第47話 王妹殿下の改革案
港都は、戻っていた。
港の鐘が鳴り、荷車が石畳を叩き、香辛料と魚とパンの匂いが混じる。
人の声が重なり、怒鳴り声すら「活気」に聞こえる。
生きている。
王国府奪還から数日。
見えないところで、王国府は牙を研いでいた。
夜勤官吏の証言。押収した書状。
通行証の抜け道。
港の倉庫に残された新式銃の木箱。
「…想像以上だな」
宰相が報告書を置く。
机の上には、領地名と家名がびっしり並んでいた。
「大小問わず、三割」
「ルドルフ派の直接だけでなく」
「便宜供与、宿の手配、港の通行、資金」
「関与の形は様々だが、繋がっている」
アリシアの顔が動かない。動かせない。
この場で怒りを見せれば、相手が喜ぶ。
「三割」
アリシアは淡々と復唱する。
「…刈り取れば国が死ぬ」
「放置しても死ぬ」
詰んでいるように見える。
だからこそ、王国府は政治をやるしかない。
その時、控えの席にいたクロエが一歩前に出た。
七歳の歩幅。
しかし会議室の空気が、少しだけ締まる。
「…姉上、宰相」
「土地を取り上げる案が、出ると思う」
「それは遅いし、荒れる」
宰相が眉を上げる。
「王妹殿下、ではどうなされる」
クロエは、いったん深呼吸した。
資料説明モードに入る。
「土地じゃない、人を取り上げる」
沈黙が落ちる。
騎士団長が思わず言った。
「徴兵ですか?」
「似てる」
クロエは頷く。
「でも戦の徴兵じゃなくて」
「行政の徴発」
アリシアの目がわずかに動く。
「続けて」
クロエは机の上の地図を指す。
諸侯領、王都、港、街道。
「諸侯の力って、人・物・金」
「土地はその土台」
「でも土地を奪うと、反発が領地そのものになる」
「内乱の燃料が増える」
宰相が頷いた。
土地は貴族のアイデンティティだ。
一気に奪えば火が上がる。
クロエは言った。
「まず、人」
「諸侯が抱え込んでる人を、王国府が借り上げる」
「街道整備、港の検査、通行証の発行、台帳の再整備」
「国が回る仕事に回す」
財務卿が渋い顔をする。
「人手は確かに足りない」
「だが諸侯が拒否する」
クロエは即答した。
「拒否しにくい形にします」
「名目は国難対応」
「今回の襲撃で、王国府が止まった、止まったせいで全員が困った」
「だから再発防止として人を出させる」
内務卿が口を挟む。
「しかし、どの諸侯から何人?不公平だと揉めます」
クロエは待ってましたとばかりに言った。
「そこで、土地へ課税」
「今までみたいに、収穫や商いに課税じゃない」
「土地そのものに課税する」
室内がざわつく。誰もが理解する。
これは諸侯の根に手を掛ける制度だ。
アリシアは静かに問う。
「土地そのものに…どういう形で」
クロエは言葉を選ばない。
短く、刺す。
「土地の面積と等級で、毎年一定額」
「だから、測量をきっちりやる」
「収穫が良かろうが悪かろうが、払う」
「払えないなら——」
宰相が続きを理解して、声を落とす。
「…土地を手放す」
「そう」
クロエは頷く。
「でもいきなり奪うんじゃない」
「払えるならそのまま」
「払えないなら、王国府が担保に取る」
「ゆっくり、確実に、土地の支配を王国府の制度に寄せる」
騎士団長が渋い顔をする。
「反発が起きます」
「反発する余裕がない時に出す」
「今回、三割が関与してる」
「今なら“罪”がある」
「罪がある側は、大声で反発できない」
「できるのは中立派だけ、だから中立派には利を渡す」
財務卿が頷いた。
「利…港ですか」
「港」
クロエは頷いた。
「港の通行を優先する、検査を簡略化する」
「人の移動を認めた領地に、商の利を落とす」
「人が動けば金が回る」
「金が回れば税も回る」
「税が回れば王国府が強くなる」
アリシアが腕を組んだまま、じっとクロエを見る。
七歳の顔。中身の目。
「…諸侯から人を取り上げるのは」
「諸侯の兵力を削ぐことにもなる」
「そこがポイント」
「土地を奪うより、兵が減る方が怖い」
「でも、国難対応の人手として出させれば」
「表向き、反発しづらい」
「しかも王国府で働いた人間は…」
クロエは一拍置く。
「“王国府のやり方”を覚える」
「諸侯領に戻った時、諸侯の囲い込みを嫌がるようになるかも」
宰相が、息を吐いた。
怖いほど筋が通っている。
「…人心まで削ぐ案か」
クロエは肩をすくめる。
七歳の仕草でやると、妙に可憐で、余計に腹黒く見えるやつ。
「人が動かない国は死ぬ、だから動かす」
「諸侯が嫌がるなら、それが効いてる証拠」
会議室が静まる。
誰も軽々に否定できない。
アリシアが口を開いた。
「制度案としては理解した」
「問題は、導入の順番と言葉だ」
「これは、王国府の強権に見えれば終わる」
クロエは頷く。
「だから罰にしない」
「再発防止と復興」
「港都の安全、街道の整備、検査の透明化」
「国を守るための制度にする」
宰相が、ゆっくり頷いた。
「…王妹殿下」
「あなたは、土地を奪うよりも残酷だ」
クロエは心の中で突っ込む。
(褒め言葉として受け取っていい?これ)
だが表情は、無垢な王女のまま。
「残酷じゃないです」
「ただ——国を回したいだけ」
アリシアが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
それは笑みではなく、覚悟の形だった。
「採用を前提に、具体化する」
「宰相、三日で布告案を作って」
「レーヴェン侯、反発の火種がどこから上がるか見てほしい」
レーヴェン侯が頷く。
「御意」
最後にアリシアはクロエを見た。
「クロエ、あなたが表に出る」
「王国府の命令ではなく、王家のお願いとして語る」
「人を借りるのは、国のためだと」
クロエは内心で叫ぶ。
(やっぱ俺、社畜じゃなくて政治奴隷になってない?)
でも口では、王女らしく。
「…はい、やります」
港都は活気を取り戻していた。
だからこそ、ここが勝負所だった。
この熱の中で、制度を打てるか。
火が上がる前に、火種を湿らせられるか。
アリシアは静かに立ち上がる。
「次は、国を動かす仕組みを作る」
「ルドルフが血を流すなら」
「私達は、血を回す」
十三歳の太陽と、七歳の月。
その会議は、アルトフェンの形を変える最初の一手になった。
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