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第26話 無自覚な王妹殿下

王弟は会議にいなかった。

いないからこそ、動ける。


夜。王弟の私室。

灯りは最小。扉の外には忠実な従者が立つ。


王弟は机の上の、名簿を眺めていた。

共同警備隊に参加する諸侯の家名。私兵の数。指揮官の名。

誰が不満で、誰が野心を持ち、誰が金で動くか。


彼は微笑む。


(アリシアは賢い)

(宰相も賢い)

(だが、賢い者ほど制度に頼る)

(制度は、穴がある)


王弟が呼ぶ。


「…千代女」


影のような女が現れる。

皇国の古き都より、借り受けた耳。

そして、口が話す。


「共同警備隊の参加枠」

「人数は諸侯が申告し、王国府は武装規格で縛るようです」


王弟は指を一本立てる。


「なら、武装規格に適合した者なら、誰でも入れる」


「名簿に“従者”として紛れ込ませろ」

「数は少なくていい」

「一人で十分」


千代女が問う。


「目的は?」


王弟は迷わず答えた。


「見せることだ」

「王妹が突然現れ、王国府が彼女を守るために大騒ぎしている」

「この絵は諸侯にとって都合がいい」


「だが」

王弟の声がほんの少し冷える。


「私は諸侯の勝利も望まない」

「女王に勝たせすぎるのも、諸侯に勝たせすぎるのも、嫌だ」


(どちらも私を不要にする)


「だから」

「お披露目は無事に終わる」

「その上で、女王にだけ刺さる傷を残す」


千代女が理解する。


「噂、ですか」


王弟は頷く。


「噂」

「王妹は危険だ」

「王妹は女王の弱点だ」

「王国府は王妹を盾にしている」


「諸侯の、正義の言葉を太らせろ」

「摂政の必要性が自然に語られるように」


そして王弟は最後に、甘い毒を添える。


「…念のため、もう一つ」

「港湾の連中に酒を振る舞え」

「お披露目当日、連邦の耳、帝国の耳に、余計な話が入りやすいように」


「ただし、事件は起こすな」

王弟は笑った。

「事件が起きれば、女王は更に強くなる」


影が消える。


王弟は窓の外を見て、静かに呟く。


「アリシア」

「君は、私のものになるはずだったのに」


言葉は優しい。中身は腐っている。



大広間ではない。

あえて中庭に面した、披露の回廊。

動線を絞れる。封魔も仕込みやすい。


諸侯は整列し、王国府の儀礼官が声を張る。


「クロエ・フォン・ヴェルディア王妹殿下」

「ここに、諸侯へ正式に御披露目いたします」


(やめてくれ、フルネームで呼ぶな。胃が縮む)


クロエは歩く。

滑るように。音を立てず。

手は腹の前。親指は触れない。

目線は相手の目の少し下。


(親指、今触れたら死ぬ。触れたら国が割れる。たぶん)


喪を踏まえた黒を基調に、銀の刺繍。

胸元に王家紋章が一点。光は控えめ。だが格がある。


そして何より。

銀髪が月光みたいに見える。


諸侯の視線が一斉に刺さる。

刺さるが、騒がない。

彼らは“測る”ために来た。


「…小さい」

「しかし姿勢が良い」

「目が…妙に落ち着いているな」


視線が肌を剥ぐ。

クロエは、笑顔を設置する。

心は叫ぶ。


(おい! 俺の心臓! 仕事しすぎ!)

(落ち着け! これは面接じゃなくて国家イベントだ!余計悪いわ!)


アリシアは半歩前。

黒の礼装。王冠はつけない。

だが誰もが女王だと分かる立ち方。


「諸侯各位」

アリシアの声は静か。

「王妹は、王家の一員としてここに立つ」

「本日より、諸侯の忠誠は王家に向けられる」


王家。

アリシア個人ではなく、王家という箱に入れる。

クロエはその箱の鍵だ。


だから、諸侯はクロエを見る。

弱点を見たい。

穴を見たい。



形式的な挨拶が続いた後。

諸侯は次の刃を出す。


お披露目は祝宴を伴う。

祝宴は、言葉が滑る。


若い貴族令息たちが、順番に前へ出る。

儀礼官が許した範囲で、挨拶をする。


一人目。

背が高い。自信満々。

「王妹殿下、初めてお目にかかります。ご健康の回復、何よりに存じます」


クロエは規定通りに頷く。

規定通りに微笑む。

規定通りに礼をする。


(この規定通りって、相手を殺さないための武器だな)


二人目。

少し緊張した顔。

声が上ずる。


「殿下…あ、あの…」

「お美しい…」


場が一瞬静かになる。

言ってしまった。

令息が真っ赤になって固まる。


(おい!!お前!!言うな!!今それ言うな!!)

