狂った男と賢い女
そんな高校生活を過ごしていた二人だったが、高校生活の最後が近づいてきて二人に転機となるイベント、進路相談が始まる。
エミリーのクラスで進路希望調査のプリントが配られて、黒いローブの教師が進路について他の資料を幾つか配り始める。
「君たちは魔法が唱えれると言う大きな武器がある。それを利用すればそれなりの大学に入れるはずだ。少しくらい上の希望も通るはずだ。進路希望調査は今週末までに提出する事」
放課後、エミリーの周りに何人かの女生徒が集まってさっそく進路について話し始めた。
「エミリーは何処にするの」
「進学は確定なのね。まあ、・・・」
決まっていたかのようにエミリーは大学では中ぐらいのレベルの大学の名前を言った。
「ああ、あそこか私もそこにしようと思っていたの」
「私も私も」
エミリーが言った大学は魔法を唱えれるものでそれなりの成績があれば十分合格可能な大学だ。
エミリーは友達と遊んだ後、いつもよりゆっくりと家に向かっていた。
エミリーの家、エミリーは軍人の母との二人暮らしである。エミリーは孤児院出身で、養子なのだ。エミリーの母、ソフィは背の高くスタイルのいいアメリカ映画の戦うヒロインのような女性だ。
「ただいま」
「おかえり。進路希望調査見せなさい」
ソフィは手をエミリーの前に出した。
「えっ、なんで知ってるの」
エミリーは予想外のソフィの反応に驚きの声を上げる。
「知らないわよ。そろそろ、あるだろうと思ってカマかけたのよ」
さあさあとソフィはエミリーにプリント提出を促す。
「・・・・」
エミリーは走って自分の部屋に向かう。
「あのねえ。私相手に追いかけっこになると思ってる」
「・・・、どこでもいいでしょ」
エミリーの母はエミリーの服を後ろから掴んで、エミリーのカバンから進路希望調査のプリントを取り出してそれを眺めて言った。
「なるほどね。つまらない子ね」
「!つまらない。何がつまらないのよ」
エミリーはソフィの言葉に強く反発した。
「この大学なら今のあなたでも簡単に合格できる。でも、気づいてると思うけどあなたならもっと上の大学でも十分に合格できる」
ソフィは諭すようにエミリーに語りかける。
「・・・。そうかもしれないけど、私はここがいいの」
それでも、エミリーは態度を変えることなくそれに反発する。
「あなたは賢いわ」
「知ってる」
「あなたは魔法の才能がある」
「知ってる」
「それでも、あなたは恐れている」
さっきよりもより優しく、ゆっくりとソフィはエミリーに語りかける。
「なにをよ」
しかし、エミリーも態度を変えずそれに反発する。
「自分の居場所がなくなる事を」
ソフィはエミリーの目をしっかりと見つめ、それを声にする。
「・・・・・」
エミリーはピクリとその言葉に反応し、下を向いた。
「今のあなたがしなければならないのは自分の居場所を守る事じゃない。作る事よ」
「でも」
エミリーはソフィの顔の方を向いてそう呟いた。
「今の友達はあなたのことを必要としてくれると思うわ。でも、彼女たちはあなたの本質を知らない」
「本質?」
エミリーは何よりも優先し疑問の声を上げた、
「あなたが本気を出した姿を知らないということよ。私は職業がら本気を出している人を良く見てきたわ。本気を出すことはこれ以上ない自己表現の形なの」
「どういうこと」
「自分をさらけ出すと言う事よ。それは別に何であってもいい。勉強でも、スポーツでも、恋愛でも、仕事でも、趣味でも、なんでもいい。自分を表現する事そのものが本気を出すと言う事になる」
ソフィはゆっくりとエミリーに分かるように身振りや手ぶりを加えて語りかける
「・・・それを、それをしたから何になるの」
「最高の友ができるわ」
ソフィは手をエミリーの前に突き出すとその手で拳を作って見せた。
「最高の友」
「あなたの今までの友達を否定する気はないわ。でも、自分というものを表現する上で作られる友は何より最高の友になるの」
