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第32話 王妹殿下のプレゼン

クロエは、口を閉じた。

相手のカードを吟味する時間だ。


(ここで余計なことを言うな)

(沈黙は、考える時間を相手に渡す代わりに、本音を引き出す)


大広間に、火の爆ぜる音だけが響く。

それが照らすヴィルヘルムの横顔は、さっきよりもずっと戦場の顔だった。


「時間か…」

「お前は、王国府がどれほど追い込まれているかを、どこまで知っている?」


来た。

情報開示を引き出すための質問。


クロエは即答しない。

ここで知っているふりをすると、後で矛盾が出る。

知らないふりをすると、使えないと切られる。


だから、


「すべてではありません」

正直に言う。

「しかし、港都が燃えればこの国は終わる」

「それだけは、分かります」


短い。余計な修飾がない。


ヴィルヘルムは鼻で笑った。


「…そうだ」

「港都を失えば、交易は止まる」

「止まれば、王国府も諸侯も、同時に干上がる」


祖母エリザベートが静かに口を挟む。


「今、諸侯は不満を持っているだけ」

「でも、不満は火種になる」


クロエは頷く。

分かってる、という顔はしない。

聞いている顔を作る。


(相手が何を恐れているか、何を守りたいかを拾え)


ヴィルヘルムは続けた。


「中立派は三つに割れている」

「様子見」

「王弟派に流れかけている者」


一瞬、間が空く。


「王国府に残る理由を探している者だ」



(来た、理由を探している=条件次第で動く層)


クロエは、あえて一段、声を落とす。


「お祖父様」

「その理由は、安全ですか?」


「安全?」


「はい」

クロエは、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「諸侯が動けば、外が嗅ぎつける」

「帝国か、連邦か、どちらかが正義を名乗って介入する」


エリザベートが、ふっと息を吸った。


「…そうなれば、誰も勝てない」


クロエは頷く。


「だから、中立派は正しい側につきたい」

「でも、負けない側にもつきたい」


ヴィルヘルムが低く笑う。


「子どもが言う言葉じゃないな」


「…でも、お祖父様は」

「戦場で、何度もそういう選択をしてきたでしょう?」


ヴィルヘルムの目が、ほんの一瞬だけ揺れた。

過去を掘り起こされた時の揺れ。


祖父は、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

大広間の床を踏み、クロエの前に立つ。


見下ろす。

圧が来る。


クロエは目を逸らさない。

社畜脳が叫ぶ。


(来た来た来た!圧迫面接!)

(でも目を逸らしたら負け!)


ヴィルヘルムは言った。


「中立派を動かすには、約束が要る」

「王国府が勝つ」

「そして勝ったあと、諸侯を切り捨てない」


クロエは、即座に理解する。


(なるほど)

(勝ったら、中央集権で皆殺しが一番怖いんだ)


クロエは、ここで“切り札”を使う。

まだ言うつもりはなかったが、祖父が条件を出した以上、応じるしかない。


「王国府は」

「すぐに諸侯の力を奪いません」


ヴィルヘルムの眉が動く。


「ほう?」


「でも」

クロエは、まっすぐ続ける。


「いつかは、奪います」


祖母が息を呑む。


クロエは言い切った。


「だから、今は段階です」

「時間を稼ぎ、その間に外を遠ざけ、内を整理する」


ヴィルヘルムは、じっとクロエを見る。

七歳の孫。

だが、その目は、未来を切り取ろうとしている。


「王国府は、そこまで考えていると?」


クロエは、少しだけ首を振る。


「姉上は、考えています」

「私は、その補佐です」


(自分が全部考えてる、って言わないの大事!)

(責任分散!組織的判断アピール!)


「なるほどな」

「女王が前に立ち、王妹が裏を支える」


祖母エリザベートが、そっと言う。


「あなたたちは…」

「本当に、カタリーナの娘ね」


ヴィルヘルムは、背を向け、窓の外を見る。

戦場になるかもしれない景色。


「中立派を束ねる」

「…できなくはない」


クロエの心臓が跳ねる。

だが、まだだ。条件がある。


「だが、証が要る」

「王国府は、諸侯を敵に回さないという証だ」


クロエは、即答しない。

今度は自分がカードを切る番だ。


(条件を引き出した)

(次は、対価の提示)


