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一心の事情

今回少し説明臭くなってしまいました。いわゆる説明回というやつでしょうか……


「まず初めにあなたの置かれた現状についてですが……」


 そう前置きをすると、ルウェルは一心へと視線を向ける。話し方といい、態度といい、本当に見た目の年齢と違う少女だった。


(王族か。生まれながらに人の上に立つ者たち…………)


 少女なのに少女らしくはいられない。早く大人にならなければいけなかった子供。会った時間は短く、どれほど一心が彼女の事を知っている訳でもない。しかしそんな不自然さを一心はこの少女に感じていた。


(なんか背負ってそうな目だしな……。果たして王族に生まれるってのは得なのか損なのか)


 損得の問題では無いかもしれないが、世の少女たちが憧れる王女様っていうのが、そんなに良いものではないように感じられた一心。そんなことを彼が考えている間にも、彼女の言う一心の現状とやらは話されていく。 


「まず先ほどの出来事。あれはあなたの内なる世界で起きた事です。あの場所で、あなたは死にかける自分を見ましたよね? あれは実際に起きた事です。そしてあなたの見た視点は、あなた以外の者の視点です」


「自分以外の存在ってことですか?」


 難しそうな話になりそうだと、気を引き締めて彼女の言葉に耳を傾ける一心。同時に先ほどの夢のような世界での出来事を思い起こす。


「確かに、あの時俺は死にゆく自分を別な視点から見ていたようにも思いますが……」


「あなたのいた世界、あの青き星であなたは死にかけた。あのままではあなたは死んでいたでしょう。それがおそらくはあなたの運命だった。そして同じ頃、今私たちの居る世界で消えかかっていた存在が居た。これはただの偶然でしょうが、この存在は元々はあなたの世界で生まれ落ちた存在だった。そしてこの存在はあなたを見つけた」


 ここまで言われれば、一心にも何となく理解できた。


「俺が自分の死に際を見たあの出来事は、その消えかかった存在が見たものだった?」


「そう言う事です。その存在はあなたの体、つまりは肉の器に宿る事を選んだ。そうすることであなたは傷を癒すことが出来き、しかしその代償として消えゆく存在の世界、つまりはこの世界へと来てしまった。そしてその存在は肉の器を得ることで存在が消えることを防いだ」


「まぁ、何となくは分かるような……でも何か納得できないような……。なんで俺だったのかとか疑問もありますし」


 地球は広く、人口も多い。あの瞬間に死にかけていたのは何も己だけではないだろう。


「それは私にも分かりかねます。たまたま見つけたのがあなただったのかも知れませんし、何かあなたを選ぶ理由があったのかもしれません。ただの気まぐれ……というのももしかしたらあるかもしれません」


 そう言った上で、ルウェルは告げる。理由は分からないが、その存在はあなたに宿る事を選んだのだと。そしてそのおかげであなたは生きることが出来るのだと。


「その事は肝に銘じておきます。俺はその存在のおかげで、今この命があるのだと」


 そう一心が伝えると、ルウェルは静かに微笑み、そして彼女の腰に下げた剣がリンと音を発した。


「その消えゆく存在。名はカグツと言うそうですが、彼の精神は今この剣に宿っています。そして元々の彼の体はあなたの傷を癒す為に消費され、既にあなたの身の一部となったそうです」


 そう言ってルウェルは柄から鞘まで真っ白な綺麗な剣を差し出す。差し出しながら、カグツを剣に宿した経緯を述べる。


「カグツはあなたに同化したあと、そのままあなたの中に居ました。結果1つの肉体に2つの精神が同居することとなってしまった。あなたの精神が眠りについている時にはそれで問題なかったのですが、あなたの精神が目覚めた後、より重みの強かった……つまりはより長く生きていたカグツの精神が、あなたの精神を呑み込んでしまった。そのまま放っておいたらあなたの精神はやがて消えていたかもしれません」


 ルウェルの口調は可能性として述べる口調ではあったが、しかしその状況を経験した一心にとってはまさに断定的な出来事のように思えた。あの自分が書き換えられるような感触と、そして知らないはずの景色や光景を知っているという不可解な感覚。おそらくはそれらが精神を呑み込む過程で起こったことなのだろう。