(7歳だぞ!ロ〇コンかよ!)


クロエは助け舟を出す。

王女の所作で。


視線を柔らかく落とし、笑みを薄くして、言う。


「…ありがとうございます」

「緊張なさっているのですね」


責めない。

それだけで、相手の脳が焼ける。


令息が、その場で救われた顔をする。

救われた瞬間、人は落ちる。


(あ、やばい。今の、完全に優しくされた判定だ)


三人目。

真面目そうな眼鏡、目の奥が理屈の人。


「王妹殿下」

「お噂に違わぬ落ち着き」

「女王陛下が側に置かれる理由が、理解できました」


これも揺さぶりだ。

褒めて縛るタイプ。


クロエは丁寧に返す。


「まだ未熟です」

「学びます」


謙虚。

慎ましい。

逃げ道を作りつつ、品を保つ。


(中身30代社畜が“謙虚”を演じると、なぜか説得力が出るの最悪だな)


令息たちの表情が変わっていく。

最初は王家の事情を測る目。

次第に個人を見る目になっていく。


そして、ここで生まれる。


クロエは何もしていない。

しているのは、礼法の正解だけ。

だがそれが、彼らの想像を破壊する。


王女=傲慢、遠い存在


令息=取引相手、政治の駒


そんな固定観念を、クロエの丁寧さが粉砕する


クロエは内心、ずっと突っ込んでいる。


(俺は優しくしてるんじゃない)

(ミスを最小化してるだけだ)

(敬語は社畜スキルだ)

(顔は無で、心は残業明細だ)


でも外から見えるのは違う。


「なんて慎ましい…」

「こちらを立てる言葉遣い…」

「目が冷たいのに、声が柔らかい」

「…怖いほど品がある」


“怖いほど品がある”は褒め言葉なのか?

クロエは知らない。

知らないから、量産する。


その様子を、アリシアは横目で見ている。

最初は警戒。

次に違和感。

最後に確信。


(…まずい)

(この子、狙われる標的じゃない)

(狙われる“物語”になる)


そしてそれが、アリシアの一番嫌いなタイプの危険だ。

人の感情は、制御できない



同時刻。

王弟が仕込んだ酒が回る。


港湾派の従者が、笑いながら言う。


「王妹殿下、突然現れたそうだ」

「女王陛下の弱点だな」

「いや、切り札か」


別の口が言う。


「だからこそ、摂政が必要だろう」

「陛下は若い、王妹殿下は幼い」

「王国府が暴走している」


事件は起きない。

起こさない。

王弟の指示通り。


代わりに、噂が太る。

摂政という言葉が、上品に育つ。



その夜。

奥の間に戻ったクロエは、ベッドに倒れたい。

でも礼法が体に染みて、倒れられない。


(礼法、呪いかよ)


リディアがそっと水を差し出す。


「姫様、よく耐えました」


クロエは震える声で言う。


「リディア…」

「今日、何人かの目が」

「なんか、私を“獲物”として見てた…」


リディアは静かに頷く。


「はい」

「そして何人かは、違う目になっていました」


クロエが青ざめる。


「違う目って…」


リディアは言葉を選ばず答えた。


「恋です」


(やめろォ!!その単語を出すなァ!!)


クロエは枕に顔を埋める。


「何もしてないのに」

「礼法の正解を踏んだだけ」

「なんで」


リディアが小さく笑う。


「姫様は、強いのです」

「強い者は、惹きつけます」


クロエは枕から顔を上げ、涙目で言った。


「それ、褒めてない」

「人生、これから地獄じゃん…」


リディアは髪を整えながら、低い声で言う。


「姫様」

「地獄は、政治の方です」


その言葉に、クロエは背筋が冷える。


そうだ。

今日は“お披露目”が無事に終わっただけ。

明日からが本番だ。


そして翌朝、王国府には早速、諸侯から丁寧な要望が届く。

「王妹殿下の教育方針を」「同席範囲を」「婚姻の見通しを」


クロエは、心の中で叫ぶ。


(婚姻の見通し!?やめろ!!)

(サポセン!!ここから入れる保険!!)





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