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幕間⑩ 家族のための剣

港都、王宮。

夜。蝋燭の火が揺れる執務室。


机の上には、港都の区画図。

王国府の動線、城内の警備割り、茶会の席次案、それらが重ねられている。

だが、アリシアの指はそこに置かれていない。


視界の端。

ツインリンクの通知。


短い単語が、断続的に届く。


「朝廷」

「剣」

「港」

「商会」

「見張り」


アリシアは一度まばたきし、呼吸を整えた。

声には出さない。

それでも胸の奥が、冷たく締まる。


(…来たか)

(朝廷の剣が、港都に)


情報が確定した瞬間、アリシアの頭は切り替わる。


これは茶会の話ではない。

城内の警備の話でもない。


外の刃が、内乱と同じ盤面に乗ってきた。


アリシアは机から立ち、扉の外に命じた。


「レーヴェン侯を」

「すぐに来ていただいて」


侍従が一礼し、足音が消える。

アリシアは窓に近づき、港都の灯りを見下ろした。


(父上なら、どうする)

(母上なら、何と言う)


答えはもうない。

だから、今いる答えを出せる者に頼る。


祖父であり、歴戦の騎士。

レーヴェン侯。



扉が開く。


軍装ではない。

だが、背筋と歩幅が軍装以上に戦を語る。

老いたはずの男の目が、まだ戦場のままだ。


「女王陛下」


レーヴェン侯が跪いくのを、アリシアが手で制した。


「お祖父様」


アリシアは立ったまま、短く礼をする。

形式は守る。

だが、時間はない。


「相談です」

「…朝廷の剣が、港都に入っています」


レーヴェン侯の眉が、ほんの僅かに動いた。

驚きではない。

嫌な一致を確かめた顔だ。


「朝廷が…動いたのですか」

「島国の、朝廷府?」


「ええ」

アリシアは頷く。


「港の南区。皇国資本の老舗商会」

「刀を帯びた武人。見張りの立ち位置」


レーヴェン侯は地図に歩み寄り、指で南区をなぞる。

そして、地図の外王宮の位置へ、指が滑る。


「…狙いは城だな」


「私もそう見ています」

アリシアは迷いなく言った。


「ルドルフの動きと、合致します」

「剣を呼び込むには、餌が必要」

「…私と、クロエ」


レーヴェン侯は机に手をつく。

蝋の光が影を作り、男の顔を険しく見せた。


「陛下」

「茶会の噂は、今からでも止められる」


アリシアは首を横に振る。

即答だった。


「止めれば、相手は姿を消す」

「消えた刃は、もっと厄介です」

「…なら、出させた刃を折る」


レーヴェン侯は少しだけ目を細める。

その強さを測るように。

そして、ふっと息を吐く。


「娘に似ましたな」

「カタリーナも、引かなかった」


アリシアの胸がきゅっと痛む。

だが、涙は出さない。今は。


「お祖父様」

「朝廷の剣、どういうものですか」

「幕府の武士とは別枠?」

「…そして、こちらが警戒すべき点は」


レーヴェン侯は、少しだけ言葉を選んだ。


「武士は、戦で飯を食う」

「だが、朝廷の剣は違う」


「違う?」


「名分で斬る」

レーヴェン侯の声が低くなる。


「正しい剣だと信じて斬る」

「負けても、己の敗北にしない」

「国のせい、時代のせい、運命のせいにして…なお斬る」


アリシアは頷いた。


「なら、正面から折る必要がありますね」

「茶会の場で」


レーヴェン侯は顎に手を当て、短く頷く。


「やるなら、手順だ」

「第一に、クロエは餌にしない」

「孫を前に出すな」


アリシアの瞳が揺れた。

それでも、言う。


「…クロエは、私の隣にいます」

「王家の揺るがなさを示すため」

「それが必要だと、諸侯が言う」


レーヴェン侯の眼が鋭くなる。

だが怒りではない。戦略の目だ。


「なら、餌ではなく旗にしろ」

「見せるが、触れさせない」

「近衛と封魔を見える形で配置しろ」

「敵に『無理だ』と思わせる配置だ」


アリシアは頷き、すぐに問い返す。


「剣士の対策は?」

「こちらの騎士でも止められますか?」


レーヴェン侯は即答しない。

そして、静かに言った。


「私が斬る」

「剣が来るなら、私が受ける」


アリシアの胸が一瞬熱くなる。

だが、それを飲み込む。


「お祖父様を表に出せば」

「相手は引く可能性もあります」


「引かせてもいい」

レーヴェン侯が言う。


「だが一番いいのは——剣に“勝ち”を与えずに終わらせることだ」

「死に場所を与えるな」


アリシアは、静かに頷いた。


「…わかりました。では、こうします」


アリシアは地図の上に、指で線を引く。


茶会は予定通り。


クロエは同席。ただし動線は二重。


封魔・行動阻害の魔術師を配置。


近衛は見える場所と、見えない場所に分ける。


レーヴェン侯は客としてではなく、庭の警備責任者として近くに置く。


そして港南区の商会は、騎士団ではなく王国府の税監の名目で周辺を薄く締める。

(騎士団を動かしたと見せない)


レーヴェン侯が、わずかに笑う。


「…陛下、もう十三だな」


アリシアは笑わない。

笑えない。


「十三でも、王です。そして——」

一瞬だけ、声が揺れる。

「もう、家族を失いたくない」


レーヴェン侯は黙って頷き、膝を折る。

臣下として。

祖父としてではない。


「御意」

「私が、家族の剣になります」


アリシアは目を閉じ、短く息を吐いた。

そして、ツインリンクのアイコンを見た。


(クロエ、よく見つけた)

(…生きて帰ろう)


蝋燭の火が、ひとつ大きく揺れた。

異国の剣士と歴戦の騎士。

物語の役者が揃った。

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