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第25話 王妹殿下は侍女に泣きつく

評議室より一回り小さい、執務会議室。

机の上には紙の束。港湾図、動線図、席次表、儀礼手順、警備配置。


出席者は、宰相、内務卿、宮内卿、近衛隊長、騎士団長、儀礼官、そして女王アリシア。

王弟はいない。呼ばない。呼べば場の主導権が揺れる。


宰相が淡々と告げる。


「諸侯からの意見具申、王妹殿下のお披露目要求」

「陛下は、時期を定めてと返答された」

「よって、我々は最適な時期を作る」


作る。

政治はいつもそうだ。


宮内卿が紙束をめくる。


「儀礼上、お披露目は三段階」

「第一、王家内部への正式紹介(既に済)」

「第二、諸侯への披露」

「第三、在京の使節への披露」


「今回は第三を避けるべきです」


近衛隊長が即答した。

「帝国も連邦も口実を探している」

「公開は最小限」


内務卿が言う。


「諸侯の面子も必要だ」

「諸侯披露をやらないと、次は摂政を言ってくる」


アリシアが短く言う。


「諸侯披露だけ。使節は排除」

「日取りは、使節が帰った直後」


宰相が頷く。


「警備は、共同警備隊の名目で諸侯を巻き込みます」

「手順は王国府が握る。諸侯には見える仕事だけ」


騎士団長が口を挟む。


「共同警備隊に諸侯の私兵を入れるなら、武装の統一規格が必要です」

「槍、剣、弩、火器。持ち込み制限を明文化すべき」


「火器は」

アリシアが言う。

「王都内は原則禁止。例外は王国府の管理下のみ」


宮内卿が、別の束を差し出した。


「王妹殿下の装いです」

「銀髪ゆえ、色は月を引き立てる淡色が映えます」

「ただし、喪の期間です。華美は避けるべき」


宰相が小さく息を吐く。


「…難しいところだな」

「“喪”と“権威”の両立か」


アリシアが迷いなく言う。


「白銀と黒」

「派手ではなく、格で見せる」


儀礼官が頷く。


「装飾は王家の紋章を一点」

「首元か、胸元。視線の中心を作ります」


近衛隊長が動線図を指で叩く。


「問題は退路です」

「広間に立つ以上、必ず狙われる」

「退路が一本なら詰む」


宰相が指示する。


「抜け道封鎖の確認」

「同時に、王家専用の退路を二本」

「封魔班を天井裏と床下に配置」


会議は淡々と進む。

政治と警備が、同じ机の上で混ざる。


アリシアが頷く。


「役は、私が決める」

「クロエには、立って微笑むことだけ教えればいい」


それがどれほど難しいか、アリシアは知っている。

だからこそ、次の指示が出る。


「仕込みに入る」

「今日から」




クロエの世界は、会議室じゃない。

奥の間を出て、新たに用意された王妹殿下の私室。

静かで、安全で、逃げ場がない場所。


朝。

扉が開いた瞬間、クロエは悟った。


(あ、今日から地獄だ)


侍女長が入る。

その後ろに、礼法師範。

さらに、仕立て担当。

最後に、装飾係。


全員が仕事の顔だ。


礼法師範が微笑む。


「王妹殿下」

「今日から、所作を矯正いたします」


矯正。

優しい言葉で殴ってくるやつ。


クロエは反射で逃げようとした。

しかし、ふにふにボディ時代と違って今は七歳。

逃げられる体がある。

逃げられるからこそ、捕まえられる。


「まず立ち方」

「足は揃えず、軽く重心を落とす」

「膝は真っ直ぐではなく、少し柔らかく」


「次に手」

「胸の前で組むのではありません」

「腹の前。指は重ね、親指は触れない」


クロエの頭の中が悲鳴を上げる。


(親指が触れるか触れないかで世界が変わるのかよ!)


次は歩き方。


「歩幅は小さく」

「踵からではなく、足裏を滑らせるように」

「音を立てない」


「次に視線」

「見上げない。見下ろさない」

「相手の眉間ではなく、目の少し下」


クロエは顔を引きつらせた。


「む、無理…」

「俺、いや、わたし…わたし、そんな器用じゃ…」


師範は笑顔のまま首を傾ける。


「無理、という言葉は」

「王家の辞書にはございません」


(辞書燃やしていい?)


仕立て担当が、布見本を広げる。


「お披露目用のドレスは三案」

「喪に配慮して黒を主に、銀の刺繍を薄く」

「首元には王家紋章を一点」


装飾係が、宝石箱を開ける。


「髪飾りは控えめに」

「ただし光は必要です」

「人は光を見る。殿下が“月”であるなら、月の光を作らねば」


クロエは小声で呟く。


「月って、勝手に光ってるわけじゃなくて、反射なんですけど」


師範の視線が刺さる。


「独り言は、控えましょう」


その日から、クロエは“削られた”。


・姿勢

・所作

・発声

・微笑み方

・お辞儀の角度

・沈黙の作り方


何より地獄なのは、


「泣くのは自由です」


師範は優しく言う。

「ですが、泣き顔の美しさも学びましょう」


(やめろ!泣き顔を教材にするな!)




夜。

ようやく師範たちが引いた。


クロエは、ベッドに倒れ込む…前に、姿勢を正した。

もう体が、勝手に矯正後になっている。


(やばい、洗脳ってこうやって起きるのか)


扉がノックされる。


「姫様」

リディアの声。

「お休みの準備を」


クロエは、その一言で限界が来た。


「リディアぁぁぁ…」


声が震える。

七歳の声は、想像以上に可愛い。

中身が社畜でも、外は小女だ。


リディアが慌てて近づく。


「どうされました、姫様」


クロエは涙目で、ベッドの端を掴む。


「無理…」

「無理無理無理…」

「親指が触れたらダメとか、眉間じゃなくて目の下とか」

「そんなの、人生で気にしたことない…!」


リディアは一瞬、困った顔をしてから、ふっと笑った。


「姫様」

「それ、皆そうです」


「貴族の令嬢でも」

「最初は皆、泣きます」

「だから、私がいます」


クロエが鼻をすする。


「リディアも、泣いたの?」


リディアは少しだけ視線を外した。


「ええ」

「剣の稽古では泣かなかったのに」

「礼法で泣きました」


「礼法の師範は、剣より痛いですから」


クロエが弱々しく笑う。


「それ、分かる…」

「剣は痛いけど分かりやすい」

「礼法は…じわじわ殺しに来る」


リディアはクロエの髪を整えながら、声を落とす。


「でも」

「姫様がきちんと立てば」

「誰も、姫様を軽く扱えない」


その言葉が、少しだけ救いになる。

クロエは小さく頷いた。


「…じゃあさ」

「明日も、付き添って」

「お願い」


リディアは、迷いなく答える。


「もちろんです、姫様」

「表は私が守ります」

「裏は、ノクスが守る」


クロエはその名前で、ふっと我に返った。


「…そうだ」

「犬」


リディアが苦笑する。


「犬、です」


クロエはベッドに顔を埋めた。


(俺、異世界で)

(王女で)

(礼法で泣いて)

(犬まで飼ってる)


リディアが囁く。


「姫様」

「泣いていいのは、今だけです」


「お披露目の日は」

「泣けませんから」


クロエは、さらに顔を埋めて呻いた。


「それが一番こわい…」


こうして、王妹殿下の夜は更けていく。




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