決闘
あけましておめでとうございます! 新年第1話です。よろしくお願いいたします~~
「始め!」
その言葉が脳裏に響いた時には、既に一心もエルクも動き出していた。
「風の大砲」
ネーミングセンスがちょっと思わないでもない名称と共に、魔法を発動する一心。魔法の効果は読んで字の如く、風の塊を相手にぶつける大砲。
「風の矢」
そして続けざまに風で作った矢を放つ。風の塊がエルクに当たるとともに弾け飛び、同時にエルクを吹き飛ばす。そして吹き飛ぶエルクを5本の矢が容赦なく貫いた。
「ぐっ――いきなり……」
魔法の詠唱もなければ、触媒も手にしてない。剣も持たなかったことから一心を肉弾戦タイプと判断していたエルクは、続けざまに襲い来る風魔法に一気に劣勢に立たされていた。
「――風の暴風」
(くそ、まだ続くのか!?)
風の矢によって貫かれた所を血で滲ませ、必死に耐えるエルク。未だ驚愕が冷めぬ中、しかし次第に思考は落ち着き、敵の動きを観察し始める。
(魔法師……風魔法の使い手か? ダメージはそこまで大きくない。ならっ!)
耐えられると判断したエルクは、足に力を籠め、一気に爆発させる。体を低くし、襲い来る風の暴風に背を削られながら、エルクは一心へと間合いを詰める。
「うらぁぁぁぁぁぁ!!」
痛みを気合で吹き飛ばし、自分の居場所を奪おうとする憎き男へ飛びかかる。一心が間近に迫り、そして――
「風の鉄槌」
地面へと酷く打ち付けられた。
「うぐっ――」
背骨が軋み、打ち付けた額から生暖かい血が流れ出る。
(くそったれ!!)
込み上げる怒りは不甲斐ない自分に向けてのものか、それとも……
(あ、あせった~~)
一方、エルクを見下ろす形になった一心は、内心で大いに胸を撫で下ろしていた。
魔法自体は思い描いた通りの流れで行使することが出来た。ただし、思ったよりも距離を詰められ、一歩最後の魔法行使が遅れていたら何をされていたか分からなかった。
(命名……風の連打)
それでも、勝った昂揚感の中で、一心は今の一連の魔法に名前を付ける。
(最初の魔法で相手の体勢を崩し、小規模の魔法で相手の体力を削る。その間に中級の魔法を準備し、最後に最強の魔法で止めを刺す。完全に繋がった……)
前髪をかきあげ斜め45度を見上げる決めポーズ…………を心の中だけで思い浮かべながら、勝利の余韻に浸る一心。名付けた技名からも分かるかもしれないが、完全にゲーム感覚である。
ただし、これはゲームでは無い。決闘という名の模擬戦である。そして勝負はまだ着いていなかった。
「なめる……なっ!!」
「え……」
完全に油断しきって、己の思考へと囚われていた一心。故に気づかなかった。エルクが体へと力を入れたことも、体のバネを利用して飛び起きたことも、そして一心の緩んだ腹へと拳を叩きこんだことも。
「うごふっ」
一瞬だけ一心の足が宙に浮き、体がくの字に折れ曲がる。
(な、なにこれ……痛い、痛い、いたいたいたい、……)
日本という暴力とは無縁な世界で生きてきた一心にとっては、初めてともいえる、殴られる痛み。そして――
「ふっ」
短い呼気と共にエルクの腕が振りぬかれ、続いて足が、肘が、膝が、痛みに喘ぐ一心へと襲い掛かる。
「どうした……先程の威勢は?」
嘲笑い、なおも殴る手を、蹴る足を止めないエルク。
「や、止め! やめろエルク!! そこまでだ!」
一瞬で変わった形勢に、止めるタイミングを逸してしまったリュークが、慌てて止めに入るが、エルクはそれを無視。罵倒と暴力を止めない。
「やっぱり、お前なんかが、姫様の近くに、いるのが、間違いなんだ!!」
一言言うたびに、殴り、蹴り、嘲笑う。元々の赤い瞳が、興奮のためか更なる真紅へと変わる。そして――