「カグツと、そしてあなたが俺を助けてくれた。そう言う事ですよね? 剣は俺が持っていても?」


「ええ。あなたとカグツは既に繋がっています。カグツが宿った剣もあなたが持つべきでしょう」


 言葉に感謝の思いを込める一心。そして彼はルウェルの手から剣を受け取る。


 正直な所、納得できないこと、理解したくないことも多々あった。けれど、それらから目を背けても異世界は変わらず目の前に存在している。ならばそれらの感情はいったん呑み込み、目の前の事に目を向けるべき……一心は内心でそう己に言い聞かせた。


 その後も更に幾つかの一心の身に起きたことを伝えていくルウェル。彼女によると、一心がこの世界の言葉が分かるのも、彼がこの地の言葉を話せるのも、その知識を記憶として得た事と、カグツの身の一部が一心の体に同化していることが原因らしい。


 ちなみに一心はこの地の言葉を話しているそうだ。意識すれば日本語と使い分けることが出来き、日本語同様に当たり前に扱える言語となっていた。これは一心にとっては非常にありがたいことで、言葉が通じないという事態に陥らずに済んだのは、まさにカグツのおかげだったのだろう。


 ただ、呑まれかけた代償というべきか、一心の記憶に一部の欠落と曖昧さが生じていた。しかしそれは、今後の事を思えば安い代償なのかもしれない。


「ありがとうございます。大体は理解できたと思います」


 話を聞き終え礼を述べる一心。現状気になることは大体聞いた。今の所地球に帰る術がない事も。


 考えてみたら、元々命が助かっただけでも幸運と言える状況だったのだ。ならば一心に不満は無い。むしろ現状を知りこれからの生活を思うと、オタク心が踊り始めた。ファンタジーとラノベをこよなく愛する一心にとっては、実は異世界と言う展開はそう悪いものでは無かったのだ。


(なんか、そう悲観することでもないように思えてきた……むしろワクワク? ドキドキ?)


 そう思える一心は、良くも悪くも単純だった。


「すみませんがしばらく甘えさせてもらっていいですか? 恥ずかしながらこの世界のお金もありませんし、これからも色々教えていただけたらありがたいのですが……」


 そしてそうと決まれば行動あるのみである。まずは情報収集に努めるべく動き始めるのだった。



      ◇◇◇



 一心の要望は簡単に通り、この世界を知る為の教師役として、この部屋へと案内を務めた一人の若いメイドがつけられた。彼女はそのまま、分からないことが多い一心の世話役も兼任するという。


 その彼女にも挨拶を済ませ、改めて周りを見回す一心。自身の身の置き方も一通り区切りがついたので、徐々に周りを見る余裕が生まれてきたのだ。最初に一心の目が向かったのはつけられたメイドだった。


 改めて見たメイドは、猫っぽい耳が生えており、おまけに尻尾もついている。加えてメイド服は秋葉原なんかで見るファッション性の強いものでは無い、機能性重視で、まさにザ・メイドって感じだった。


 次に目が留まったルウェルは、改めてみるまでも無く、ちょっと信じられないくらいの美少女である。そんな彼女に付き従う男2人も、一方は紅い瞳と牙をもつどこかで血を吸ってそうな存在に、もう一方は筋肉ダルマとでもいえそうなハゲオヤジ――別名スキンヘッドともいう――で、まさに一心の思い描くままの異世界ファンタジーがそこには広がっていた。


(こ、これはもしかして……いや、もしかしなくても、すごくおいしい状況なんじゃ……)


 一部の者達マニアにとっては、垂涎ものの光景を目の当たりにしている事に気付いた一心。ここで記録に残さない手はないと、鼻息荒くスマートフォンを取り出す。


(き、記録は大事だよな。どっちみちスマホは使えないし、放っておいても電池は無くなるし、むしろ今使うべきな訳で……)


 と、半ば誰に対する言い訳か分からない物を頭に思い浮かべながらひたすら"GEKISYA"していくのだった。



     ◇◇◇



「すみません、耐えきれなくて思わず……」


 そこにいたメンバー全員を様々な絡めで撮った一心。枚数が100枚を超える頃、彼はようやく満足し、そして正気に戻った。


 決して怪しい道具でも、ましてや害のある物ではないと、詰め寄るエルクに必死に説明し、何とか理解してもらう一心。


 そんなエルクとは対照的に、ルウェルは比較的早く順応し、自分でも写真を取ったりして楽しんでいた。


 そうやってしばし時間を過ごした後、やがてルウェルは部屋を後にする。リュークもそれに続き、そして部屋には一心とメイドと、それからなぜかエルクだけが残った。


「あの……何か?」


 短い間だが、接する中でエルクの態度、雰囲気、言葉から、自分はあまり好かれていないようだと気付いている一心。そんな彼が一人残ったことに、警戒心と緊張を覚える。エルクはそのままじっと一心の方を、正確にはその手に収まる一本の剣を見つめ、そしておもむろに口を開いた。


