは、全員が席に着いたことですし。そろそろHRを始めましょう」
転校生は基本的に空き時間は質問攻めだ。だが俺様は立場的に溶け込めない。
だというのに何だこの人の壁は!? 野朗共が邪魔すぎる! わざとか? わざとだろ?
つーかわざとだなッ!? 上等だ。俺様の地獄耳を舐めんな。
「旧貴族階級って本当ですか?」
「ハイ、今も形式的ですが他の一族との交流もあります」
「ズバリ3サイzpぉきじゅhygtfrですぁQッ!」
ゴスッ! ドコッ! ドカバキベキッ! ドスッ! ガスッ! グチャッ!
単刀直入すぎる質問をした超弩級莫迦野朗の誰かが
フルボッコされているみたいだな。つーかグチャッ!
――とか、すげぇヤバそうな音も聞こえなかったか?
「許婚みたいなのはいたりしますか?」
「いえ、そういう人はまだ…」
人の壁で見えないが俺様には分かる。数多くの野朗が心の中でガッツポーズをしたぞ。
「何のために日本へ?」
「日本の文化を肌で感じてみたかったんです」
ああちくしょう。今の俺様としては授業中は顔を見るわけにもいかねぇからこそ、
この時間に見たいというのに…野朗共の人の壁が邪魔だ!
…!? ちくしょう! 次の授業のチャイムかッ!
イザベルちゃんはそりゃあもう、才色兼備ってやつだ。授業は古典を除けば文句なし。
体育の授業では一部女子にもファンが出来たんだとか。
だが、俺様が話しかけるチャンスは今日一度たりともなかったぞちくしょう!
…何かやるせなくなったのでその気持ちを紛らわそうと俺様は放課後、
図書館で朝持ってきた時空魔術の魔道書を読むことにした。
「数秘術理論か…やっぱ時空魔術には関わってくるのな…」
図書館では静かにしなければならん。が誰もいないんだから無礼講でいいじゃないか。
と言うことで俺様は今メガネも外していたりする。
「隣、いいですか?」
誰もいなかったからこそ、不意に声を掛けられて気を抜きまくってた俺様は少し驚く。
「え? あ? え? ああ、どうぞ」
慌ててメガネを掛けてみれば、自分の目を疑いたかった。
目の前にはイザベルちゃんがいる。今日は朝の一度きりしか会話を交わしてないのに、
一体何処でフラグが立ったんだ? それとも、もしかしてイザベルちゃんは
朝の一度きりの会話で俺様の隠されたカリスマ性に気付いたとでも…?
などと自意識過剰も甚だしい考えをしていると
「シューゴ。あなたは独りでいるのが好きみたいですね」
「え?」
唐突に何だ? 何が言いたいんだろ、この娘は。いかんメガネがずり落ち…
「…あれ?」
裸眼で彼女を見たとき、俺様は目を疑う。
イザベルちゃんの髪の毛がブロンドではなく、煌めく紫銀色に見えた
(何故か瞳も同じように見えた)からだ。俺様はもう一度メガネを掛け直して見直す。
「ブロンド…ですよね?」
「ハイ?」
いかん。何を言っている俺様は。
「えーと、あの…イザベルさんは部活の見学とかしに行かないんですか?」
「ハイ。ここで言うところの執行部に入れてもらいましたから」
すげぇコネだな。俺様は『いい人』モードで信頼を得まくって入ったというのに。
「けど、何でまたこんな人気の無いとこに」
「それは…なんと表現すればよろしいか少々…
あ、都合が良いという言葉でよかったでしょうか?」
都合が良い? なんのこっちゃ?
いや、待て、今二人っきりだぞ…てことは…いや、しかし…………
………だが、俺様のそんな甘酸っぱ過ぎた考えは次の言葉で消え去った。
「単刀直入に言います。シューゴ、いえ狂乱魔術師クロアミと呼ぶべきでしょうか?」
俺様はメガネを外し後ろに飛び退いて距離をとる。
俺様をそう呼ぶヤツなどまずいない。ついでに言わせて貰えば、
さっきの髪の色の見間違いは間違いじゃなかったみたいだな。
言い忘れていたが、俺様は『魔眼』も使える。外見の偽装は裸眼の俺様には通じない。
「貴様…何者だ」
「やはり、そちらがあなたの地ですか」
ちくしょう。せっかく美少女に近づけたと思ったらこれかよ。
「俺様の質問に答えろ。親切に同郷の言葉で合わせてやってんだからな」
「既に理解しているはずでは?」
最初の時とは裏腹に随分と攻撃的だなイザベルちゃんは。地って感じはしないが…?
