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世界神へ挑む者  作者: 蒼井七海
第四章 銀の選定
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3

 男が動き出したのとほぼ同刻、別の民家の屋根にふたつの人影があった。こちらは立ったまま教会を見つめている。ただ、光は随分薄いものとなっており、すぐにでもおさまりそうだった。

 それは、選定の終わりを意味する。

「あ~あ。ギーメルのやつ、結局最後まで失敗しちゃってんじゃん」

 甲高い声でそう言ったのは、屋根の上に立っている二人のうち一人。朱色の髪をなびかせる幼い少女だった。顔にはでかでかと「ざまぁみろ」と書いてあるのだが、少なくとも表面上では残念そうであった。

「……神父に協力者がつくとは、想定外だな」

 もう一人、筋骨隆々とした初老の男はそう呟くと、深いため息をもらした。だがすぐに顔を上げると、少女に語りかけるように続けた。

「だが、『銀の選定』が行われること自体はまだギリギリ許容範囲だ」

「え、そうなの?」

 少女は驚いたような声を上げ、初老の男を見た。彼はうなずくと、また口を開く。

「我らにとっての真の脅威は、『金』と『銀』の両翼がそろった状態だ」

 この選定がおとぎ話どころの話ではないというのを知っている人間は、神の子を『翼』と呼ぶ。いつからそうなったのか、なぜそうなったのかは誰も知らない。ただ、ある者は敬意を込め、またある者は恐怖を込めてそう呼んだ。『翼』は敬称でもあり蔑称でもあるのだ。

「と、ゆーことは」

 初老の男の言葉を聞いた少女が、かわいらしく首をかしげる。どう見ても年端のいかない、あどけない少女にしか見えない。だが、次に彼女の口から飛び出たのは、恐るべき言葉だった。

「殺っちゃって、いいんだよね?」

 男はちらりと少女を見る。彼女は、屈託のない笑顔を浮かべていた。ここにただの人間がいたら、きっと恐怖に顔をゆがめて逃げだすだろうな。そんなことを考えながら、しかし男はあっさり言うのだった。

「ああ。だが深追いはするなよ、アイン」

 アインと呼ばれた少女は勢いよく首を縦に振った。

「うん! じゃ、あとはよろしくね。ラメド」

 言い終わるが早いか、少女は屋根の上から飛び降りた。ふわりと。軽やかに。その背中を見送った男――ラメドはため息をつく。

 先程アインにも言ったように、銀の選定が行われることは想定の範囲内ではあった。今回、神父の殺害計画を企ててそれにギーメルを送りだしたのは、最初から行われずに済むのならそれに越したことはないと思ったからである。いわば保険のようなものだ。

 だが、その保険のおかげであちら側に思わぬ協力者がついた。見れば帝国学院の生徒、つまりひよっこだということは一瞬で分かったが、いくらひよっこでも彼らの力と連携は侮りがたいものがあった。

 現に、彼らの計画は頓挫しかけている。そして、恐れるべきことが最近になってもうひとつ発覚した。

「『金』と『銀』が、同じ道を歩む可能性……」

 ラメドはここへ来る前に仲間から聞いた言葉を思い出していた。

 それぞれ女神の翼に選ばれた者は、彼らの知る歴史の中では一度も同じ道を行くことをしなかった。どちらかは光の道へ進み、どちらかは闇の道へ進んでいた。その事実は彼らにとって好都合であった。どちらかが破滅の道に堕ちれば、彼らの恐れているような事態には発展しない。だが、今回はそうではない。仲間はそう言っていた。何を根拠にそう言ったのかは知らないが、こうして見ていると彼の言ったことが正しい気もしてくる。

 だからこそ、今回は事前に選定を起こさせまいと動いたのだ。そして、今も――

「うまくやれよ、アイン。我らが目的に少しでも近づきたいのなら」

 ラメドはそう言うと、静かに瞑目した。


  ◇   ◇   ◇


 白銀の光が降ってきた時、ステラはきつく目を閉じた。

――それなのに、光は彼女の目から消えない。なぜ? 訝しげに思っていると、どこからか声が聞こえる。

〈……………〉

 あまりに微かで、何を言っているのかは聞きとれない。だが、声が女性のものだというのはどうにか分かった。

(なんでこんな状況でそんなものが聞こえてくるのよ?)

