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世界神へ挑む者  作者: 蒼井七海
第三章 黒の警告文
14/23

5

「エドワーズ神父の家?」

 たまたま見かけた老婦人は、ステラたちが言ったことを繰り返してから首をかしげた。杖の方をじっと見つめてから、急に何かを思いついたように顔を上げた。そして、ここからでも見える一軒の小さな家を指さした。

「それならあそこよ。ほら、あの小さな家」

「ああ、あの家か」

 ほぉーっ、と阿呆のように口を開くステラの横で、レクシオが静かに納得した。その声でようやく彼女の方も我に返り、小声で老婦人に感謝の言葉を告げた。

 杖が石畳をつくたびに出る硬質な音が遠ざかっていくのを感じながら、彼女は両脇にいる友人に目をやる。

「あんな小さい家に住んでたんだぁ。出会ったときから思ってたんだけど、エドワーズさんってなんかこう、神父の鑑って感じの人よね」

「うん。ま、世の中は広いから、俺らの幻想をぶち壊す神父も存在するんだろうがな」

「そりゃそうでしょ。できれば会いたくないけど」

「ちょっとちょっと。道の真ん中でなんちゅー話してんのよ、お二人さん」

 いろいろと問題のある話題に花が咲きそうだったので、ステラが慌てて間に入った。知らず知らずのうちに、口からため息が漏れる。

 ともかく、先程の突っ込みで逸れていた思考を元に戻したらしいレクシオが言った。

「……さて。ここはきっちり話を聞いてくるとするか」

 いつになく真剣なその表情に、ステラは少しひるんだ。何を思ってそんな表情をしたのか分からないが、あまりにも彼らしくない。

「なんか緊張してきた~」

 今更ながらにもじもじし始めるナタリー。そう言うんなら最初からこのことを提案しなければ良いと思うのだが、口には出さないでおいた。そうしないと、また彼女はむくれてしまうだろうから。

「ほら。いこっ」

「あの日以来だな、神父サマに会うのも」

 ステラがナタリーの腕を引くと、レクシオがにやりと笑って言う。あの日、とはもちろん、教会襲撃事件があった日のことだ。

「あれ? 三人とも、こんな所で何をしているんですか?」

――唐突にそんな声が聞こえてきたせいか、三人はそろって肩を震わせた。恐る恐る振り返ると、そこには数日ぶりに見る優しげな神父の顔があった。

『あっ』

「エドワーズさんっ!」

 ナタリーとレクシオが叫び、ステラが名前を呼ぶ。噂をすればなんとやら、とはまさにこのことだ。

「ちょうどよかった。エドワーズさんに訊きたいことがあったんです」

「訊きたいこと? ラフィア関係ですか?」

 彼はそう言って、ステラの言葉に目を瞬かせる。「そんなとこですっ」と彼女は勢いよく返してから、少しだけ声を潜めた。

「――例の神話のこと、なんですけど」

 同時にエドワーズの眉が跳ねあがったように見えたのは、きっと気のせいではないだろう、だが、こんなところで引くもんか、という意地でどうにか続けた。

「もう少し詳しく、アレについて伺いたいんです」

 彼女がそう言うと、神父は困ったように頭をかいた。

「二人もここにいるということは、話してしまったということですね?」

 声には、若干咎めるような響きがあった。当然と言えば当然だが。

 ステラは目を伏せ、うなずいた。

「すいません。でも、どうしても必要なことだったんです」

そう言うと、エドワーズは首をかしげて二人の方を見た。気がつけば、レクシオがあのメモ書きを丸めて彼に投げ渡しているところである。彼は丸められたその紙を開き、黒い文字を見ると、今まで見たこともないような驚いた顔をした。それから、「そういうことですか」と小さく呟く。

 しばらくして改めてステラの方を見ると、彼は案外しっかりした声でこう言ってくるのだった。

「分かりました。こんな道の真ん中ではなんですから、僕の家に来てください」

 口元が、なぜか少しだけ綻んでいた。


 その家は、一言で言えば全体的にとても簡素だった。造りが、ではなく内装が、である。

 生活や目的に応じた必要最低限なものしか置いていない。それは、この応接室も例外ではなかった。テーブルを挟むようにして置かれたソファの上に、四人は今、座している。

「それじゃあ銀の選定は、『銀』の魔力が宿る神の子を選ぶこと、で間違いないんですね?」

 ステラは、向かい側に座っているエドワーズにそう問いかけた。彼女の白い両手には、メモ帳と羽ペンがにぎられている。

 少女の問いに、神父はうなずいた。

「そうです。逆に、『金』の方を選ぶことは『金の選定』と呼ばれます。こちらは『銀』と違って、明確な時期は決まっていません。千年に一度ということが分かっているだけです」

 ちなみに、先程聞いた話によれば、銀の選定はやはり満月の夜に行われるものなのだという。ここまで彼らの推測が当たっていたことにエドワーズは大層驚いていたし、当然本人たちもびっくりした。