「人が来ないのも、貴様が仕掛けたか」
「ええ、そうです。ケダモノを相手にするわけですから」
イザベルちゃん…いや、イザベルは片手で自分の周りを払うと、
学園の濃紺の制服姿が掻き消えたかと思うと騎士を思わせる姿に変わる。
近接も出来る魔法騎士ときたもんだ。
「そんな格好だ、大体貴様が何をしたいのか想像はつく」
「話が早くて助かります。正直あなたとは会話も極力したくないので」
イザベルは何も無いところから夕陽で抜き身の光る突剣を抜く。
余計な飾りが無いのは、間違いなく人殺しの獲物の証。
こんなことなら他の魔術師に喧嘩売っときゃよかったぜ。
「俺様も随分見くびられたもんだ」
俺様は右手を構え、無詠唱の炸裂弾魔法を連発する。
凄まじい爆風と煙にイザベルの姿は見えなくなるが、
「どうせ効いちゃいねぇよな?」
「ご明察です。鬼畜外道なだけはありますね」
ほこり一つ付いてないぜ、全く。相当な使い手じゃねぇか。
無詠唱魔法でこうだってんなら、明らかに俺様の分が悪いな。
てかさっきから一言多いんだよ…。
「二年以上も音沙汰なかったくせに、今更『魔術議会』は俺様を狙うのか」
「議会はずっとあなたを監視していました。ですが先日、やり方を変えましたので」
「そうかよ」
さて、どうする俺様? 『守護兵』抜きで無詠唱魔法じゃ無意味な相手だ。
逃げようにも、どうせ強固に張られた結界で出られやしねぇ。
もちっと早くから時空魔術の勉強しておけばよかった。
逃げるのは俺様としてはすんげぇ嫌だが、死んだら元もクソもねぇ。
「けどよ、抹殺ならもっとコソコソやれよ?
こう堂々と正面から来られると調子狂うぜ」
「ずいぶん余裕ですね? …色魔のくせに」
気が付きゃイザベルの周りに色とりどりの魔法陣。
考え中に向こうに詠唱の暇を与えちまったな。
ったく、ままならねぇな。時間稼ぐつもりが裏目だちくしょう。
「一応、私はあなたを抹殺か更生かの判断を委ねられてますが。
どちらかといえば抹殺派です。というかあなたの存在自体、
否定したいですから、今すぐに」
「お宅の議長さんはよっぽど軽率だな………つーか存在自体否定かよ」
「何とでもどうぞ。どの道あなたはここで終わりです」
そうらしい、退路もねぇしな。
トン。っと音がしたかと思ったら、イザベルと俺様の距離が1メートル程度だ。
やべぇ、心臓狙ってやがる…!
ザシュッ!
聞きたかない音がする。
「………ぐ…」
痛ぇ…。右肩はもう駄目か。ざっくりと剣が刺さっちまっている。
避けきれるわけなかったか。
「往生際も悪いみたいですね?」
「俺様の数多にある取り柄の一つだからな」
昨日とは違う。ありゃただの刃物だが、こっちは魔力で強化されてるから
生半可な障壁や盾は貫かれちまう。
ああ、ちくしょう。笑うので精一杯だ。
「どうしようもない取り柄ですね?」
「言ってろ」
剣を引き抜いてイザベルは後ろに飛び退く。次は…無理だな。
正直言って右肩の痛みは半端じゃねぇ。
「次は、確実に貫きます」
そう言い終えると、今度はイザベルの姿が何人にも増える。
よりにもよって分身かよ。こりゃお手上げだな。不規則に飛び掛るもんだから、
かえって死角がねぇぞちくしょう。
「クソが…!」
思わず俺様は目を閉じる。
ガキィン!! ん? 刺さる音にしちゃ変だな。ってあれ?
何か見たことある後姿が…。
「何とか…間に合いました」
「……く…!」
何でイザベルの苦悶が…? っておい? 俺様は夢でも見てんのか?
「ララルゥ…? ついでにメガデス?」
「ワタクシめはついでですか? と言っていますが」
夢じゃねぇ。右肩まだ痛いし。その声聞くだけで何かムカつくし。
俺様の目の前には、おろしたてであろう戦闘服姿に
愛用の破壊剣オートクレールを構えたララルゥと、
八本の腕に大鎌を持ったメガデスが分身を消されたイザベルと対峙している。
「私の結界を…どうやって…?」
「『暗黒無双』と謳われた
ワタクシの能力を甘く見ないでください。と言ってます」
「んだよ…結界を通り抜けられる能力持っているなら俺様に言っとけよ…!」
「興奮しますと失血が酷くなります。シューゴ様」
「腐ってもお前は俺様の『守護兵』か」
体勢を整える俺様。
「骨の髄まで腐ったシューゴ様がそれを仰いますか」
こんなときでもご主人様たるこの俺様にさも嬉しそうに悪態つく
貴様こそウジ虫みかんだろうが。まぁいいそれよりもだ。
「いやー痛かった、痛かったよイザベルちゃん」
「く……これが…『魔術王』の遺産…」
「『魔術王』がどんだけすごいか知らんが、ジジイの遺産は確かにいいモンだ。
何故なら今、こうして形成逆転できたんだからよ?」
「成程…少々お遊びが過ぎましたね」
「今度は貴様がそれを言うか」
いちおう形成は逆転したが、いかんせんイザベルの底はまだまだわからんのも事実だ。
何だかんだでお互い硬直してるしな。
「さて…このままじゃ埒は明かんな」
「如何致しますか? シューゴ様? このまま斬り掛かっていいですか?」
「………」
イザベルは剣の持ち方を変える。実質二対一だが、向こうはやる気十分だ。
「……どれ、俺様はさっき覚えた大魔法を試してみようかな?」
「………」
イザベルは動きを見せない。ならば揺さぶってやる。
ダズ・マ・ロウ・ライラ…
俺様は詠唱を始めているぞ? おら、どうした? 斬りかかって来い。
「………」
ニル・ムグルウナフ・シュヴ…
この程度ではさすがに動かないか。メガデスとララルゥも睨みを利かせているし。
だが、そのままだと俺様の大魔法が炸裂するぞ?
