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第二話 レディ・ブルー

 硝煙と土煙の中に私は居た。鳴り止む事の無い砲撃の重い震動がこの身を振わせ続ける。私は石壁の陰でこの戦闘が終るのを、あるいは脱出の機を窺っている。

 石壁に背をつけ、砲撃の合間に開けられる私の目の前には、幾人もの死体の山が築かれていた。

 私と共に派遣された同僚の、千切れ飛んだ腕や脚。上半身の無い、あるいは下半身の無い体。ぶち撒けられた脳漿や血泥を貪欲に吸い取る乾いた大地。

 こみ上げる胃の内容物を吐き出さないよう必死で口を手で押えるが、私の両の手は私自身の異臭に塗れていた。

 ああ、またこの地獄を味わわなければならないのか。

 これは過去の私の体験。これは夢の中の過去の体験の再現にすぎない。あれから何度も繰り返される悪夢だ。そうとわかっているが、これに慣れることはない。多分一生慣れる事はない。


 ◇


 夢の中のその場所は世界有数の火薬庫と呼ばれるミドルイーストの国境にある街の一つ。私はこの時専守防衛を国是とする国の防衛組織に所属していたが、国の決定として世界統治機構の平和維持活動の一環としてこの地に部隊毎派遣されていた。

 活動内容はこの地の治安維持、及び街の復興支援だ。瓦礫を片付け建物を復旧し支援物資を配給する。自暴自棄になった人を宥め取り押さえる。そんな、戦闘とは無縁の活動が主な任務の筈だった。その日までは。

 その地獄は予告もなく始まった。

 どちらが先に仕掛けてきたのか、今になってもはっきりとはされていない。配給のため赴いたその地は、気が付いた時には砲撃の豪雨に晒されていた。

 最初の襲撃で、私の仲間の大半と集っていた住民の殆どが爆風によって原型を留めない程に壊されてしまった。

 最初の襲撃で、何故私が生き延びられたのか。俗にいう虫の知らせとしか言いようがない。あの時、何故かヤバいという感覚が背筋をゾワゾワさせたのだ。そういう事はしょっちゅうあったので、私はその直感に身を任せ近くの建物へと猛ダッシュした。勿論仲間にも、配給に集まった人びとにも逃げろ、と声を張り上げた。それこそ絶叫といっても良いくらい声を張り上げたつもりだ。

 だが、彼等には届かなかった。彼等の耳にではなく、心に届かなかった。

 私の絶叫に呆気にとられた彼等に、幾十もの砲弾が降り注ぐのを、私は絶望の(まなこ)で眺めるしか出来ることはなかった。

 直後に轟音と爆風と土埃と硝煙。

 一度に襲いかかってきたそれに、私は頭を抱え目を瞑り。

 訪れた束の間の静寂に目を開けると、そこは地獄の只中だった。かつて人体だったものの残骸がいたる所に散乱していた。赤黒い血が塗りたくられた体の一部が辺り一面に拡がっていた。

 数少い生存者は呻き声をあげている。どう見ても彼等は長い事生きられない。それ位、彼等の声は弱々しかった。そして続く砲撃によって、その呻きは沈黙していった。

 私は直感に従って常に位置を変えながら砲撃を遣り過ごした。それが収まるのを待ちながら。

 その派手さのためか、私の直感はその時砲撃に特化していたとしか思えない。石壁に背をもたせかけた私の視野の隅に黒い陰が走るまで、それに気付く事が無かったのだ。その黒い陰はあっという間に私との距離を縮めた。ギラリと光る一筋の閃光が、その時の最後の記憶だ。死ぬという自覚も後悔もする時間が無かった事に間違いは無い。

 悪夢はまだまだ続く。


 ◇


 意識を焼き尽す眩い光が()()次の記憶であり夢のシーンだった。同時に意味の取れない音の攻撃に苛立った事を覚えている。拷問のような光と音の攻撃に音を上げそうになった頃、ようやくそれは止んだ。そして世界は暗転した。