「そうかぁ。じゃあやっぱり、あの人は『選定』を壊す気でいるのね」

 ふむふむなるほど、と言いながら羽ペンを走らせるステラ。彼女を見たエドワーズが、そっと天井を仰いでため息をついている。

「しかし……彼がそんなことを言ってくるとなると、千年に一度、が巡ってきたというわけなんですよね。実感わかないな」

「元々が『神話』ですからね。それが現実味を帯びてきたってだけで、なんとなく背筋が寒くなる……そう思いません? 神父さん」

 息を吐く彼の隣で、レクシオが呵々(かか)と笑う。そんな彼を見たエドワーズは、少しだけ目を細めて「ええ。とてもそう思いますよ」と答えていた。

(なんだろう、この和やかな雰囲気)

 羽ペンを走らせながら、ステラはそんなことを思う。事態は深刻、話している内容も重々しい。それなのに、その重々しさを感じさせないこの空気は、いったいどうやればかもし出せるものなんだろう。

 自分たちのお気楽さに呆れるべきか、それとも喜ぶべきなのか。

 変な所でまじめに悩むステラには、その答えが出せなかった。出せないままで、一通りメモを終えた。そこで、唐突にナタリーが手を上げる。

「はいっ! ここで核心をつきそうな質問していいですか、神父さん?」

「はい、どうぞ」

 なんだろういきなり、と呟きつつも許可を下すエドワーズ。ステラもレクシオも、ふっと真顔に戻り彼女を見た。あのことか、と悟ったからである。

 そして案の定、彼女は『あの疑問』を口にした。

「あのいけ好かないフード男が『選定』の崩壊をもくろんでいることはなんとなくわかったんですけど、でも、どうしてそれに神父を殺す必要があるんですか?」

 途端、神父の表情が引き締まった。いや、強張ったと表現する方が適切かもしれない。さすがにまずかったか、とたじろぐステラとレクシオだが、対するナタリーは食いつかんばかりに彼を眺めている。そこに、遠慮というものは欠片ほども感じられなかった。

 さすがに内心で狼狽しきっていたステラだが、そんな彼女の心を鎮めたのは、エドワーズの力強い返答だった。

「それは……我々神父だけが、選定の際に唱える『祝詞(のりと)』を知っているからです」

『――祝詞?』

 三人がそろって首をかしげた。初めて耳にする言葉に、いいようのない神秘性を感じる。

 エドワーズは、彼らの様子に苦笑した。

「まずは、『選定』について話さなければなりませんね。選定は常に、『銀』、『金』の順で行われます。まず、銀の選定で女神は一人目の神の子を選びます。ですが、普段女神は人間界に広く干渉しません。それゆえに、なんの補助も無しでは銀の神の子を選び、魔力を宿らせることができないのです。そこで補助の役割を担うのが、我々神父なのです。私たちはその日、どの教会にも必ず設けられている『選定の間』へ行きます。そして、祝詞を唱えるのです。子の祝詞を媒体として女神の魔力が流れ込んできて、彼女は初めてこの世界に干渉するのです。そして、銀の神の子が生まれます」

 興味深そうに話を聞いていたナタリーが、そこで口を挟んだ。

「へぇ。金の選定の時はまた違うんですか?」

 エドワーズは微笑む。

「はい。『金』の時に補助の役割を担うのは、既に選ばれている『銀』の方です。今度は『銀』の魔力を媒体として、女神がこの世界に干渉します。自然と行っている動作だそうで、選定が行われたということに気付かない人が大半なんだとか」

「おもしろい話だなー。で、ついでに男があんたらを狙う訳も分かった」

 レクシオがソファの上で伸びをしながら言うと、エドワーズは「それは良かったです」と言った。ここでステラも、ようやく気付く。

(ああ、つまり『選定』を行うには祝詞が必要不可欠なわけね。それでエドワーズさんたちを狙う、と)

 そして上手くいって銀の選定が失敗すれば、自然な流れで『金』の方が選ばれることもない。これこそが、あの青年の狙いなのだ。

 納得して神父を見ると、彼はなぜか瞑目して黙りこんでいた。なんとなく不安になったステラが名を呼ぶと、彼はテーブルに置かれた二枚の警告文をつまみあげ、口を開く。

「……ステラさん、レクシオさん、ナタリーさん、それと、ジャックさんとトニーさんも……でしたか。今回、この警告文が送られてきたということは、彼はあなたたちの存在を危惧しているということです」

 既に話を聞いていた彼は、きちんと調査団全員の名を口にしてから、そう言った。「危惧?」とレクシオが目を瞬かせる。

 だが、そこでナタリーがいきなり目を見開いた。それから探るような目でエドワーズを見ると、声を低くして言う。

「つまり、私たちの中から『銀』の魔力を宿す神の子が選ばれるかもしれない、と言いたいんですか?」

 ステラは息をのんだ。向かいのソファでレクシオが妙に納得しているのが腹立たしい。改めてエドワーズを見ると、彼は「はい」と小さな声で言う。それから細く息を吸い込むと、続けた。

「あくまで推測ですし可能性は低いですが、ね。何せ神話なので。

ですが、もしこれが事実なのだとしたら――あの青年を止められるのも、あなたたちだけだと思うんです。だから、お願いします」

 ステラは感じた。

 見えない歯車が、ゆっくりと狂い始めるのを。

 平穏が、日常が崩れ始めるのを。

 もう、二度と後戻りできない場所に、自分たちが立とうとしているのを。

 そして悟った。


「ジャックさんとトニーさんも連れてきていただけないでしょうか。作戦が――あるんです」


 もう、あたしたちはここから逃れることができないのだ、と。


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