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命の重さ

次話です。どぞ~

「いや、助かった! 本当にありがとう。もうダメかと思ったよ」


 生きていたとはいえ重体な男2人を、仕切りで区切られた荷台部分に乗せ、股を濡らした男を引っ立てながら横転した馬車へと近づく一心。すると、ちょうど一人の男がルウェルとハルを前に礼を述べている所だった。


「いえ、御気になさらずに。旅路で手を取り合い、助け合うのは自然なことです」


「おお、そう言っていただけるとなんとありがたいことか。歴代さまに感謝申し上げねば」


 旅は道ずれ世は情け。そんな感じの考えがこの世界にもあるのだろう。さも当然のことをしたまでといった表情のルウェルと、半歩さがって控えるハル。対する男はルウェルの2倍はあるかという大柄な男で、しかし太っているという印象は受けない。骨太いといった感じか。顔には柔和な笑みが浮かんでいる。


「お連れ様ですかな?」


 男を観察していると、ふと男と目があった。

男の言葉で、隣にいたルウェルも一心が来たことに気づく。


「あ、はい。一心、こちらレイスさん。王都で商人をしているそうです」


「始めまして、レイスと申します。北との交易商人をしております。どうぞ良しなに。いや、しかし羨ましいですね。こんなに強くて美しい女性2人に囲まれての旅路とは。おや? これは失礼。美しい女性3人でしたか」


 商人と名乗るだけあってお世辞にもそつがない。しかもお世辞とわかっていて嫌らしさが無い。やり手の商人なのだろうか。もしくは……


(確かにうちの連れ3人は美人ぞろいだしな……)


 ルウェルにハルにカグラ。案外お世辞では無いのかもしれない。目ざとくカグラにも気づいたし、単なる女好き……という線はあるだろうか?


「さて、そちらに連れているのは盗賊の一人ですかな?」


 しかし、視線が一心とカグラから、盗賊へと向いた瞬間。男の雰囲気は一変した。細められた目には厳しさと威圧感が同居し、口が引き締められただけで柔和さが消える。思わず一心が無意識に背筋を伸ばしてしまう程だ。


「ゆ、許してくれ。俺は今日が初めてで……」


 レイスの視線に縮み上がったのか、怯えた声で弁明を始める盗賊。しかし――


「盗賊は生死問わず。捕まえた場合でも街の衛士に突き出せは死刑。知らないわけではあるまい」


(知らなかったです……)


 どうやら盗賊が怯えているのは何もレイスが怖いからというだけでは無いらしい。思ったよりも厳しい反応につい日本人的な感覚で口を挟んでしまう。


「なぁ、事情聴いたりとかはしないのか? まさかいきなり死刑?」


「私はあまり詳しくなくて……ハル?」


「はい。事情は一々聞きません。限りも無いですし」


 ただし、一応声を潜めるくらいの分別はあったので、ルウェルとハルにだけ聞こえるような小さな声で話す。


「問答無用?」


「無用」


「なんとかできない?」


「できない」


(何というか……いいかげん慣れたな……)


 話す相手がルウェルから一心へと変わった途端、言葉が一気に少なくなるのは既にお馴染みのこと。


(それにしても、問答無用か。おまけに生死問わず……ね)


 それを酷いと感じるのは一心が日本人だからだろうか。よくよく見ると、盗賊の男はやせ衰え、目もくぼみ、生きるのに貧窮している様子が伺い知れた。年齢的にも一心より少し上なぐらいだ。


「ほんとに何とかならない?」


「ならない。見て」


 さすがに説明不足だと思ったのか、そう言ってハルはある方向を指さした。指し示す先には盗賊たちの襲撃で犠牲になった護衛の兵士たちの躯があった。


「彼らの遺族が納得しないでしょう。どうにもなりませんし、どうにもできません。ひ、――ルウェル様も、ついでに一心も、あまり考えないように。考えても何にもなりません。宜しいですね?」


