幕間⑧ 千年分の埃
島国、旧都。
千年の誇りと、千年の美しさが同居する街。
朱塗りの回廊。苔むした石段。
朝の鐘。夕の香。
そして、路地の影に潜む幕府の目。
朝廷府は旧都の中心にある。
門構えだけは立派だ。
だが、その門を守る槍の穂先は古く、兵の眼は死んでる。
権威はある。力はない。
それが、今の朝廷府。
旧都の中ですら、幕府の手は入っていた。
蔵の鍵を握る者。米の流通を握る者。
寺社の修繕費を握る者。
気づけば、首輪は喉元まで来ている。
襖の向こう、さらに奥。
さらに奥には“誰も知らない間”がある。
灯りは一つ。
香を焚き、足音を消し、声を落とす。
そこにいるのは、位だけは高い老人たちと、
顔を隠した若い影。
皇王家の“忍び”を束ねる者だ。
畳の上に置かれた報告書。
それを読んだ老人が、ため息を吐いた。
「…王弟ルドルフ、失敗」
「港都の交易は維持」
「女王は折れず」
「レーヴェン侯は健在」
別の老人が、唾を飲み込む。
「つまり…幕府の窓口であるアルトフェンは、まだ健全」
「健全である限り、幕府は海を握る」
「海を握る限り、我らは首輪を外せぬ」
灯りの近くにいた影が、淡々と告げた。
「ルドルフは、使い捨てにできます」
老人たちは頷く。
情はない。
必要なのは結果だけだ。
「せいぜい派手に散ってもらう」
「幕府の痕跡を残してな」
「新式銃が出れば、幕府の言い逃れも苦しくなる」
言葉にすると簡単だが、やることは血塗れだ。
そこへ、一人が言った。
「だが、レーヴェン侯だ」
「アルトフェンの武門の柱」
「王弟派の公爵が腰を引いているなら、なおさら」
「あの男に勝てる“存在”が必要ではないか」
影が、香の煙の向こうで口角だけ動かした。
「勝てる存在は、作れます」
「武器ではありません、人です」
老人たちの視線が集まる。
影は続けた。
「銃の時代になり、取り残された戦人がいます」
「剣に生きる武士」
「幕府の新式銃を憎み」
「朝廷に忠を誓いながらも、居場所を失った者」
別の老人が鼻で笑う。
「剣など、銃の前では」
影は遮らない。
代わりに、静かに言った。
「“勝つ”必要はありません」
「必要なのは、物語です」
畳の上の空気が変わる。
朝廷は、物語で生きてきた。
影は言葉を刺す。
「剣の武士が、銃の時代に抗い」
「レーヴェン侯に挑む」
「そして、その現場に“幕府の新式銃”が現れる」
「それで良いではありませぬか」
老人が呟く。
「レーヴェン侯に勝てる存在を送る…か」
影は首を縦に動かす。
朝廷側が欲しいのは、アルトフェンの内乱。
港が止まり、幕府の窓口が壊れ、幕府が焦る状況。
影は続ける。
「そして、武士は」
香の煙の向こうで、影の瞳が冷える。
「レーヴェン侯の名を聞けば、喜んで出ます」
「自分の“本懐”だと信じるから」
老人が、ゆっくり問う。
「…名は」
影は短く答えた。
「真田源五、剣聖と呼ばれた男です」
「今は幕府の世に押し込められ」
「剣の価値を証明する舞台を求めています」
老人たちが、頷き合う。
誰も“武士が死ぬ”ことを問題にしない。
むしろ、その死が必要なのだ。
「武士の本懐を遂げさせてやればいい」
誰かが言った。
「忠義の名のもとに、派手に散らせ」
「死んだ後は、我らが“語り”を整える」
影が、畳に指を置く。
「手順は簡単です」
「一、ルドルフに“最後の勝ち筋”を与える」
「二、剣の武士に“宿命の敵”を与える」
「三、幕府の痕跡、新式銃を“現場に残す”」
老人が、薄く笑った。
「幕府が悪い、我らは守った」
「武士は忠を尽くした」
「物語は美しい」
影は最後に、淡々と釘を刺した。
「一点だけ」
「この剣の男は、制御が効きません」
「忠義で動くが、忠義で止まりません」
「だからこそ、使い潰せます」
灯りが揺れる。
香が燃え尽きる音がする。
朝廷府の奥で決まったのは、政ではなく、
一人の戦人の“死に場所”だった。
そしてそれは、アルトフェンにとって、
騒乱より厄介な火種になる。
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