 ステラはうめく。確か、この場に女性は自分一人しかいなかったはずだ。とすれば、この声は自分の内なる声とかそういう展開だろうかとも思ったが、その予想が外れであることをすぐ知ることとなる。再び、声が聞こえたのだ。今度は不思議と聞きとれた。

〈小さき人の子よ〉

 優しげな声。囁きのようなそれは、しかしステラの耳によく響く。その口振りからして、多分声の主は人間ではないのだろうと詮無いことを考えた。ただ、次の言葉を聞いた瞬間に愕然とする。

〈我が片翼よ〉

 片翼。

 耳に馴染みのない言葉を胸中で何度か繰り返してから、最近翼という言葉をよく耳にしていたことを思い出す。そうして次に出てくるのは、件の女神の名だ。しかし、そこで悟った。

(まさか、あなたは……っ!)

 思わず目を見開いて問う。だが、『彼女』は答えない。ただ嬉しそうに、こう言った。

〈我が力を、そなたに託そう。そなたが金の片翼を選ぶ日を、楽しみにしている〉

 声はだんだん小さくなっていく。ステラは知らず知らずのうちに叫んでいた。

(待って! まだ行かないでください――)

 ラフィアよ!


「ステラっ!!」


 聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた瞬間、ステラの意識は現実に引き戻された。周囲の光は消え失せ、夜の闇が戻ってきていた。選定が終わったという事実に彼女が気付くのと、なにか金属が弾ける音を聞いたのはほぼ同時だった。

 はっとして音がした方を見ると、なんと目の前には鎌を持った青年の姿があった。しかし、危険度を増した刃はステラの元へ到達していない。

 そこで初めて、彼女は現在自分が置かれている状況に気付いた。

 白銀の淡い光が、全身を覆っている。不思議とまぶしさは感じない。この光がなんのためにあるのかは分からないが、少なくとも今、鎌からステラを守ってくれていることは確かなようだ。

 青年の声が聞こえる。

「『選定』が成されたかっ……!」

 悔しそうにも、忌々しそうにも思えた。ただ、ステラはその事実に驚愕し、同時に恐怖した。先程まで聞いていた声は、はっきりと耳に残っている。

「銀の、魔力……」

 背後でトニーが呟くのが耳に入った。そして、改めて知る。

 自分が千年に一度の女神に代わる変革者として選ばれたということを。

 だが、いまいち自覚がわかずにきょろきょろとあたりを見回した。その時――怪しい人の姿が目に入る。すぐ近くの木からこちらを見下ろす無感情な目。それを見た瞬間、ステラは別の恐怖に震えた。

『彼』の黒髪と緑色の瞳が、幼馴染の姿を彷彿とさせたから。


「止まれ。ギーメル」


 彼は、波一つない静かな声で言った。その時、目の前の青年から殺気が失せる。どうやらギーメルというのは、彼のことらしい。

「てめぇに指図される覚えはないけどな?」

 限りなく平時に近い口調で彼は言った。同時に振り返る。だが男は、そんな青年の反応を歯牙にもかけなかった。

「貴様は二度も失敗しているからな。そろそろこの任からは外されるだろうと思って、先にそれを通告してやっただけだ。俺も、貴様らのような馬鹿者に味方する気はない」

 男の辛辣な物言いに、ギーメルは小さく舌打ちをした。そのことに、ステラはわずかながら驚きを覚える。彼のこんな姿は、まず見たことがなかったから。だが、男はやはり気にした素振りを見せず、ただ教会の方を見上げた。