「ええ」


「了解です(ルウェルにも向けた言葉だからちゃんと喋ったのね……)」


 改めてこの世界と日本との違いを痛感する一心。裁判などは国家と政治に、ある程度の余裕やゆとりが無ければ出来ないし、生まれない概念なのかもしれない。


 結局、引き立てられ、連れて行かれる盗賊たちを、ただ黙って見ている事しかできなかった。


 その後、倒れた馬車を動ける男総出で起こし、壊れた箇所は一心が修理する。その際、一心の悪癖というか、物作りに妥協できない日本人的気質が出てしまい、壊れる以前より丈夫で頑丈、おまけに揺れない馬車が出来上がってしまった。レイスも驚いてはいたが、感謝していたので誰も損は無いはずだ。


「自重して。目立たない筈」


「一心や、所構わず力を見せるのは得策ではないぞ?」


 後からハルとカグラにこっそり注意を受けたが……


 馬車が直れば、この場所に長居する理由は無い。さっそく馬車へと別れて乗り込み、移動を再開する。共に向かうは北ということで、しばらく同行することになった。


「いや、こんなに揺れない馬車は初めてだよ。見事な腕だ。本職は魔法工学士なのかね?」


「ええ、まぁ……一応」


 再び動き出した馬車の中で、さっそくレイスが一心へと声を掛ける。


 捕えた盗賊たちは、武器を取り上げ、死んだ盗賊たちと共に1台の馬車へと詰め込んだ。 もう1台は怪我した護衛で埋まり、動ける護衛達は馬で移動する。そうして乗り切れなかった、レイスと彼の使用人だという数人が一心達の馬車へと同乗することになった。


「それにしてもたった4人での移動とは……何か訳ありかね? いや、言いたくなければ構わないのだが?」


 構わないと言いつつ、興味津々で、おまけに聞く気満々な様子を見せるレイス。厄介なことになったと内心で溜息を付きながら、一心は適当に言葉を返す。


「いえ、訳ありも何も冒険者稼業で、稼ぎの良い北に向かうだけですよ? そう小耳に挟んだもので」


「冒険者? 冒険者なのかね? いや、でもメイド服がいたが?」


「ああ、彼女はなんでも元メイドとかで。自分も良く知らないんですけど何やらこだわりがあるらしいですよ?」


 一応事前に自分たちの肩書について設定を作り、口裏合わせをしていた4人。当初は地方貴族の使用人とでもする予定だったのだが、ユズリハラルで冒険者ギルドに登録したことで、冒険者とすることに決まったのだ。


 ちなみに北の稼ぎが良いというのは、実際に冒険者ギルドで小耳に挟んだ噂だ。


 そこからしばらくは、出身地を聞かれたり、冒険者ならば自分に雇われないかと契約を提案されたりと、何かと話は続いた。どうやらレイスは一心達に興味を持ったようだ。


(まずったな……いや、でも商人ならいろいろ情報を持ってるか?)


 ぐいぐい距離を詰めてくるレイスに対して、いまひとつ距離感を掴みきれない一心。この場にはカグラとルウェルもいるのだが、男同士の気安さがあるのか、レイスの話し掛ける先は大体が一心だった。


(ここでぼろを出してもな……)


 商人としての口のうまさがあるのか、どうしても聞き役よりも話し役となってしまう一心。一度仕切り直したいと、何か逃げる手段は無いかと思案する。


(あれは……)


