新たなる関係
語り合う時間、笑いあった時間、愛を囁きあった時間、その時間の中心に愛は成立している。どんな形であれ、それを伴わない愛など存在しないだろう。しかし、ここに新たなる形で語り合い、笑いあい、愛を囁き合う二人が出会ってしまった。
ガロアはヴェルナ―とトマスがレオナルドを倒したところを控室で見ていた。
「そろそろですね。ガロア」
ヴェルナ―は静かにガロアにそう語りかけた。
「ああ、始まるんだな」
「ふふ」
ヴェルナ―はガロアがじっとしていれない様子を見るとほほ笑んだ。
「な、なんだよ」
ガロアはヴェルナ―が何を笑ったのか分かったように恥ずかしそうに答える。
「いえ、嬉しそうだなと思いまして」
「嬉しいか。嬉しいんだろうな。想像してきた、この日を。訪れる事なんかないと何回も思ったよ。それでも、それでも俺は此処にいて。その日は訪れた。今日から世界の全てと共に俺は笑える」
「そうですね。あなたなら、大丈夫でしょう。勝ちましょう、ガロア」
「おおおおおおおおおおおおおおおおし。やってやるぜ」
ガロアは吠えた。自分の中に溜まっていく。淀みなく、際限なく溜まっていく感情を吐き出すために。
対して、エミリーとソフィも別の控室でトマスの試合を見ていた。
「いよいよね、エミリー」
「ええ、ママ」
「エミリー、私がああ言ったからあなたはここにいるの」
「いいえ」
「今、あなたは最高に幸せと言い切れる、エミリー」
「いいえ」
「ふふふ、最高ね。最高だわ。あなたは私の子だわ」
ソフィはにっこりとエミリーにほほ笑みかけた。
「・・・・・」
「聞け、馬鹿野郎。お前は欲した。何も勝ち取ることも出来ない脆弱なそんな手で覚悟はしているか」
「はい」
「そんな覚悟があるか!お前などあのくそ野郎の炎に焼かれて死んで行く程度のゴミだ」
「はい!」
「ゴミはゴミらしく、華々しく散ろうと等と考えるな。涙を流し、糞尿に塗れてあのくそ野郎と地獄に堕ちろ」
「イエス、マム」
ガロアとは対照的にエミリーはソフィの言葉によって感情を閉じ込め、心の中で体を引き裂くような感情の爆発を維持し続けた。
二人はゆっくりと控室を出た。東西の入口からリングへと向かって行く。
二人の入場を待ちながら、解説席の二人は語り出した。
「いよ、いよ決勝戦。先ほどの魔導師の戦いも素晴らしいものでしたが今回も今回で楽しみですね、ヴィヴィアーニさん」
「そうですね」
「どうやら、二人は幼馴染と聞いています。つまりは互いを知る者同士の戦いとなるわけですね、ヴィヴィアーニさん」
アナウンサーの男は目の前の資料を見てそう言った。
「ですが、互いの戦いの戦術はほとんど知らないでしょう。二人は別々に訓練していたと聞いています。それに噂ではガロア君は最近まで魔法を使えなかったようです」
「本当ですか。それが本当なら、先ほどまでの戦いでお互い一つしか魔法を使用していない以上、ほとんど手の内が分かりませんね」
「ええ、でもですよ。ガロア君が魔法を唱えるようになったのが最近であるのなら」
「彼が使える魔法は少ないと言う事ですか」
「そうなりますよ。最悪、一つしか使えない可能性すらあります」
「おおっと、これはガロア選手不利かあ」
二人がリングに集まり、それを審判をすることになったトマスが二人に握手をするよう促す。二人が握手をすると一斉に歓声がドームを包み込んだ。
「負けねえぞ」
「私も」
二人はゆっくりと距離を取った。トマスがマイクを片手にもう片手を空に向ける。二人はこれから始まる戦いの意味を、そして張り裂けそうな感情の流れを自分のものとする事に集中していた。