 光と音の攻撃は何度にも渡って続けられた。幾度も繰り返される光と音はパターンをやがて形作り始めてきた。

 『……アジャストメント……』

 『……リファイン……』

 音のパターンがそう()()()()のは何度目の時だっただろう。それを契機に音の攻撃は声として認識できるようになった。一度そうなると後は早かった。間も無く聴覚と視覚が回復した。いや、この時は回復したと誤解していた。


「気分はどうだね」


 白皙の、特徴的な眼鏡の白衣の男が私を見下ろしながら声を掛けてくる。彼の名はドナー。私にずっと光と音の攻撃を加えていた張本人(医師)だ。彼は左耳を覆うデバイスを左手で押えていた。


「悪くはないです」


 この時私は自分の声をはっきりと聞きとっていた。それは聞き慣れた自分の声だった。


「よろしい。それでは、これを目で追ってごらん」


 ドナー医師は目の前でペンを上下左右に動かした。私はそれを目で追う。その動きを確認した彼は満足気に唇を歪め、眦を下げた。


「非常によろしい! 今日から次のステージへ進もう! 発声訓練を行うよ! 最初の内は違和感や痛みがあるかもしれないが、すぐに慣れるさ!」


 今何と言った? 発声訓練?


「どういう、事?」


 ドナー医師に疑義と不審の目を向けた私は彼の次の言葉で実は何もわかってはいなかった事を思い知らされた。


「ああ、君の身体は 100% 機械の身体だから。壊れてしまった元の肉体から脳内の色んなパターンをこの人工の身体に移植したんだ。意志の疎通を図るため視覚と聴覚の擦り合せを最優先にしたけど、今の眼球の動きから他の身体機能の擦り合せ訓練を始めても問題ないと思うよ」


「私、今、喋ってるのに?」


「ああ。それ、君の意志を脳内で──人工脳だけどね──自分の声として再生してるだけ。違和感無いんだね。素晴しい。この先の楽しみが増えたよ」


 そんな馬鹿な。ドナー医師に抗議しようとした私の気持ちを読み取ったのだろう。彼は傍の誰かに「手鏡を」と指示していた。


「これを見てごらん」


 誰かに渡された手鏡を私に向ける。


「いつ迄こんな茶番を……」


 そう叫ぶ私の声は途中で消える。何故なら手鏡の中の私の唇は寸毫も動いていなかったから。そして鏡の中の私の顔は見慣れた自身のそれ()ではなく、のっぺりとしたマネキンの()だったから。私は絶叫した。が鏡の中の無表情な私に見詰め返された。


「納得いったかい。君は元の肉体からこの機械の身体へ移植されたんだよ。君の元の身体はひとかけらも無いこの機械の身体にね。ちなみに、この身体は数億ユーロドルもするし、移植手術も、まあそれ位はするかな。君は今のところ世界で一番高価な女性(最新兵器)だよ」


 絶望なのか何なのかわからない衝撃に私の心は暗転し、ドナー医師の言葉は聞きとれなかった。


 ◇


 この身体を思い通りに動かせるようになるまで血反吐を吐くような苦痛が続いた。

 失くした身体の一部がある様に感じられる事があるというが、私の場合は何と言えば良いのだろうか。

 たとえば腕。生身の腕はもう無い。けれど私の意識の中ではまだあると感じている。だから無意識に腕を動かそうとする。だが現実の機械の腕の動きは意識の中の動きとは()()がある。機械の身体の神経はその()()を痛みとしてフィードバックしてくるのだ。ずれが大きければ大きい程大きな痛みとして。時にそれは気絶する程の苦痛を私に与えたのだった。気絶を対価とした訓練が一年以上続いたある日。


「さて、日常生活には問題ない位、身体操作に習熟したようだし、そろそろ最後のステージに進もうか。ここで良い成績を残せないと、君、廃棄処分だから覚悟してね。今迄、維持費も含めて君には数十億ユーロドルもかかってるから。それをドブに投げ捨てるような結果だけは残さないでくれ」


 勝手な事を言うな。助けてくれと願ったわけじゃない。こんな思いまでして生きていたい訳じゃない。そもそも私は今生きていると言えるのか?