ルビカント・アグル・ソリフォス!
詠唱は終わった。俺様達の足元に大きな魔法陣が現れる。
これでいつでも発動可能だ。
「さーて、これで俺様の有利は確実なものになったぞイザベルちゃん?」
「く……!」
「色々聞きたいことが山ほどあるが、俺様は多忙でね。
『いい人』モードを維持するためにもやらんといかんことが腐るほどあるんでな」
家に帰ってティータイムとか、積みゲーの消化とかな。
「んじゃ、また会おうぜ?」
俺様は高速言語で詠唱する。すると魔法陣が輝く。
「これは…!? …逃げる気ですか! 狂乱魔術師クロアミ!」
「俺様紳士だから。女の子には手を上げないんだよ? 優しいだろ?(超汚い笑顔)」
「馬鹿にしてっ…!」
イザベルのその言葉の後。俺様達の目の前の景色は真っ昼間の屋上に変わる。
「…? シューゴ様? 時刻は夕方のはずでは?」
「おいララルゥ。俺様が唯の転移魔法を使うと思ってたのか?」
「可能性は87%でした」
「残りは?」
「てっきりあの人の着衣を一部残して衣服を剥ぐような…」
「このウジ虫みかんが!」
個人的にそれもアリだ、が! …一応俺様ケガ人ですよ?
興奮したら失血死しちゃいますよとか言ったのは
何処のウジ虫みかんだと思ってやがりますカ? …あー気分わりぃ。
「どうせ逃げるならより安全に逃げるべきだからな。しかし俺様はやはり天才だな。
ぶっつけ本番で上手くいったぞ」
せっかく覚えた時空魔術を使うのだ。ならばここは軽く
時空転移をして見せてこそ
魔術師クロアミの凄さをアピールできるではないか。
「シューゴ様が時空転移をなさったのは理解しましたが…なぜ学園の屋上なのですか?」
「………」
「シューゴ様?」
「俺様だって家に転移したかった。だがな、下手にこの時間の家に転移しちまったら
家にいるもう一人の貴様らと鉢合わせちまうだろが」
それっぽい事言って誤魔化した。本当は家に行きたかったのだが失敗したのだ。
「でしたら何も問題はありませんでしたが」
「何だと?」
「私達は午前中に家を後にしておりましたので」
何ぃ? ってことは…
「貴様ら…ギリギリまで見ていたのか?」
「はい、その通りです♪」
メガデスも睨みつけてみる。ん? 何々…?
ワタクシ・は・直ぐにでも・参上したかったのですが・その……?
「その…の次は何だ」
ララルゥと俺様を交互に見るメガデス。
「(にっこり)私が脅迫してギリギリまで待たせました」
こ ぉ ー ん の ウ ジ 虫 み か ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ん!
「とっとと助けろこの阿呆! これ見ろこれを! 肩に剣が貫通したんだぞ!?
止血処置してはいるが傷は塞がってねぇんだぞ!? 正直死を体感しかけたんだぞ!?」
「シューゴ様なら殺しても死なないゴキブリ野朗と思っておりましたから」
このアマ…!
「…いい加減にしろよララルゥ。犬を嗾けるぞ」
「……!?! …ひぅッ!?」
メガデスの後ろに隠れて、久しぶりに怯えるララルゥの顔を見た。
そうなのだ、こいつは何故か犬に対して病的な恐怖を抱えている。
何を言っても一切合切全く持って微塵も! 堪えないララルゥの数少ない弱点の一つだ。
「…ご、ごめんなさいシューゴ様…こ、ここ言葉が過ぎました…おゆ、お許しください…」
こうも言葉につまるララルゥを見るのは久しぶりだ。
「……とりあえず許してやるよ」
本当なら今すぐにでも犬を嗾けてやりたいが、本当に嗾けると散々泣いた挙句、
部屋に閉じ篭ってしまうので、どれだけ腹が立ってもそれはしない。
ララルゥだって女の子だ。俺様はそんな風に女の子を泣かせるのは趣味じゃない。
違 う 意 味 で 泣 か せ る の は
超 大 好 き な ん だ け ど ね ☆
「帰るぞ」
「はい…」
まだメガデスの後ろに隠れてやがる。うん、こればかりは効果が絶大だな。
とりあえず校内に入るドアを開けて――
「あれ? 修吾?」
梶取と鉢合わせる。……しまった。今、昼時だってことを忘れてた。
「か、梶取くん…?」
「何時の間に屋上に来てたんだ? というか後ろのコスプレ美少女…」
「何でもありませんよ」
「え?」
俺様は梶取の頭を鷲掴みする。
「これは夢だ、白昼夢だ。だから忘れちまえ」
「おい、修吾。いきなり何――」
記憶忘却…!
