滑車の完成。そして……
どぞ。
ガンテツが、炉に火を灯してから後は早かった。
既に完成形のイメージが出来上がっていたガンテツは、瞬く間に試作品第3号へと金属加工を施していく。その技量は確かなもので、日本で見た滑車に何一つ劣らない出来栄えで仕上がっていった。
「これは本当に凄いな……」
目の前の光景にしばし見惚れ、魔法を見た興奮さえ次第に脳裏から薄れゆく。
「ま、こんなもんか」
そしてそんなガンテツの呟きと共に、実に、実に呆気なく滑車は完成した。
「後は実際に取り付けるだけなんだが、お前さん許可は得ているのか?」
この際だから、取り付けまで手伝うと言うガンテツ。
「許可がいるのか?」
一方で実際の取り付けの段取りまでは考えていなかった一心。当然許可などは得ていない。
「当たり前だろ? 井戸はある意味村の生命線だからな。勝手なことして使えなくなったら目も当てられん」
だから簡単な修理の時にも許可をいちいちとるのだと、ガンテツは許可を得る必要性を説く。
「そうか……となると一度ルウェルのところに顔出さなきゃまずいか……ん? そういや村の責任者ってルウェルで良いのか?」
「この村は王家の直轄ですから姫様で問題ないですよ」
「なんで姫様を呼び捨てなんだよ……」
一心の質問に、姫に仕えるメイドとして、そして彼の家庭教師役として答えを述べるハル。その隣ではガンテツが一国の姫の名を呼び捨てにする一心と、それを聞いても注意しないハルに驚きを隠せないでいた。
「いいのか? いいのかそれで?」
呼び捨てで呼ぶというのが、他でもないルウェル自身の指示だとガンテツだけが知らない。
「明日だな」
「明日ですね」
気を取り直して、許可を得る日時を決める一心とガンテツ。許可を求めるにはルウェルに会う必要がある。その日時を満場一致で明日と定めた2人だったが……
(姫様に面会するのに、さすがに今からというわけにはいかんだろう)
(心の準備がいるし……)
その理由は両者でバラバラだった。
事前連絡も無いままに、いきなり面会に行くことの非常識さを考慮したガンテツに対し、一心は単に気まずいのを後回しにしただけだ。
しかしそれでも会いに行くと決めたのは、彼なりの前進かもしれない。
(いつまでも気まずいのもあれだし……さっさと謝って気持ちをすっきりさせよう)
たとえそれがどんな理由からくるものであったとしても……
◇ ◇ ◇
「今回設置するのは、滑車1つの一番基本的な形の釣瓶にしようかと」
「いいんじゃないか? 屋根から吊り下げればいいんだろ?」
許可を求めるのを明日と定めた一心は、その後設置についてもガンテツと話を詰めていく。
ちなみにハルは、明日訪れる旨をルウェルへと伝えにいった。仮に、明日ルウェルに予定があれば訪れる日を改めなければならないからだ。
「どの井戸に設置するかは、まぁ明日姫様にお会いした時だな。ついでに老朽化した井戸の補修と屋根の修理も提案してみるか……」
「気になったんですけど、そういった井戸とかの修復ってガンテツさんが1人でやってるんですか?」
「ん? まぁそうだな。村に鍛治師は俺だけだし。手伝いくらいは頼むが……ま、そんな感じだな」
その後で、今回の手伝いは当然お前なと伝えるガンテツ。一心に否はなったので、二つ返事で了承した。
「ところで話は変わるんですけど……」
一通り必要なことの確認を終えた一心は、先程から密かに胸に秘めていた思いを実現すべく口を開く。それは魔法に関するもの。当然それを忘れる一心では無かった。
「魔法を見たい?」
「はい! 先程炉に火を入れる時に使ったのは魔法ですよね? 是非もう一度見せていただけたらと……ついでにおまけして教えていただけると嬉しいです!」
言いながら、ずずずっとガンテツへとにじり寄る一心。ある意味必死だった。
「そりゃぁ、まぁ構わんが……特別珍しいもんでもないだろに……」
そんな一心の勢いにややたじろぎながら、少し訝しげな顔を見せるガンテツ。一般的に魔法はそこまで珍しいものではない。
