4
「終わったか」
ヴィントは、ラメドたちとは別の屋根の上でそっと呟いた。そこは、現場からは遠く離れた場所だった。だから、何が見えたというわけではない。ただ肌でそう感じ取っただけだ。
しかし、今回の騒動は非常に珍しく、ヴィントはほぼ最後まで見守っていた。今までずっと、ある程度傍観するとその場からふらりと姿を消すことを続けていたというのに。そこにはきっと、肉親の存在が大きなものを与えたということもあったのだろうが――
「あいつも、やるようになったものだ」
ただそこに肉親がいるというだけなら、ヴィントはいつもと変わらぬ傍観者だった。現に、この事件が始まったばかりのころはそれだけで終わるつもりでいた。
『あんたは、誰とつながっている?』
そう、囁くように訊いた息子の精悍な顔立ちがヴィントの脳裏をかすめた。口元に、自然と笑みが浮かぶ。
彼がこの事件を最後まで見届けようと思った理由。
息子と、その友人たちの成長を見てみたいと思ったからだ。彼の見込みは外れていなかった。少年少女たちは確実に成長していたし、また、戦いの中でも己を磨き、普通なら大人でも腰を抜かすようなことに敢然として挑むまでになった。
紅の舞う北の大地で震えて見ていることしかできなかった子供が、幼馴染を励まし先導する立派な少年へ。
その変化が、ヴィントにとってはたまらなく嬉しかった。
「……時々、分からなくなる。自分が何をしたいのか」
誰かに語りかけるように囁く。かと言って誰かに届くわけではないが、彼は自分がそうしたいと思ったからそうした。だが案の定、答えは返らない。
「おまえだったら、何か分かったのかな」
そこにいない人間に訊く。
もう、この世にすらいない人間に訊く。
「図々しいな。自ら消しておいて答えを求めるなど」
ヴィントは、嘲笑を浮かべた。それは自分に対する嘲りだった。
息子が彼と距離を取った理由にも、その『自ら消した』という行為が大いに影響しているということは知っている。だからこそ、彼は今まで息子と距離をとりつづけてきた。
――だが、彼の近くで『選定』がなされた以上、これからはそうもいかない。
ギーメルやアインをはじめとする『奴ら』は、とっくにあの五人に目をつけているだろう。そして、これからも近づいていく。己の理想を達するのには、それが一番の近道だから。
そうなれば、ヴィントもそれを見逃すことはできない。奴らを追うことになる。そしておのずと、彼との距離は縮まっていく。
「もう逃げられないか」
女神に選ばれた以上、人の手によってそれを覆すことはできない。
すべては動き出した。自分たちが見ることのできない場所で。そして、無関係ではいられなくなってしまった。そう、ヴィントももう、傍観者ではなくなるのだ。
「自らの罪と向き合う時、か。仕方ない」
これも運命というやつだな。
彼はそう呟くと、立ち上がる。身をひるがえして、その場を離れた。
男の姿はみるみるうちに小さくなり、やがて夜の闇に溶けていった。
こうして、世界に嵐の前の静寂が訪れた。