「・・・・でも、でも」
「・・感情が理解を阻むのね。それは当然よ。私は私の意見を言っているだけだもの。ただ、私はそれを正しいと思うし、だからこそあなたに知ってほしかった。」
「・・・・・」
エミリーはソフィによるかけられる言葉の数々を頭で並べ、それについて考え始めた。
「少なくとも、私にはあなたがこんな私の説得で変ってしまうような意志でその決断をしてしまったようにしか見えなかった。まだ、進路は決定ではないのでしょう?」
「・・・うん」
エミリーはそう言ってしっかりと頷いた。
「私を納得させなさい。それができたら、何も言わないわ」
「・・・・・わかった」
「良い子ね。さあ、夕食にしましょう」
「うん」
次の日の放課後。
ガロアの教室でガロアは何人かの友達と喋っていた。友達の一人が時計に目をやる。
「あ、もうこんな時間か。すまん。そろそろ部活にいくわ」
ガロアの友達の一人は申し訳なさそうにそういった。
「そうか。じゃあな」
「じゃあ」
ガロアの友達の一人は手を振って教室を出ていった。
「そろそろ俺たちも帰ろうぜ」
ガロアはそう言うとカバンに手を掛けた。
「ああ、すまん、ガロア。俺、委員会に行かないといけないんだよ」
「マジか」
「マジだ。すまん。」
「まあ、委員会じゃあな。じゃあ先に帰るわ」
申し訳なさそうにもう一人の友達も教室を出ていった。
「おう、じゃあな」
ガロアがゆっくりと家に向かって歩いていると、エミリーがガロアの背中をカバンをぶつけた。。
何が起きたのかとガロアが振り向くと、そこにはエミリーの姿があった。
「何だ。エミリーか。びっくりした」
怒るでもなくガロアはエミリーにそう言った。
「へへ、最近、随分話してなかったからさ。なんというか」
エミリーは気恥ずかしそうにガロアにそう言った。
「まあ、ジュース1本で手を打ってやるよ」
ガロアは少し笑顔になるとそう言った。
「はあ、しょうがないか」
エミリーも笑顔でそれに答えた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
「ねえ、進路って何処にした?」
意を決したようにエミリーはそう言葉にした。
「何だよ。突然」
ガロアはそれに驚いて答えた。
「いや、単純に気になって」
「就職だ」
ガロアは前を向いて、小さな声でそう言った。
「就職?」
驚いた顔でエミリーはそれに反応した。
「悪いか。こっちは魔法も唱えられないんだから、仕方ねえんだよ」
ガロアは声を大きくして、エミリーの言葉に強く反応した。
「ねえ、私と同じ所に行く気はない?」
エミリーはしっかりとガロアの目を見てそう言った。
「!・・・できれば行きたいけど無理だって俺の学力知ってるだろ。あそこはヨーロッパの優秀な奴が全員研究にくるんだぜ」
何を言ってるんだと言わんばかりにガロアはエミリーの言葉を一蹴した。
「あんたが馬鹿なのなんて知ってるわよ。今から勉強しても間に合わないことも」
「じゃあ、どうやって入るつもりなんだよ」
「MSPは魔法の学校なんだから、魔法の能力で入ればいいじゃない」
「・・・・あほだろ。俺が魔法を使えないことは知ってるよな。あそこの魔法試験は同世代の最高峰レベルの戦闘だって分かってるよな」
ここで今までの呆れも混じったガロアの声に確かな怒りの感情が混ざっていった、
「分かってる」
エミリーは深呼吸でもするかのように飲み込むようにその言葉を口にした。
「じゃあ、じゃあ、なんでこんなこと言うんだよ。できるわけないだろ」
「あんたが、・・・あんたが好きだからよ」
「えっ」
予想外の言葉にガロアは心からその言葉を口に出した。
「あんたが好きだからよ。ママが言ったの。本気で何かをやるってことは自分を誰かに知ってもらう事だって、私は、私はあんたにこそ私のことを知って欲しいのよ。そして、あんたの事も知りたいのよ」
