竜の咆哮
MSP魔法選別試験、世界中から多くの魔法使い達が集まる最大規模の試験である。その試験の方式は実技で行われ、何人かと戦い。その結果によって合格が決まるという形式で行われる。試験期間が十日間、選考対象者数千人という大規模で行われる。また、試験自体世界で生中継され、オリンピックと並ぶ世界規模の祭典として世界各国が自国の次世代魔法使いの力を見せつける舞台ともなっていた。
試験会場となっているMSP内部のドームでMSPの学長が会場に集まった候補生たちにスピーチをしていた。
「ここに集まった魔法使いの皆さんはこれからの魔法を作り上げていく人たちです。魔法は危険を伴うものであると言う側面以上に世界をもっとより良い方向に持っていく力でもあります。では、まずは世界を変える前に世界を手に入れましょう。私からは以上です」
多くの人々の感情渦巻く試験会場にガロアの姿が、そしてエミリーの姿も見てとれる。
「選手入場です」
各選手たちは試験会場であるドームの中心のグラウンドに集結した。
男に女、背の高いものに背の低いもの、数々の個性を持った者たちは魔法と言う共通点を持ってそこに集結した。戦いが始まるのだ。
「試験監督代表による試験の方法の説明を始めます」
ぼさぼさの髪、眼鏡のマッドサイエンティスト百%のヴィヴィアーニが壇上に上がって、マイクを取った。
「私、今回の試験監督代表を務めさせて頂くヴィヴィアーニと申しますよ。今回の試験のルールは簡単なものですよ。・・・」
ヴィヴィアーニは丁寧にルールの説明をした。
「では説明をこのへんにして、今回の試験でいざという時に対応して頂く3人の魔導師を紹介しますよ」
ヴィヴィアーニは壇上の裏手の全体を見ることのできるMSPの校舎の屋上を手で指し示した。そこには何人ものオーブを着た者たちの中心にヴェルナ―とトマス、ソフィの姿を確認できる。
それを確認すると選手や観客の大きな歓声がドームを包んだ。
「魔導師監視のもとで危険を感じた場合、魔導師による介入によって異常事態を防ぐ事となりますよ。ですが、試験前に自分の魔法が十分危険であると認識した者は係の者に意見を仰ぐようにして下さいですよ。ただし試験のルールの性質上、そうすると試験の難易度が上がりますよ。まあ、評価も高くなるので自信のある方にのみお勧めしますですよ。私からは以上ですよ」
「ただ今から魔法試験を開始します」
「試験会場3で試験を行う人は速やかに移動してください」
試験のアナウンスの中、選手の待合室近くのベンチでガロアとエミリーが話していた。
「じゃあ、私は会場3だから」
「おう。勝とうな」
「当然」
試験会場1、2,3までの試験会場が設けられていた。これらを一人一つの魔導師が監視する。ヴェルナ―は1、トマスは2、ソフィは3である。そしてガロアは試験会場2、エミリーは3で試験を行う。
試験のルールは単純だ。二人で試合を行い、勝った方が評価が上がる。それ以外にさっきヴィヴィアーニが言ったような要素も評価を変える要因になる。
試合自体のルールも簡単だ。会場にいくつも用意されたステージで行い、そこから落ちたら負け。試合の前に審判がかける防御呪文が攻撃呪文で壊されても負けである。ヴィヴィアーニが言った評価を上げる要素は戦う前に審判に言って戦う相手にかける防御魔法を強くしてもらうと言うものだ。よほどの自信がなければ、そんなことをする者はいない。
そう、試験会場2ではガロアだけだ。
ガロアは試験官に戦う相手にかける防御呪文を強くするように言った。
「どれぐらいの強さがいい。本試験では低レベルのものにしていますが」
「じゃあ、最上位で」
「・・・。え、すいません。聞き間違いだと思うのですが最上位ですか」
「最上位です」
「最上位だと並みの魔術師の魔法を受けても無傷ですよ」
「大丈夫です」
「分かりました。そうします」
第一試合の対戦相手がこれを聞いていたらしく、ガロアに食ってかかる。
「君のこと知ってるぜ、ガロアだろ。ガロアって奴が魔法をまともに唱える事も出来ないのに魔導師とのコネで上がってきてるんだって噂だ」
対戦相手の男はわざと周りに聞こえるように大きな声でそう言った。