「苦しいか、なら楽にしてやるよ」
「やめろと言っている!!」
「調子に……乗るな……金魚の糞が」
エルクが剣を抜くのと、リュークがエルクに対峙するのと、一心がぶちギレるのが同時だった。
「人が手加減してりゃぁ、容赦なく殴りやがって……泣いて詫びるまで許さん、絶対に」
エルクを止めようと、一心をかばう位置へと躍り出たリュークと、そんなリュークを押しのけて一心へと襲い掛かろうとするエルク。そんな2人の耳に、低い低い怒りの声が響く。
一心は、痛む足へと力を籠め、ふらつきながらも立ち上がり、そしてエルクを睨み据えた。
一心は暴力とは無縁だ。しかしそれでも武道を嗜む男だ。痛みに全くの耐性が無いわけでは無い。未だ殴られたところは痛むが、しかし一時の痛みと恐怖、暴力にさらされることに慣れると、後に残るのは純粋な怒りだけだった。
「リューク、まだ大丈夫です。下がって」
視線をエルクへと据えたまま、リュークに下がるよう伝える一心。リュークは少し躊躇するそぶりを見せたが、一心が視線をやると、しぶしぶ戦いの舞台から降りる。
「はん。何を偉そうに。痛い痛いってさっきまで――」
エルクが馬鹿にした様子で、一心をあざ笑う。けれどその顔は、まだ一心をいたぶれると知って喜びに歪んでいた。しかし――
「黙れ」
言葉と同時、灼熱の炎がエルクのすぐ横を駆け抜け、背後を蹂躪する。
「……は?」
「…………え?」
一瞬でエルクの表情が嘲笑から驚愕へと変わる。
通常、一般的な魔法師が扱える系統は決まっていた。風の魔法師は風、火の魔法師は火といった具合に。
稀に2系統以上扱える魔法師もいるが、それらは上級魔法師と呼ばれ、本当にごく僅か。限られた一部の者達だけだった。
(馬鹿な……そんなはず、そんなはずはない!!)
「上級なのか? いやしかし……」
声も出ずに驚愕に心揺れるエルクと、己が対戦者ではない分、冷静に受け止めるリューク。
一心がルウェルや、ガンテツに魔法を教わろうとしていたことは、エルクもリュークも人伝いに聞いていた。だからこそ、短時間で風の魔法が扱えるようになっていたことに、2人は驚いていたのだ。なのに、そこに来て更に火の魔法である。驚くなという方が無理であった。
(地面に続く焦げ跡……、風よりも遥かに威力の高い証拠か。手加減……本当に手加減してたのか?)
エルクの脳裏に先の一心の言葉が蘇る。
(馬鹿な、そんな訳が、本当に……)
そして、今度はそのエルクの隙を、一心が見逃さなかった。
「歯ぁ喰いしばれ」
気を取られ、目を離した隙にエルクの懐に飛び込む一心。魔力によって強化された神経が、筋肉が、一心に常人離れした動きを可能とさせる。
「い、何時の――」
何時の間に……そう言おうとしたエルクの口は、一心の拳によって無理やり閉じさせられる。振り抜かれた一心の右腕は、そのままエルクの後頭部を鷲掴みにし、引き寄せると同時に膝をたたき込んだ。そして一心は、そのままエルクを地面へと叩き付ける。
「なんだ、今の動きは……」
目の前で繰り広げられた信じがたい光景に、止めることも忘れて見入るリューク。
一心の動き自体はそう珍しいものでは無い。寧ろ素人くささがあり、洗練され、全身のバネを上手く使うエルクの動きに比べると天と地ほどの技量の差が伺えた。なのに……
(エルクが……反応できなかった?)
エルクは格闘戦に長けている。それこそ格闘技術だけで魔法師と互角に渡り合い、王国でも数本の指に入るほどの力量だとリュークは感じている。そのエルクが、今、リュークの目の前で、一方的にボコられていた。
(いかん! 見ている場合では!!)