エミリーはガロアに背を向けてそう言った。
「えっ」
「そのためにはあんたにも本気になってもらわないとあんたの全てを知れないじゃない」
「・・・・・ははは。あはははは。無茶苦茶だな。できなかったら俺の人生は終わるぜ」
ガロアは笑っていた。しかし、そこには怒りでも、呆れでも、失望でもない確かな希望に溢れた声のガロアがいた。
「そんなもの。あんたを私が養えば良いだけでしょ」
「あはははは。・・最高だ。最高だ」
「な、何よ」
「・・・・お前は最高の女だ。・・・お前に俺を見せてやるよ」
「ガロア」
それは奇妙な光景だった。一人の少女の我儘を、一人の少年は少女への最大の賛美と共に受け取った。それは二人がしがみ付こうとした二人の宗教で、二人の物語の始まりを告げるものだった。
次の日からガロアの戦いが始まった。
「さて、始めるか」
早朝、ガロアはグラウンドで念入りに体を動かした後片手を校舎の反対側に向け唱える。
「サリダ・デル・ソル」
何も起こらない。
「だめか。手の角度を変えてみるか」
遅れて、エミリーがそこに着いた。
「あんた。こんな早い時間から始めてるの」
「時間はあるに越した方がいいだろ」
ガロアはエミリーに反応しながらも意識は完全に魔法を唱えることに向けていた。
「そうだけど、それより成果は」
エミリーはガロアが手を向けている方向を見ながらそう言った。
「まだ、一回しか唱えてないけど失敗だった」
ガロアはたんたんとそう言った。
「そう。今度は私も見てていい」
エミリーはガロアから少し離れた所で座って、ガロアの様子を眺め始めた。
「ああ。できればアドバイスも頼む」
ガロアはエミリーの方を向くとそう頼み込んだ。
「了解。了解」
エミリーは立ち上がるとお尻について砂を払い、ガロアの方に向かった。
それから、他の生徒が来るまでの間、唱えるときの構えや発音、声量を変えてチャレンジしてみたが成果は得られなかった。
「まあ。初日だし」
「・・・・。俺、先生に色々聞いてみるわ」
ガロアは一旦、下を向くと思いついたようにそう言った。
「うん」
放課後、職員室にガロアの姿があった。ガロアは魔法の担当の先生に質問していた。
「先生、どうにか魔法を唱える方法は無いですか」
以前ガロアの魔法検査の時に立ち会った教師はガロアに冷たくあしらう様に言う。
「ガロア、検査の事を不服に思っているようだがあれは現実だ。お前がそれを自分できちんと向き合わなければならない問題だ」
教師はしっかりとガロアの目を見るとガロアに理解を促した。
「・・・先生。まだ俺は諦めていません」
しかし、ガロアは引き下がらない。
「そうか。はっきりと言わなければならないようだな。・・・お前に魔法は無理だ。魔法は今までの物事と違いすぎる。スポーツができない奴はいない。勉強ができない奴もいない。どんな奴でも、やることはできる。もちろん一番になる事さえ望まなければな。分かるな」
「はい」
教師の言葉をガロアはしっかりと受け取っていく。
「でも、魔法はそうじゃない。できない奴がいるんだよ。俺もこんな事を言いたかないが魔法はそう言うもんなんだ。そして、そしてお前は魔法ができないんだ、ガロア」
「・・・・・。失礼しました」
ガロアは職員室を出た。
その日、ガロアはいつもやっていた放課後の練習をせずに家に帰った。
「すいません」
ガロアの家にエミリーの姿があった。放課後練習すると息巻いていたガロアがいくら待っても現れないのでガロアが家に帰ったのではないかと探しに来たのだ。
「ガロア、エミリーちゃんが来たわよ」
ガロアの母がガロアを呼ぶが反応がない。
「すいません。お邪魔しちゃって良いですか」
「ええ、もちろん。どうしちゃったのかね。いつもは罵声が飛んでくるのに」
エミリーが二階のガロアの部屋に入るとガロアが椅子に座って机に向かっていた。
