第27話 王妹殿下巻き込まれる
王宮の外、王都の少し上等な屋敷。
表向きは「国葬後の心を癒す小さな集い」
香と茶と、静かな音楽。
集まるのは、反王国府の火種を持つ者たち。
私兵制限で面子を潰された諸侯
港湾の監督強化で利が削られた家
十三歳の女王という言葉に不安を抱く保守派
そして、王弟に借りがある者
王弟は、決して過激なことを言わない。
ここは正義の言葉を育てる温室だ。
「皆、苦しいでしょう」
「兄上が遺した均衡が崩れつつある」
「王国府は臨時を口にして、恒久を作ろうとしている」
頷きが広がる。
不満を言語化してもらうだけで、人は救われた気になる。
王弟はそこで、わざと弱い顔をする。
「私は争いを望まない」
「ただ、王家は王家であるべきだ」
「王国府に乗っ取られてはならない」
乗っ取られた。
この言葉が便利だ。
誰が乗っ取ったのかは言わない。
曖昧だからこそ、皆が自分の敵をそこに投影できる。
そして、最後に必ずこう締める。
「内乱ではない」
「正統な王家を取り戻すための、正しい修復だ」
言い換えれば、合法の顔をした反乱。
サロンが散ったあと、王弟は一人になり、窓辺で酒を舐める。
彼の目に焼き付いているのは、お披露目の回廊。
金の太陽の隣に、銀の月が立っていた日。
誰もが、女王を見た。
けれど同じくらい、月を見た。
(私は、兄の影でいいと思っていた)
(そう思っていたはずだ)
嘘だ。
兄の影は我慢できた。
だが、月は違う。
(月は突然現れた)
(突然現れて、居場所を奪った)
王弟が欲しいのは“アリシア”だ。
そしてアリシアの隣にいる月が、それを塞いでいる。
「月が、邪魔だ」
声に出してしまってから、自分で笑う。
「違う」
「正統だ」
「私は正しい」
正しさを必要とするほど、彼は歪んでいる。
数日後。
王弟の屋敷に、木箱が運び込まれる。
送り主の名はない。
ただ、封蝋に小さな刻印。
古い香の匂いがする。
王弟の側近が囁く。
「…皇国筋です」
「例の試験配備が始まった銃」
王弟は手袋をして、箱を開ける。
そこにあったのは、見た目からして異質な銃だった。
前装式ではない
口から火薬を詰めない
後ろから、機械仕掛けで装填する
そして銃身の内側に、細い溝【ライフリング】
王弟は、扱い方を知らない。
だが価値は一瞬で理解できた。
側近が、付随していた書を読む。
「装填速度が大幅に上がります」
「弾が安定し、命中精度が段違い」
「訓練の浅い兵でも、集団運用で火力が出る」
王弟の喉が鳴る。
(これがあれば)
頭の中で、盤面がひっくり返る音がした。
この世界の戦は、まだ気合と面子の比重が大きい。
騎士の突撃、槍衾、火縄の斉射。
そこに、再装填の速い正確な銃が刺さったら?
戦が技術で決まる。
そして王弟にとって何より致命的なのは、これだ。
(女王は、幕府と繋がっている)
(王国府も、幕府の技術を取り込んでいる)
(つまりこのままでは、私の手が届かなくなる)
焦りが、正しさの仮面を割る。
王弟は、サロンの名簿を机に広げた。
そして、今度は具体策を口にする。
「共同警備隊の名目で、私兵を動かせる」
「王国府の目を借りて、兵を集められる」
側近が躊躇する。
「殿下…それは」
「内乱ではない」
王弟は笑う。
笑顔が、怖い。
「正統を取り戻すだけだ」
「女王は若い」
「王妹は突然現れた」
「王国府が王家を盾にしている」
「ならば、王家を王家の手に戻す」
側近が言う。
「武力を用いれば、帝国や連邦が口実にします」
王弟は即答する。
「だから、短く終わらせる」
「帝国も連邦も動く前に」
「既成事実を作る」
その言葉は、軍人のものだ。
恋に狂った男の口から出ていい言葉じゃない。
王弟は、新式銃を撫でる。
「アリシアは、私のものになる」
「月は消える」
王弟は、サロンを会議に変えた。
茶会ではない。議題がある。
反王国府諸侯の私兵を「共同警備隊」の延長として整列
武装規格に合わせた訓練を開始(実質的な軍制)
偽装を施した新式銃を核に、銃兵部隊を少数精鋭で編成
王都内の門・倉庫・港の動線を、港湾派に握らせる
蜂起の日は、使節が引いた後。
表向きは、全部「治安維持」だ。
しかし中身は、王国府を刺す刃。
王弟は、諸侯に向けて静かに言う。
「我々は国を割らない」
「割れた国に、大国は入ってくる」
「だからこそ」
「国を守るために、一度だけ、王国府を正す」
聞こえは正しい。
だが本質は、奪う準備だ。
国葬が終わって、各国の使節も帰国して数日。
港都の空気が、少しだけ重い。
港へ向かう大通り。
