第8話 王女様と姉姫様の小さな勝利
取り調べ室は狭い。
狭いほど、嘘が逃げられない。
壁際に近衛が並ぶ。
封魔の札が床に敷かれ、ラウルの足元だけ空気が薄く重い。
椅子に縛られたラウルの正面には四人。
国王アルベルト。
王妃カタリーナ。
宰相。
そして第一王女アリシア。
産後のはずの王妃は、背筋を折らずに座っていた。
その目は、母の目ではなく王妃の目だった。
国王が静かに問う。
「書記官ラウル」
「お前が窓口だな」
ラウルは口を開きかけ、すぐ閉じた。
この場の圧が、さっきの近衛とは段違いだ。
宰相が紙を一枚置く。
「供述は記録した」
「今ここで、虚偽が混ざれば…お前の保護は消える」
ラウルの喉が鳴った。
王妃が、淡々と問う。
「目的は」
ラウルの目が泳ぐ。
「…誘拐です」
「外へ運ぶ」
「成功すれば“帝国の関与”を匂わせて、王宮を動けなくする」
王妃の目が厳しくなる、少し声が震える。
「帝国の関与を匂わせるものは」
「…帝国硬貨」
「落とせって、命令が」
国王がじっと見つめる。
「誰が命令した」
ラウルは、そこで一瞬だけ口をつぐんだ。
「…メモです」
「今日のように、上質な紙に…」
国王が頷く。
「名は出ない、か」
………
「誘拐する予定だったとして」
「…どこへ運ぶつもりだった?」
ラウルは顔を歪める。
「…港です」
「港都ヴェルの外れ、船が待っていたはずです…」
国王の指が、机を一度だけ叩いた。
「はず?曖昧だな」
ラウルは震えながら吐く。
「俺は船を見ていません!」
「でも準備は…伯爵が…」
アリシアが短く刺す。
「伯爵の名」
………
「トルベイン伯…」
その瞬間、宰相の視線が近衛隊長へ移る。
隊長が一歩前に出た。
「監視をつけます」
国王が頷く。
「証拠は?」
ラウルは早口になる。守りたいのは命だけだ。
「税関の封蝋の色で合図します!」
「両替はグラウ商会が回す!」
「金庫番はロデル!」
「魔法使いは外の流れ者で、伯爵が雇った!」
宰相が淡々と確認する。
「伯爵を押さえれば、次が見える」
国王が立ち上がる。
「夜明け前に踏み込め」
「伯爵は逃がすな」
「ただし、帝国の名はこの場では出すな」
王妃が低く言う。
「外に飛び火させる前に、内側を焼き切る」
隊長が一礼する。
「御意」
ラウルは縛られたまま、小さく息を漏らした。
「俺は助かるのか」
王妃が答える。
「吐いた分だけ」
「ただし、鎖付きで」
ラウルは目を閉じた。
生きられるなら、それでいい。
空がまだ灰色の頃。
トルベイン伯の屋敷は静かだった。
静かすぎる屋敷ほど、裏がある。
近衛は門を叩かない。叫ばない。合図だけで動く。
屋敷の外周に封魔札が打たれ、逃走用の小門が一つずつ死ぬ。
窓の下に網。裏庭の塀に縄。
そして、封魔に特化した魔法兵が息を潜める。
隊長が、指を二本立てた。
二方向同時。
正面玄関と、港へ抜ける裏口。
さらに三班が倉庫街へ回り、退路を塞ぐ。
突入。
扉が破られ、短い叫びが上がる。
屋敷の侍従が走り寄るが、近衛を見て足が止まる。
「動くな!」
「王命だ!」
屋敷の奥、書斎。
扉が開く。
そこにいたのは、寝巻きの上に上着を羽織った男。
トルベイン伯。
顔色は変えない。
変えないことが、彼の格だった。
「これはどういう真似だ」
隊長は答えない。紙を突き出す。
「王命により、身柄を預かる」
「反逆、内通、王族への不穏当な企図」
伯爵が笑う。
「内通?」
「私はこの国の安全のために動いただけだ」
「安全のために、王女を誘拐するのか」
伯爵の目が一瞬だけ冷えた。
「…言葉が過ぎる」
「私は、外からの圧を…」
隊長が遮る。
「言い訳は牢で聞く」
伯爵が口を開いた。
「私は帝国と…」
その瞬間、隊長が一歩詰める。
「帝国という言葉は、今ここで口にするな」
「それが誰のための言葉か、分かっているな?」
伯爵の目が細くなる。
彼は理解した。王宮は外へ飛び火させずに自分だけを焼く気だ。
隊長が手を振る。
「押さえろ」
伯爵が抵抗する暇もなく、腕を取られた。
「連行」
伯爵は最後に一度だけ振り返った。
「この国は…小賢しく立ち回れば生き残れると思っている」
「だが、外の波は」
隊長が扉を閉める。
「外の波は、王が捌く」
「お前の仕事じゃない」
屋敷は制圧された。
伯爵は落ちた。
“上”は、名を残さないまま残った。
夜明け前。
港都の空はまだ青くなりきらず、窓の外には薄い霧が張りついていた。
アリシアは自室の窓辺に立っていた。六歳の背丈では、窓枠が少し高い。