「ガロア、先生に色々言われたのは聞いたわ。ごめんなさい。あんな我儘言っちゃって。あなたが好きなことは変わらないけど、あの時の話は無かった事にして・・」
「は、何が」
ガロアはこちらを振り向いた。
「今のままじゃダメなのは分かった。なら、今日と違う明日にすればいい。それを何カ月も繰り返したら、俺が魔法を唱えられるようになれるかもしない」
「・・ガロア」
「それにな。今、ネットで調べてみたがまだ、魔法を唱えられない人間がいることは証明されてないそうなんだよ。なら、まだ可能性はあるだろ」
「凄い。それこそ、私の彼氏よ。実は良い情報があるの。今まで話した事無かったけど、私のママ、魔導師なの」
エミリーはこの時、改めてガロアと言う男を知った。そうと思った事のために僅かな可能性にも全力でしがみ付く。そんなガロアの異常性を半分の恐怖と半分の歓喜を持って。
「!マジかよ。すげえな」
「それで、ママに話してみたら知り合いの魔導師の人を紹介してくれるって」
「・・・・えっ」
次の日、ヴェルナ―邸。
「でっけええええ」
思わず、ガロアが声を張り上げる理由も分かるほどの大きさだ。城のような大邸宅なのだから。
ガロアはエミリーの紹介でヴェルナ―の元を訪れたのだ。
ガロアが恐る恐るチャイムを鳴らしてみると、そこにはメイドたちの姿があった。
「えっえっ」
ガロアがうろたえているとメイドがガロアに尋ねた。
「失礼ですが、エヴァンリスト・ガロア様で間違いないでしょうか」
「はい。そうですけど」
メイドはガロアを客間に案内して紅茶を注いだ後、ガロアに言った。
「今から、主を呼んで参りますので少々お待ちくださいませ」
「は、はい」
しばらくした後、扉が開いてそこからヴェルナ―が姿を現した。
「この人が魔導師」
ぽっかりとガロアは思った言葉をただ口にした。その反応は男に生まれ、大きな魔法への興味を持ったガロアにとって当然のものであった。
「ソフィから話は聞いてますよ。魔法を唱えようと頑張っているそうだと」
最強と言う求め得る最高に甘美な称号の男、ヴェルナ―はガロアにそう言った。
「ええ、そうです」
ガロアは十分な緊張とそれを上回る喜びでヴェルナ―の言葉に答える。
「すいません。失礼を承知で言います。私は昔から魔法を知っていました。魔法を唱えられない人は実在します」
しかし、ヴェルナ―の対応もまた何も変わることは無かった。
「で、でも、証明はされてないと聞きました」
さっきまでと違い、強い否定の意思を持ってガロアはヴェルナ―の反抗する。
「良く調べられたようですが、それだけの情熱を持って何かに立ち向かえるなら、魔法でなくてもあなたは成功すると思いますよ」
「どういう意味ですか」
ガロアは強くヴェルナ―を睨んだ。
「あなたに魔法は唱えられません。確かに証明はされていません。でも、あなたのように魔法が唱えられない人がいることも事実です」
しかし、ヴェルナ―は何の反応も無しにたんたんと言葉を並べていく。
「ま、まだ唱えられないだけかもしれない」
「確かにその可能性はありますが何十年も魔法をやっていた私の師匠も不可能と言っていました」
「でも、でも」
ガロアはそう呟くしかなかった。希望とされた魔導師すら、魔法は唱えられないという言葉をガロアにぶつけてくるのだから。
「話は聞いています。今日、君をここに呼んだのは君を科学者としてMPSに入れるためです」
さっきまで、事務処理のように言葉を並べたヴェルナ―が一転、しっかりとガロアに感情を込めてそう言った。
「それって」
予想外のヴェルナ―の言葉にガロアは驚きを口にした。
「勘違いしないでください。コネクションを使う気はありません。残りの時間の全てを使ってあなたに勉強を教えます」
「え、え、でもお忙しいんじゃ」
「ですから、合間です。これは私のアドレスです。分からないことがあったら何でも聞いてください」