「コネか。まあ、そう思われても仕方ないな。実際、魔導師と繋がりあるからね」
しかし、ガロアはなぜか納得したようにそう言った。
「ははは、認めやがった。でも、残念だったな。こんな状況じゃ八百長でもしなけりゃ俺には勝てないがこの状況だとそれも出来ないぜ。まあ、できても今俺の知り合いが俺の試合を撮ってるからな。小細工はできないぜ」
対戦相手の男はより一層気に入らないといった顔で観客席でカメラを回す男を指さした。
「ああ、そうかい。なら、しっかりと撮って置いて貰え。滅多に見れないものが映るぜ」
「ははははは。そうかい。そうかい」
トマスから各試験官に合い図がいく。
「では、第一試合を開始します。生徒達は指定されたフィールドに移動をしてください」
各生徒達が試験管の指示に従って移動を完了した。
各試験官に移動が完了したことがトマスに伝えるために各試験官は青色の炎を手のひらの上に出して空に掲げた。
「準備完了だな。・・・・こほん。では各試験官、各生徒を十分に静止できる位置に移動を」
トマスのマイクの指示に従って各試験官が移動する。移動を終えた試験官は魔法によって青い炎に包まれた手を空に向けて上げる。
「ようし、準備完了か。・・・第一試験開始」
トマスの声がマイクを通して試験会場に響き渡る。
「ガロア、残念だったな。どうやら、俺にかけられている呪文は冗談じゃなく本当に最強レベルの防御呪文みたいだ。どうだ。降参とかしてみるか」
「心配するな。死ぬことはない」
「はははは。馬鹿だろ。本気で勝てる気でいやがる」
「サリダ・デル・ソル」
歓声が会場を覆い尽くす。無理もないことだった。円状のリングの中央に歴代でも見たことのない大きな火の玉が現れたのだから。
「おいおいおい。冗談だろ。・・なんか小細工をしてるんだろ。そうだろ」
「してない。そう言ってもお前は信じないだろうが炎の威力は保障する」
炎は勢いそのままに対戦相手を飲み込んだ。
「コネは大事だぜ。俺にコネが無かったら唯の人だった。でも、俺は魔術師になった」
すぐに試験官が消火器を使って炎を消すと見事に防御呪文は消えていた。
「第一試合リング三十四、勝者エヴァンリスト・ガロア」
試合は進んでいく。八日間続いた戦いはガロア、エミリー共に全勝。そして、九日目のスケジュールが始まる。九日目は八日間で各会場で最も勝利した者同士の戦いが行われる。第二、第三会場はエミリー、ガロアが選ばれたが第一会場はレオナルドと言う少年が選ばれた。
九日目はより試合が過激になるので魔導師たちは試合が行われる第一会場の特設リングの前に集まってリングの最終確認を行っていた。
「これで全体的に確認は終わったわね。・・ねえ、正直なところ誰が勝つと思う」
ソフィがヴェルナ―、トマスに尋ねる。
「そうですね。ガロアと言いたいところですが予想通りレオナルドと言う少年でしょうね」
ヴェルナ―は少し残念そうに答えた。
「そう言えば、ヴェルナ―はあのガキの戦いを見てんだったな」
「ええ、はっきり言って別格ですね。今のままで魔術師として実戦に出ても十分にやっていけるレベルです」
「マジかよ。ガロアの奴も十分に強かったがそれじゃ無理か」
「まあ、仕方ないわね。それにしても今年は強い子が多いわね」
「そうですね。例年の最優秀者もガロアに確実に負けるレベルですからね」
「それ考えると、今年は異常だな」
試験会場のリングに三人が招集される。
「俺はガロア、こいつはエミリーって言うんだ。宜しく」
「宜しくお願いします」
レオナルドは礼儀正しくそれに答えた。
「レオナルド君だっけ。負けないからね」
エミリーは力強くそう言った。
「ええ、心配しなくても戦う事は無いと思いますよ」
しかし、さらっとレオナルドはそう言った。
「どういうこ・・」
「これより、優秀者選別最終試験の内容をお伝えします」
エミリーの声をかき消すようにヴェルナ―の最終試験のルール説明が始まった。
「この最終試験は魔道特待生を選別する意味合いもあるので各選手はご注意ください。試験のルールは簡単です。3人による総当たり戦を行って最も勝利した物を優秀者とします。それ以外のルールは前日までの試験と変更ありません。以上です」