クロエは、静かに口を開いた。


「…その証」

「お祖父様と、相談したいことがあります」


「ほう?」


クロエは、ここでようやく本題の次を示す。


「この国の土地と、税の話です」


暖炉の火が、大きく爆ぜた。

交渉は、次の段階へ進んだ。



クロエは、一呼吸おいてから続けた。

ここからは、理屈の時間だ。


「お祖父様」

「今の諸侯は、土地を支配している”のではありません」


ヴィルヘルムの眉が、わずかに動く。

祖母エリザベートは黙って聞いている。


「土地そのものを、丸ごと握っています」

クロエは言い切った。


「土地」

「そこに住む人」

「そこで生まれる物」

「そこから生まれる金」


「全部です」


暖炉の火が、低く唸る。


「税は王国に納めています」

「でも、それは余剰です」

「本体は、諸侯の中で回っています」


ヴィルヘルムが低く言う。


「それが、主君と家臣の主従関係の基盤だ」


「はい」

クロエは頷く。

否定しない。否定すると、祖父は聞かない。


「でも、今は“度が過ぎています”」


クロエは指を一本、机の上に置いた。


「特に、人です」


祖父と祖母の視線が、同時にクロエに集まる。


「人は、金を生みます」

「兵にもなります」

「技術も、知識も、全部“人”です」


「だから諸侯は、人が動くのを嫌います」

「他領へ流れるのを、嫌がります」


エリザベートが息を吸った。

それは否定ではない。理解の音だ。


クロエは続ける。


「人が動かなければ、国は回りません」


「商いも、技術も、金も、全部滞ります」


「戦場でも、同じではありませんか?」


ヴィルヘルムの目が、鋭くなる。


「兵が動かなければ、戦は終わる」

「補給が止まれば、どんな強軍でも死ぬ」


「国も同じです」



クロエは、ここで危険な一言を敢えて出す。


「諸侯の力は、大きすぎます」


一瞬、空気が張る。

この言葉は、反発を招く。


だが、クロエは止まらない。


「強いのが悪いのではありません」

「強すぎて、動かないのが問題です」


ヴィルヘルムは腕を組んだ。


「…では、どうする」


来た。対案要求。


クロエは即答しない。

ここで焦ると、机上の空論になる。


「土地を、すぐに取り上げる話ではありません」

「それをすれば、反乱になります」


ヴィルヘルムが小さく鼻を鳴らす。


「分かっているな」


「はい」

クロエは静かに続ける。


「ですから、所有”と管理を分けます」


祖母エリザベートの指が、わずかに止まった。


「……管理?」


「はい」

クロエは頷く。


「土地は諸侯のもの」

「しかし、人と流通の管理は、王国府が担う」


「人が動くのを止める権利を」

「諸侯から、少しずつ切り離す」


ヴィルヘルムは、目を細める。


「そして、税を土地そのものに掛けるのか?」


クロエの心の中で、拍手が起こる。


(来た!理解が早い!)


「はい、土地を持つほど、負担が増える仕組みです」


「だから諸侯は、使わない土地を抱え込めなくなる」


「人を囲うより、人を動かし、金を回した方が得になる」


祖父は、しばらく黙ったまま考える。

その沈黙は、拒否ではない。


クロエは、ゆっくり頷く。


「ですが、今すぐはやりません」


「まずは、内乱を止める、外を遠ざける」

「その後、段階的に」


クロエは、祖父を見据えた。


「お祖父様が中立派を束ねてくだされば」

「王国府は、急がないと約束できます」


ヴィルヘルムの口元が、わずかに歪む。

それは笑いに近い。


「…つまり」

「わしらは、猶予を買う役か」


「はい」


即答。


「そして」

クロエは、最後の一手を置く。


「お祖父様、レーヴェン侯爵が関われば」

「諸侯は、一方的に切られないと信じます」


祖父は、ゆっくりと立ち上がった。

大広間の中央に立つ。


その背中は、老いてなお、戦場のものだ。


「…この国は」

「昔から、土地に縛られすぎていた」


ぽつりとした独白。


「人が動かねば、国は死ぬ」

「分かっていながら、誰も言えなかった」


「お前は、それを七歳で言いに来たか」


クロエは、小さく頭を下げた。


「…はい」


エリザベートは、静かに微笑んだ。


「ヴィルヘルム」

「この子は、敵ではありません」


「…味方でもない、だが…」


少しだけ、声が柔らぐ。


「預けてみる価値はある」


クロエの胸が、静かに熱くなる。


(一次合格!)


「中立派を呼ぼう」

「静観ではなく、王国府の枠内で動けとな」


クロエは深く礼をした。


「ありがとうございます」


交渉は、成立しつつある。


この瞬間。

王国の動かない血に、初めて、流れが生まれた。



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