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幕間⑦ 島国・朝廷の影

公爵家の城。

夜。雨は降っていないのに、空気が湿っている。


暖炉の火が、ぱちりと音を立てる。

王弟ルドルフは客間に通され、ひとりで酒を飲んでいた。

飲んでいるのは酒ではなく、焦りだ。


窓は閉じられている。

風は入らない。

それでも、蝋燭の火がふっと揺れた。


「…誰だ」


ルドルフが立ち上がり、手を腰の短剣へ伸ばす。

その瞬間、部屋の隅から“影”が一歩だけ濃くなる。


そこに、人がいた。


黒衣。

だが帝国の黒装束とは違う。

線が細い。動きが静かすぎる。

顔は覆面。目だけが、妙に澄んでいる。


そして、声が若い。

男とも女とも判別し難い、乾いた声。


「驚かせたなら詫びる」

「皇王家の使いだ」


ルドルフは笑いそうになる。

追い詰められた者ほど、あり得ない希望を信じてしまう。


「…皇王家の使い?」

「千代女ではないのか」


忍びは首を少し傾けた。


「あれは今、別件だ」


「幕府は交易の犬」

「皇王家は、島国の正統。殿下は正統が好きだろう?」


ルドルフの喉が鳴った。

“正統”。

その言葉は、今の彼にとって麻薬だ。


忍びは、ゆっくりと小箱を机に置いた。

開けると、中に紙片。

島国の文字と、こちらの文字が併記された暗号文。


「幕府は銃を握り、交易を握り、海を握っている」

「皇王家は、それを取り戻す」

「そのために、アルトフェンを“幕府の窓口”から外す」


ルドルフの目が細くなる。


「つまり、アルトフェンの港を」


忍びは静かに頷く。


「止める」

「港が止まれば、幕府は困る」

「幕府が困れば、島国は割れる」

「割れれば、皇王家が立つ」


ルドルフは思う。

(こいつらも狂ってる)


だが同時に、胸が熱くなる。

狂気は、狂気を理解する。


忍びは続ける。


「殿下の“物語”にも都合がいい」

「女王は幼い、王国府は横暴」

「殿下が救う」

「その話を、もう一度作り直せる」


ルドルフが歯を見せて笑った。


「作り直す、だと?」


「火が足りない」

忍びの声が淡々と刺す。


「諸侯が動かないなら、動かせ」

「市場が静かなら、泣かせ」

「港都が回っているなら、止めろ」


ルドルフの心の奥で、レーヴェン侯の影がちらつく。

あれに勝てない。

港都で戦えば外が嗅ぐ。

そんな理屈が、一瞬だけ戻る。


だが忍びが言った。


「外が嗅ぐ?、嗅がせればいい」

「嗅げば、外は来る」

「外が来れば、女王は動けない」

「女王が動けなければ、殿下が“支える”」


ルドルフの目が、完全に獣のそれになった。


(そうだ)

(外を嗅がせる、外を呼ぶ)

(呼んでしまえば、アリシアは…)


忍びは、その目を見て確信したように頷く。


「殿下、あなたは正直だ」

「欲しいものが、ひとつだけある」


ルドルフは答えない。

答えなくても、忍びは分かっている。


忍びが差し出したのは、もう一枚の紙。


「港都に入る経路、商業区の倉庫、夜の番の交代」

「幕府から持ち込んだ新式銃の“出所”も作れる」


ルドルフの指が紙を掴む。

掴んだ瞬間、彼の中で最後の理性が折れた。


「条件は?」


忍びは、冷たく言う。


「皇王家は、幕府を揺らしたい」

「殿下は、女王を手に入れたい」

「利害は一致する」


ルドルフが笑う。


「…いい」

「港都を止める、女王は動けなくなる」

「そして俺が——」


忍びは最後まで言わせない。

言葉にした瞬間、魔法の契約みたいに現実になるからだ。


「では」

忍びは一礼した。


「“次の火”を、用意する」


影が薄くなる。

気配が消える。


ルドルフがひとり残る。

蝋燭の火だけが揺れている。




その頃、別室。

公爵は執事と、腹心の家臣だけを残して扉を閉めた。


「…切る」

公爵は低く言う。


「殿下は終わった」

「いや、終わった方がまだマシだ」


家臣が眉を寄せる。


「しかし殿下を切れば、王弟派の名目が」


「名目など、もう役に立たん」

公爵は吐き捨てた。


「諸侯は動かない」

「港が動いている限り、誰も火を大きくしたくない」

「殿下を抱え続ければ、こちらが燃える」


「ですが、殿下は…野放しにすれば」

「何をするか分かりません」


公爵は頷いた。

そこが問題だった。


「…そうだ」

「追い詰められた獣は、噛む場所を選ばん」

「最悪——」

言葉が重くなる。


「帝国や連邦に、門を開けるかもしれん」


家臣が息を呑む。

アルトフェンの最大の禁忌。

“外を呼び込む”。


公爵は机を叩いた。


「切るのは決めた、だが殺すのは悪手だ」

「殉教者になる」

「捕らえて渡すのも危険だ、こちらが王国府に尻尾を掴まれる」

「つまり、宙ぶらりんだ」


その瞬間。

扉の外、廊下の灯りが一瞬だけ揺れた。


執事が顔を上げ、音もなく歩いて廊下を覗く。

戻ってくる。表情が硬い。


「…公爵閣下」

「城内の警備線を通った形跡がありません」


公爵の顔色が変わる。


「すぐに調べろ」


執事は一礼し、部屋を出た。




「皇王家の忍びが、城内に出入りしました」

「狙いは…ルドルフ殿下と思われます」


公爵は顔を覆った。


「…最悪だ」


「どうされます?」


「新式銃の出どころは、朝廷か…」

「まさか、島国の争いをアルトフェンに持ち込むつもりなのか」

「あの埃まみれの古びた組織が、なぜ…」


執事が言う。


「ならば、抱え込んで監視を」


公爵は首を振った。


「監視できる相手じゃない」

「忍びが入る城だぞ」


「我が家の、グロウバッハ公爵家の恥だ」


公爵はゆっくり立ち上がった。

決断が必要だった。


「…女王陛下に知らせる」

「ルドルフが、島国の朝廷、皇王家と繋がってると」

「いや、直接は危険だ」

「中立派経由で…レーヴェン侯に」

「“皇王家の影が動いた”とな」


家臣が青ざめる。


「それは、内戦が島国まで絡む合図になります」


公爵は、絞り出すように言った。


「絡ませたくない」

「だが、絡む」

「もう止められん」


彼は窓の外を見た。

遠く、港都の灯が見える気がした。


活気が戻った街。

その灯を、次は誰が消そうとしている?


グロウバッハ公爵は理解した。

ルドルフは、もはや“災厄”だ。


そして災厄に、別の災厄が手を差し伸べた。

島国の朝廷、皇王家の影が。


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