それでも椅子を寄せず、爪先で静かに立つ。
冷たいガラス越しに、東の空を見上げていた。
(終わったのか、それとも始まったのか)
昨夜の騒ぎは、王宮の石にまだ残っている。
人の気配、走る足音。
そして、誰も口にしない“帝国”という言葉。
扉が控えめにノックされた。
「第一王女殿下。失礼いたします」
侍従が一礼し、声を落とす。
こんな時間に来る報告は、吉報か凶報のどちらかだ。
「伯爵邸、制圧完了」
「トルベイン伯、確保されました」
「抵抗は最小。証拠も複数」
アリシアは一度、目を閉じた。
胸の中で硬い塊が、ほんの少しだけほどける。
「…よくやったわ」
自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。
六歳。されど、王家の長子。
侍従が去ると、部屋は再び静かになった。
アリシアは視界の隅に浮かぶ、前世で見たような小窓を呼び出す。
突然届いた妹からの申請。
承認してからまだ数刻。
機能はスタンプだけ。
でも、今はそれで十分だった。
スタンプを二つ選ぶ。
「終わった」
「帰還」
送信。
送信ボタンが光り、ふっと消える。
言葉にすれば長くなる。
余計な感情まで漏れる。
だから、短く。
今は大丈夫の合図だけ。
(クロエ)
(あなたも、同じなのね)
ツインリンク。
魔力の気配はない。
なのに、確かに届く。
アリシアは窓の外へ視線を戻した。
霧の向こうの空が少しだけ明るくなる。
(…でも)
(これは、終わりじゃない)
伯爵を押さえた。窓口を潰した。
それは“内側の枝”を一本折っただけ。
根は、もっと奥にある。
そして外は必ず、匂いを嗅いでくる。
帝国。
連邦。
そして南の島国、海の向こうの幕府。
(次は、外の反応)
(それを読み違えたら…沈む)
同じ頃。王宮奥。
クロエは寝台の上で、ぱちりと目を開けた。
(…あ、寝落ちしてた)
昨夜の記憶が一気に戻る。
“王女”だの“婚姻”だの“男と結婚”だの。
(無理無理無理無理無理)
(俺ホ○じゃねえって!)
その叫びを心の中で何度も繰り返したところで、体力が尽きた。
赤ん坊ボディ、弱すぎる。精神だけ元社畜でも、肉体が先に落ちる。
(…で)
(起きたら夜明け)
窓の隙間から淡い光。
侍女の気配。
遠くで鳴る足音。
俺は、ふと冷静になった。
(昨日サポセンに聞いたの、ざっくり過ぎた)
(大国に挟まれた小国です、みたいな)
(生後半日で襲撃来たし)
正直、頼りない。
課金圧が強い。
やはり運営はゴミ。
でも…。
(他に誰がいる)
(俺は赤ちゃん、王女様)
(手が届く範囲の神、サポセンだけだろ)
クロエは視界の隅を開く。
サポセンのメールフォーム。
指で文字を打つ。ぎこちない。遅い。
それでも社畜の執念で打ち切る。
件名:【至急】この世界と周辺国家の情勢について
本文:
「昨日死にかけました。両隣の大国、南の島国について、分かる範囲で詳しく。
この国の地政学的価値、各国の狙い、よくある介入の手口、現時点で警戒すべきこと。
※赤ちゃんなので簡潔にお願いします(無理なら箇条書きで)」
送信。
(赤ちゃん“箇条書き要求してるの草)
自分で自分にツッコミを入れた、その瞬間。
ぴろん。
視界の隅が光った。
ツインリンク通知:アリシア
急いで開く。
そこに出たのは、スタンプ二つ。
「終わった」
「帰還」
そして送信者のアイコン。
金髪の少女が、デフォルメされた小さな顔でこちらを見ている。
可愛い。なのに、妙に凛としている。
(…姉)
(いや、お姉ちゃん)
胸の奥が、すっと軽くなる。
(よかった)
(終わったんだ)
でも同時に、別の感情が湧く。
(終わっただけだ)
(ここからだ)
外は動く。
全部、動き方が違う。
その違いを読み間違えたら、ここは沈む。
スタンプを一つだけ返した。
「了解」
本当は「お疲れ」「すごい」「ありがとう」って送りたい。
でも、今は短く。
(頼りないけど)
(サポセンの返信、待つしかない)
自分は赤ちゃんで、動けない。
姉は六歳で、強すぎるほど強い。
その間をつなぐのが、妙なアプリと、ろくでもないサポセン。
小さく息を吐く。
そして、夜明けの光の中で決める。
(生き残る)
(2大国も島国も)
(全部"読んで”やる)
そのためにも、まずは情報だ。
サポセン。
頼むから今回は、テンプレじゃなくてまともに返してくれ。
俺は祈るように、視界の隅のサポセンを見つめ続けた。
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