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世界神へ挑む者  作者: 蒼井七海
第五章 世界神へ挑む者
21/23

3

「まさかこれ、あの子がやったのか!?」

 ジャックが叫ぶ。そこでステラたちもようやくその可能性に思い至り、アインの方を見た。彼女は怒りに満ちた眼でこちらを睨んでいた。ギーメルといい、アインといい、どうやら組織であるらしい彼らは、怒りに我を忘れるととんでもない破壊活動をしたがる質なのだろうか。

「許さない……殺してやる……壊してやる……」

 彼女は震える声で、うわごとのようにそう呟いていた。

「まさか――この魔導術をぶっ放つつもりか!?」

 人形の館の時もそうだったが、レベルの高い魔導術を行使するとき、人は大体の場合において魔法陣や札を媒体として用いる。今回もそのパターンだ。つまり、かなりレベルの高い――威力のある魔導術。いくら魔導の知識に乏しいステラでも、これがとんでもない威力だと言うのは分かる。あの火球とは比べ物にならない。

「こんなものを放ったら――」

「この周辺どころか、帝都が丸ごと吹っ飛んでもおかしくない」

 さらっととんでもないことを言うジャック。そこに、レクシオが補足を入れた。

「この場合、射程に入るのが帝都近郊だけになるように式が組んであるからそこまでにはならないだろうが、少なくとも射程範囲内は丸ごと破壊されるだろうな。建物も、自然物も、動物も」

『動物』というのには、当然人間だって含まれている。

 今度こそ本気で狼狽したステラは、叫んだ。

「やや、やばいよ! どーすんの!?」

「全力で受け止めるしかない!!」

 レクシオがこの上なくきっぱりと答えた。さすがに、その表情には焦りの色が浮かんでいる。

 彼の声を聞きつけたジャックとナタリーも、その場に集まってきた。

「空中に防御壁を張ればいいのね?」

「そーゆーわけだ」

 トニーがあっさりと答える。それから、相変わらず魔法陣が浮いている空を見上げてうめく。

「ただし、それだけでこれを受けとめられるとは限らない。俺ら学生の魔導術なんて、たかが知れているからな」

「でも、やるしかないだろう?」

「さっきの術で魔力が底を尽きてきたから俺は戦力外になっちゃうけど、二人で大丈夫かなー」

 トニーが、口調とは裏腹に固い表情で言う。だがそこで、レクシオが口を挟んだ。

「どうにかするよ。今回は俺とステラもその役を担う」

「ええっ!?」

 自分にまで話が及んできて、ステラは思わず抗議の声を上げた。

「無理だよ! あたし、今まで一度も魔導術なんてやったことないわよ!?」

 全力でまくしたてる彼女の声を、水でも打ったかのように静めたのは、この一言だった。


「――銀の魔力」


 レクシオの口から放たれた言葉に、全員が動きを止めた。ステラでさえ固まって、ぽかんと口を開いている。

「あれがあればどうにかなるかもしれない」

「いや、そーかもしれないけどさ……」

 ステラは思わず、栗色の前髪をいじった。

「あれ、自分の意思で発動できないんだけど」

 そう。まさにアインに指摘された通りだった。ギーメルの攻撃を防いだ後に消えて以来、銀の魔力は一度としてその姿を表さなくなった。選定で力を得たとしてもこれじゃあ無意味じゃないかと、それを知った時にステラは悪態をついたものである。

 だが、幼馴染はさらりとこう言った。

「それはステラの魔力が『起きていない』からだ。そのためにはある程度の修行がいるけど、今回はやむを得ないから一時的に無理矢理叩き起こそう」

 それを聞いたジャックが、横から口を挟んでくる。

「『叩き起こす』って……そんなことまで知っているのか。本当に君は魔導術がからっきしなのかい?」

「さあ、どうだろうね?」

 団長の問いにおどけて答えるレクシオ。一方でステラは、目の前で繰り広げられる意味の分からない会話を聞いて呆然としていた。

「――はあ?」

 だが、時間がない。それ以上の疑問をぶつけることを許されないまま、五人は準備に取り掛かった。


「どこまで張ればいいのー?」

 ナタリーが声を発する。かなり声を張っている様子だ。

 ごごごごご、という不穏な音が次第に大きくなってきているのだから無理もない。ちなみに、彼女の質問に答えたのはジャックだった。

「エドワーズさんが吹きとんだら洒落にならないから、そこらへんまで頼むよ。さすがにこの術は威力が高すぎて発動に時間がかかるようだけど、その間も対して長くはないだろう。早めに頼むよ」

「へーい」

 ジャックの団長らしいはきはきとした指示を受け、ナタリーが続きを行い始める。それを傍観しているのが、自ら戦力外宣言をしたトニーと、ステラとレクシオだった。

「基盤はあの二人で大丈夫だ。俺たちゃ補強部隊だな」

「……うまくいくのかねぇ」

 ステラが呟くと、レクシオはカラカラと笑った。

「大丈夫大丈夫。なんか、おまえならやれちゃいそうな気がするし」

 相変わらずと言うか、随分楽観的である。それでも不安にならないのは、そこに彼なりの考えがあるというのが分かるからだろうか。

 だがステラはそれを伝えることはせず、

「だといいけど」

 こう言って肩をすくめるだけだった。

 ほどなくしてすべての準備が整った。ジャックが「補強は術を受けとめる直後にやった方がいい」と言うので、それに従うことにする。

 ステラが息をのんだ時。

「来るぞ!」

 団長の鋭い一声が聞こえる。空中の魔法陣は眩い光を放っていた。発動の直前であることは明確だ。

 幸い、これまでに一度もアインの邪魔は無かった。おそらくずっと、この巨大魔法陣に集中していたのだろう。それはつまり、この一発で周辺にいる人間を全部殺そうとしているということを示している。その執念を感じ取ると、さすがにぞっとする。

