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その後、学院ではこのことが騒がれた。まあ今話題の殺人鬼が帝都に現れたのだから当然だろう。そして、自然な流れで現場にいた人間たちには注目が集まる。ほんの少しでも話を聞いてやろうとして追いまわしてくるのだ。まったく、迷惑なことこの上ない。
そんな事態を避けるため、すべての授業が終わった後は足早に特別学習室へとかけこんだ調査団の面々である。
ちなみにステラは、肋骨を放って出席していたりする。
「……結局、なんでみんなはあのタイミングで現れたの?」
学習室にしつらえられている数少ない椅子にこしかけ、ステラはとりあえずそう訊いた。これは、あの瞬間からずっと疑問に思っていたことでもある。
すると、眼前にいたジャックが口火を切った。
「最初はナタリー君の遊び心だったわけだけどね」
「こっそり教会についてってやろうとか、そういうノリね」
これで結果的に助かったのだから今更責めるつもりはないが、それでも呆れを多分に含んだ声で言う。ジャックは「その通り」と言って話を続けた。
「だけど、隣で話を聞いていたレクシオ君が『嫌な予感がする』と言ってな。多分なんの根拠もなかったんだけど、彼の勘はあなどれないということで教会近くの店で僕とナタリー君が張ったんだよ。そうしたら、屋根の上を行く妙な人影を見つけてね。近くにいたトニー君にどうだと訊いたら、教会の方に向かってるというから、慌ててかけつけた次第さ」
「……すんばらしい連携ね」
話を聞き終わってもれた感想は、まずそれだった。中等部の頃から一緒にいるとはいえ、唐突な一言でそこまで動けることがすごい。このグループ、チームワークにかけてはどのグループより優れているんじゃなかろうかと、ステラは感じた。
それから、教室の端っこでたそがれているレクシオに話を振る。
「嫌な予感って、どんな感じ?」
彼は振り向いてしばらくしてから、ぽつりともらした。
「こう、背筋が寒くなるような感じ。だいたい悪いことが起こる前触れだね」
「……ああ、そう」
なんだかすべてを見透かされていた気分になり、ステラは憮然として返した。一方で、さっきからレクシオの隣にいるトニーが訊く。
「レクはさー。さっきから何を悩んでんの?」
とても軽い口調ではあったが、何かを探ろうとするような低い響きも混ざっていた。それを知ってか知らずか、レクシオは首を振る。
「別に、なんも」
だが、トニーは探ることをやめようとしない。「ああそう」と返しはしたが、時々彼の方を盗み見ている。そんな光景を傍観していたステラの脳裏に、青年が発した意味深な言葉が過った。
『ああ、似てるけど違うや。兄弟……いや、息子かな?』
彼の知り合いにレクシオの身内がいる?
そう考えただけでも背筋が寒くなった。あの青年は嘘を言っているわけではなさそうだったが、安易に信じない方がいいかもしれない。トニーを倣って――ということでもないのだが、ステラはそっと幼馴染の背中を見た。
いつものように、何を考えているのか分からない少年の姿がそこにあった。
結局、団員全員で話し合った結果、『今後はあまり積極的にかかわらないようにしよう』ということになった。別に怪奇現象などのうわさもないので、今日はそこで解散となる。――今回の決定は後にすぐ覆さざるを得なくなるのだが、少なくともこの頃の彼らはそれを予想してもいなかった。
そしてステラは、なぜかレクシオと一緒に歩いている。これは彼の気まぐれだった。実は学院から学生寮までは結構距離がある。だから、そこまで一緒に行こうと誘われたのだ。
その時は何をたくらんでいるんだと全力で疑ってかかったのだが、五分くらい経った今も、平凡な帰り道が続いていた。たまに視線を注ぐと何かを決めかねているような顔をしていたが、むやみに口を挟むのもためらわれるので何も言わないでいた。
だが、その頃からもう二分ほど経った時――
「あのさぁ。俺たちが教会に乗り込んだときのことなんだけど」
唐突に、そんな声がステラの肩を叩いた。彼女はびくりと身を震わせ、右隣を見る。彼の表情は、どこか悲しげな、そして気だるそうな、そんなものだった。歩きだしてからというものよく見せる顔。その顔のまま、彼は続ける。
「あの時ローブのあいつが俺のこと見て、『ヴィント』っていったよな」
「う、うん」
ステラは半ば反射的に声を返していた。自然と、鞄を持つ手に力が入る。幼馴染を凝視していると、彼は小さく息を吸い込んで言った。
「多分、あいつは俺のことをヴィント・エルデ――俺の父親と見間違えたんだと思う」
こころなしか震える声。それを聞いた瞬間、ステラは凍りついた。うっかり歩みも止めてしまう。数歩先を進んでしまっていたレクシオがそれに合わせて止まり、こちらを振り返った。
表情を見て、少なからず驚いてしまう。
滅多に見せることのなかった顔が、そこにあったからだ。ほんのわずかだが、そこから『恐れる気持ち』が感じ取れてしまったからだ。この時ステラは、なぜ彼が自分のことをなかなか話そうとしないのかを、悟った気がする。悟ってしまった気がする。
だが彼は今回に限って、話を続けた。
「ずっと前に決別して以来、まあ当然だが、なんの音沙汰もなかった奴だよ? 昔っから冷血って言葉がよく似合う人でさ。でも……正しくないものには従わないっていう強い意志をもった人でもあった。
だから、もしかしたら敵対関係なのかもしれないけど。それでも、あいつと知り合ってると分かった時、なんでかな、心底怖くなったんだ」
(同じだったんだ)
ステラは思った。学習室で彼の背中を見た時彼女が感じたものと、同じものを感じていたんだと。自分だけではなかったんだと。
「今までは、もう自分の血縁関係に関することは忘れようと思ってたんだけどな……どうしてもその恐怖がぬぐえなくてさ。結局ステラに話しちゃったよ」
「血縁関係……忘れる?」
まるで機械のように、その言葉を繰り返す。
多分、今のはレクシオの本音だ。本人も気づかないうちに漏らしてしまった、心の奥だ。
(なんでそんなこと言うの?)
悲しすぎるよ。そう反論しようとした。
「――なんか俺、今回の事件がこれで終わらないような気がするよ」
だが、その固い声で発された一言にすべてをかきけされてしまったのである。ステラはなんとなく悔しくて、唇をぎゅっとかみしめた。
もしかしたら今日の更新はもうないかもしれません。
必ず一回はこういうのあるな! ……すみません。