二人は友人であり、幼馴染であり、ライバルであり、そして何よりも愛し合う関係にある。男女平等を多くの国家が叫びはする。だが本質的にそれは不可能だ。それは男女は違う特性を持っているからにほかならない。それは同時に男女では成立しえない関係性がある事を意味している。だが、二人はその男女と言う性の壁でさえ魔法という力と相手を思う気持ちを持って乗り越えようとしている。
「これより、優秀者決定戦最終試合を開始する」
トマスは手を振りおろしリングから降りた。
先に動いたのはガロアだった。ガロアは片手を前にもう片手でその手を支え、唱えた。
「サリダ・デル・ソル」
火の玉、リングの半分はあるだろう火の玉がガロアの目の前に現れエミリーに向かって行く。
これを前にエミリーはガロアに、炎に向かって行く。
「屈折( レフラクション)」
エミリーの少し前で見えていた光景が歪む、その歪みに巻き込まれていくように火の玉は方向を変え、逸れていった。
「くっ」
「身体強化」
エミリーの体を光が包みこんだ。その瞬間、エミリーは凄い速度でガロアの前に現れ、ジョブをガロアに打ちこんでいく。
もちろん、ダメージなどない。ガロアレベルでなければ、ダメージぐらいはあるだろう。しかし、ガロアの強い魔力はそれを防ぎきった。しかし、エミリーもそうなることは理解していた。
(声が出ない)
ガロアがそう思うのも当然だ。反撃するために呪文を唱えようとしても、顎を狙われているため呪文が唱えられない。ガロアレベルの魔力があっても、魔法で強化されたジョブの力はダメージといかないが伝わってくる。
ジョブの応酬は続き、ガロアは少しずつバランスを崩していった。エミリーはその崩れた様子を見逃さない。
「光の直槍」
エミリーの手に光が集まっていくその光は集中して形を成していき、エミリーの片手で拳銃を撃つ動作と共に光の槍と化しガロアを貫いた。
「束縛の鎖」
ガロアの目の前に何本もの鎖が現れ、それがガロアの前で円状の盾を成していた。鎖の束は互いを軋ませ、エミリーの攻撃をあざ笑う。
「防ぎきったのね」
「あぶねえな、全く。サリダ・デル・ソル」
再び、ガロアの目の前に火の玉が現れた。今度はその火の玉は空中で静止して、エミリーへの目くらましにして、ガロアは距離を取った。
エミリーは再び、ガロアに向かって行く。
「束縛の鎖」
ガロアは静止した火の玉の後ろから、何本もの鎖をエミリーに向けて突撃させた。鎖はそれこそミサイルのようにエミリーに襲いかかる。
「屈折」
屈折によって何本かはエミリーのいる方向から逸れていったが、何本かはそのままエミリーを捕え絡みつく。
ガロアはエミリーに鎖が絡みついたのを見て、突撃し唱える。
「サリダ・デル・ソル」
火の玉は至近距離から怪物が餌を捕食するようにエミリーを襲う。
「屈折」
火の玉はその形を大きくゆがめて、エミリーをかすめていった。
「危ないわねえ」
エミリーはかすった部分を見ながらそう呟いた。
(あれでも当たらないのか)
ここでトマスがリングに上って言った。
「第一試合終了。各自休憩十五分後に第二試合を開始する」
優秀者選別試験のみ、エンターテイメント性を上げるため最大3試合に切って行う事になっている。
ガロア、エミリー共に控室に帰って行く。
屈折_使用者の半径一メートルに入ったものを屈折させる。屈折角は使用者の魔力の大きさに比例する。
身体強化_使用者の身体能力を一段階向上させる。使用者の魔力量に比例した時間、その効果が持続する。
光の直槍_光を発生させ、その光を一点集めて相手を攻撃する。主に光が集中することによる熱による攻撃。
ガロアは控室に着くとすぐに椅子にもたれた。