「反抗的な目つきだね。良いよ良いよ。それくらい気が強くないと最終訓練は乗り越えられないと思うからね。最終訓練のゴールはその機体本来の機能を引き出す事だ。今迄感じた事もない感覚、動かした事もない身体(パーツ)、そんな事ができると思った事もない動き。その機体の使い方に習熟する事だ。上手く使い熟せれば君はスーパーレディになれる。できなかったら……さっき言った通り廃棄処分だ。死ぬ気で頑張ってくれ。ってもう死んでる君に言う事じゃなかったかな?」


 そのしたり顔を殴りつけたくなる程の怒りが沸き起こる。両の拳を握り締める。が、今は彼を睨みつけるだけに抑える。何故なら、今の時点でさえ何故私がこんな処遇を受けているのか、説明してもらえなかったからだ。理由を聞く迄は。その想いだけが訓練を受け続けるモチベーションだった。

 その理由が聞けた時どうするか。くだらないものだったら、こいつら全員ぶっ潰してやる!


 ◇


 支援型高次人工存在、通称 SHE と一体化する事。それが最終訓練だった。SHEとは手っ取り早く言えば人工知能の進化型だ。それも人工(アーティフィシャル)存在(イクジステンス)と謂れる程高度なもの。人間と同等の意識や意志、思考を持つ。

 支援型と名付けられてる通り、普段は自己主張する事の無い SHE は私の日常的な行いに口を挟む事はない。どちらかというとSHE はハイパーバイザ的で、私という存在は SHE の上のひとつの仮想的存在と見做されている。

 ひとつの、と言った通り、SHE は複数の仮想的存在を実行しており、この身体の本来の機能はその仮想的存在が制御する。私がそれ(機能)を使い熟すためには SHEを通してそれぞれの仮想的存在にアクセスする必要があった。

 彼女(SHE)はとても頑固だ。そして高い矜持を持ち私の意志など歯牙にもかけなかった。彼女の私を見る目は、高慢な貴族令嬢が平民を見るような、鼻持ちならないものだった。そんな彼女に私は私を認めさせなければならなかった。

 どうやって認めさせるか。

 知識による攻略は瞬時にして玉砕した。こんな人の頭ほどの大きさのどこにこれだけのデータが詰まっているんだと思うくらい、彼女の知識量に圧倒された。

 経験では?

 そう思い、私の経験の蓄積を彼女に有用だと認めさせようとした。だが、私の経験の殆どを彼女は学習済みだった。彼女は生れて以来、様々な人間の様々な経験をリアルな体験として再構築していた。私の経験などその大部分が他人のそれに重なってしまう。本当に個人的なものは彼女の学習意欲を高めなかった。

 だがこのアプローチは全くの無駄に終った訳ではなかった。何が彼女の気を引いたのかは不明だが、彼女が時折私に意識を向けるのを感じたのだ。

 それが何なのか。彼女に話した事を一つひとつ検証した。

 小学生の時、不審人物に遭遇しかけた話。

 中学生の時、目の前に看板が落ちてきた話。

 高校生の時、信号無視の車に轢かれそうになった話。

 そして国境の街で砲撃を回避した話。

 最後の話を除けばありふれた話に過ぎない。だけどこれらの話に共通する点が一つだけ思い当たる。全て虫の知らせで回避できたのだ。

 だから私はその点を猛烈にアピールした。私の言う事を聞けば、この身体の安全性が向上すると。それはもう必死に。始めは渋っていたが最後には彼女も根負けしたようだ。だが彼女の全権を掌握した訳ではなかった。彼女が有用と認めた場合のみ私に代って他の仮想存在を動かす。そんな協定を結んだのだ。