「その剣は姫様が母君様より頂いたものだ。姫様がお前に渡した以上とやかく言うつもりはないが……粗末に扱ったら殺す」


「――ッ、分かりました。大切にします」


 その言葉に息をのむ一心。思わず手の中の剣へと視線を向け、そして再び視線をエルクへと向ける。


「うっ……」


 彼はそこで心臓を鷲掴みにされたような緊張感を味わった。向けられていたのは冗談抜きの殺気。日本ではおよそ向けられる事の無い、明確な人を殺す意思。エルクの言葉はそれだけでは終わらない。身をずいっと一心へと寄せて、低い声で囁く。


「後な、お前の中に入る事も、カグツとやらを説得して剣に宿すことも姫様だったからできたことだ。他の誰でもできなかった。その上その行動には危険が付きまとう。その事を肝に銘じろ」


「はい」


 エルクは更に近づく。


「あとな、姫様を間違ってもル、ルウなどと呼ぶなよ?」


「……はい」


 この言葉が一番熱がこもっていた。どうやらエルクが一番伝えたかったことはこれらしい。むろん前2つの言葉も大切なことだ。一心はしっかりと胸に刻み、礼を持ってエルクを送り出した。


「ええと……」


 エルクが部屋を去ると、後に残されたのは一心とメイドの2人だった。妙齢の女性と部屋に2人っきり。途端に居心地の悪いような、でもなんか嬉しいようなそんな思いを抱く。異世界に来たところで、一心は健康で健全な男子だった。


(も、もしかしてメイドって夜のお世話もお仕事です、みたいなムフフでエロゲチックな展開が……)


「この部屋にある物はご自由にお使いください。湯あみをしたければ言って下さればご用意いたします。その他何か御用があればその都度言っていただければ……ではそう言う事で」


 ――なんておいしい展開は無かった。


「ええ、ありがとうございます。これから宜しくお願いします」


 事務的な口調で用件だけを伝えたメイドはさっさと部屋を後にしようとする。一心が慌ててお礼を言うと、ぺこりと腰を折り、そのまま出て行った。


「あ、名前聞くの忘れた……」


 果たして何て呼べばいいのか……そんな疑問を一心へと残して。






 部屋に一人になると、一心は急に心細くなった。確かなことは何もない、不確かさだけが今の一心にはあった。部屋が広いのも庶民派の一心には何となく居心地が悪い。ルウェルは狭い部屋だと言っていたがとんでもない。一心の感覚では十分に広い部屋だった。家具類が多くないのもそう思わせる一因かもしれない。

 部屋の中央には、ちょっと豪華で清潔なベッドが置かれ、壁際には机と椅子が一脚ずつ。その机の上には水差しとグラスの他に、果物の入った籠。あったのはそれだけだった。ちなみに果物は葡萄やイチゴなどを乾燥させたものだった。


「なんかホテル並みの待遇……?」


 葡萄を口に放り込みつつ水で喉を潤す一心。部屋に関しては、これがこちらのスタンダードなのか、それともそれなりの歓迎を受けているのか今一つ判断がつかなかった。


「知識があるって言ってもな……」


 一心がカグツから得た知識はごくごく断片的な物だった。場所の風景とか、人の顔だったり、あるいは良く分からない名前だったり。もっと色々たくさん流れ込んできた気もするのだが、何故かそれらは思い出せない。