掴んだ手が光ると梶取は力なく崩れ落ちる。
よし、この部分の記憶はばっちり消えた。
「メガデス。俺様達を送れ」
了解、と言ってメガデスは俺様達を抱え込み。学校を一瞬で後にする。
つーか最初からこうすれば良かったじゃん。
色々ありすぎて冷静になりきれてなかったな。反省。
さて、昼間に帰ってきましたマイホーム。とりあえず右肩のケガをきちんと治療して、
メガデスに周囲の見張りさせて…ついでに足りない血を補うべく
ララルゥに飯を作らせる。うむ、戦闘服にエプロン姿と言うのも
これはこれでグッと来るな。
「お待たせしました」
実質二度目の昼食は…おお、スタミナ満点レバニラ炒め+餃子定食♪ マジで旨そう☆
「いただきます♪」
全くこいつの立ち回りの良さは凄いねー。「有り合わせで適当に作れ」って言ったら
レバニラ炒め+餃子定食だ。レバーの血抜きが完璧でタレも手作り。
おまけに魔法を使わないでだぞ?
これだったら学校卒業したあとレストランでも経営しちまおうかな?
「旨い! 旨 す ぎ る !」
「シューゴ様」
「ん? 何だ?」
つい顔がほころんだ。だって滅茶苦茶旨いし。
「…では改めましてシューゴ様。今後の対策は如何いたしましょうか?
よろしければ、今のうちに始末してきましょうか?」
「こらこら、ンなことしたら|時空の因果律に矛盾が生じて(タイムパラドックスで)
何かとんでもないことが起きちまうかも知れんだろうが?
お、餃子にはカニも入ってる♪」
まぁ確かに、今後の対策は必要だ。あのイザベルちゃんのことも良く分かってない。
「久しぶりにゼルドゥクでも呼ぶか」
「ゼルドゥクをですか? 成程、ゼルドゥクの必殺兵器『震天神罰』で
チリも残さず吹き飛ばすんですね。シューゴ様ったら、超えげつないですね♪」
「阿呆。あいつの普段の力を使うだけだ」
朝にも言ったが、ゼルドゥクは兵器として十二分に凄いが、
諜報能力の高さも半端ねぇ。今日も今日とて適当に軍事衛星とかを
ハッキングしているはず。そ う 命 令 し た し ☆
「今じゃ魔術師もインターネットに進出している奴らも多い。
てなわけで、ゼルドゥクのハッキング能力であのイザベルのことを洗いざらい調べ上げて
…ククク…」
「弱点か何かを見つけてそれを良い事にシューゴ様は夜な夜な…」
「とりあえず今すぐ死んでこいウジ虫みかん☆」
実際そんな事を九割がた考えたけどこいつに見抜かれたことがムカついたので罵った。
「その命令は拒否します♪」
うぉーマジこいつムカつくー。でもメシが旨いから何とか耐えられるー。
「夜出かけたいが、今日は情報収集に徹するべきか?」
メシを食い終わって俺様は庭へ出る。無論、ゼルドゥクを呼ぶためだ。
「今何処にいるんだ……?」
念じるが反応がない。ゼルドゥクには他の『守護兵』と違って瞬間移動の能力がない。
ジジイはなぜヤツにもその能力を組み込まなかったんだろう…
なんて一時期思った事もあったんだが、一度ヤツを呼んだときその理由がわかった。
暫くすると青空の向こうのある一点がキラリと小さく光り、
ジェット機が滑空する時の轟音が聞こえる。
「お、来た来た…って!?」
ズッガァァァァァァァァァァーンッ!
大音をたてて俺様の目の前に砂煙。
「ぶはっ!?」
むせた。砂煙が晴れるとパルシオンよりでかい十数メートルの黒い球体が浮いている。
こんだけデカイとうっかり狭いところで呼んだらパルシオンよりも
ひどい状況に陥るために瞬間移動の能力が組み込まれて無いというわけだ。
ちなみに俺様の家の庭が広いのは、こいつが来たときのためにジジイが広くしたらしい。
が…
「もう少し静かに来いよ…イージス艦のレーダーに引っかかったらいろいろ面倒だぞ…」
ゼルドゥクもパルシオンやメガデス同様に発声器官を持たない。だが自我は持ってる。
まぁ俺様はまだ読心魔術は覚えてないので…つーことで例によって。
「シューゴ様が催促するので急いだそうです」
別に急いで来いなんて言ってないのだが。
「急いだって…メガデスほど速くはないだろ…」
「どの道低速で滑空すればそれこそ人目に捉えられます…と言ってますよ」
「まぁ、それもそうか…とりあえずお前と端末の接続を始めるぞ」
ララルゥに目配せするとララルゥは超特急で俺様のPCを持ってくる。
ラップトップ型はこんな時に便利だな。まぁ自作なんでかなり分厚いんだが。
「さて、と」
特殊ケーブルをゼルドゥクに繋いで準備は完了。
いろいろやかましいC言語を入力してようやくウィンドウが展開する。
「んーと…何々…イザベル・レーム・ド・ルミエル…いや、名前はもう知ってる」
エンターキーを連打しまくってもっと詳細な情報を…無論それ以外も全部暗記するが。
「各地方の一角に広大な土地を所有し…政界にも『魔術議会』にも数多くの血族が…」
いや、だからそんな情報はいいから弱みになりそうな情報をよこせって…ん?