ヴェルナ―はガロアの携帯にメールを送った。
「あと、この部屋に好きな時に来て勉強していっていいですよ。メイドたちに言っておきますから」
「・・・なんで、何でこんなにしてくれるんですか」
ガロアは涙を流しながら、ヴェルナ―にそう言った。
「理由はどうあれ、あれ程何かに本気になれるならあなたには才能があると思っただけです。そして、ある人の意思を私も継ぎたいと思っただけです」
ここで初めてヴェルナ―はガロアに満面の笑みを見せた。
「ありがとうございます!」
その後、早速ヴェルナ―はガロアに魔法の授業を行った。
「そろそろ、仕事をしなければならない時間ですね」
「じゃあ、俺はそろそろ」
「あまり、時間は取れないかもしれませんが最大限のサポートはします。頑張りなさい」
「はい、・・あと、さっき言っていたある人にもありがとうって言って置いてくれませんか」
「はい。分かりました。では時間が空いたらこちらから連絡しますね」
それから、数か月が経過した。
とあるバーにヴェルナ―、トマス、そしてエミリーの母、ソフィの姿があった。
「で、あれからどうなの、ヴェルナ―」
ソフィはグラスの中で酒を眺めながらそう言った。
「ああ、ガロア君の事ですね。苦手意識はあったみたいですけど頑張ってますよ。このままいってくれれば、もしかしたら」
ヴェルナ―はそう言うとグラスの酒を飲みほした。
「そっちじゃないわ。魔法の方よ」
ソフィはヴェルナ―にグラスを向けて、ヴェルナ―の誤解を指摘した。
「ソフィ。お前も分かってるだろ。無理なものは無理なんだよ」
トマスは声を荒げてそう言った。
「そう」
ソフィは残念そうにグラスの氷を眺める。
「そもそもよ。お前があんな言葉かけなきゃ、ガロアの奴はこんなことしなかったんじゃねえのか」
トマスはソフィに怒鳴り出した。
「言ってくれるわね」
ソフィもそれに応える。
「そりゃ言うさ。てめえの勝手な生き方に他人を、それも何も分からないガキを巻き込むなんてのは最低な野郎のすることだろ」
「まあまあ、ソフィもそれについては反省してますし」
ヴェルナ―が二人の間に入って二人を宥める。
「・・・・・。分かってるわよ。自分でも最低だったって、でもあの子の生き方見てたらさあ。なんか言いたくなってくんの」
ソフィは反省したようで下を向いて話し始めた。
「どういう事だよ」
対して、トマスはまだイライラしている。
「あの子ね、もっと良い高校いけたのよ」
「それぐらい。よくあることだと思いますが、やる気が出なかったり他にやりたいことがあったりすればそっちを優先したくなるのも分かります」
ヴェルナ―は不思議そうに言った。
「そう言う事じゃないの。あの子は頭のいい子なのよ」
「話が見えないぞ」
「ええと、そうね。あの子は頭が良すぎるの。例えば、今の状況で高校の勉強やりたいと思う、ヴェルナ―」
「いいえ、流石に高校の勉強は飽きますね」
ソフィからの質問に即答した。
「あの子にとって、勉強はいつもそんな感じなのよ」
「そんなもん、自分のレベルにあった勉強すればいいだけだろ」
トマスは不満そうに声を上げた。
「そう、その通りよ。トマス」
「お、おう」
トマスは予想外の素直なソフィの反応に驚いた顔を見せた。
「でも、あの子はそれができないの」
ソフィはため息を飲み込むように話しだした。
「どうしてですか」
「そうしてしまうと、あの子は友達と離れてしまうからよ」
「なんだ、そりゃ。自分の力を発揮できない所にいるなんてアホかよ」
「アホなのよ。あの子は怖がってるの。自分の力の底が見えないからこそ、自分が本気になった時に隣に居れる人がいるのかどうかが分からないことを」
ソフィは溜めこんでいた感情を整理しながら吐き出していく。
「だからこそ、そんな人がいるかどうかを探すために本気になる必要があると思うんですが」