 とっかかりとしてはこれで良い。後は実績を積む事で私の権限を広げていけば良い。

 こうして私は最終訓練をクリアしていったのだった。


 ◇


 最終訓練終了の時、私と彼女は主と下僕という関係を脱していた。戦友とまではいかないが仲間意識を持つくらいまでにはなっていた。

 意識の切り替えによる時間遅延の感覚も、戦闘モード移行による機動力・運動能力の制御も、表情筋を操作して変装する事もおもいのままにできていた。

 その成果を認めたドナー医師は一人の男性と共に私の前に現れた。渋い中年男性。最初はそれだけに見えた。だが、今この時、そんな人物がここにいる筈が無い。その証拠にその男性が私を見る瞳は底光りしていた。


「結・杉村君。ひとまず訓練終了を祝わせてもらおう」


 中年男性はその声も渋かった。だがそこには私を祝うような雰囲気は全くといって良い程、無い。


「さて、わたしが何者なのか気になっていると思う。わたしは世界統治機構治安維持局局長エルネスト・クライン。攻勢的防御を主体とする組織の長だ。主なターゲットはテロ組織ネットワーク。いわゆるレコンキスタだ。君にはこの局の特殊捜査官として働いてもらう」


 レコンキスタの名には聞き覚えがある。あの国境の街での戦闘は民族開放・領土回復を掲げたテロ組織によるものだったが、その組織への資金や武器の供給、戦闘訓練等の支援をしていたのがレコンキスタだったから。だが、その事と私がその捜査官になる事の間に何の関わりがあるというのか。


「だから?」


 エルネスト・クラインと名乗った中年は表情を変えなかった。


「君を殺した組織に恨みは無いと?」


「生き延びる事も死ぬ事も、職務の一つです」


 こちらも表情を変えることなく応えた。相手の思惑を外そうと、敢えて優等生的な回答を、木で鼻を括ったように。できれば相手を激昂させたかったが、この男には通じまい。だが、思惑を外されたのは私の方だったようだ。この渋い中年の口元がかすかに笑みを浮べたように見えた。


「これは、お願いでも依頼でもない。命令だ。君は既に局の特殊捜査官として登録されている。命令違反には死を以て償ってもらう。君以外の特殊捜査官が君を地の果まで追い詰め、その機体をスクラップにする。そんな羽目になるよりは世界平和のために働いたほうが良いと思うがね」


 それが脅しでもなんでもない事はその目を見ればわかる。けれど、私にとってそれは脅しにはならない。何故なら私は生き残るためにこれ迄やってきた訳ではなかったから。

 ではどうするか。目の前の男達共々この施設を破壊する? やってやれない事はない。彼の言う世界平和に真実味はひとかけらも感じられないから。


「時に、君のご家族は健在かな? 天寿を全うされる事を祈念するよ」


 しかし、答えを出す前に枷を嵌められてしまったようだ。


「君の安全のためにその機体にはトレーサが仕込んであるからバックアップは完璧だ。後顧の憂い無く任務に励んでくれたまえ。君のコードネームは、そうだな、訓練中の映像を見たが青い翼の戦乙女のようだった。ならば君にはレディ・ブルーの名を。任務については都度連絡する。それまでは自由に過してくれたまえ」


 ◇


 目覚めは最悪の気分だった。あの胸糞悪い茶番を夢に見る度に感じる胸のむかつき。首輪を着けられた猟犬の私に家族の安否を確かめるすべは無い。局長の「健やかだよ」の一言を信じるしかない。

 フロリダのコンドミニアムの寝室で目覚めた私は、悪態をつきながらシャワールームへ向かう。汗などかかないこの身体に目覚めのシャワーなど必要は無いのだが、悪夢を洗い流すには必要だ。


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