「一心、もう勝負はついた。止めよ! 止めるんだ!!」
またも遅きに過ぎたリュークの制止。しかし今度はちゃんと止まった。
「明らかに、俺が殴られた回数の方が多いんだが……」
しかし止まりはしたが、一心はぞっとするほどの鬼気を放っていた。
「これは決闘であり、模擬戦だ。喧嘩では無い。そこを間違えるな」
ともすれば震えそうになる己を誤魔化し、年長者としての態度を何とか保つリューク。久々に彼は心の底から怯えていた。
(何なんだ、この青年は……)
上級魔法師にして、超一流の近接能力を持つ、才にしては若い男。にもかかわらず、動きはそう洗練されたものではない。そのちぐはぐさが、アンバランスさがリュークには気味悪く、同時にあるシーンを思い出して、冷や汗をかかせた。
――お主の食事を管理した者だ。そして儂の妻でもある。そなたの指示を受けて煮えたぎる湯の中で皿を洗い、布巾を絞り、その結果が彼女の手だ。それでもまだ知らぬ存ぜぬを通すつもりか……
そう言って、彼は一心へと剣を突きつけたのだ。
(俺は、とんでもない奴に……)
あの時一心は、抵抗しようと思えば容易に抵抗できた。その事実がリュークに思わせる。決してこの男と敵対してはならない。そして怒らせてはならない……と。
(普段の一心は物分りもいいし、儂ら目上の者に対する態度も丁寧だ。怒らせさえしなければ大丈夫だ、問題ない)
それは完全なる誤解で、あの時の一心は力なく、恐怖に震えていたのだが、それを知らないリュークは一心を恐れ、そして勝手に一心への評価を高める。
(うむ。問題ない)
そう何度も己に言い聞かせながら……
ちなみに、エルクは既に気絶し、殴られたのは数発だけだったにもかかわらず、重体であった。
ただし、命に別状は無く、横になってさえいれば治るとの事。これにより、結局エルクがルウェルに同道することは叶わず――初めから叶う要素は無かったが――リュークに監視されて完治するまでの日々を過ごすことになる。
「いいか、絶対に一心に喧嘩を売るな。文句も言うな。仲良くしろ」
散々、耳元でそう言われながら……
◇ ◇ ◇
「あ、あ、あぅう……うぐ」
「大丈夫か? 一心」
その日の夜。庵へと戻った一心は唸っていた。
「大丈夫くない……痛い」
全身を襲う痛みに耐えきれずに。
「うむ。エルクとかいうどこぞの馬鹿者に付けられた傷は、大したことはないが……ちぃっとばかし体に無理をさせ過ぎたの」
その一心の横で、甲斐甲斐しく世話を焼くカグツチ。彼女の言葉によると、一心を襲う痛みは魔力炉の開放によるものだった。
魔力炉を開放することで魔力を解き放ち、体を細胞から活性化させる。しかしこれは効果が高い分、負担も大きい。いくら筋力が上がっても、神経が強くなっても、元の肉体は一心のもの。常にない領域で体を動かせば、その分、体への負担は尋常ではないものとなるのだ。
「どうすれば慣れる?」
口を開くのさえ億劫であったが、しかしこれを聞かないわけにはいかない。
「うむ。地道に体を鍛えるしかあるまい」
「あ、やっぱり……」
けれど、返ってきた答えはある意味予想通りで、そして一心にとってはまったくもってうれしくないものであった。
「そう簡単に、絶対的な力は手に入らないか……」
その事にどこかほっとするような気もして、何とも言えない気分となる一心であった。
1時間後――
「さて、確かエルクだったか。一心に怪我を負わせるとは……すこし仕置きが必要だな」
一心を寝かしつけ、そっと庵を後にするルウェル。向かうはエルクの居る屋敷。
「二度と一心に喧嘩を売るなどと考えないようにな」
そう言ってくっくっくと笑うその顔には、見るものすべてを恐怖させるほどの残虐な笑みが浮かんでいた。
神で教育者なカグツチは、実は一心限定で過保護だった。
ストックが…………
次回。決闘からの、出発準備2です。あ、あれ……?