 そんな一心の目に1人の護衛の姿が映った。


「あのっ」


「どうされた? お、もしや私との契約を――」


「それはまた今度話し合うということで。それよりも、馬を1頭貸して頂けませんか?」


「馬を? 別に構いませんが?」


 動ける護衛の数が減ったことで、馬が余っていたのだ。一心の目に入ったのは、そんな馬を数人の護衛が束ね、移動している様子だった。


「できたら護衛の方に乗馬を習いたいのですが」


「ほほう、構いませんよ。馬に乗れるのは何かと便利ですからね。良ければ他の方々もいかがです?」


「なら私もお言葉に甘えて」


「ふむ。私も久々に馬に乗ってみるか」


 直ぐにルウェルも同意し、カグラも立ち上がる。主語が"儂"では無いのは、おそらくレイスら他の人の目を気にしてのことだろう。


 一度馬車を止め、御者台にいるハルにも声を掛ける。御者を代わってもらったハルも含めて、4人で馬に乗った。


「おお……高い」


 黒毛の馬にまたがり、恐々と身を起こす一心。視線が高くなり、それに伴って視界が広がる。毛足の短い草原とそこを走る街道。遠くには草をはむ草食系の動物の姿もあった。


「全部が魔物って訳じゃないのな……」


 魔物と動物の線引きがどこにあるのかは知らないが、少なくとも大人しく食事をする小動物が襲ってくることは無いだろう。そう思いながら観察を続ける。その間にも馬はゆっくりと進み、続いて馬車も再び動き始めた。


 乗馬が初めてなのは一心だけだったらしく、他の3人は一人で、一心だけは隣にベテランだという中年の護衛が並走して馬を歩かせる。


「ほほう、良い目をしていますね」


 すると、隣に並走する護衛が、一心の視線から食事中の小動物に気づく。


「あれは、フラムキャットですね。逃げ足が速く肉が柔らかくて美味いんですよ」


「フラムキャット……」


 見た感じ兎に見えなくもないのにキャットなのかと、一人ツボに入りながら、はたと気づく。


(いや待て、今何てった? 肉が柔らかくて……美味い?)


 気付いた時にはもう遅い、中年護衛の指示を受けた2人の護衛が、並足から駆け足へと移行。すぐに馬を全力で走らせ始める。その手ににはいつの間に持ったのか弓が握られ、背の矢筒から矢を引き抜いた。


「あ……」


 小動物改め、フラムキャットも気づき、逃げ始めるが、次の瞬間にはその背に矢が突き立ち、数歩進んだ所で力尽き、倒れる。


「今夜の良い食料が手に入りましたね。感謝します」


 中年護衛に悪気はないのだろう。彼らにとっては当たり前のことなのかもしれない。それでも、目の前で兎によく似た猫の名を持つ動物が殺されたのは、一心にとって2重の意味でショックだった。


「いえ……」


 そう口にする事しかできず、狩りの現場から目を背ける。動揺が伝わったのか、低く嘶いて体を揺らした馬に、慌てて手綱を握り返しながら、一心はその場を後にするのだった。



 ◇  ◇  ◇



 慣れない乗馬で尻と内股が痛くなった頃、レイスの号令で立ち止まり、その日はそこで野宿する事となった。従える人数が多いからか、いつの間にかレイスが自然と号令をかけている。


「さて、天幕を張る組と食事係りに分かれましょう。天幕はありますか?」


「はい」


 旅慣れない身の一心やルウェルとしては、如何にも旅慣れた様子のレイスの存在は心強く、ありがたい。今も、慣れない手付きで天幕を張る一心に、幾つかアドバイスをしてくれていた。


「ところで、君。本命は誰なのかね? あの無口な獣人の子? それともちょっと見ないぐらいの美少女さん? あ、まさか赤髪の子? あの子は少し幼すぎないかな……」


 手伝ってくれるのはありがたいのだが、少し無駄口の多いレイス。この場にルウェル達が居ないのをいいことに、色々と聞いてくる。


「私としては、あの獣人の子が好みだね。メイド服で隠れているが中々にあると見た!!」


 何がとは聞かない。一心も男だ。聞かなくても分かる。


「俺としては、寧ろルウェルぐらいの方が……」


 つられて一心も自分の好みを暴露する。少し気恥ずかしさもあったが、男同士の気安さが心地よくもあった。良くも悪くも、レイスの軽さ、気安さに一心も警戒心()が低くなりつつあった。


 ちなみに女性陣は、レイスの使用人に混ざって食事の準備中だ。そのうち呼びに来るだろう。


「なるほど、手のひらサイズが君の好みか。うむ、確かにそれもなかなか……。いや〜分かってるじゃないか! そうだ、明日には街に付くはずだ。そしたら私が良いところに連れて行ってあげよう! 御嬢さん方には内緒でね?」


