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第49話 王妹殿下の予感

港都は、意地でも回っていた。


港の荷役は止めない。

市場の値は跳ねさせない。

街道の通行証は切らさない。

王国府は、血を止めたくなかった。


止まった瞬間、外が嗅ぐ。

嗅がれた瞬間、アルトフェンは“調停”という名の介入で解体される。


だから王国府は、外にこう言い切った。


「問題ありません」

「港都は稼働しております」

「交易は維持され、治安も回復しました」

「国内の件は国内で処理します」


帝国の使者は鼻で笑う。

連邦の使者は「では書面で」と穏やかに詰める。

幕府の使者は、港の積み荷と税率だけ見て頷く。


三国とも、納得したわけではない。

だが「港が回っている限り」は、手を出しにくい。

それがアルトフェンの唯一の盾だった。



王宮の執務室。

宰相、財務、内務、近衛と騎士団。

そしてアリシアとクロエ。


机には、新しい制度案の紙束が積まれている。

題は、穏やかな言葉で飾られていた。


《国難対応・再発防止のための人員動員令(仮)》


内容は苛烈だ。

諸侯の領内から、役人・工手・道路夫・港湾検査員・台帳係を借り上げる。

名目は復興。

実態は、諸侯の人を削ぐこと。


クロエは紙の端を指で叩いた。


「ここ、強制に見える文言は削る」

「“要請”で押し切る」

「拒否したら…」


彼女は宰相を見た。

「拒否した諸侯の港の検査だけ、ちょっと厳密にする」


宰相が、薄く笑った。


「王妹殿下、やり方が綺麗ですな」


「綺麗じゃないと外が嗅ぐ」

「外が嗅いだら、うちが死ぬ」


アリシアは指示を出す。


「中立派には必ず“利”を渡す」

「協力した領地には、街道整備の優先と、港の通行枠」

「反発した領地には」


言葉を切る。

「“公平な検査”を」


近衛隊長が渋い顔をする。


「反発は出ます」


「出る」

アリシアは即答した。


「だから、こちらは怒らない」

「静かに、回す」

「怒りはルドルフに押し付ける」


その名が出た瞬間、空気が一段冷えた。


不気味な静けさ。


ルドルフが動かない。

居場所が分からない。


それが、怖い。


反乱の旗を上げるなら、いまが一番煽りやすい。

王は死んだ。女王は若い。

王国府は制度をいじり始めた。

諸侯の不満は、火種として十分だ。


なのに、静かすぎる。


騎士団長が報告する。


「周辺の街道、宿、商会…全て洗いました」

「ルドルフ派の出入りは途絶えています」

「途絶えすぎです」


宰相が低く呟く。


「消えたのではなく、隠れている」


アリシアは窓の外を見た。

港の灯が揺れている。平和の灯に見える。

だからこそ、余計に怖い。


クロエがぽつりと言う。


「…嫌な予感しかしない」

(社畜的には、静かなときほどヤバい案件が裏で走ってる)


