蠢く者たち
次話です。どぞ~
ユズリアル女王国王都アイリスウィル。第2代女王の名を冠したその街は、女王国のほぼ中央部にある。それは、東西南北均等に女王国がその領地を広げた証であり、影響力の強さを示す証拠であった。
その王都の北部に、他よりも一際美しく、荘厳な建物があった。王族の住まう場所王宮である。その名をクシャナ宮と言った。
初代女王の名が国の名に、2代目女王の名が王都の名に。そして王宮の名は3代目女王の名からとったものだ。
それらの名は、建国から2000年以上の時が流れた今も変わらず、国民から愛されている。それだけで、初代から続く王家の血筋に国民が絶大な信頼と、親愛の情を抱いているかが分かり、周辺国に対しては無言の圧力となっていた。
その日、一部の例外を除き、王都が寝静まった真夜中頃、王宮内にうごめく複数の影があった。
「失礼致します。お連れしました」
「遅れて申し訳ありません」
燭台に照らされた薄暗い部屋に、1人の老執事が、フードを目深に被った女性を伴って現れる。
「さて、揃ったな」
女性が着席し、フードを下ろしたのを見て、上位の席についた女性が口を開いた。
「聞いている者もあるだろうが、我らの陣営に強力な手札が一枚加わった。僕はここから一気に攻勢をかけ、このくだらない争いに終止符を打とうと思う」
力強く発言するアイリーンの言葉に、どよめきが起こる。ここに集まっているのは、彼女を支持する王女派の重鎮達であった。
「お待ちを。その手札とやら、私は聞き及んでいないのですがね。もしや、兼ねてからの懸案事項だった、ルウェル様の降神術習得に何か進展でもあったので?」
但し、ここにいる者が皆アイリーンに忠誠を誓った者たちというわけではない。今発言した男のように、自身の欲の為に王女派に身を置いている者達も少なくなかった。というよりそういった者がほとんどである。
「いいえ、努力はしているのですが……しかし良い変化もありましたので近いうちに――」
「努力、良い変化。これまで散々やってきたのに結果を出せなかったあなたが? 笑わせないで欲しいですね」
王女の発言を男が遮っても、周りは何も言わない。それがこの場におけるルウェルの立ち位置であり、彼女とその男の力関係であった。但し――
「口が過ぎるな、子爵」
これまでは。
「たかだか子爵如きが、我が妹に何という口の利き方だ? ルウェルは王女だぞ? 貴様は貴族でありながら王族に対する礼も知らんとみえる」
普段は何も言わなかったアイリーンの辛辣な言葉。この場に居た誰もが驚きと供に、成り行きを見守った。言われた男以外は。
「な、何を突然言うのです? 力無き王族など無意味。だいたい良いのですか? 私にそんな口の聞き方をしても」
「力無き王族など無意味……か。まるで叔母上の様な物言いだな。叔母上の陣営ならばここではないぞ?」
「姫様……何を……」
ただし、アイリーンがそこまで言ったところで、周りは傍観者に徹しきれなくなった。顔色を変え、アイリーンと男、そしてルウェルの間で視線を彷徨わせる。
男が大きな口を叩くのも、尊大な態度でルウェルに接するのにも理由があった。それは男が王国西部に大領をもつ公爵家の嫡男で、軍部のNo.3だったからだ。
何故No.3がこの場所で偉そうにしているかといえば、単にNo.1、No.2が、女王派の派閥ではないからだ。
つまり女王派は彼を失うと、軍部の影響力を完全に失ってしまう。それを知っているからこその男の態度であった。
「もう一度だけ聞きましょう。よろしいのですか? 私を敵にまわして。困るのはあなたのはずなのですがね……」
己の優位性を確信している男は、なおも尊大な態度を崩さない。しかし――
「くどいな、僕は別に構わんさ。だいたい以前から我が妹に対する貴様の態度は、気に食わなかったのだ。ここに居たくないのであれば、さっさと叔母上の所へ行くがいい」
ここに来て、周りの雰囲気も変わり始めていた。焦り、驚愕から傍観、観察へと。
この場にいるのは女王派として見ても、国内部として見ても重鎮と呼ばれる者達ばかりだ。故に機微を読むのも、時勢を読むのもそれなりに長けている。
そして彼らは知っていた。アイリーンという女性は、未熟ではあるが愚かではないと。
(誰か他の軍部の有力者を囲い込んだか……もしくは手に入れた手札とやらがそれほど強力な一枚という事か)
(誰を囲った……ルミナス卿か、それともベヘナ卿か?)
ルミナス、ベヘナというのは、それぞれ先にあげた軍部のNo.1と、No.2の名だ。それほどの存在でもなければ、軍部No.3の男を手放すことは出来ない。
最も、実際にはその2人が軽く霞むほどの人材だったのだが、それはルウェルとアイリーンの2人しか知らない。
怒りを必死に押し隠そうとして、しかしそれに失敗している男。その男を眺め、胸の内で嘲笑しながら、アイリーンは最後宣告を告げる。
「僕の方からも一度だけ聞こう。我が妹に対する態度。悔やみ改める気があるのならばこのまま末席に据えてやろう。しかし改める気がないのであれば、即刻立ち去るがいい」
(末席……この私が?)
