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第46話 王妹殿下は語る

城内、応接の間。

豪奢ではない。派手さは避けている。

今必要なのは飾りではなく、安心だ。


テーブルの向こうに、港都近郊の中立派が並ぶ。

伯爵、子爵、港都の有力商会の代表。それらを束ねる立場のレーヴェン侯が同席している。


アリシアは玉座に座らない。

会談の席だ。

女王として高く座るより、同じ高さで握る。


クロエはアリシアの一歩後ろ、補佐の位置に控える。

それだけで、諸侯の視線が集まる。


(これが…突然現れた王妹殿下)

(この子が、女王の影か)

(試す価値はある)


空気が、針みたいに尖る。


宰相が開会の言葉を述べ、アリシアが短く言う。


「皆様、港都は動いています」

「王国府も戻りました」

「だが、国内の火種は残る」

「今日は、皆様の不安を言葉で終わらせたい」


中立派の老伯が、穏やかな顔で切り出す。


「女王陛下、不安は二つございます」

「一つは、王国府の強権。もう一つは…」


視線がクロエへ向く。


「王妹殿下の存在です」

「突然現れた、と世間は申しております」


アリシアが口を開きかけた、その時。


クロエが一歩、前に出た。

小さい歩幅。しかし空気が変わった。


「突然で、ご不安なのは当然です」


七歳の言葉にしては、丁寧すぎる。

その丁寧さが逆に刺さる。


「ただ」


クロエは言った。


「私は、隠れていたのではありません」

「守られていたのです」


ざわり、と小さく波が立つ。


「7年前の襲撃以降、王宮内に内通の疑いがありました」

「私が表に出れば、狙われる理由になる」

「だから王家は、私を守る道を選びました」


ここでクロエは一拍置く。

守られていたと聞けば、貴族はこう思う。

弱い駒だ、と。


だからクロエは、次で刃を出した。


「ですが、今は状況が変わりました」

「父と母はいません」

「王国は、もう守りだけでは立てません」


その言葉が、諸侯の腹に落ちる。

喪を盾にした政治ではない。

現実を突きつけてくる。


諸侯が即座に切り返す。


「王国府が再び強権を振るえば、どうされる」


「若き女王陛下が、諸侯を押さえつければ…」


クロエは、アリシアを見ない。

ここで姉を見たら、操り人形に見えるからだ。


「押さえつけるのは、最後です」

「先に“港都”で、皆様に利を残します」


商会代表が眉を上げる。


「利?」


クロエは頷いた。


「港が止まれば、皆様の領地も死にます」

「人も金も動かない」

「だから王国府は、港を止めない」

「止めないために、必要な通行証の仕組みは整えます」

「ただし、暫定措置は三日」

「三日で正式に戻す」


諸侯が内心で驚く。

数字を出した。期限を出した。

子供が言う“その場しのぎ”ではない。


(誰がこの子に教えた?)

(いや…この子自身が?)


老伯が、わざと嫌な質問を投げる。


「ルドルフ殿下が、王国府の横暴から女王を救うと呼びかけたら?」

「その時、中立派はどう動くべきか」


空気が硬くなる。ルドルフの名を出した。

場の禁句を敢えて踏んだ。


クロエは、静かに言った。


「救うという言葉は、便利です」

「救う側は正義に見える」


蒼い瞳が細くなる。


「救われる側の意志を無視した救いは、支配です」


アリシアが最後に言葉を添える。


「ルドルフの動向は監視する」

「だが、こちらから戦を起こさない」

「中立派には、港の流れと領地の安定を約束する」

「その代わり、反乱の呼びかけに乗らない」


レーヴェン侯が重石のように頷く。


「中立派が割れなければ、反乱は形にならん」

「それがこの国の生き残りだ」


諸侯たちは、互いに目を交わし合った。

誰も即答はしない。

だが、空気は少しだけ柔らかくなった。


(女王の影ではなく、影そのものだ)


会談が終わり、退出の気配が流れる中。

クロエは、ほんの一瞬だけアリシアに顔を寄せる。


小声で、突っ込む。


「…ねえ姉上」

「俺、今めっちゃ頑張ったよね?」


アリシアは口元だけで笑って、ツインリンクのスタンプを一つ送った。


『よくやった』


そしてクロエは、心の中でガッツポーズした。


(よし)

(中立派、まずは掴んだ)

(次はルドルフだ)




馬の蹄が音を殺す。

少数。速い。

それが撤退ではなく、逃走であることを、本人だけが知っていた。


ルドルフは外套の襟を深く立て、振り返らずに走った。

港都はもう見えない。

だが、背中に刺さる視線だけは消えない。


(負けたわけじゃない)

(港都は取れた、取れたのに引いた)

(引かされた?)


