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第54話 王妹殿下の侍女

港都・南区、昼下がり。


石畳は昼の熱をまだ残している。

潮と香料の匂いが混じり合い、港都らしい雑多な空気だ。


リディアは私服だった。

地味な生成りのワンピースに、擦り切れた外套。

剣はない。

代わりに腰には小さな巾着だけ、買い物客の装い。


(…ここね)


商会の前を通り過ぎ、角を一つ曲がる。

そして、通りに面した小さな茶屋へ入った。


縁側、低い机、湯気の立つ茶。


リディアは腰を下ろし、静かに茶をすする。

視線は下げたまま。

だが、周囲はしっかり見る。


まず、音。

次に、足運び。

最後に、違和感。


商会の出入りは確かに多い。

布商にしては、男ばかりだ。

しかも荷を持たない。


(…客じゃない)


その時だった。


縁側の向かい。

少し離れた席に、ひとりの男が腰を下ろした。


服装は質素。

だが、布の織りが違う。

着慣れている。


(…ある)


外套の下。

異国の剣、刀。


長い。

アルトフェンの騎士が用いる長剣よりも。

明らかに『斬るためのもの』


リディアは茶を口に含んだまま、目線だけで男を追う。


(島国の…?)


髪は結っていない。

だが、所作が結っていた者のそれだ。

背筋がまっすぐで、腰が落ちている。

座り方に無駄がない。


(サムライ…島国の魔法剣士)


男は茶を飲まない。

湯呑みにも触れない。

ただ、縁側に腰を下ろし、通りを見ている。


視線は商会。

人の流れ。

そして、王宮の方向。


(…いるわね、影)


リディアは、わざと小さく咳をする。

町娘が、喉を詰まらせた時の音。


男は反応しない、視線も動かさない。


(反射で見ない)

(訓練されてる)


リディアは茶を飲み干し、立ち上がる。

会計を済ませるふりで、男の横を通る。


一瞬だけ、距離が縮まる。


分かる。


魔力、ごく微か。

だが、ある。恐らく隠ぺいしている。

それと、刀に染み付いた魔力の癖。


(ただの剣士じゃない)


すれ違いざま、男の低い声が落ちる。


「…港の茶は、悪くない」


独り言。

こちらに向けた言葉じゃない。

聞こえたらそれまでの距離感。


リディアは足を止めない。

振り返らない。

町娘のまま、通りへ出る。


(確定)


商会、皇国資本。

そして——島国の剣。


これは偶然じゃない。

ましてや、単なる護衛でもない。


(来るわね)


リディアは人混みに紛れながら、脳裏で情報を整理する。


・商会に常駐する刀を帯びた男。

・正体を隠す気はあるが、完全には消していない

・港都を見る立ち位置

・王宮の方向を意識


(これは…)


茶会、中庭、女王陛下の主催、王妹殿下の同席。


クロエの言葉が脳裏をよぎる。


「匂いを掴めればいい」


十分だ。

これは、十分すぎる匂い。


リディアは歩調を乱さず、裏道へ消えた。


急がない、焦らない、見られてもいい。

だが、戻ったら即報告だ。

剣は、すでに港都に入っている。




王妹殿下の私室。

夕刻、窓の外が少し赤くなり始めた頃。


リディアは、何事もなかったように戻ってきた。

息も乱れていない。髪も乱れていない。

買い物袋だけが、ちゃんと町娘の成果として手にある。


扉を閉め、控えの侍女を追い出す。

最後にリディアが閂をかける音が、妙に重い。


クロエは机の前に座っていた。

姿勢だけは王妹。

顔は、もう中身が出かけている。


「…どうだった?」


リディアは一礼し、すぐに声を落とした。


「殿下」

「朝廷の剣が、すでに港都に入っています」


クロエの瞳が、きゅっと細くなる。


「…確定?」


「はい」

リディアは迷いなく頷く。


「皇国資本の老舗商会」

「その周辺で、見張りの配置」

「そして——」


リディアは一呼吸置いた。

報告の言葉を選ぶのではなく、重さを落ち着かせるための間。


「武人がいました」

「刀を帯びた男」

「所作が、こちらの騎士とも、傭兵とも違う」

「見張りの立ち位置で、茶も飲まず、通りと商会と王宮方向を見ていました」


クロエは、無言で頷く。

心の中で社畜が「確度:高」と判定を出す。


「サムライ、ってやつ?」


「…ええ」

リディアの目が鋭くなる。


「剣に染み付いた魔力の癖がありました」

「ただの護衛ではありません」

「斬ることに慣れた者…いえ特化した者です」


クロエは息を吸って、ゆっくり吐いた。


(朝廷が外と組む)

(商会が顔、剣を送り込む)

(…スズメ、当たってたな)


「他に」

クロエは声を低くする。


「人数とか、雰囲気とか。追えそう?」


リディアは首を横に振った。


「深追いはしませんでした」

「相手は、見られていることに慣れています」

「追えばこちらの存在が浮きます」


「正解」

クロエは即答する。


「匂いだけで十分」


そして、クロエは一つだけ確認する。

いちばん怖い部分。


「…そのサムライ」

「王宮の方向、見てたって言ったよね」


「はい」


クロエは笑わなかった。

冗談も出ない。


「じゃあ、茶会に来るね」


リディアは頷く。


「おそらく、女王陛下が張られた檻に来るかと」


「餌が二つあるからね」

クロエが静かに言った。


リディアの拳がわずかに握られる。

怒りだ、恐怖でもある。


クロエは、視界の端に浮かぶツインリンクを見た。

連絡するべき内容は一つ。


(姉に伝える)

(ただし、言葉選び)

(今は、朝廷の剣がいるが最優先)


クロエは、最小の言葉に削る。

伝わればいい。

姉なら理解できる。


クロエは、意識でセリフスタンプを選び、震えそうになるのを抑えて送った。


「朝廷」

「剣」

「港」

「商会」

「見張り」


送信。


リディアが、クロエの横顔を見る。

王妹としては幼い。

でも目だけが、やけに古い。


「殿下…怖くありませんか」


クロエは一瞬だけ黙って、そして正直に答えた。


「怖いよ」

「…でも、姉が檻を作るなら」

「私は、檻の外側を塞ぐ」


リディアは膝をつき、深く一礼した。


「御意」


その瞬間、クロエの胸の奥に

戦いの前の静けさが落ちた。


茶会まで、あと僅か。

もう、引けない。

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