「取り敢えずこんな時は荷物の整理かな」


 そう言って部屋の隅へと向かう。そこには彼の持っていた登山リュックが置かれていた。


「何か使えそうなものあったかな……ってか濡れてるし」


 雨に濡れた事を思い出しつつ、中身を1つずつ確認していくのだった。


     ◇◇◇



 一心が部屋で荷物の点検確認作業を行っていた頃、ルウェルの部屋では、彼女とリューク、エルクの3人が顔を突き合わせていた。


「じゃぁ姫様は、何か考えがあってあいつに剣を渡したと?」


 話題は当然一心に関してである。エルクが半ば嫉妬気味に一心に剣を渡したことの真意を訪ねている所だった。


「ええ。カグツとの繋がりを理由にあの方へと剣を渡しましたが、私自身の強化を考えるなら、あの剣は私の手元に置くべきだったかも知れません。接した感じですが、かなり物分かりの良い存在でしたし、元々はかなり強大な存在だったようにも思えます」


「それならばなおさら手元に置かれた方が良いと思いますが……何かあの男にそれ以上の価値があるとお考えなのですか?」


 リュークが腕を組み、考え込みながらルウェルの真意を探る。


「そうですね。期待……しているかもしれません」


「期待? あの男にですかっ!」


 途端に声が大きくなるエルク。怒鳴り声にならないように彼なりに必死に己を抑えているのだが、それでも嫉妬や対抗心というものが透けて見える。


(やれやれ……変なことにならんければいいがの……)


 隣で見せられる盲目的なまでの忠誠心。歪んだと言ってもよいくらいのそれに、困ったものだと頭をかくリューク。年長者として何とかしてやりたいが、しかしこれは己の手には負えないと半分あきらめのような思いも抱いている。


(姫様の方も問題が無いとはいえんし……)


 保護者的な立場にいるリュークは年若い2人を眺めながら、話を進めさせる。


「それで、具体的にはどういったところに期待を持たれたのですか? 儂には特に強そうにも思えんかったのですが」


 先を促しつつエルクのフォローも忘れない。強さはエルクの領域だ。それなりの戦場経験のあるリュークでも、この一回り以上歳の離れたエルクという男には全く敵わない。


「強さは必要ではありません。それなら私にはあなたがた2人が居ますし」


 恐れ入りますと頭を下げながら、その言葉を受けたリュークはちらりと横を盗み見る。その先では頬が痙攣しているエルクの姿があった。笑いたいのを我慢しているのだろう。嬉しさがにじみ出していた。


(単純だよなぁ……姫様も狙って言ったなら大したもんだが……まぁ、天然だろうな)


 これで一心への変な対抗心を抑えてくれればなどと老婆心を発揮しながら、リュークは続く言葉に耳を傾ける。


「私が欲しいのはあの方の持つ知識です。私があの方の中で見た世界は、この世界とは大きくかけ離れた世界でした。建物は摩天楼の如く天を貫き、鉄の箱が空を飛ぶ。地上は全て人の領域だとでも言うかのように山の頂から海の上まで人の住む領域が広がる世界。垣間見えただけでもこうなのです。さぞかし多くの知恵を持っている事でしょう。私はそれが欲しい」


「何かの……間違いとかではないですよね?」


 ルウェルの語ったあまりにも違う世界に、しばし言葉を失うリューク。というより上手く想像が出来なった。しかしただ一点、地上が全て人の領域という言葉に関してのみ想像できてしまった。


 この世界では人は弱き存在だ。群れることでしか身を守れず、絶対的強者に出会えば怯えてそれが過ぎ去るのを待つしかない。そんな人間が地上を支配する。それはとてつもなく恐ろしい力ではないのか。リュークには急に一心が化け物のように恐ろしく思えてきた。


「分かりました。あなたがそうおっしゃるのであれば、あいつの知識をすべて引きずり出し、あなたの前に積み上げてごらんにいれましょう」


「ええとエルク? 出来るだけ穏便にね? 出来たら仲間にする方向で」


「御意。幸い奴はこの世界に来たばかり。あの手この手で友好関係を築くとしましょう」


「そう。私も出来る限りの便宜を図ってみようと思います」


 そんなリュークを置いて、エルクとルウェルは話を進めてしまう。2人はリュークのような恐怖感を持ってはいない。かみ合っているようで、実はかみ合っていない話を前に、リュークは頭を抱えるのだった。



読んで下さりありがとうございます。「一心の事情」いかがだったでしょうか。もしよろしければ評価ボタンなり押していただけると非常にありがたいです。感想などもモチベーションに直結するので……ぜ、ぜひ(ごくり)


さて次回のお知らせです。次回は少し空いて11月25日(月曜日)10日に更新予定です。「予防という名の概念(仮)」

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