第53話 王妹殿下は探る
視界の端で、サポセンのメールアイコンが薄く光った。
今度は、少し間が空いた。
クロエはその間で察する。
(これは書けるとこまで書いて、肝心なとこはぼかすやつだ)
返信:サポートセンター(担当:スズメ)
【回答】担当:スズメ(※一部制限あり)
こんにちは、クロエ様。
サポートセンターをご利用頂き、ありがとうございます。
※以下の内容は、世界観保護・物語干渉防止の観点から、一部ぼかしてお答えします。
クロエ、心の中で即ツッコミ。
(出たよ!世界観保護!)
■ 皇王派が外で使う「合図/符丁」について
明確な暗号文や、決まった言葉は 基本的に存在しません。
皇王派は「正統性」を扱うため、あからさまな符丁・一度で理解できる合図は、むしろ避けます。
(あ、やっぱそういうタイプ…)
代わりに使われるのは、儀礼的な言い回し、宗教・伝統・歴史への言及、当然のこととして語られる正論となります。
例:
・「本来あるべき姿」
・「古き良き慣習」
・「正しい筋」
・「血筋」「天命」「授かった地位」
※これらが武力や外部勢力の動きと同時に語られた場合、皇王派が裏で糸を引いている可能性が高まります。
クロエ、額を押さえる。
(最悪に厄介なタイプじゃねぇか!!)
朝廷が、港都で使いやすい顔は以下です。
・皇国由来の商会(特に古い家名を持つ)
・宗教施設・巡礼宿
・職人組合の後援者(特に武具・工芸)
共通点は、
「幕府が直接手を出しにくい」
「文化・伝統を理由に居座れる」
■ 幕府が「朝廷が絡んだ」と判断する決定打
新式銃の出所は、確かに一つの要素です。
ただし、それ単体では「横流し」で処理される可能性があります。
幕府が本気で警戒するのは、
「名義」と「順序」が崩れた時です。
本来、幕府を通すはずの話が、正統な権威を名乗る別ルートから出てくる
交易・外交・軍事において、誰が代表か曖昧になる
この状態になると、幕府は「朝廷が外を使っている」と判断します。
(…なるほど、だからアルトフェンを舞台にするのか)
皇王派は「剣」ではなく「物語」で戦う
勝ち筋は「勝ったように見せること」
負け筋は「正統性を笑われること」
つまり、派手に勝つ必要はないが、派手に負けると終わる
※現在の状況についての具体的助言は、サポート範囲外となります。
(すみません、ほんとに)
最後に、小さく追記。
P.S.
罠だと分かっていて踏み込む人間は、だいたい「理屈」じゃ止まりません。
そこだけは、ぼかせません。
— サポートセンター(スズメ)
クロエは、ゆっくり息を吐いた。
(…要するに)
(朝廷は、正しいことしか言わない顔で、地獄を開ける)
(幕府は名義を奪われるのが一番嫌)
(ルドルフは…もう理屈じゃない)
リディアが小声でささやく。
「殿下…何か」
クロエは、少しだけ笑った。
笑うしかなかった。
「うん」
「最悪なことだけは、はっきりした」
そして、心の中で付け足す。
(姉の罠、思った以上に綱渡りだわこれ)
(だからこそ、姉は“王”なんだろうな)
クロエは、ドレスの裾をそっと整えた。
茶会まで、もう時間はない。
王妹殿下の私室。
窓の外では、王宮の庭師が静かに動いている。
いつもと同じ光景。なのに、胸の奥が落ち着かない。
「三日」
クロエは小さく呟いた。
茶会まで、三日。長いようで、短い。
そして、何もしなければ一瞬で溶ける三日。
(姉が表で罠を張るなら)
(私は裏で、足元を削る)
クロエは、リディアを見上げた。
視線だけでなく、きちんと顔を向ける。
これは命令ではなく、相談だ。
「リディア、島国資本の商会って、この港都にある?」
リディアは即答しなかった。
一度、記憶を辿る。家名。港。荷。人の流れ。
「…あります」
「老舗が二つ、どちらも“皇国”由来とされる商会です」
「表向きは、布と香料ですが…」
声が低くなる。
「人の出入りが多すぎる」
クロエの目が細くなる。
(来た、思ったより堂々としてやがる)
「どっちかに心当たりある?」
「はい」
リディアは頷いた。
「港の南区、石造りで看板が古い」
「商会名は——」
クロエは手を上げて止めた。
「名前はいい」
「覚えると、私が変な反応しそう」
リディアは一瞬きょとんとしたが、すぐ理解した。
王妹殿下が、何も知らない顔でいるのも、仕事だ。
「…探りますか?」
「うん」
クロエは頷く。
声は軽いが内容は重い。
「町娘として、買い物客とか冷やかしで」
一拍置く。
「誰が出入りしてるか」
リディアの表情が引き締まる。
「殿下、それは危険です」
「皇国資本の商会なら、裏に“影”がいる可能性が」
「だから、リディアに頼む」
「私じゃ無理、ノクスも今は外」
「騎士団を動かせば、気づかれる」
リディアは沈黙した。
数秒。
そして、ゆっくり頷く。
「…承知しました」
「お願い」
クロエは、少しだけ声を落とす。
「無理しないで、怪しいと思ったら即引いて」
「正体を探るより、匂いを掴むでいい」
リディアは胸に手を当て、一礼する。
「御身に代わり、影を見て参ります」
クロエは、深く息を吐いた。
これで一手。
(姉が檻を閉めるなら)
(私は、鍵穴に砂を詰める)
視界の端で、ツインリンクのアイコンが静かに光る。
まだ、姉からの合図はない。
(三日後)
(その時までに、少しでも材料を揃えないと)
クロエは、小さな拳を膝の上で握った。
七歳の手。
でも、やることは完全に裏方工作員。
(ほんと、異世界来てまで何してんだろ、俺)
そう思いながらも、止まる気はなかった。
茶会は庭じゃない、戦場だ。
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