それは、男にとって到底受け入れられるものではなかった。
「後悔……するなよ」
「しないさ、むしろ清々するな」
最後に男はアイリーンと、そしてルウェルを睨みつけて、足音荒く立ち去って行った。
「さて、姫様。納得のゆく説明は受けられるのですかの? あやつの態度は、確かに日頃から酷かった。それこそ貴女様が玉座に"お登りになった後に、面倒ごととなる"ほどに。しかしそれでも必要だったからこそ今日まで耐えてきたはず……彼奴が要らなくなりましたかな?」
男が立ち去ると、待っていましたとばかりに1人の老人が口を開く。彼は的確にアイリーンが知らせたいことを聞いてくる。
「なんだ分かっているじゃないか。最初に言っただろ? このくだらない継承者争いを終わらせるって。その目処が立った。そしてそこにあいつは必要なかった。必要無いからって切り捨てるのは本来上に立つ者のやることではない。だがあいつは別だ。要らない、邪魔。よってさよなら。以上だよ」
これだけで、残った者達には十分だった。彼女には明確に継承者争いの終わりが見えている。そして……
(争いの後へと目を向け始めたか……これは、あの方に報告すべきだな。姫様の強気……注意するよう伝えるべきか……)
(欲をかくと失敗するか……)
真の主へと注意を促そうと考える者、欲を隠そうとしなかった子爵の末路を、自分たちへの警告と判断する者。その反応は様々。
(やれやれ、一体何を手に入れたというのだ?)
アイリーンの手に入れた手札へと思いを寄せながら、一人、また一人と退出してゆく重鎮たちであった。
その頃……
「負傷者は?」
「ありません!」
「よし、ならばこのまま殲滅戦へと移行する。遅れずに付いてこい!!」
アイリーンの叔母であり、彼女と王位を争うフラン・リズ・フォルストは、戦場にいた。
「獣どもが! 睡眠の邪魔をしおってからに。鬱陶しいわ!!」
叫びながら身の丈ほどもある大剣を振り回す。横に薙ぎ、斬り上げ、斬り下ろし、突き刺す。彼女が一振りする度に血飛沫が舞い、命が刈り取られる。
「サルが、人間様に刃向うな!!」
手足の長く、強暴な魔獣である魔猿。それを数匹まとめて斬り払いながら、フランはその顔に獰猛な笑みを浮かべた。
「ばらけたぞ、確固撃破!!」
「おおおおー」
彼女が率いるのは直属の精鋭。彼女の言葉に従ってすぐさま魔猿の数を減らしてゆく。
「松明を絶やすな!! 獣どもは何処から仕掛けてくるか分からん。辺りへの注意を厳とせよ!」
最前線で剣を振るうフランの傍らで、大声で指示を出す大男がいた。名をドール・リズ・フォルスト。フォルスト家二男で、フランの義弟である。
「片付きましたかな。義姉上お怪我は?」
「ある訳ないでしょ? 私がついているのに」
ドールの問いかけに、フランのすぐ近くに浮いていた紅き炎が声を返す。
「お主には聞いておらん!」
「お前如きが私の主様に口をきいていいわけないでしょう!」
「アグニ、ドールも双方止めよ。全く、もう少し仲良くできんのか己らは……」
フランの傍らに浮いている紅き炎は、彼女の契約精霊である火の化身アグニ。猫の形をした炎である。ちなみにドールと非常に仲が悪い。
「ほら、さっさと帰って寝るぞ」
そう言うとフランはさっさと歩き出す。アグニとドールが慌ててその後に続く。
彼女たちの暮らすフォルスト公爵領は、ユズリアル王国北部に位置する、国境に接した領地である。とはいえ、その国境から北側は人では無く魔獣や魔人の領域。日夜人と魔が相争う場所、それがフォルスト公爵領だった。
「それにしてもあいつら夜もお構いなしに……」
時刻は既に真夜中を過ぎている。そんな時間に駆り出されたことに愚痴を言うドール。
「あら、それならば今度からお前は休んでいればいいわ。あの程度、私と主様だけで十分よ」
そんなドールにすかさずアグニが嫌味を言った。
「な!? 俺は休みたいとは言ってない!! 王都の連中は今頃のうのうと過ごしているのだろうと、そう思ったら腹立たしくなっただけだ!」
「アグニ……」
「は~~い」
フランに窘められ大人しくなるアグニ。しかしまたすぐにドールにちょっかいをかけ始める。これは彼女たちにとっては良くある日常だった。
「はぁ、全く仲がいいのか、悪いのか……。すまんが、湯浴みの準備を頼む」
そんな二人の様子に溜息を付きながら、フランは出迎えたメイドに入浴の準備をさせる。
(ドールの言ではないが、王都の連中は北のこの現状など知らんふりをしている。だからこそ私が…………しかし、安易に動けん)
彼女は、彼女なりに自分が王になるべき理由を持っていた。