現時点での 彼 女 の 3 サ イ z…?!
いやいや、これはこれで 後 で じ っ く り 見 る と し て…
…ブルゴーニュ地方の人里離れた邸宅に病弱の肉親あり…?
「お!? あった! あった! これこれ! こういう情報だよ!」
流石は最強のゼルドゥク! インターネットだけでここまでの情報を調べ上げるか!
「クックック…今日はやはりいい日だな」
「キモチワルイです。シューゴ様」
「うるせぇ。ほっとけ」
良いじゃねぇか、俺様は魔術師クロアミ様だぞ? 悪人面上等。
「よしよし…やることはもう決まったぞ」
行く前にイザベルちゃんに脅迫状も書いて…後は…クフフフ…
☣魔術師クロアミ☣
さて、学校に二日間の病欠届けを出してやって来ました我が祖国のフランス共和国!
現在地はブルゴーニュ地域圏で首府ディジョンだ!
祖国とか言っちゃったが、実際国籍は日本だ。だがまぁ細かいことはどうでも良いだろ?
ジジイの祖国は俺様の祖国でもあるんだから。
あ、後で名産のディジョン・マスタード買っておこう。
「Alors, que faites-vous, mon maître?
(で、如何いたしますか? シューゴ様?)」
「Vous avez décidé quoi faire.
Mais s'il vous plaît changer en vêtements réguliers en face de lui.
(如何って、決まってるだろ? …つーかお前行く前に普通の服に着替えとけよ)」
毎年ジャパンエキスポ開催するフランスでもララルゥの黒メイド服はやっぱ目立つ。
俺様は普通のカジュアルスーツなのに……ったく、こいつは……。
「Parce que ne devrait pas être un fidèle à la base.
(基本には忠実でなくてはいけませんから)」
お前のそのよくわからん基本でさっきから俺様に注がれる視線が
熱くて痛いことを理解してますか? いやむしろこいつの狙いはそこにあるのか!?
後で覚えとけよウジ虫みかん!
「Vous ne pouvez pas être bien représenté,
mais c'est une conversation en français également,
Il correspond à la nature de moi.
(しかしアレだ。やっぱフランス語で喋ってる方がしっくり来るな)」
「C'est l'illusion de mon maître définitivement.
(それは間違いなくシューゴ様の錯覚ですね)」
断言するんじゃねぇ。やっぱこいつ留守番させとけば良かった。
「Eh bien, bonne. Voyons un taxi de là.
(まぁいい…タクシーを探すぞ)」
しかし、人里離れているせいでタクシー以外の経路が無いんだよな…
転移使いたくても一回訪れた場所じゃなきゃ使えんし…
魔術もそこまで万能じゃないんだよな……ったく。
まぁいい、片道料金くらいは我慢だ。金は腐るほどあるし。
夕陽が射す風情ある風景を見つつのタクシー観光…贅沢かもな。
隣のメイドちゃんはそんな風に浸れる余裕は…
「…出るものが…出ちゃいそうです……シューゴ様」
…微塵もねぇな。さっきから俯きっぱなしだ。
「おいおい…大丈夫か?」
「これが…大丈夫そうに見えますか…?」
焦点の合っていないララルゥは真っ青だ。何でか知らんが、
こいつは車だけは乗り物酔いする。あのメガデスの二回は死ねるであろう
滑空でも顔色一つ変えないくせにな?
「上とか向いて、もうちょっと我慢しろ。あと20分の辛抱だ」
「…無理です…終焉は近いです…」
小刻みに震えてるね。でもどうにもならん。今更途中下車なんざしたく無い。
何ユーロ掛かっていると思ってる? 人件費高いから物価も税も日本よりバカ高いんだぞ?
「エチケット袋あるぞ? 使うか?」
「…拒否します…半透明じゃないですか…」
そうだ。いろいろマズい。絵的にもキャラ的にも。
「じゃあ頑張れ。それ以外どうしようもねぇし」
「…不可能です…んむ…!」
何だろう…見てて少し不憫に思えてきた…俺様としたことが…。
「悪い。ここで降ろしてくれ」
辺りが夜の色を見せつつあるなかで…なんつーか…
また俺様はララルゥを背負ってこのご時勢に馬車の車輪跡が残る街道を歩いてる。
「……」
「おい、大丈夫か?」
「……ぐぅ…」
寝てやがる!? こいつ…! お約束パターンにするつもりか!?
「ったく…」
ぼやいても仕方が無い。どのみちあと十分程度でイザベルちゃんの実家に着く。
そしてその時は…ククク……にしてもずっと同じ道通ってないか…?
「結界のようですね。シューゴ様」
「……大丈夫そうなら降りろ。つーか投げ捨てるぞ」
ララルゥを降ろして俺様は辺りを見回す。成程確かに。さっき見たはずの標識と人家。
これでも記憶力は良い方だ。標識の汚れ具合からも全く同じものだと見て取れる。
「見えないタイプの結界か…小賢しいな」
「そのようですね。メガデスを呼びますか?」
「必要ない。人避け程度のもんなら軽く抜けてやる」
一呼吸おいて集中。俺様は手を前に突き出して歩く。一歩一歩踏みしめていくと、
手のひらにかすかにふわりと何かが触れた感覚。
「ここからか…ララルゥ。俺様につかまってろ」
「はい。シューゴ様」
そう言って俺様の片腕に両腕を絡めるララルゥ…ちくしょう絶対ワザとだ!