「いや、珍しいですって! 少なくとも俺のいたせか……場所には魔法使える人なんていませんでしたし」
「どんなど田舎だ……それ」
一心の居た場所をどこかの田舎だと勘違いしてくれたガンテツ。もちろんそれをわざわざ訂正する一心では無い。
「でもここに来てから、1度も魔法使ったとこ見てませんよ?」
「そうか? 森に入ればリュークが木の切り出しで風魔法使ったりしてるんだがな。他にも狩りに行く連中の中に何人か使える奴がいたはずだが……」
この際だからとガンテツの勘違いをそのまま利用する一心。
一心の『ここに来てから』というのは、当然ながら『この世界に来てから』という意味だ。しかし案の定ガンテツは、『この村に来てから』と勘違いしてくれたらしい。
もっとも、この村以外にこの世界のことを知らない一心にとってはほとんど同意だったが……
「それで、早速見せてもらっても? あとあと、極意とかって……いやその前にどうすれば使えますか? 俺にも出来ます??」
「ちょ、近い! 近いって!! わ、分かった。分かったから。何でも教えるから少し離れやがれ!」
更に一心がにじり寄った結果、二人の距離は殆どゼロに。掴みかからんばかりの勢いで、そして血走った目でガンテツを見据える一心を前に、思わずそう叫んでしまったガンテツ。気付いた時にはもう遅かった。
「あ……」
「言いましたよね? 今教えるって。約束ですよ? 男たるもの、まさか一度口にしたことを翻すなんてことはまさか無いとは思いますが……」
あえて、『まさか』という言葉を2度口にする一心。これによりガンテツの退路は完全に断たれた。
「わかった。わかったから! くそ……」
言質を取り、満足げに頷く一心と、してやられたと頭を抱えるガンテツ。
いくら後悔したところで1度口にした言葉は翻せない。例え口約束でも、一度交わした約束は絶対に守るのがドワーフという種族だった。
この世界の魔法は人によって千差万別。従って個人、あるいは一族や宗派によってそれぞれ極意というものが存在する。
それは本来軽々しく他人に教えるようなものではなかった。ゆえに、この時のガンテツは些か軽率だったと言わざるを得ない。
ただ彼は後に語る。この時の一心の必死さと勢いを前に、断るという選択肢は始めから存在していなかったと。そして、仮に存在していたとしても、断るのはむりだったであろうと。精神的にも、そして肉体的にも……
◇ ◇ ◇
「姫様、失礼致します」
「ハル? どうしたの? 今日は報告日ではなかったはずだけど……」
一心とガンテツが魔法についての話をしている頃、ハルはルウェルの元を訪れていた。
「報告いたします。彼がガンテツ氏の協力を得て、滑車を完成させました。後はその滑車を使って、釣瓶なるものを作り上げるだけとのこと。つきましたては明日、その許可を得る為の面会を彼は希望しています」
「そうですか……分かりましたと伝えて下さい。時刻は……」
具体的な時間を定め、その後少し言葉を交わすルウェルとハル。最後にハルは、一心が魔法に興味がある様子だと伝え、その場を後にした。
「魔法ですか……きっかけにはなるかもしれませんね」
ハルが退出した後、誰とも無しに呟くルウェル。
「この際ですから、こちらの事情をぶっちゃけてみますか。なにせ私たちにはあまり時間がありませんからね」
当初は一心を取り込み、有る程度の信頼関係を築いた上で伝える予定だったルウェル達の事情。
彼女は、その事情よって一心を、正確には一心の知識と能力を強く欲していた。
「国の為にも、そして姉上の為にも、失敗は許されない…………」
彼女は、未だ幼いその身に王族としての義務と責任を背負い、己に言い聞かせるようにそう呟く。
誰もいない部屋で一人佇むルウェルの眼は真っ直ぐと国の未来を見据え、しかしその表情は強く強張っていた。
面会《決戦》前夜です(笑)。
次話はできるだけ早いうちの投稿しようと思います。。。。