今度はトマスが壇上に上がった。
「最初の一戦はレオナルド・ダビ対エヴァンリスト・ガロア」
「ちょっと待ってください」
突然、試験官用のマイクを奪ったレオナルドがトマスの方を向いて言った。
トマスはそれに気づくとレオナルドの方を向いて言った。
「何かあったか」
「いえ、私は優秀者の座には興味がありません」
レオナルドはしっかりとトマスを眼前に捕えてそういった。
「それは棄権すると言う事か」
トマスは不思議そうにレオナルドの言葉に答える。
「違います。興味があるのは魔導師の座です。戦いませんか、魔導師トマス・ヤングさん」
「ははははははは。いいなあ。お前みたいな奴大好きだわ。ギラギラした目で何処までも上の世界を見たいと思っていやがる。いいぜ。飲んだ、その勝負。だが、お前が優秀者になるかは俺が判断する」
トマスはレオナルドのから感じる強い覚悟の表情を見て、その覚悟ごと飲み込んでしまうような笑い声を上げた。
「分かりました。でも、私が勝ったら魔導師にしてください」
しかし、レオナルドも動じない。
「はははは。良いだろう。俺の権限でしてやるよ」
「トマス!」
ヴェルナ―はレオナルドの無謀な主張を受け入れるトマスに注意した。
「いいだろ。面倒が無くなる。それにあの二人の戦いにこいつは無粋だ」
「私は構わないわ」
ソフィも楽しそうにトマスに同意する。
「しょうがありませんね。許可します。その代わり、彼には最大級の防御呪文をかける事。それで良いですか、レオナルド君」
「ありがとうございます」
リングの中央で十人の試験官が最強レベルの防御呪文をレオナルドに何重にもかけている。
マスコミは一斉にその写真を撮る。魔法試験、最終試験は国の一大イベントで当然多くのマスコミが来ている。八日までのマスコミたちは各有名選手の密着取材とダークフォースの試合を撮る事に夢中だったが九日からは実況を交えての生中継に変わる。
「さあ、とんでもない事になってきました。そこで、MSPの魔術師教員の一人ヴィヴィアーニさんに今回解説に来ていただきました。宜しくお願いします、ヴィヴィアーニさん」
「ええ、お願いしますよ」
「いきなりの魔導師打倒発言、盛り上がってきましたね。ヴィヴィアーニさんはどちらが勝つと思いますか」
「質問になっていないと思いますよ」
「はは、そうですね、すいません」
リング上にトマスが姿を現す。会場が一気に静かになる。誰もが理解しているのだ。トマス・ヤングと言う存在を。
同様にレオナルドがリングに現れる。試験官は八日間の試合の時と異なり、ドームの観客席で待機しながら二人を見守っている。
「試合開始」
観客席からのマイクを使った試験官の声でトマス対レオナルドの試合は開始した。
会場は歓声に包まれる
「生憎だ。威勢を張った奴には失礼な話かもしれないが次の二人の試合を速く見たいんでな。終わらせてもらうぞ」
「見せてください。魔導師の強さを」
トマスは大きく目の前の空間を振り払った。火を、炎を、紅蓮を持って立ちはだかる一切の障害を消し去る。おおいなる生物の偉大なる頂点を己が力とするために。
「竜の降臨」
会場を再び沈黙が包み込む。無理もない。誰もが理解してしまったのだ。その強さ、強靭さ、俊敏さ、何よりも破壊力を。竜と言う存在の持つ意味の全てを。観客は知ってしまったのだ。淀みなど無い最強を。
「流石ですね」
レオナルドはなんとか、その言葉を捻りだした。でも、レオナルドは諦めてはいなかった。いや、現実逃避をしたというのが正しいだろう。何とか手を打てば勝てる可能性があると彼は思っているのだから。
結末は当然のものだった。
会場の誰も何が起きたか分からなかったが何が起きたか理解した。竜は片手をかるく上げて振りおろした状態のままで静止していた。会場の誰もが竜がレオナルドを片手で弾き飛ばした事を理解したが誰もそれが本当に起きたかを証明できなかったからだ。しかし、レオナルドはドームの観客席とリングの間の壁に激突していた。
あれ程かけられていた防御魔法は全て壊され、レオナルドはそのまま救急車で運ばれていった。
竜はつまらないとでもいうかのように咆哮した。