共同警備隊の腕章をつけた兵が立っていた。
本来、共同警備隊は「お披露目の安全確保」のための臨時編成。
だが、今日はお披露目など関係ない。
「通行証を」
「荷を改める」
商人が戸惑う。
「な、なんでです? 」
兵は機械みたいに答える。
「治安維持だ」
「港都に不穏な噂がある」
不穏な噂。
それを流しているのは、だいたい噂を口にした本人だ。
王国府の腕章と、諸侯派の腕章は微妙に違う。
見る者が見れば分かる。
城門前の検問は、じわじわと列を詰まらせる。
商人たちが怒り始める。
港湾の荷が止まる。
つまり、金が止まる。
そこへ事件が起きる。
一台の荷車。
木箱が積まれている。
荷札は「農具」
検問兵が槍で箱を叩く。
「開けろ」
御者が慌てる。
「こ、これは…」
「開けろと言っている」
箱を開けると、木屑の奥から出てきたのは、銃。
火縄銃ではない。
見た目からして異質。
後ろから装填する機構が見え、銃身は妙に整っている。
周囲がざわつく。
「なんだあれ」
「幕府の…?」
「まさか…」
検問兵は、わざと声を張った。
「禁制品の持ち込みだ!」
「これは王国府への反逆に等しい!」
商人が叫ぶ。
「違う! 知らない! そんなもの!」
検問兵は動かない。
だが囲むだけで空気が変わる。
“港都に武器が流れ込んでいる”
“誰かが何かを企んでいる”
“王国府はそれを止められていない”
噂は、事件で加速する。
そして検問兵は、最後にこう言う。
「今後、港都の治安維持は強化する」
「必要なら、共同警備隊を拡張する」
拡張。
臨時を恒久にする言い方だ。
王弟の屋敷。
側近が報告する。
「噂が広がっています」
王弟は頷く。
「よい」
「重要なのは武器が見つかった”ことだ」
側近が言う。
「…我々の手の者が運んだ銃です。幕府の新型を模した」
王弟は手を上げて遮る。
「模した、で十分だ」
「本物である必要はない」
「噂は、精度で動かない」
「印象で動く」
王弟は静かに笑う。
「王国府は禁制品を止めた、と言うだろう」
「だが諸侯は、港都に武器入った”と言う」
「この差が、摂政の声になる」
彼は机の上に、サロンの名簿を置く。
「今日の事件で、恐怖と不満が形になった」
「次は、諸侯に言わせる」
「王国府では足りない」
「王弟殿下に治安の指揮を」
言わせる。
自分から言わない。
それが一番強い。
夕刻。
王宮の執務室。
宰相、内務卿、近衛隊長、騎士団長。
そしてアリシア。
報告が積まれている。
港への通行が滞った
検問で新型銃らしきもの、が見つかった
共同警備隊が独断で「拡張」を口にした
市井の噂が膨らんでいる
内務卿が苛立つ。
「共同警備隊は王国府の指揮下だ」
「勝手に拡張など口にできない」
近衛隊長が低く言う。
「指揮系統が二重化しています」
「現場の隊長が、諸侯派の息がかかっている」
騎士団長が続ける。
「押さえた銃は、本物か不明」
「だが、幕府の銃という噂が一人歩きしている」
宰相がアリシアを見る。
「殿下」
「これは偶発ではありません」
アリシアは頷いた。
視線は冷たい。
「偶発なら、もっと下手にやる」
「これは狙ってやった」
「目的は治安ではない、口実」
宰相が頷く。
「王弟殿下の影が見えます」
アリシアは、少しだけ沈黙した。
王弟は表向き、優しく穏やか。
国葬の場でも涙を見せた。
だからこそ、余計に厄介だ。
「ノクス」
影から、男が現れる。
黒装束の残滓を消した、犬の顔。
「命じる」
「共同警備隊の現場指揮官の線を洗え」
「誰が命令を出したか」
「誰が噂を広げたか」
「証拠はまだ掴むな」
「掴もうとして失敗すれば、相手が引く」
「代わりに」
「次に何をするかを掴め」
ノクスが膝をつく。
「御意」
その夜。
クロエはリディアから、検問の話を聞いた。
「新型銃が…港都で見つかったと」
クロエの心が凍る。
(幕府の新型銃?)
(そんなものが港都に?)
(いや、待て)
(これ、絶対見せるためだ)
(見せて、怖がらせて、正義の顔で権力を取るやつ)
クロエは唇を噛む。
(やばい)
(本当に内乱が来る)
(しかも正統を取り戻すとか言って)
視界の端に、ツインリンクの通知。
アリシアから、短いセリフスタンプ。
「用心して」
クロエは即座に返す。
「王弟、動いてる」
送信。
心臓がうるさい。
(俺、またクライマックスに巻き込まれてない?)
(この世界、平穏って概念ないの?)
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