どうかね? とレイス。


「ま、まぢすか?」


 ごくり。いや、じゅるり。この話の流れで良いところといえば一つしかないだろう。しかもルウェル達には内緒ときた。

 最後に残った僅かばかりの警戒心も、この発言で綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。


 一心は無言で手を差し伸べる。その手をレイスが固く握り返し、ここに男の友情が確立した。


「明日到着予定の街の名前はルクセル。北部との交易街として栄えてる街でね。ちなみに、そこから更に北に向かうと北の玄関口である城塞都市アルスへと着く。フォルスト公爵領の最南端だね。そこからさらに北上して幾つか小さな村を通過すれば、公爵領最大の都市キルナンへと辿り着く訳だ」


 食事ができるまでの時間を、キルナンへの道筋を聞いて過ごす一心。天幕は問題なく張ることが出来た。


「レイスさんはキルナンで何を?」


 一心達の目的地はフランの居るキルナン。そして偶然にもレイスの向かう先もキルナンだった。


「うん? ああ、キルナンは腕の良い武具職人や魔法工学士が多くてね。仕入れに行くのだよ。行きは小麦などの食料を抱えてね」


 女王国北部は土地が痩せていて食物があまり育たないらしい。だから肥沃な土地を持つ王都やその周辺から安く小麦を買い、持って行って売る。帰りはその売り上げで質の良い武具や魔道具を購入し、王都の金持ちに売るのだとか。


「北部は魔物も多くて危険なんだけどね、しかしその分魔石や魔結晶も多く取れる。これらも北の特産かな」


 レイスは気前よく北の街について、そして己の商売について教えてくれた。むしろあまりにも簡単に話すので、一心の方が戸惑ったぐらいだ。


「良いんですか? そんな商売の秘密というか、仕入れのルートを教えてしまっても」


 真似しますよと、冗談で一心がそう言うと、レイスは笑って教えてくれた。


「北はさっきも言ったけど魔物が多い。なんせ魔物は北の国境から超えて来るからね。だから街道に魔物が出る事も多い訳だ。そうなると、ある程度の商団を組まなければならないし、護衛も必要だ。必然、ある程度の財力を持つ商人でなければ北との交易など出来ないんだよ」


「なるほど……」


 言外に自分は財力を持つ大商人だと宣言したにも等しいが、こうして北との交易が出来ている時点でその通りなのだろう。


 実際、レイスの護衛は、盗賊の襲撃でそれなりの数が減っていたが、それでも未だ10人近くは居るのだ。商団に関しても馬車は2台だけだが、使用人を数人と、レイス以外にも数人、商人を抱えているらしい。その馬車も一心達の物よりも遥かに大きかった。


「競争相手は多くない訳だ」


「そう言うこと」


 最後に北は儲かるよ~と、レイスが締め括ったところで、ルウェルが呼びに来た。


 夕食は美味しかったが、使われた肉がフラムキャットだということで、複雑な思いをする一心。見ないようにはしていたが、あの後も、護衛達は数匹のフラムキャットを捕獲していた。数人、弓の名手が混ざっているらしい。


 食事後、中年護衛が一心の元を訪ね、白い毛皮を置いていった。見つけたのは一心だということで、御裾分けらしい。取り敢えず中年護衛に礼を述べ、一人天幕に戻る一心。すぐにカグラが来て横に座ったが、口は開かず、何も言わなかった。


「ゲームなんかでは……慣れてるんだけどさ」


 何とはなしに眺めていた小さな命。それが己の目の前でいとも簡単に失われ、食し、今毛皮となって己の手の中にある。


 素材を集めるゲーム、動物を狩るゲーム。アクションものや、RPGでは良くあることだ。しかしゲーム内のデータと、実際にそれをするのでは大きく違う。実際の命はひどく重く、そして軽かった。


「そうか……」


 カグラは一言そう言うと、再び口を閉じ、ただ無言で一心の背を撫で続けるのだった。

読んでいただきありがとうございます!!

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