「流石にエミリーさんは手ごわいですね。しばらくは様子見がベストだと思います」
ヴェルナ―はさっきの試合をエミリーに優勢と見ていた。とは言ってもガロアもこれからという事も理解している。
「ああ、俺もそう思う。屈折が厄介だな。至近距離でも当たらなくなるし」
ガロアも冷静に状況を受け止めていた。
「あの術なら、問題じゃないでしょう。しかし、それ以外の術が気になります」
「やっぱ、そうだよな」
「ええ、彼女は七つ近い数の術を使えるでしょうね」
普通は四つぐらいが限界だと言われている。実際、この大会で今まで多くの術を使用したものでも五つが最高だった。
「はは、すげえな、あいつは」
七つの魔法を使う者は魔術師ならともかく魔法使いでは歴代でも極めて少ない。もちろん、そんなことは二人も承知である。
「良い顔で言いますね」
「当たり前だろ。最高じゃねえか。あいつが強い。そしてそれに俺が立ち向かえる」
「全く同感です」
対して、エミリーもすぐに控室に戻って椅子に座っていた。
「いやいや、やるわね、彼。でも、あなたはまだ見せて無い術が幾つかある」
ソフィもこの試合はエミリーの優勢であることは理解している。でも、魔法の単純な破壊力で負けるエミリーには油断を残すわけにはいかないという判断だ。
「まあね」
「きつい?」
「ううん。違う。気分はすこぶる良い。最高って言っても」
「そう。そろそろ仕掛けたら」
「うん。気分は何時でも最高の状態で終わらせないとね」
「良いもの見せてもらうわよ」
二人は休憩を終え、リングに再び集まり始める。それに伴って、トマスもゆっくりとリングに向かい始める。
二人は向かい合って互いに最高の笑顔で互いを称賛した。
トマスは気づいた。恐らく次で試合が終わる事。そして、それは最高のものとなる事を。
「これより第二試合を開始する。各自準備を、完了したら挙手を」
二人は体を動かしながら、自分の全てを高めていく。そして、ゆっくり手を上げた。
「ただ今を持って第二試合を開始する」
「身体強化」
先に魔法を使用したのはエミリーだった。さっきの休憩中に切れてしまった身体強化呪文を掛け直し、ガロアに向かって行く。
「サリダ・デル・ソル」
突撃するエミリーに火の玉が襲いかかる。
「反射」
エミリーの一メートルほど前の位置で火の玉は見えない壁に当たったかのように方向を変えて反射した。
「なっ」
(こんな呪文まであるのかよ)
ガロアは襲い来る火の玉とエミリーに戸惑いながら唱える。
「束縛の鎖」
鎖は一本、一本が集まり束となって火の玉を振り払い、そのままエミリーに向かって行った。エミリーはそれをかわすとその鎖の上を伝ってガロアに再び突撃する。
「束縛の鎖」
エミリーが伝わっている鎖を打ち消すと、ガロアは新たな鎖をエミリーに向かわせる。
エミリーは十分に接近できた事を確認した後、唱える。
「眩き光(ルミ―レ・エブルイソーツ)」
一瞬、ドームを強い光が包み込んだ。
(目隠しかよ)
ガロアは目を庇いながら光が弱まるまで鎖で自分の前を防ぎ、蹲っていた。
「光の直槍」
(やべえ、攻撃が来る。防ぎきれるか)
しかし、鎖に違和感は無い。
(攻撃が来ない?どういう事だ。くそっまだ見えない)
「光の散乱」
エミリーの前に現れた光はエミリーの前方を境に枝分かれしていく。
かろうじてガロアの目が正常に戻り、鎖で自分の前に来た光を防ぐ。
「やっぱり、これじゃ効かないわよね」
エミリーはその場にゆっくりと座り込んだ。
「何のつもりだ。なめてんのか、エミリー」
「いいえ、これが私の本気」
エミリーはゆっくりと深呼吸を始めた。
「サリダ・デル・ソル」
火の玉がエミリーに襲いかかる。