その気も無いくせに偉大なるWマシュマロを押し付けるんじゃない!
だが俺様は何も言わねぇ!
せ っ か く だ か ら 堪 能 し て や る ッ ☆
「初歩的だな。単なる用心か?」
「可能性は99%です」
残り1%はあえて聞かない。何となく聞きたい気もするが。
「もう少しだ…」
ずぶずぶと水にゆっくり入るような感触が全身にかかってくる。
結界を抜けるときの感覚は息が詰まりそうだ。
正直慣れるのは時間が掛かるな、これは。
「ぶはッ!」
ようやく結界を抜ける。思わず息を吐いちまった。
「……無意味だと思います」
「人の事言えるか」
俺様は聞き逃さない。お前がさりげなく同じ事をしていたのを。
「どうやら目的地は近いようです」
ララルゥが指差す方向には確かに明かりが見える…
窓の数から見て、かなりの邸宅だ。
俺様の家ほどじゃないがデカいし…さすがは貴族サマってヤツか?
「侵入経路は如何致しましょうか?」
「ここまで着たら堂々と正面からだ」
だがまあ別にバレても構わんさ。
そん時は『守護兵』全てを呼んで派手に暴れてやる。
んじゃ、まずは身だしなみを整えて…持参したお土産の準備も良し。
『いい人』モードも発動だ! 何を気にする様子も無く、
真っ直ぐ正面玄関へ歩いていく俺様達。
「長い…」
確かに歩を進めているんだが、玄関口が近づいていく気がしねぇ…
「距離を推定しますと、残り4キロ以上ありそうです」
「マジか」
そんなに長い道作って何がしてぇんだ? 貴族の考えることはわからん。
というか…
「いつまで引っ付いてる」
「シューゴ様が離れろと仰るまで」
「うん、じゃあ離れろ☆」
「拒否します♪」
すっかり忘れていたな。このままじゃ誤解される度200%ぶっちぎりだ。
「お前は本当に嫌なメイドちゃんだ(^_^#)」
「はい。嫌なメイドちゃんです(棒読み)」
あ ぁ ぁ ぁ ぁ ー ! ム カ つ く ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ー !
「よし、わかった。犬――」
あ、離れた。これやっぱ使える。これから多用してやろうかな。
とか何とか思っているうちにこれまた馬鹿でかい玄関の扉が目の前。遠近感覚が狂いそうだ。
「……インターホンとかは無いのか」
「伝統的な造りにそのようなものは無粋ですよ」
そりゃそうか…ってことはこの牛の鼻とかにもついてそうな輪っかで扉をノックか?
「正解です。シューゴ様」
気持ち強めにノック。反応は無い。
「……こんばんはー? 誰か居ませんかー?」
「夕食の時間かも知れませんね」
時計を見るともう二十一時だ。晩飯にしてはちと遅くねぇか?
「にしたって使用人なり執事なりお前みたいなメイドちゃんとかが出迎えるもんだろ?」
「シューゴ様の旧貴族階級に対する偏見を感じられます」
「他国の貴族サマに対するごく一般的(日本的)なイメージを言ったまでだ」
そう言えばララルゥには来客の出迎えとかやらせたこと無かったな。
まーそれはいいか。
「誰か居ませんかー?」
いやみったらしくノック連発。すると
(ごめんなさい。今扉を開けますね)
「え?」
何処からとも無く可愛らしい声がしたかと思うと、扉がゆっくりと開く。
向こうには誰もいない。
「……」
「シューゴ様。私達は招かれましたよ」
「ああ……えっと…お邪魔します…っていうかその物言いはどこぞの吸血鬼みたいだな」
とりあえず扉が開いたので中に入る俺様達。ところが誰も出てこない。
扉もひとりでに開いた。まぁここが魔術師の名家の家だから
魔術で自動ドア――何てことも理解できるんだが…。
「誰もいない…」
「そのようですね」
風情ある造りの広々としたエントランスには、人っ子一人いない。
ちょっと期待してた超可愛いメイドちゃん達も居ない。罠か? 等と勘ぐっていると。
(すみません。今、お手伝いしてくれる方達には休暇を与えていましたので)
とまた可愛らしい声が何処からとも無く聞こえてくる…
精神感応魔術とかじゃないな。頭に直接って言うよりは、
すぐ傍で語りかけられている感じだ。
ララルゥに目配せすれば「魔力は感じられません」と合図。
うーむ…何かの設備か? しかしそんなものは無粋だと言っていたし…
あー面倒だ。深読みするのはとりあえずやめとこうか。
「家主の方ですよね?」
(はい、一応そういうことになってます)
正直俺様は声で相手の顔を想像してしまうタイプだ。
『いい人』モード中は控えたい癖だ。
(今応接間までの扉を順に開けていきますので、ご足労ですがこちらまでお願いします)
うーん。丁寧な言葉遣い…
育ちの良さってやつが声の主の顔を余計に美化しちゃうなー。
「では、お言葉に甘えて」
すぐ近くの扉が開くので俺様達は開いた扉の方へどんどん進んでいく。
「(小声)シューゴ様」
「(小声)何だよ」
「(小声)不自然すぎます」
「(小声)わかってるっつーの。だが俺様はあえて乗ってやるんだよ」
何のためにお前を連れてきたと思ってんだ。
腐ってもお前は俺様の『守護兵』だろうが。
(あの…どうかしましたか?)
