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「ねぇステラ、どーしよー」
ナタリーの家の戸を叩くやいなや、本人が物凄い勢いで戸を開けてすがりついてきた。とりあえず呆気にとられて、救いを求め隣の幼馴染を見る。すると、彼は折りたたんだ紙をひらひらさせた。
(あ、そういうことか)
すぐさま行動の意味を悟ったステラは、若干涙目のナタリーに訊く。
「えーっと。もしかして、なんか変なことが書かれた紙をカラスが落としていったとかそういう展開だったりする?」
自分でもよく分からない訊き方になってしまったが、彼女はこくこくとうなずいた。気味が悪くて仕方が無いらしい。
何か確信のようなものを得た二人は、ナタリーの家にお邪魔させてもらうことにした。廊下だけ見ると、よくある民家のように思える。ナタリーの部屋は家に入ってすぐのところにあった。そこに入れてもらったら、さっそく紙の説明をする。彼女は神妙な顔をして聞いていた。
やがて話が終わると、彼女はベッドの上からメモくらいの紙を拾ってくる。
「私に届いたのは、こういう文だった」
そう言って折りたたまれている紙をそっと開く。そこにはやはり、筆で書いたような黒い文字で
『銀の選定は壊される』
「……共通している言葉は、『銀』と『選定』か」
自分が持っている紙をながめながら、レクシオが呟いた。ステラが目を瞬くと、ナタリーから質問が飛んでくる。
「『銀の選定』も十分意味が分かんないけど、『銀の月の夜』はどういう意味かしらね? そんなもん付の名前にあったかしら?」
順番に数えてから、ステラは首を振る。
「いや……ないと思う。白はあるけど」
この国では一ヶ月を三十日に区切り、各月の名前を色や象徴的なもので表す。年の初めから順番に、明、氷、蕾、花、緑、雨、青、陽、黄、紅、風、白だ。そして今は、夏の最中である陽の月が過ぎて秋の初め、黄の月に入ったころだったりする。当然銀なんてものはない。だからおそらく暦の上での『月』は関係ないと思うのだが、他に思い当たることもない。
うんうんうなっていると、レクシオが口を開いた。
「小説なんかでは、よく銀色を『月の色』って表現したりするけどな」
「でも、月なら毎日出てるじゃないのよ」
彼の何気ない助言に、ナタリーがむくれて返す。そこでステラはあることを思い出し、訊いてみた。
「ナタリー、ジャックやトニーのところにこれは届いてるかな?」
すると彼女は、あっさりうなずいた。
「あーうん。二人一緒にいる時に届いてたみたいよ」
「どんな内容だったか、訊いてるか?」
にわかにこちらの意図を察したらしいレクシオが、身を乗り出して問う。ナタリーはしばらく悩む素振りを見せていたが、やがてぽつぽつと答えてくれた。
「えーっと確か、『月満ちる夜 銀の選定は消え去る』だったかな。やっぱり『銀の選定』って言葉が出てるのよ」
「………そういうことか!」
唐突にレクシオが叫ぶ。二人して驚いて彼を見た。「どういうこと?」と訊くと、彼は不敵に笑ってこう言う。
「さっきから不思議だったんだよ。俺たちに届いた警告文で、なんでこんなに『銀』が強調されてるのか。ちょっと、さっきの話を思い出してみろよ」
言われて、会話を順番に辿っていく。ステラが行き着いたのは『月の色』の話だった。そこで何かを閃き、思わず叫んだ。
「そっかぁ!!」
「え、何? どういうこと?」
ナタリーは分かっていないらしく、とりあえずうろたえていた。レクシオが得意気に説明をした。
「銀が月の色って表されるって話したろ? 多分、俺たちの警告文の『銀の月』は月の色が一番強調される時、つまり満月の夜のことを表してるんだよ」
それを聞いて、ナタリーはようやく納得したようだった。
「ああ、そうか。ジャックたちへの警告文も『月満ちる夜』だしね。組み合わせると分かりやすいね」
そう言って彼女は自分の紙をながめる。そこでステラは思い出した。組み合わせても意味不明な単語がひとつあることに。
「銀の選定って、結局なんだろうね」
紙を見ていたレクシオも自然と渋面になる。丸テーブルを顎につけてぼやいていた。
「そこなんだよなぁ。こっちでは、女神の選定ってなってるけど」
女神。
なぜか分からないが、ステラはその単語に不思議な感覚を覚えた。記憶の奥底を刺激されるような、そんな感覚。
最近女神と聞いて浮かび上がるのは、とりあえずラフィアの存在だろう。世界をつかさどる、悪戯好きの神様。
(エドワーズさん、どうしてるかな)
女神の話を喜々として語ってくれた青年のことを思い出す。あの事件から何日か経っているが、彼の元には一度も足を運ばなかった。そんな余裕がなかったせいだが、ちょっとした罪悪感が胸を突く。
その時――なぜか、エドワーズの話の一部がよみがえってくる。
『千年に一度、“神の子”を選ぶそうです』
『選ばれた者にはそれぞれ「金」と「銀」の魔力が宿るといわれています』
(――銀!!)
唐突に出てきた単語。ステラはそこで、銀の選定の意味を悟った。つまりこれは、女神が“神の子”の一人を選ぶことを意味するのだ!
予想外に閃いたステラは、心の中でエドワーズにお礼を言いながらこう叫んでいた。
「二人共、ちょっと話を聞いてくれない?」
他言しないでと言われていたが、やむをえないことだ。ステラは決めた。