「反射」
エミリーは難なくこれを反射する。ガロアがこれに対応しようとするとエミリーが唱えた。
「光の直槍」
光がエミリーに集まっていく。エミリーはガロアに向けて拳銃を撃つ真似をする。
「束縛の鎖」
すぐにそれに対応して鎖で防ごうとするガロアにエミリーはほほ笑んだ。
「光の散乱」
打ち出された光の槍は再び、エミリーの前方で枝分かれしていく。
(また、このパターンか)
しかし、今度は光が消えない。
「どういう事だよ」
ガロアは驚きの声を上げた。以前までの『光の直槍』は放った後はすぐに消えていたからだ。
「気づかない。この光は元々維持できるタイプの魔法よ」
エミリーは座ったまま、にやりとガロアの方を見る。
「ってことは」
ガロアはすぐにエミリーの作戦に気づく。
「そう言う事。反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射」
エミリーの放った散乱した光の槍がガロアに向かう様に反射していく。ガロアはそれを鎖で防ごうとするが裁ききれない。当然であるスコールのような光の雨が全方向から襲ってくるのだ。
「とんでもない隠し玉を持ってやがったな。でも、防げないわけじゃねえよ」
ガロアは自分を覆い尽くすように鎖を配置した。それこそ黒い金属の塊が蠢くようにガロアを覆い尽くす。
「分かってるわよ。そうして来るだろうってね」
「光を剣に(エピー・ドンラ・ルミレ)」
エミリーが唱えた瞬間、さっきまで光だったそれは巨大な剣の集団となってガロアに襲いかかる。鎖の盾は膨大な剣の集団にあっという間に潰されていった。
ガロアは何本かの剣を喰らってしまうがぎりぎりダメージはかかってる防御魔法の限界まで行かなかった。
それでも、光の剣の進撃は止まらない。
ガロアは十分に距離を取り、これをかわそうとするが。
「反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射」
光の剣の進撃が後を追う。
「気づいてるんだぜ。術を使いすぎて、もうそう多くの呪文は使えないだろ」
「ふふ、そうよ。でも、それに気付いたってすぐにこの光の剣たちをさばききれないでしょ」
「ああ、確かにな。でも、もうその必要はない。最高だ。お前は最高の女だぜ、エミリー。だから、だからこそ最高の俺で、この俺でそのお前を上回らねえとな」
「連結の炎」
ガロアの前に大きな門が現れる。大量の鎖で縛りつけられた門は一本、一本その鎖を門が開こうとする動作によって千切れていく。全ての鎖が千切れ門が開くとその門の中から龍が口を大きく出して現れた。龍は体中に鎖が打ちこまれていた。それを体から振り払わるように龍は身震いする。
「あれはやばいな」
トマスが龍の正面に移動した。
「竜の降臨」
トマスは竜をリングと客席の間に召喚した。
「あれを防ぎきれ、防ぐだけでいい」
そんな間に門からできる限りの体を出し切った龍は大きな口を開いた。
龍は吐き出した。膨大で莫大な質と量の炎の濁流を。
龍の正面に座っていた観客たちはすぐにその場から逃げだそうと移動を始める。炎の濁流はエミリーに向かって行く。エミリーは光の剣でそれに真っ向からぶつかった。
「うおおおおおおおおおお」
「おおおおおおおおおおお」
二人の咆哮を中心に光と炎はぶつかり合った。
「全く良い顔で気絶してやがる」
炎の濁流は光の剣を振り払い、エミリーを巻き込んで竜にぶつかって行った。竜は素早くエミリーを回収すると大きな翼で炎の濁流の勢いを止め、押し返した。
「勝者、エヴァンリスト・ガロア」
ガロアは確かに空に向かって手をつき上げて倒れた。