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第7話 王女様は結婚したくない

【月末支払い:有効】

【オリジナルスタンプ:追加可能になりました】

【※ご利用ありがとうございます】


(おい、早いな。課金すると早いな)


俺は怒りを押し殺しながら、入力欄に短い単語を叩き込んだ。

指じゃない。意識で。


「危険」

「本」

「読め」

「今夜」

「来る」


(これで…最低限だ)


スタンプが追加された。

デフォルメされた銀髪幼女のスタンプ。

これもしかなくても俺?


だが今は、それどころじゃない。


(姉、頼む。読め)


俺は、スタンプを投げる。

投げまくる。


【スタンプ:本】

【スタンプ:読め】

【スタンプ:危険】

【スタンプ:今夜】

【スタンプ:来る】

…………


(頼む。気づけ)


胸の奥が熱い。

赤ん坊なのに、冷や汗みたいなものが出る気がした。


そして。


俺は最後にもう一度だけ、全力で押した。


【スタンプ:危険】



アリシアがカップを置いたときに、それは来た。


【スタンプ:本】

【スタンプ:読め】

【スタンプ:危険】

【スタンプ:今夜】

【スタンプ:来る】


アリシアの瞳が細くなる。


(一致した)


(妹は、見ている)


(そして、理解している)


アリシアは、冷たく笑った。


「…いいわ」


「尻尾は後」

「今は姉妹で勝つ」


扉へ向かい、声を張る。


「近衛隊長を」


すぐに現れた隊長に、アリシアは絵本を渡す。

説明は短く、命令は具体的に。


「今夜、賊が動く。狙いはこの部屋」

「隣室に近衛を待機。私が合図したら突入して」


隊長が言う。


「殿下、別室へ」


アリシアは首を振る。


「ここで捕る」


「賊は回収か人質が目的。私が餌になる」


隊長の眉が動く。

六歳の言葉ではない。だが今さら驚かない。


アリシアは続ける。


「魔法使いを配置して」

「殺傷じゃない。行動阻害、封魔に特化した者」

「隠密破り、魔力遮断、床の粘着札。逃走経路の封鎖まで」


「近衛は隣室。気配は消せ。軽装。扉は軽く固定」

「私が“そこ”と言ったら、それが合図」


隊長は一礼した。


「承知しました」



夜。灯りは一本。

静かすぎる静けさ。


壁の隅が、わずかに歪む。粗い隠密魔法。

床の札が淡く光り、輪郭が浮いた。


(来た)