 この作戦が上手くいくかどうか――自分たちが明日まで生きられるかどうかは、それに懸かっている。

「やるぞ、ステラ!!」

「う、うん――」

 素早く防御の壁を展開するレクシオに倣ってステラも手を上げた。心の中で、ラフィアの名と祈りを繰り返す。

 魔法陣の放つ光が、ひときわ強くなった――


   ◇   ◇   ◇


 そこは、城の廊下だった。若い王は肩をすくめて振り返る。そこには、鎧をまとった女がいた。長くウェーブのかかった金髪をなびかせながら、王の背後に立っている。

『やはり……おまえはついてくるのだな?』

 王はしっかりとした口調で女に問いかける。

『はい』

 女はよどみない声で答えた。

『私はこれからも、殿下――いえ、陛下の矛となり盾となりましょう』

『後悔は、しないか?』

 若い王は再度問いかけ、女は再度答えた。

『しませんよ。後悔など。それどころか――』

 女は、穏やかに微笑む。それは今まで――王が王子のころから目にしてきた笑顔だった。


『私が王国軍の将軍になってからというもの、一度も自らの行いを悔んだことなどありません。陛下』


   ◇   ◇   ◇


――ダァンッ!!!

 鼓膜を震わせ、大気を揺るがす轟音に、ステラは思わず顔をしかめた。もうダメか、などとあきらめにも似た感情を抱いた。だが、いつまで経っても衝撃は来ない。

「――?」

 彼女が訝しんで目を開けると、そこには驚きの光景が広がっていた。

 みんなで張った防御壁が、煌々と銀色の光を放っていたのだ。そして、魔法陣から打ちだされた巨大な魔導術はしっかりと受け止められ、吸収されていっている。

「これが……銀の魔力……?」

 光を受けつつ、呟いた。声の震えを抑えることができない。

 生き残れた。この状況に歓喜していた。

 凄まじい。一方で、この状況に恐れを抱いた。

『銀の魔力』と呼ばれる巨大な力の実態。そして、ステラ自身がその力を持っているという事実。すべてが彼女にとって、喜ばしいことであり、恐ろしいことであった。

 だが、他の面々が感じるのは純粋な感嘆と尊敬だ。

「す、すごい……」

 ジャックがうめくように声をひねり出す。横のナタリーなんかは、涙を流していた。

「やるなー。ステラ」

 幼馴染は相変わらずのん気にそう言った。変わらないその様に、さすがに安堵をおぼえる。

 だが、その次に彼が発した言葉に胸を突かれた。

「しっかし、さっきのはなんだったんだろう。王様と将軍って、どんなおとぎ話だよ」

「……え」

 彼もまた、ステラと同じものを『見て』いたのだ。

 どうして? そんな疑問を抱かずにはいられない。なぜか、これが偶然とはとても思えないのだ。

 だが、そんなことを考えているうちに事態は動いていた。力を失った天空の魔法陣は徐々にその姿を消していき、また、調査団の防御壁もそれに合わせて解かれた。

 そして、静寂の中で、何も起きないことを確認すると――


『やったあああああああああああああああああああああっ!!』


 五人で、大気が震えんばかりの叫び声を上げた。

 今までの緊迫した状況をほんのすこしだけ忘れて、団を上げて喜びを分かち合う。恐怖の館に続いて危機を乗り越えた実感が、ようやく湧き上がってきたのだ。


 一方、アインはそんな五人を眺めてから、力なく地面にへたり込んだ。


   ◇   ◇   ◇


「――もういい。戻ってこい、アイン」

 ラメドは、アインに向かってそんな声を発した。彼女が向こう側で不服そうな顔をしたが、だからと言ってこれ以上我がままをさせるわけにはいかなかった。

「それ以上我らの手の打ちをさらすわけにはいかんからな。不安材料は消せなくとも、収穫はあった。それでいいだろう?」

『………分かったよ』

 彼女の不服そうな声を最後に、会話は途切れた。ラメドは小さく息を吐き、隣でこれまた顔をしかめているギーメルの方へと目をやる。

「なんだよ。あのチビも、オレとやってること変わんないじゃん」

「その自覚があるなら、今度からは気をつけるのだな、ギーメル」

 年長者の言葉に、ギーメルがぐっと詰まる。だが、そんなものを歯牙にもかけず、ラメドは空を仰いだ。続いて、飛び上がって喜ぶ学生五人に目をやる。

「やれやれ……。たかが学生、と侮れなくなってきたな」

 再び星空を眺めながら吐きだされた呟きは、そのままどこかへと消えていった。ラメドはそのまま、心の中で問いかける。

(ラフィアよ……。かつての我らが主神よ……)


――あなたはいったい、何を考えておられるのだ?――


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