殺戮の夜
ストックがたまってきたので排出開始のシリーズ第二弾。
ホラーの次はちょっとだけグロいプロローグです。毎度こんなんですみません。
男は、教会の鐘つき場まで来るとふと空を見た。星の光をちりばめた空に、丸い月が白く輝く。今夜は、満月だった。
「これも、世界神ラフィアのご加護か……」
口元に笑みを浮かべ、空の明かりに照らされた男が言う。彼は、帝都の外れにある町の教会で神父をしていた。先代の神父であった父親の亡きあと、自ら志願したのである。それゆえに、ラフィア神への信仰も人一倍あついものだった。
男は瞑目し、今日も神に祈りをささげる。金と銀の翼を持つ世界を統べる女神、ラフィアに。今日もありがとうございます、明日もその温情を世界へと分けてくださりますよう……
「へ~え? こんな時間にまでお祈りかぁ。神父サマはマジメだねぇ?」
突如、その雰囲気を粉々に砕く、人をあざけるような声が聞こえた。男は顔を上げる。見ると、男のいる場所とは反対側にある塀の上に、誰かが立っていた。バサバサとローブのようなものを巻き上げ、不敵に笑っている。顔立ちを見ると少年か、あるいは青年といった感じだった。
「どちら様ですか?」
男は動揺をなるべく隠し、穏やかに問うた。すると相手は、軽い口調でこう言うのである。
「オレかい? オレは、ラフィアをこの世で一番嫌う者さ」
普通、神父の前で堂々と口にする台詞ではない。それは、教会への――いや、このラフェイリアス教全体への宣戦布告と受け取れる。
それでも男は、穏やかに微笑んでこう言ってやった。
「そうですか。それでは、このような教会はさぞ居心地の悪いことでしょう。お帰りになられてはいかがです?」
ひょっとしたら別の宗教に入信している者かもしれない。それだけでも老人たちなら顔を赤くして怒鳴り声を上げるだろうが、男はそのようなことはしない。人の信じる者は、それぞれだ。たとえそれがなんであろうと、彼にそれを否定したり蔑んだりする権利はない。
だからこそ、こうして平和的に済ませようとしたのだが……彼の行動は、男の想像をはるかに超えるものだった。しばらく真剣に考え込んだかと思うと、この中にふわりと飛び降りてくる。にっこりと、微笑んだ。
「ああ、そうだね。あんたの言うとおりだ。すぐ帰るよ、用が済んだら」
「用、ですか」
呟く。それから、我知らず後ずさりをした。そこはかとなく嫌な予感がしたのだ。そして、この予感は的中する。相手が気味の悪い笑みを浮かべたかと思うと、いきなり懐から謎の武器を抜いた。それは鎌に見えるが、鎌にしては大きすぎる。あえて同類のものに例えるならば、よく物語に出てくるような死神が持っている大鎌だろうか。
相手は、無邪気な笑顔を浮かべてこう言った。
「そう、用だよ」
それから、躊躇いもせず大鎌を振りかざした。
一瞬きらりと光った刃が、男の目を焼いた。
赤黒い血を踏みつけ、青年は軽快に笑う。
「いや~。ついに俺らの計画も始動って感じ? 幸先のいいスタートだなぁ」
それから、素手で鎌についた血糊を払い、なんと懐にしまった。それから不敵な笑みを浮かべ、先程まで神父だった人の亡きがらを見やる。
「ホント、ただの人間ってすごく脆いよなぁ? さてと……じゃあ、もうちょっと骨のある奴でも探してくるか。デルタの生き残りくらい強い奴が望ましいや」
彼は、声を上げて笑った。狂気に満ちた哄笑が、満月を包む夜空に響き渡った。