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幕間⑥ 政治よりも飯だ

港都は、夜を越えた。

血流が戻ったと言っても、傷が消えるわけじゃない。


早朝。

霧のような潮風が石畳を撫で、港の鐘がいつもより低く鳴る。

人々は外へ出た。出ないと生きていけない。

ただし、目だけは忙しく動いている。


港は動いていた。

船が入る。荷が降りる。検査が入る。通行証が確認される。


「二重印だってよ」

「面倒だな、でも止まるよりマシか」


荷運びの男がぼやくと、隣の男が肩をすくめる。


「止まったら飯が消える」

「昨日の夜勤の官吏、縛られて出てきたろ」

「生きてただけ運がいい」


衛兵が増えている。

検査の列が長い。

だが誰も大声で怒鳴らない。怒鳴っても腹は満たない。

それよりも、今日を生きるという事実が民の喉を通る。


商人は計算する。

遅れた分、値が動く。

だが値が動くのは、市場が生きている証拠だ。


「女王さま、やるじゃねえか」

「十三でこれ?嘘だろ」


そんな囁きが、荷の隙間を抜けていく。



露店の野菜が並び、魚が並び、パンが焼かれる。

並ぶだけで、空気が変わる。


人は食べ物を見ると、まず安心する。


「昨日の夜、王国府が取られたって」

「いや、取られたのは取られたけど…取り返したんだってさ」

「誰が?」

「レーヴェン侯だよ。あの人が来たら終わりだって」


噂はいつも、強い名前を求める。

そして今は、強い名前が二つある。


レーヴェン侯。

そして、女王アリシア。


「女王さまが港を止めるなって命じたらしい」

「銀も、穀物も放出したって」

「ほんとかよ」

「ほんとなら、今日は買い占めなくていいな」


買い占めが減る。

それだけで、街の空気は少し軽くなる。



昼前。

酒場には早い時間から人がいる。

飲むためじゃない。情報を飲むためだ。


「ルドルフ殿下が女王陛下を救うって?」

「救うって、何からだよ」

「笑わせんな」


声の大きい男が吐き捨てると、別の男が小声で言う。


「でもさ…王国府の奴ら、嫌われてたのも事実だぜ」

「税だの通行証だの、締め付けも増えたし」


「それは昨日じゃなくて、昔からだろ」

「だからって女王陛下を脅すのか?」

「港が止まったら俺らが死ぬんだぞ」


民の本音は単純だ。


港を止めるな。

飯を止めるな。

外の国を呼び込むな。


政治の理屈より、生存の理屈が勝つ。



華やかな区画より、路地の方が感情は生々しい。

王国府で働く下級吏員の家族。

昨夜、夫が戻らなかった女。

戻ってきた夫の手首に残る縄の跡。


「…生きててよかった」

抱きしめたあと、女は泣く。

泣きながら、怒りが滲む。


「誰がやったの」

「王族同士で、なんで私達が」


夫は答えない。答えられない。

答えた瞬間に、また誰かが消える。


だから路地では、こういう言葉が増える。


「誰でもいい」

「二度と、港を止めるな」



昼。

王宮の旗が翻っている。

それだけで、人は見上げる。


王は死んだ。

王妃も死んだ。

その現実が、ようやく胸に落ちる。


それでも旗がある。

つまり、アルトフェンは終わっていない。


誰かがぽつりと言う。


「…女王さま、ちゃんと立ってるんだな」


別の誰かが返す。


「立ってるから怖いんだよ」

「十三だろ?」

「俺、十三の頃なんて、魚の骨で泣いてたぞ」


笑いが起きる。笑いは軽い。

だが軽い笑いがあるうちは、街はまだ生きている。


港都は、完全な平穏じゃない。


民衆は知っている。

この国はいつも、外に挟まれている。

だから、内輪揉めで死ぬほど愚かなことはない、と。


そして噂は最後に、たった一つの結論へ落ちていく。


次に止まったら終わりだ。


それが、港都が混乱から明けた日の、民の共通認識だった。

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