「へ? ああ! いやいやナンデモナイデスヨ…?」
やべぇ声が裏返った。 さりげなく笑ってんじゃねぇこのウジ虫みかんがッ!
などとララルゥにガン飛ばしながら暫く進んでいくと、
エントランスに負けず劣らずだだっ広い応接間に到着。
おお、アンティークな高級家具で一杯だ! 見た感じはロココ様式。
まぁフランスの旧貴族階級だから当然っちゃ当然か。
(少々お待ちください。いま其方に急ぎ参りますので…)
「ああ、大丈夫です。ゆっくり待たせてもらいますよ」
大人が7、8人座れそうなでかいソファに腰掛ける俺様。
ララルゥはきちんと斜め後ろに立つ。それにしてもソファ柔らけー。
このまま眠れるかも。帰りにベッド買い直そうかな。などと考えていたら、
奥の方の扉がゆっくり開く。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
「ああ、いえ…そんなコト…は…」
入ってきたのは車椅子に座る淡い緑黒髪の小柄な美少女だ。
おお、可愛らしい声がものすごく似合う顔立ちだよ。イザベルの肉親だけあって、
目とかもそっくりだな。しかし、春先とはいえ露出の全く無い服装には
大変残念極まりないが、思っていた以上の超特上玉…もとい美少女だねぇ…
いかん鼻の下が。
「ようこそ、レーム・ド・ルミエル家へ…本日はどのようなご用件で此方に?」
「ああ、いえ…コホン…僕はシューゴ。
シューゴ・ド・フラムノワール(偽名。一応な)です。
シューゴとお呼びください。マドモワゼル……」
まず自分から名乗る。これは何処でも基本だろ?
「ユリエルです。ユリエル・レーム・ド・ルミエルと申します」
ユリエルちゃんか…良い名前だ。天使みたいで泣かせ甲斐がありそうだ。ククク…
☣魔術師クロアミ☣
一方その頃、黒網修吾を取り逃がしたイザベルは、
その後彼の追跡に二日近く忙殺されていた。
今までにこうも梃子摺らされた相手に見えたことが、
かつての剣の師以外にいなかったため、仮住まいの学生寮ではろくに寝付けなかった。
「……腹立たしい…」
自分の目の前から忽然と姿を消した修吾のあの超汚い笑顔は
今までに向けられた侮蔑の表情の中では上位に食い込む。
そのせいで余計に彼の顔が脳裏に浮かんで苛立ちが沈静化しない。
「あの男…何処に…」
索敵魔術を駆使しても彼の魔力らしき反応は一切無く…。
代わりに疲労が募るばかり。最高議員の面目も奴のせいで今にも潰れそうだ。
歯痒さに拳を振るわせるイザベルの元に使い魔らしき
真っ黒な羽毛のフクロウがやってくる。くちばしには一通の手紙。
「…また、お小言でしょうか…?」
手紙の封を少し乱暴に開けて文面に眼を走らせた彼女は凍りつく。
『ボンジュール♪ コマンタレヴゥ?
黒網修吾こと狂乱魔術師クロアミでーす♪
手紙とか出してみるのも面白そうだったので出したんだけど、
よくよく考えたら大して書くこと無かったねー♪
と言うことで単刀直入に言わせて頂きまーす♪
テ メ ェ の 妹 ち ゃ ん は 俺 様 の 手 中 だ。
煮 る な り 焼 く な り × × な り 好 き 放 題 だ ぞ ?
と言うことですからとりあえずあなたのご実家で詳しくお話しませんか?
ち・な・み・に、俺様待たされるのは、あ・ん・ま・り・好きじゃないぜぇ~?』
イザベルは十分ありえる事を予期して行動できなかった自分を呪いたくなった。
☣「悪」魔術師クロアミ☣
さて、今頃イザベルちゃんは大慌てに違いない。
多分手紙を滅多裂きにしてるだろうし、ユリエルちゃんにも
和菓子のお土産をしっかり召し上がってもらったし、
ついでに姉妹の思い出話も聞かせてもらったことだしな…
「そろそろ…かな?」
俺様は懐中時計を見ながらつい呟いた。
「? えっと…何がそろそろなんですか?」
「…実はですね、こちらに向かう旨をお姉さんに手紙でお伝えしたのですよ」
「お姉ちゃ…姉様に?」
ユリエルちゃんは目を擦る。その仕草はなんとも萌えるな。
「そうです。んでもってその手紙がお姉さんに届いて
こっちに飛んでくるのがそろそろなんじゃねえのかなぁ…と?」
「あの…シューゴ…さん? 何だか口調と…お顔が…」
おっと…嬉しくて地が出始めたか俺様…まぁいい。
『いい人』モードも、もう十分だろう。
「口調が…どうかしたってか?」
「は…い…です、から…」
そう言ってそのまま事切れるように穏やかに眼を瞑って、
静かに寝息を立て始めるユリエルちゃん。
何て素晴らしいタイミングで眠ってくれたんだこの娘は…
おみやげの和菓子に仕込んだ睡眠導入薬(導眠剤とも言う)で
こうもあっさり眠ってくれるとは…病弱なのは相当らしいな。
「ん~~~…ちょっと時間が余ったな…せっかくだからここで大人の悪戯でも…」
言いつつユリエルちゃんに伸ばそうとした俺様の魔の手の寸前に
破壊剣オートクレールが寸止めでぇぇぇぇぇぇぇッ!?