ヴェルナ―は理解できないと声を出す。
「そうなんだけどね。でも、あの子はそれさえ嫌がってたの。だからじれったくなってあんな事言っちゃたのよお」
「そりゃ気持ち分かるわ。俺も言うと思う」
トマスはさっきまでの不満そうな様子が一転、納得したように大きな声を上げた。
「そうですね。そう言う事なら分かります」
「そうよね。間違ってないわよね」
ソフィは二人の反応に安心したように二人の表情を何度も確認する。
「そうだな。話変わるが、あの二人はまだ練習やってんのか」
「ええ、まだ早朝にエミリーさんと練習してるみたいですよ。この前、会った時に声をからしたりしてました」
呆れたようにヴェルナ―は言った。
「できれば、魔法を唱えれるようになって欲しいんだけど」
「まあ、気持ちは分かるがよ。どうしようもないものはどうしようもないだろ。俺だって何年も魔法をやって来たが唱えられない奴が唱えられるようになるなんて話聞いたことないぜ」
トマスは今度は冷静にソフィに言葉をかける。
「分かってるわよ。それが現実であるって事くらい。でも、あいつら見てると何とかならないかなあって思っちゃうのよ」
ソフィは再び寂しそうにグラスを眺めた。
「ここにいる全員、同じ気持ちでしょう。でも、仕方がありません」
「そうよねえ。仕方ないのよねえ」
「ああ」
現実に抗う事と現実を見ない事はとてもよく似ているんだ。とても、とてもね。しかし、そのとてもよく似たその二つを誰に言われるでもなく自分で見極めれるくらいの力が我々求道者には必要なんだ。―せんせい
それはある朝の事だった。ヴェルナ―はいつものように研究所の自分の部屋で自分に届いた仕事のメールの山の処理に取り掛かろうとしていた。何通かメモをとりながら、メールを見ているとふと懐かしい相手からのメールが目に入ってきた。
「彼か。何かあったんですかね」
ヴェルナ―はゆっくりとそのメールを見ていたが、半分ほど見て突然そのメールをくいいるように見始めた。
「ははは。神よ。あなたらしい」
ヴェルナ―はそのまま、ある男に電話をした。
一方、ガロア達は朝の練習を終えようとしていた。いつものようにグラウンドで色々な構えや声で試していた。
そして、いつものように呪文は発動しない。
「はあ、今日もダメか」
ガロアはため息交じりにそう言った。
「ねえ、なんで止めないの、練習」
エミリーは意を決したようにそう言った。エミリーにとっても、やはり今のガロアは異常に感じざるを得なかったからだ。
「何でって」
ガロアは困惑したような顔でそう答えた。
「分かってる。私の我儘を聞いてもらってた事は、でも、でも」
エミリーは泣きだしそうに声を絞り出した。
「・・・・」
「先生にも、魔導師にも、できないって言われてるのに何で」
「お前に言われてないからだよ」
「え」
エミリーは驚きをそのままの言葉にした。
「お前があの時、俺にできるようになって欲しいって言ってくれなかったら、俺は終わっていた。そう、終わっていたんだ」
ガロアは改めて自分がした心の奥にある覚悟を自分で見つめ直すようにそう言った。
「・ぁ・ぅ・・」
エミリーは泣いていた。泣くことしかできなかった。そして、この時エミリーは自分がそう言ってもらうためにあんな事を言ってしまった事を後悔した。そして、同時に自分にはこんな我儘な自分にはガロアが必要な事を理解した。
「だからこそ、だからこそ、お前がそれを言わないなら俺はやれる。それだけだ」
ガロアは照れくさそうに頭を掻くとエミリーに背を見せた。
「そう言う事言う。恥ずかしい」
エミリーは真っ赤な顔で涙を拭って、笑いながらそう言った。その笑顔は紛れもない最高のものだった。
「うっせ」
「でも、かっこいいとは思った」
「だろ。だろ」
ガロアは笑顔でエミリーの方を見た。
「はいはい」
瞬間、グラウンドを光が包み込んだ。天使が降り立ったのだ。神からの伝言を乗せて。