レーヴェン侯の名が頭をよぎるたび、胃が冷たくなる。

あれは勝てない。

新式銃を揃えたって、勝てない。


(だから、次は“数”だ)

(諸侯をまとめる、王国府の横暴から王家を取り戻す)

(正統な王国を)


自分の胸の中で、何度も唱える。

唱えないと、理由が崩れる。


眼前に街が見えて来た。

公爵領。


先触れは出てる。

門衛を素通りし、街へ入る。


ルドルフはすぐに気づいた。

港都が一時的に止まったとは思えないほど、活気がある。

人の行き来がある。


ルドルフは一目を避けるように、城への裏道を進んだ。


自問自答の中、ようやく馬の手綱を引く。


公爵家の城は、港都の華やかさとは無縁だった。

石は黒く、古い。


門が開く。

迎えに出たのは、公爵当人ではなく執事だった。

それだけで、ルドルフは違和感を覚えた。


(…出迎えが軽い)


通されたのは大広間ではない。

戦を始める者の席ではない。

小さな応接間。

暖炉があり、茶の香りがする。


公爵はそこにいた。

体格は良い。だが眼だけが、薄く濁っていた。


ルドルフは椅子に座らず、立ったまま言った。


「公爵、召集を掛ける」

「今こそ、王国府の横暴を止める」

「幼い女王を王国府から解放する」

「諸侯が一致して立てば…」


公爵は、ゆっくりと息を吐いた。

重たい吐息だ。


「…殿下」

「召集文は、すでに出しました」

「しかし…反応が薄い」


ルドルフの眉が跳ねる。


「薄い?なぜだ」

「王国府は諸侯を締め付けている。税、通行証、私兵制限」

「皆、不満があるはずだ!」


公爵は視線を逸らした。


「不満はあります、ですが…」

「港都が止まらなかった、それが大きい」


ルドルフの喉が詰まる。


「殿下の襲撃で港都が止まれば、諸侯も商人も、王国府を恨みます」

「しかし止まらなかった」

「女王陛下が、港を動かした。銀も穀物も出した」

「市場が荒れなかった」


公爵は“女王陛下”と言った。

“王国府”ではない。そこが致命的だった。


(あいつら…アリシアを見ている)


ルドルフは声を強める。


「それは一時しのぎだ!王国府が再び締め付ければ——」


「その前に」

「中立派が動いています、レーヴェン侯が」

「そして…王妹殿下が」


ルドルフの顔がひきつる。


「王妹…クロエ?」


公爵の声が少し小さくなる。

「…彼女が戻ったと、中立派諸侯と会談したと」

「港を止めないと期限を切って約束したと」

「七歳で」


七歳。

その言葉が、ルドルフの神経を逆撫でする。


(月が戻った)

(だから、太陽が強く見える)


公爵はさらに畳み掛けるように言う。


「殿下、諸侯は恐れています。外が嗅ぐことを」

「帝国、連邦、幕府」

「ここで内乱が起きれば、口実を与える」


ルドルフが吐き捨てる。


「だからこそ、早く終わらせればいい!」

「港都を押さえ、王国府を掌握すればいい!」


公爵は、ついに本音を漏らした。


「殿下、港都はもう無理です」

「レーヴェン侯が来た。そして女王陛下が動いた」

「港都の商会が、王国府側に傾き始めています」


腰が引けている。

公爵自身が、もう勝ち筋を信じていない。


ルドルフの拳が震える。

怒りではない。焦りだ。


「公爵、あなたは反王国府ではなかったのか」


公爵は視線を上げた。

その目に宿るのは、臆病ではなく現実だった。


「私は、反“横暴”です」

「反“王家”ではない」

「…そして今、女王陛下は横暴ではありません」


ルドルフの胸の中で、“正統な王国”という言葉が崩れる音がした。


(違う、俺は王家を取り戻すんだ)


だが、現実はこうだ。


諸侯は、動かない。動けば外が来る。

外が来れば、諸侯は土地を失う。

それは彼らにとって死だ。


公爵は最後に、決定打を置いた。


「殿下。召集に応じるのは、二流三流の小領主ばかりです」

「大きいところは沈黙しています」

「沈黙は、拒否です」


ルドルフの背中に、冷たい汗が流れた。


(…このままでは、俺だけが反逆者になる)

(神輿が、俺だけになる)

(引けない、でも進めない)


応接間の暖炉が、ぱちりと音を立てた。

火は暖かい。

けれどルドルフには、燃え移る予兆の音に聞こえた。


公爵が慎重に言う。


「殿下、今は耐えるべきです」

「時を待つ、外の動きを見て」


ルドルフは、ゆっくり笑った。

笑い方が、どこか壊れている。


「…時を待つ?」

「俺は、待てない」


口に出した瞬間、自分でも分かった。

これは政治ではない。執念だ。


太陽が遠い。月が邪魔だ。だから、奪う。


ルドルフは公爵を見下ろし、低く言った。


「諸侯が動かないなら、動かさせる」

「物語が足りないなら、血を足す」


公爵の顔色が変わる。


「殿下…まさか」


ルドルフは答えない。

答えは、もう目に出ていた。


召集が薄い。公爵も腰が引けた。


港都を燃やすな?

王国府だけ押さえろ?

そんな綺麗な反乱は、もう終わった。


今夜からは、汚れる。


そう決めた顔で、王弟ルドルフは外套を翻した。

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