「見てみろ。そろそろ来るぞ」

 その声が聞こえた直後。今度は周囲に轟音がこだました。みんなで慌てて振り返ってから、見えたものに唖然とした。

「ああもう! なんなんだよ、今日は!」

 トニーが苛立たしげに呟くのが聞こえる。無理もないと思った。

 教会の二階――その一角が、崩れ落ちていたのだから。がらがらという音を聞きながら、ステラは未だ教会にいるであろう三人のことを思って、息をのんだ。


  ◇   ◇   ◇


「……これで、選定は終了です」

 エドワーズの声を聞いたレクシオの意識は、ようやく現実に戻ってきていた。振り返ると、ひどく疲れたような顔をした彼の姿があった。

「お疲れ様」

 ため息混じりにナタリーがそう言うと、エドワーズは照れくさそうに頭をかく。こういうところを見ると、彼があどけない少年のように思えてしまうのだから、なんとも不思議だ。だが、そんな気持ちはおくびにも出さずレクシオは声を上げる。

「さて。これで一応本来の目的は達したわけだし、様子を見るためにも教会の外に出てみるか?」

 あえて、提案という形で言う。

 教会の外に出るということは件の殺人鬼と接触する可能性があるということで、危険が伴うからだ。だが、意外なことに二人ともあっさりうなずいた。

「いつまでもあいつらに任せてちゃ、まずいよねー」

 ナタリーはそう言ってにやりと笑い、

「もう選定が終わったのですから、ぼくもそう簡単に殺されることはないでしょう」

 エドワーズはそう言ってまたうなずく。

 二人の様子に、さすがのレクシオも苦笑を禁じえなかった。

「それじゃ、いきますか」

 笑みを浮かべたままで振り返り、そう口にして自らをも鼓舞した。

 だが、その時である。

 その場に大気が震えるほどのすさまじい爆音が轟き、ちょうど彼らの立っている場所が崩れ出したのは。

「なっ……!」

 驚愕の声は、はたして誰のものであったのか。それを確認する間もなく、レクシオは動いていた。素早くその場から跳び退り、神父の手を引く。

「早く逃げないと巻き込まれるぞ!」

「は、はいっ」

 エドワーズの返事を背に、彼は二階の中でぎりぎり崩れていない場所を探し出してそこまで避難した。直後にナタリーもやってきた。彼女は二人の前に立ち、その姿を確認すると腕を伸ばして魔導術を展開した。目の前に淡い金色の防御壁が張られる。天井から崩れ落ちてくる瓦礫から身を守るためだと気付くのに、大した時間は要さなかった。

 エドワーズが息を吐いている。

「どう考えても、老朽化ではないですよね」

「人為的なものだな」

 こんな状況だというのに冗談めかした物言いをする彼に、レクシオは皮肉げな笑みとともに現実をぶつけてやった。再び、ため息が聞こえる。しかしそれはこの場にそぐわぬ能天気な声にかき消された。


「おー、みんな揃ってるじゃん! こんばんは~」


 やけに高い声が聞こえ、三人はそろって爆発のあった方向へと目を向ける。そこには、朱色の髪をなびかせた少女が立っていた。年の頃十歳くらいだろうか。大きなリボンのついたドレス風ワンピースという派手な格好をして、底抜けに明るい笑顔をこちらに向けている。

「だ、だれ?」

 声を発したのはナタリーだった。呆気にとられつつも、警戒は解いていない。少女が目を瞬かせる。

「そんなに怖い顔しなくてもいいじゃん。アタシは、災いの種を摘みに来ただけだよ」

「災いの種を……」

 エドワーズが少女の言葉を繰り返す。すると少女は大きくうなずき、いきなり名乗りを上げた。


「そ! アタシの名前はアインだよ、よろしくね~。

――さて、アタシたちの災いとなる人間は、いったい誰かな?」


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