「うをををををををををををををッ!? 何しやがるこのウジ虫みかん!」
あと1秒手を戻すのが遅く寸止めじゃなかったら俺様の手首が綺麗さっぱり切断…!
つーかララルゥの存在をすっかり忘れていた…!
「危険を感じましたもので(思いっきり棒読み)」
何でそんなに機嫌が悪い…というかその危険回避のためには
俺様の手首はどうでもいいのか!? 仮にもご主人様の手首を!?
引っ込めず且つ寸止めじゃなく振り下ろした場合は
一体全体どうするつもりだったんだゴラァッ!?
「俺様も感じたよ! 感じちゃったよ!? 主に手首と首筋に!!」
「そんなことよりもシューゴ様」
うわぁ、このウジ虫みかん言うに事欠いた挙句に
「そんなこと」と抜かしやがったな! 大体どういう危険……
「あん? 危険…?」
言われてみれば確かに眠っているはずのユリエルちゃんからは
妙な気配がある…魔力云々の気配じゃない…どっちかといえばこいつは…!
「瘴気…だと?」
科学的に言うところの毒ガスとかそんな物を瘴気とも言うが、
これはそういったもんじゃない。ぶっちゃければ「死の気配」ってやつだ。
あれ、余計分かりにくいか?
「はい。彼女からは何らかの力で抑え込まれてはいますが、微かに瘴気を感じます」
「しかし妙だぞ? 瘴気ってのは生身の人体から出るものじゃない…それこそ…」
他にもムダ知識を言いかけたところで、俺様は手袋(貴族の正装にはよくあるだろ?)
を填めてユリエルちゃんの細腕を調べた。
春先とは言え露出の全く無い服装には違和感があったことも、
裾を巻くって露になった白い細腕に夥しく浮き出た「死斑」で納得した。
「シューゴ様。これは…?」
「間違いないな『死斑病』だ。ジジイの魔導書で読んだことがあるぞ」
『死斑病』…判りやすく言うと死体にしか浮き出ないはずの腐食の斑点が、
まだ生きているうちに出る病気だ。勿論伝説の病気だから
そこらの医者には手も足も出ない。どっかの馬鹿な細菌学者が
ペストの一種とか決め付けたが、それも違う。こいつは一種の呪いだ。
「しっかし…ここまで侵蝕してるたぁな…なるほど人払いも納得だ」
『死斑病』はそう簡単には伝染しねぇのに、エイズ患者を不必要に避けるのと同じだ、
やはり無知は罪だな。
「それで、如何致しますか?」
「今の俺様に聞くのか?」
「愚問でしたね」
人質としては最高だな。早く帰って来いイザベル…大事な妹ちゃん…
このままじゃ俺様が手を出さずとも違う意味でヤバイぞ?
☣魔術師クロアミ☣
イザベルが妹の寝室に飛び込んでくるのはそれから十数分あとのことである。
部屋には天蓋つきのベッドですやすやと寝息を立てるユリエルと、
その傍の椅子に何ともふてぶてしく腰を下ろして彼女を舐めるように見つめる修吾。
そしてその脇でいつでもこちらに切りかかれる体制を取るララルゥ。
「ユリエルに何をした! この鬼畜外道の背徳卑劣漢! 色情狂! 種馬! ××!」
イザベルは目尻にうっすら涙を浮かべながら思いつく限りの罵倒の文句を並べていく。
「…いや、まだ何もしてねぇよ」
流石にここまでの罵詈雑言は予測していなかったのか、
修吾は頭を掻きながら苦笑する。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
一息に喋ったために息が切れたようで、イザベルは呼吸を整えている。
「つーかさぁ…お前は俺様を罵倒できる立場か?」
修吾は得意げに足を組み、腕を組む。
「う……」
イザベルは己の迂闊さを悔やむ表情だ。
「『死斑病』ね…なるほど大変だ。その歳で『魔術議会』の最高議員になったのも納得」
どこから取り出したのか、修吾は片手に魔法陣が浮かぶメモ帳を見ている。
しかもその魔法陣には肖像から本人が隠していた趣味などの経歴さえもが
事細かに列挙されている。
「そこまで知って…何が目的ですか…?」
「目的…ねぇ…まぁいろいろあるけどさ…この状況…
頭の良いイザベルちゃんなら確実に分かることが一つはあるよな?」
「………」
血が滲み出そうなほど下唇を強く噛むイザベル。
「言いたくないならあえて言ってやるよ」と述べて、わざとらしく一呼吸入れる修吾。
「貴 様 は 俺 様 に 屈 服 す る し か な い!」
第三話に続く★
長 す ぎ る !
しかし前後編には分けぬ!!
そういうのが好きじゃないから!!