*涙
翌日の昼休み。いつものようにお弁当を広げる。
「七菜、さっそくだけど」と立石が切り出す。何を言い出すのか俺にはすぐ分かった。
「え?」
「翔くん、かっこいいじゃん!」
「は?」
「だからー!七菜、翔くんといい感じだったじゃん!」
葛西はぎくっとした顔で立石と白川を見つめて、それから笑い出した。
「あはは。なんでそうなるのー」
「え、違うの?」
「全然そんなんじゃないって!」
明らかにごまかしてるように見えたが、照れてるようにも見えない。
「えーでも明らかに他の男子より仲良かったじゃん!」
「それはだって…まあ色々?」
「色々?」
「んー色々ったら色々!
でもそんなんじゃない」曖昧だけど、嘘には見えない。少し安堵する。立石たちもそう思ったようで、「ふーん、なんだー」と言って話題は変わった。
***
18時。今日から4日間、理系のやつらは17時から講習会があっていない。コンビニに買い出しに行こうと自習室を出ると、葛西に会った。
「あれ?講習会は?」
葛西も理系だから講習会のはずだった。
「わたし明後日予定があって、別の日程にしたの」
「へぇそうなんだ」
「コンビニ?」
葛西が財布を持った俺の手を見て言った。
「うん」
「じゃあさ……ご飯、その辺に食べにいかない?」
「へ?」
「あ、いや、そこのそば屋の割引券2枚持ってて咲と行こうと思ってたんだけど講習会でさ」
「あぁ!いいよ行こう」 「ほんと?よかった。お腹空いてたんだけどなんかそば屋に1人ってちょっと勇気いるから」
「そう?俺よく行くけど」
「男子はやっぱりそうなんだー。マックとかファミレスならよく行くんだけどね」
そば屋に入り、割引券が使える一番ふつうのそばを頼む。
よく考えたら葛西と2人きりってあの時以来か。そう考えるとドキドキしてしまうから考えるのをやめる。せっかく弾んでいる会話を台無しにしたくない。
「共学だとさ、男子がおごったりするわけ?」
「しないよー!ていうかするわけない」
「やっぱそうか。最近はデートも割り勘なんでしょ?」
「最近はって小高くんおじいさんみたい」
葛西が声をあげて笑う。
「だって男子校って男子しかいないからさ、やりたい放題だし分かんないんだよなー」
「やりたい放題?」
「パンツ一丁でみんなで廊下走ったり」
「なにそれ!」また葛西は爆笑する。
「そんなもんだよ」
「でも、男子校出身の男子って逆に紳士っていうよね。」
「俺とかね」
「へぇ〜小高くん紳士なんだ〜初めて知ったわ〜」
冗談めかして言って2人で笑いあう。
「じゃあ葛西は紳士な人がいいわけ?」
「んーそれもいいけど……安心する人」
「安心?」
「うん。ってわたしもよくわかんないんだけどねー」
「ふーん」
「小高くんは?」
「かわいい子」
「外見!?」
「結局はそうだって」
「夢がないなー」
あきれながら、運ばれてきたそばを食べ始める葛西。
別に嘘じゃない。けど、外見て内面が自然と出ると思うからだ。葛西がそうだったから。
色々な話で盛り上がりながらそばを食べ終え、店を出る。近くに公園があった。葛西は「わーブランコ!ね、ちょっとだけ遊んでいかない?」と言ってブランコに駆け寄りこぎはじめた。俺もあとを追って公園に入る。するとサッカーボールが転がっているのが見えて、遠くの木の幹をめがけて蹴ると当たった。
「すごい!」気づくと葛西はもうブランコを降りていた。
「野球部なのにサッカーもできるの?」
「たまたまだよ。」
そう言いながらボールを拾いに行き、葛西に向かって蹴る。葛西はきれいにボールを止めて、まっすぐけりかえした。
「うまいじゃん」
「まーね」
2人でわーわー無駄に騒ぎながらパスをして、10分くらいしてベンチに座る。
「あー超楽しかった!」
「葛西けっこううまくてびびった」
「小高こそ」
パスをするうちに呼び方が小高にかわってて、少しうれしい。
「今日は、ありがとう。すごい楽しかった」
突然の葛西のお礼に驚く。
「いや、別に……」
「小高ってすごいや」
その声が少し震えていて、焦る。
「こんな楽しいの……久しぶり」
今度はさらに震えた声。
しばらく無言が続き、そして、隣のから小さいながら嗚咽が聞こえてくる。
突然のことになにもできなくて、俺はただただ隣に座っていた。
30分くらい経っただろうか。涙する声も聞こえなくなりそっと隣を見ると、葛西はいつもと変わらない顔で俺を見て、「戻ろ」とつぶやいて、ベンチを立つ。そして、小さな声で「ありがとう」と言うと、歩き出した。
俺はどうすればいいのか分からず、何も触れずにただ横を歩くことしかできなかった。
七菜、また同じ涙1人で流してないよな