「あなたの“月”の勘?」


「うん」

「静かな時って、だいたい“外注”が入ってる」


宰相が眉を上げる。


「外注?」


クロエは、言葉を飲み込んだ。

しかし、言わなければならない。


「ルドルフは、諸侯だけじゃ無理って理解したはず」

「なら、手札は二つ」

「外に頼るか、外を呼び込む“事件”を起こすか」


騎士団長の顔が険しくなる。


「帝国か、連邦か」


「それだけじゃない」

「幕府も、海の向こうにも派閥はある」


アリシアの目が細くなる。


「島国の内部…朝廷か」


クロエは頷く。

まだ確証はない。

だが、勘が嫌な方向へ伸びている。




市場の喧噪の下に、別の音がある。

商人の笑い声の裏で、金が動き、情報が動き、そして影が動く。


ルドルフは、公爵邸を出ていた。

追われている気配はない。

むしろ、誰かに道を作られている。


案内は、皇王派の伝。

島国の朝廷府が持つ古い網。

表に出ればただの「異国の使節の随員」。

裏に回れば港の穴を知る者たち。


ルドルフは、港の一角にある商会へ入った。


看板は、いかにも無害だ。

皇国資本の商会。

島国と大陸の交易を繋ぐ、古くからの両替と香辛料の店。

帳簿も整い、税も払っている。

だから、摘発できない。

摘発すれば、今度は「国際問題」になる。


よくできている。

ルドルフはそれを見て、乾いた笑いが喉に引っかかった。


通されたのは、二階の奥。

香木の匂いが濃い。

襖の向こうは更に奥。

ここから先は、表の客は来ない。


座っていたのは商会の主。

いや、主の皮を被った男だった。

細身で、指が長い。笑顔だけが上手い。


「殿下」

「よくぞご無事で」


「無事に見えるか?」

ルドルフが吐き捨てると、男は笑みを崩さない。


「道は、こちらで整えます」

「殿下には、勝ち筋だけを」


その言い方が、気に入らない。

だが、今のルドルフには贅沢を言う余裕がない。


男が、手を叩いた。


音もなく、襖が開く。


入ってきたのは、ひとりの武士だった。


いや、武士という言葉では薄い。

剣そのものが、人の形をして歩いてきたような男。


五十代。

背は高すぎず低すぎず。

痩せているが、骨が太い。

目が、静かすぎる。

静かすぎて、逆に怖い。


腰の刀は一本。

だが、鞘と鍔が古い。

古いのに、手入れが行き届きすぎている。


商会の男が、丁重に言った。


「殿下、紹介いたします」

「剣聖――真田 源五」


ルドルフは無意識に、指先を動かしていた。

剣を齧った者なら分かる。

この場に入ってきた瞬間、空気の重さが変わった。


(強い)


強い、というより、斬れる。

骨に届く刃の気配がする。


源五は、礼をしない。

礼をしないことが無礼に見えない。

そういう種類の人間だ。


「貴殿が、ルドルフか」


声は低い。淡々としている。

感情の波がない。


ルドルフは、腹の底が熱くなるのを感じた。

この男を手に入れたら、という熱。

これで勝てるかもしれないという熱。

そして、アリシアに届くかもしれないという熱。


「そうだ」


源五は、目を細めた。

笑っていない。

ただ、観察している。


「剣を触った手だな」

「だが、剣はお前の道具じゃない」


一瞬、ルドルフの眉が跳ねた。

挑発に聞こえる。

だが、源五は挑発をしていない。

事実を言っているだけだ。


商会の男が、間に入る。


「源五殿」

「殿下に失礼があっては」


「いい」

ルドルフが止める。

この男は、こういう男だ。

そうでなければ、レーヴェン侯にぶつける刃にはならない。


ルドルフは一歩前へ出た。


「源五」

「お前に斬ってほしい男がいる」


源五の視線が、わずかに鋭くなる。

それでも表情は変わらない。


「誰だ」


ルドルフは、喉の奥で名前を転がす。

この名前は、港都の空気すら変える。


「レーヴェン侯」

「アルトフェンの牙」

「俺の邪魔をする男だ」


源五の指が、鞘に触れた。

触れただけで、部屋の温度が下がる。


「…レーヴェン」

その名を、味わうように繰り返す。

そして、源五は小さく息を吐いた。


「聞いたことがある」

「銃弾を見切る騎士」

「剣の終わりを認めない戦人」


ルドルフは、勝ちを確信しそうになる。

この反応、食いついた。


だが、源五は続けた。


「いいだろう」

「だが、条件がある」


ルドルフの口角が上がる。


「言え」


源五は、まっすぐに言った。

そのまっすぐさが、逆に危険だった。


「俺はお前の為ではない、ただ己の為に」

「レーヴェンを斬る」


商会の男が、満足そうに頷く。


ルドルフは笑った。

笑ってしまった。


「いい、舞台は用意する」

「お前が勝てば、俺は王国を取り戻す」

「そして、アリシアは」


源五の目が、ほんの一瞬だけ冷たく光った。


「女は知らん」

「俺は剣の話をしている」


ルドルフの笑みが、わずかに歪む。

だが、今はそれでいい。

女に興味がないほうが、むしろ扱いやすい。


(…扱える)

そう思った瞬間、ルドルフは気づかなかった。


この男は、扱えない。

剣に生きる者は、剣以外の理屈で動かない。

動かないからこそ、最も危険だ。


商会の男が、最後に確認する。


「殿下」

「源五殿を動かすには、火が要ります」

「港都で“事件”を」

「外が嗅ぐ程度に派手に」


ルドルフは、頷いた。


「嗅がせる、嗅がせて」

「全部、ひっくり返す」


港都の喧噪は変わらない。

だが、その喧噪の下に、剣の音が混ざった。


そしてルドルフは、久しぶりに確信していた。


この男は強い。

レーヴェン侯を斬れるかもしれない、と。

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