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世界神へ挑む者  作者: 蒼井七海
第二章 女神の祀り場
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2

「な……んなのよ、あんた」

 かすれた声を上げる。すると青年は、けらけらと笑った。なぜかひどく耳障りな笑い声だ。

「そんなの、わざわざオレが言わなくても分かってんだろ?」

 瞬間、体が震えた。全身から汗がふきだし、心の中には怒りと嫌悪の感情が爆発的にわき出てくる。

 そう。薄々気づいていた。分かっていた。だが、一生懸命否定しようとしていた。ステラはゆっくりと立ち上がる。そして、にらんだ。鋭い視線で、残酷な青年を射抜いた。底知れない威圧感が、そこにある。

「あなたが殺したのね……。町の神父さんを」

 極力平静を装った声で問うと、相手は目を見開いた。相当驚いたご様子である。一方その横で、ようやく起き上ったエドワーズの息をのむ音が聞こえた。青年はそれに合わせるように笑い、見下すような視線を向けてこう言った。

「ご名答♪ さすが、クレメンツの教え子は違うねぇ」

 言い終わらない内に、ステラは剣を抜いていた。一切の迷いなく駆けだす。目指すは、教会の入り口にいる青年だった。悲鳴のようなエドワーズの制止の声が聞こえたが、止まる気はない。

 一方で青年はというと、つまらなそうに肩をすくめる。

「ただの小娘には、これを使うのすらもったいないね」

 そう言ってなんと、大きな鎌を自分の懐に収容する。それからステラを待っていた。そこに殺気や狂気は感じなかった。だが、得体のしれない危険な何かを感じ取ることはできた。

――ついに、踏み込む。

「ここで大人しく、捕まってもらう!!」

 叫ぶと同時に剣を振るう。

 だが。

 振りおろされた刃は、青年の体に届くことはなかった。煌めく白刃が途中で静止し、少しだけ赤い染みを帯びる。青年が剣を受けとめたのだ、片手で。

「なっ……!?」

「いやぁ、筋は悪くない。だが所詮、ただの人間だ」

 そう言った彼は驚愕するステラに構うことなく足を振り上げた。その一撃は少女の体に直撃する。

 鈍器で思いっきり殴られた時のような衝撃と妙な熱が、腹に走った。そしてそれに気付いた時には、体が宙に舞っていた。悲鳴を上げるひまさえなく、ただ風景が二転三転していくのを他人ごとのようにながめていた。やがて――視界が一瞬暗くなる。同時に背後で鈍く大きな音が響き、今度は背中をはじめとして全身に激痛と痺れが伝わった。

 今度こそ、エドワーズの悲鳴が聞こえる。多分これは、ステラを案じてのことだろう。

「………うっ」

 微かなうめき声を上げてから、体を動かそうとする。だが、ぴくりとも動かない。ただ痛みが激しくなるだけだった。

 頭上から青年の哄笑が聞こえてくる。

「安心しな。それ以上危害を加えるつもりはないから。オレが用あるのは、そっちの神父サマだしね」

 言われて、はっとする。視界の端に、明らかに怯えたエドワーズの顔が映った。だが彼は逃げることをしない。それだけではなく、なぜか自ら青年の方へと歩み寄ってきた。

「ん? どういうつもりだい?」

 さすがの彼も訝しげな声を上げる。それを聞いたエドワーズが返した答えはこうだった。

「僕の命が欲しいんでしょう? それで気が済むなら、持っていってくださいよ。その代わり、今後一切人を殺さない、危害を加えないと約束してください。こんな残虐なことは、僕で終わりにしてください」

「―――っ!!」

 思わず、ステラは声にならない悲鳴を上げた。

 青年がにやりと笑うのが見えた。いいだろう、というのが聞こえた。再び、大鎌が手にされるのを感じた。

(だめ――)

 逃げて。

 そう言おうとするが、声にならない。

(だめだよ――)

 終わる。このままでは、すべてが終わってしまう。エドワーズの命が、名も知らない青年によって刈り取られて終わってしまう。

(死んじゃだめ――)

 だが、どうすることもできない。終わりは近づいているというのに、何もできない。

 いやだ。いやだ。やめて。誰か助けて――!!


 その、思いが届いたのだろうか。


 一瞬ののちに、室内に轟音が響き渡った。顔のあたりが妙に熱くなり、焦げたにおいが鼻をつく。神父が驚いて尻もちをつくのが少し見えた。

「な、に?」

 ようやく声をひねりだす。それと同時に、教会の入口の方からこんな言葉が聞こえてきた。

「あ、やば。建物壊しちゃったよ」

「今さらだろう?」

 ナタリーと……ジャック?

 間違えるはずがないが、それでも信じられないという思いにかられた。だが、背中に触れたその手のおかげで、思いは消え失せた。

「おい、生きてっか。ステラ」

 囁くような幼馴染の声がする。思わず泣きそうになったのを抑え、彼女はその名を呼んだ。

「レク? なんで」

「説明は後」

 言うと同時に、ステラの体が起き上った。同時に激しい痛みが走る。

「――――!??」

 目を見開いて自分でもわけのわからない悲鳴を上げると、ようやく顔の見えたレクシオは苦笑した。

「おやおや。肋骨二、三本いってんじゃないのか? これ」

「き、気楽に言わないでよね!」

 思わず赤面して怒鳴りかえす。だが、悔しいことにこれで気持ちが楽になった。ふぅ、と息を吐いたステラは改めて教会の入口を見る。なんとそこにはクレメンツ怪奇現象調査団の面々が集合していた。あからさまに喜色満面の笑顔を浮かべるナタリーや、興味深そうに教会の中を見回すジャック。そして呆れたような顔をナタリーに向けているトニー。

「み、みんないるの?」

「そりゃそうさ。俺とジャックで招集かけたんだから」

 あっけらかんとして言うレクシオ。

(ということは、こうなることが分かってたのかな)

 自分が損害を被ることは分からなくても、殺人犯がこの教会に現れることぐらいは何かしらの方法を使えば予測できるのかもしれない。そんなことを思ってから、ステラは一番重要なことを思い出した。

「そうだ、エドワーズさんっ!?」

 ぱっと視線を走らせると、呆気にとられる神父の姿が見えた。少しほっとする。だが同時にぞっとした。ゆらり、と影が立ちあがったからだ。

「おーおー。こんなに邪魔が入るとは、想定外だ」

「………っ」

 ステラがじろりと睨みつける。だが、青年の方は歯牙にもかけない。その代わりレクシオの方を見て驚いたような声を上げた。

「ん? ヴィント?」

 人の名前らしきわけのわからない言葉を発し、レクシオを舐めまわすように見る。一方本人は唖然としていた。そのうち、青年が首を振る。

「ああ、似てるけど違うや。兄弟……いや、息子かな?」

 一人でわけのわからないことを呟いてから、もう一度エドワーズとステラたちを見比べる。そして、深々と息を吐いた。

「仕方ないなぁ。今日のところは退却か」

 言うと同時に、きざっぽくローブをさばく。そして次の瞬間には、姿を消していた。忽然とその場からいなくなったというのにふさわしい消え方だった。

「うそっ、消えた!?」

「テレポートか何かかねぇ」

 そんなナタリーの悲鳴とトニーの声がすっかり破壊された教会内に響き渡る。のんきなものだが、これが調査団の特徴ともいえる面なので仕方ないのかもしれない。

 だが、さすがに遠くから憲兵隊の声が聞こえた時には、全員の表情が張り詰めたものである。

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