黒装束の手が伸びる。

アリシアは、届く寸前まで待って言った。


「そこ」


扉が開く。隣室から近衛が雪崩れ込む。


「確保!」


同時に封魔が強まる。

黒装束の体から魔力が抜け、膝が落ちた。

粘着札が完全に動きを封じる。


黒装束は呻いた。


「…なぜ」


アリシアは淡々と答える。


「絵本が届いたから」


その一言が、黒装束の目を曇らせる。

上に売られた。切られた。


封魔。拘束。逃げ道なし。

近衛隊長が問う。


「誰の命令だ」


黒装束は歯を食いしばる。

黙れば死ぬ。吐けば、上に殺される。


アリシアが一歩近づき、静かに告げる。


「あなた、切られる」

「切られる前に、切ろうとした相手を売れば生き残れる」


黒装束の喉が鳴った。

そして吐き捨てるように言う。


「交易院書記官…ラウル」

「港都ヴェル。両替と税関に顔が利く」


隊長が畳みかける。


「落ち合い場所」


「北門外、崩れた石塀の影」


「符丁」


黒装束は諦めたように言う。


「“いつものところで待つ”」


アリシアが頷く。


「よし」


「次は、あなたの顔で釣る」




夜更け。北門外。石塀の影。

黒装束の装束を着た近衛が立つ。姿勢も癖も寄せた。


路地の両脇に近衛


石塀裏に封魔要員


退路封鎖の札


見た目は何もない。

だが空気は詰めてある。


やがて足音。ラウルが現れる。


焦りがあるのに、顔はどこか期待している。


変装した近衛が黒装束の声で言う。


「回収できた」


ラウルの顔が緩む。


「やるじゃないか。で、硬貨は…」


近衛が一歩寄り、低く言った。


「確保」


「は?」


次の瞬間、札が貼られた。

ラウルの足が止まり、腕が上がらない。声が掠れる。


暗がりから隊長が出てくる。


「交易院書記官ラウル」

「身柄を確保する」


ラウルは理解した。

回収できたのではない。自分が回収されたのだ。


「ま、待て、誤解だ…これは」


「誤解で済むなら、ここに来ない」


隊長の声は淡々としている。

それが余計に怖い。


アリシアは少し離れた位置から、黙って見ていた。

六歳の顔。だが瞳だけが冷たい。


隊長が問う。


「命令系統を吐け」

「お前の上だ」


ラウルは首を振る。反射で。


「無理だ!」

「殺される!」


「言わなければ、ここで終わる」


隊長が続ける。


「お前を守れるのは、今ここにいる王宮だけだ」

「だが、守るには誠意が要る」


ラウルは歯を食いしばった。

喉が鳴る。汗が流れる。


そして、観念したように目を閉じる。


「…名前は、言えない」


隊長が即座に言う。


「名前じゃなくていい。形を出せ」


ラウルが睫毛を震わせる。


「形?」


アリシア物陰から姿を現す。静かに口を開いた。


「言えないんじゃない、知らないんでしょ」

「会ってすらいない」


ラウルの顔が歪む。図星だ。


「…会ってない」

「会うわけがない…!」


「なら、何で命令を受けた?」


ラウルは唇を噛み、やっと吐いた。


「…メモだ」


「メモ?」


「夜中に、机の上に置かれてた」

「家は…鍵もかけてたのに!」


隊長が目配せすると、近衛がラウルの両腕を押さえ、逃げ道を消す。


「内容は」


ラウルは震える声で、一語ずつ言う。


「硬貨に欠けがある」

「回収しろ。今夜」

「太陽の間にある」

「失敗すれば切る」


アリシアは小さく息を吐いた。


(やっぱり)


(試験の出題者は、会議の中身と王宮の動きが見える)


(そして、切り捨ての判断が早い)


アリシアが問う。


「そのメモは?」


ラウルは泣きそうな顔で言った。


「燃やした」

「残せるわけがない!俺が疑われる!」


隊長が冷たく返す。


「残っていれば、今夜のお前は助かったかもしれないな」


ラウルは崩れ落ちた。


「だ、だって!」

「俺はただ…言われた通りに!」


ラウルが崩れ落ちる。

もう抵抗する理由がない。

上に殺される未来より、今ここで終わる方が早い。


アリシアはそこで初めて、少しだけ表情を緩めた。


(名前は出ない)


(でも、上がいるは確定した)


(そして、上は私を試した)


アリシアは近衛隊長にだけ聞こえる声で言う。


「ラウルは“窓口”」

「でも本命じゃない。上は切って終わらせる気」


隊長が低く返す。


「承知しました。根は、別にある」


アリシアは頷く。


「尻尾は掴めない。今は」

「でも、やり方は見えた」


ツインリンクが、かすかに震えた。

遠くで妹が見ている気がした。


アリシアは心の中でだけ言う。


(勝ったよ)


(でも、これは第一幕)



深夜、俺がまどろんでいると、瞼越しに光を感じた。

ツインリンクのアイコンが点滅している。


【スタンプ:だいじょうぶ】


(姉、勝ったな)


(返事がなかったから、心配だったんだけど)


俺は赤ん坊のくせに、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。

いや感じた気がする。

このふにふにボディ、感情の置き場がよく分からない。


(それにしても、アリシア強すぎだろ)


安堵で緩みかけた俺の意識を、別の通知が刺した。


視界の隅。

あの課金ボックスが、まだ消えてない。


【月末支払い:有効】

【現在の利用状況:オリジナルスタンプ追加】

【請求予定:3000円】


(3000円)


(円て何だよ、円て)


(この世界、金貨と銀貨だろ、どう見ても)


(自動引き落としって、どこから引き落とすんだよ…)


嫌な予感が、じわじわ膨らむ。


(価値のあるものって、俺の…)


いやいやいや。

考えるな。考えるな俺。

今は勝った。今は生きてる。


生きてる、んだけど。


(待てよ)


改めて思ったことが一つある。


俺、王女だ。


(王女ってことは)


(俺、女だよな)


脳が逃げ場を探し始める。


しかも、この国の現状。


二つの大国に挟まれた小国。

内側は地方貴族の連合で火種だらけ。

外からは常に介入される。


(つまり、政略結婚の駒)


(いや、駒どころじゃない、王家の切り札だろ)


無理。


(俺の中身、男だぞ!? 男として女が好きなんだよ!!)


(無駄にイケメンな男と結婚とか、精神的に絶対無理ぃぃぃぃ!!)


赤ん坊の喉からは何も出ない。

出るのは「ふぇ…」みたいな空気だけ。


でも意識の中では絶叫していた。


(サポセン!)


(ここから入れる保険は!?)


俺は秒でメールを叩き込んだ。

いや叩けてるのか分からないけど、送信した。


件名:ここから入れる保険はありますか

本文:政略結婚、絶対無理。どうにかして。


送信。


…返事は遅いはずだった。

テンプレで流されるはずだった。


なのに。


返信:Support Center

本文:お問い合わせありがとうございます。

恋愛・結婚に関するご相談は、個人差が大きく一概にお答えできません。

【FAQ】

Q:政略結婚が嫌です

A:権力を持ってください


以上となります。


(権力を持ってください)


「…権力」


俺は天井を見つめた。


赤ん坊の体。

王女の立場。

敵は外にも内にもいる。


そして、月末に3000円。


(…やるしかねぇ)


ツインリンクの枠が、また静かに光る。


姉がいる。

太陽がいる。


なら、月も逃げてばかりじゃダメだ。


(まずは生き残る)


(結婚はその次だ)


(いや、最優先で回避だろ!!)


自分で自分にツッコミながら、俺はもう一度、拳を握った。

ふにふにの、小さな拳を。


続きが気になる方は、ブクマお願いします!

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