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第48話 王妹殿下は恐怖する

港都の会議が終わった、その夜。

王宮のさらに奥、小さな執務室に五人だけが集められた。


アリシア。クロエ。宰相。騎士団長。

そして、レーヴェン侯。


扉の外には近衛が二枚。

魔法封じの札が、壁の陰に貼られている。

盗み聞きも、魔法も、遮断するための準備。


侯は椅子に座らず、窓辺に立った。

長年戦場と宮廷で生きてきた男の背中。

言葉を選ぶ背中だ。


「聞いたら、信じられん話だ」

低い声が室内に落ちる。


宰相が眉を寄せる。


「帝国か連邦が?」


「違う」


侯は首を振った。

その否定が、嫌に重い。


騎士団長が喉を鳴らす。


「では、ルドルフ殿下の狙いは…」


「女王陛下。アリシアだ」


沈黙。

一瞬、空気が止まった。


クロエが、耐えきれずに小声で突っ込む。


「え?」

(は?政治じゃなくて?ガチで?)


アリシアの顔が動かない。

けれど、指先だけがほんの少し固く握られている。


宰相が言葉を絞り出す。


「…侯爵」

「それは、比喩ですか」

「王位の象徴としての…」


「比喩じゃない」

目が鋭い。戦の目だ。


「王国が欲しいのではない」

「摂政になりたいのでもない」

「アリシアを手に入れたい、それだけだ」


騎士団長が椅子の肘を握り潰しそうな手つきになる。


「そんな馬鹿な…」

「ルドルフ殿下が、陛下をそのような目で見ていると…」


「カタリーナの代わりだ」


侯は言い切った。

言い切ってから、苦い顔をした。

口にすること自体が不快なのだ。


アリシアの視線が少しだけ落ちる。

涙は出ない。

だが、その沈黙が理解に近い。


クロエの中の社畜脳が、最悪の社内メールを読むみたいに状況を整理する。


(王弟、母上に惚れる→父上に取られる→歪む)

(母上が死んだ)

(次に欲しいのは、似てるアリシア)

(…うわ、最悪のテンプレだこれ)


宰相が低く問う。


「根拠は」


侯は、ため息を一つ吐いた。


「昔話だ」

「カタリーナが婚約者になる前、ルドルフは俺の屋敷に来た」

「礼を尽くし、丁寧で、穏やかな顔で」

「カタリーナを婚約者にと申し出た」


アリシアがわずかに目を上げる。


「母上の婚約者に?」


「そうだ、俺は断った」

「兄君アルベルトと既に話が進んでいたからな」


「その時の目を、俺は忘れられん」

「怒りでもない。悲しみでもない」

「飢えだ」


騎士団長が吐き捨てるように言う。


「…気色悪い」


「気色悪いで済むならいい」


侯の声が冷える。

「問題は、そこからだ」

「カタリーナが婚約した日から、ルドルフは変わった」

「表では笑う。裏で何も持たない」

「王国を良くする策も、政治の志もない」

「ただ、取り返したいだけだ」


宰相の顔色が変わる。


「では、今回の王国府襲撃も…」


「王国府を止めれば、アリシアは困る」

「困ったところへ、摂政として手を差し伸べる」

「救うという名目で側に置く」

「そういう筋書きだったはずだ」


クロエが小さく呟く。


「救うって言葉、便利だよね…」


「…だから、私が受け入れる前提だった」


「そうだ」


侯は頷く。

「だが、お前は受け入れなかった」

「港都も止めなかった、中立派も固め始めた」

「筋書きが崩れた」


騎士団長が机を叩きそうになり、寸前で止めた


「追い詰められたなら、危険ではないですか!」

「次は何をするのか、どんな政治的要求をするのか!」


「政治をしない相手だ」


侯が遮る。

「今のルドルフは、もう国を見ていない」

「内も外も、港も、諸侯も、帝国も連邦も、全部どうでもいい」

「欲しいのは一つ、アリシアだ」


室内が凍る。


宰相が絞るように言った。


「…侯爵」

「追い詰められたルドルフは、何をする」


答えるまでに少し時間を置いた。

その沈黙が、答えより怖い。


「攫う、もしくは、傷を付ける」

「手に入らないなら、壊す」

「そういう目をしていた」


クロエの背筋が冷たくなる。


(いやいやいや)

(国家運営の話が、急に犯罪ドラマのクライマックスになったんだけど)


「俺が恐れているのは、もう筋を無視することだ」

「港都で戦えば外が嗅ぐ、など関係ない」

「諸侯が付かない、など関係ない」

「今のルドルフは、どんな事を起こしてでも状況を変える」


騎士団長が返す。


「ならば、ルドルフ殿下を」


「殺すな」


侯が即断で止める。

「殺した瞬間、ルドルフ派は殉教者を得る」

「外も口実を得る、そして何よりも」


アリシアを見る。


「お前の手が汚れる」


アリシアは頷かない。

否定もしない。

ただ、目だけで受け取った。


宰相が言う。


「なら、拘束…」

「しかし、正面からは難しい」


「だから四人だけに話した」


「表は表の戦い」

「裏は裏の戦い」


アリシアのまぶたが微かに動く。

犬。影。ノクス。


「クロエ、お前もだ」

「王妹を狙うふりをして、アリシアを釣る可能性もある」

「お前は“月”だ」

「月を隠して太陽を奪う、あいつはそういう男だ」


クロエは思わず口を尖らせる。


「…月、隠されたら困るんだけど」

(俺、また表に出れなくなるやつ?)


アリシアが立ち上がる


「隠れない」

「もう、隠れて守られる時期は終わった」


侯が静かに頷く。


「その通りだ」

「だからこそ、守り方を変える」


宰相が頷く。


「護衛体系を再編します」

「女王陛下の動線、会食、謁見、全て見直す」


「情報統制も」

「陛下の居場所、予定、夜の動き」

「漏らせば死ぬ、と徹底します」


侯が最後に言う。


「いいか、これは恥だ」

「王家の恥でも、国の恥でもない」

「男の恥だ」

「そして、恥は他人を巻き込んで燃える」


窓の外、港の灯が揺れる。

活気が戻った街。

その灯を、ルドルフは“どうでもいい”と思える。


それが一番、怖い。


アリシアは立ち上がった。

十三歳の背。

折れそうで、折れない背。


「…ありがとうございます、お祖父様」

「信じられない話でも、今は信じます」

「信じて、備えます」


クロエは心の中で叫ぶ。

(最悪の“備え”が必要なやつじゃん!!)



四人だけの話は、そこで終わった。

しかしそれは、終わりではない。


ルドルフの戦が、政治ではなく執念で始まるなら。

こちらも、政治だけでは勝てない。


太陽と月は、初めて同じ方向を向いて、同じ恐怖を見た。



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