妹である先代女王は文官寄りの女性で、フランのように戦場に立つということが無かった。だからこそ、北を始め国土を守る武人たちの苦労を知らなかった。そしてそれは姪であるアイリーンも同じである。
(南と西ばかりが豊かになっていくこの現状。何としてでも打開しなくては……)
国境を友好国と接している南と、小国が乱立している程度で、攻められる心配のない西。情勢も安定している為、国の予算もその多くが南と西へと流れる。
加えて、土地柄故か、西と南は文官が多いのに対し、東と北はどうしても武官が重宝され増える。結果、内政面での格差は開いていくばかりだった。
「何とかせねばならないのに、思うようには動けん……なんと歯がゆいことよ」
メイドに呼ばれ、湯殿に向かいながら、現状への苛立ちを口にするフランであった。
◇ ◇ ◇
「じゃぁルウェル、お休み」
「おやすみなさい、お姉さま」
王女派の会合を終え、ルウェルを村側の転位門まで見送るアイリーン。彼女はルウェルが戻ったのを見届けると、そのまま王宮へと向かう……のではなく、庵へとその足を向けた。庵には火が灯っており、そこにまだ一心が居ることを示している。
「一心、居るか?」
戸をあけ、中へと入るアイリーン。しかしそこには一心の姿も、カグツチの姿も見当たらなかった。
「鍛冶場かな」
最近、魔法に続いて魔道工学を叩きこまれていることを知っているアイリーン。なんでも、一心が作った武器や鎧、その他の道具などが広まれば、それを扱う人たちの信頼や愛情が、カグツチの力を取り戻す一助になるのだという。
「神の力の源はその信仰っていうのは、本当だったんだな……」
鍛冶の神であるカグツチ。嘗てその契約者だったユズリアルも多くの道具を残している。
その多くは時間の経過で壊れたり、失われたりしたが、嘗ては国中が、そして時には他国の王族もがそれを求めたという。それらの信仰を受けて、カグツチは最盛期を迎えていたのだ。
「鍛冶の音……」
鍛冶場に近づくにつれ、槌が金属を叩く甲高い音か、リズムよく聞こえてくる。そっと扉を開けると、押し寄せる熱気と共に、鍛冶の音も大きくなった。
無言で槌を振う一心を見つめるアイリーン。彼もまた何れ王国中に名を轟かせる魔道工学士となるのだろうか……
「覗き見か? いい趣味じゃの~」
「え、あの、そういう訳では……」
一心不乱に槌を振るその姿に見とれていたアイリーンは、もう一人の存在を忘れていた。不意に沸いた気配と、背後からの声にびくりとする。
一心が知れば、またかと思ったかもしれない。
「一心に話したいことが……」
柄にもなく動揺する己の心を落ち着かせ、用件を述べるアイリーン。
「うむ。ちょっと待っておれ、間もなく終わるじゃろうて……」
「何をしているんですか?」
鍛冶の経験があるはずもないアイリーン。一心が今何を作っているのか、何の作業をしているのかが気になった。
「一心の故郷の武器でな。日本刀というのを作っているそうじゃ。何度も鋼を叩き、折り曲げ鍛え、不純物を取り除き、強靭な鋼とし、それを刀と成す……らしい」
実際には一心は既にその鍛練の工程は終え、刀の形を整える素延べの段階へ、更には火造りの段階へと進もうとしていたのだが、カグツチはそこまで詳しくアイリーンに教えるつもりは無かった。
日本古来の刀の製法を知っていた一心。そのやり方を、魔道工学でどこまで再現できるのか、或いは、どの工程が魔法工学で出来て、どの工程が魔道工学で補えないのかを彼は知ろうとしていた。
彼に取って一番手慣れていて、それでいて身の丈にあった武器が、祖母が打ち、祖父に手ほどきを受けた日本刀だったのだ。
「あぁ、くそ!!」
しかし言うほど簡単では無く、知識としてしか知らない一心は、魔道工学を得ても、日本刀制作は上手くいっていなかった。
「またガンテツを頼るか……」
困った時のガンテツ頼み。一心がそんな事を考えていると、ようやくアイリーンの存在に気づく。
「なんだ、来てたのか?」
ルウェルの影響か、それとも本人の雰囲気ゆえか、アイリーンに対しても敬語を使わなくなった一心。
「少し話したいことがあってさ……いや、頼みかな」
「頼み?」
「うん。あのさ一心、旅に出る気はない? 会って欲しい人が居るんだ。出来たら極秘で。あとさ、良ければルウも連れて行って欲しい。それで――」
それは、その後何度も交わされることになる、アイリーンから一心への最初の、そしてこの先一心を女王国の闇へと誘うこととなるお願いだった。
アイリーンと王位を争っているのは、2人の叔母でした。。これから王位継承争いへと物語は進む……はずっ!
なんか説明回が続いていたので雰囲気を変えてみようと、強引に話を進めてみました。中々テンポ良くいかないものです(汗




