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幕間⑤ 「お前らだろ?」

場所は第三国。

名目は「治安協議」

実態は「疑いの突き合わせ」


帝国側は外務の次官、軍務の連絡官、情報局の男。

連邦側は外務局のバルナバス・ヘルト、四加盟国の代表が二人、そして書記に見せかけた監察官。


扉が閉まり、香炉の煙が一本に伸びた。


最初に口を開いたのは連邦だった。

ヘルトが、まず“友好”を置く。


「帝国が地域の安定を望むのは承知しております」

「我々も同じです。だからこそ、確認したい」


帝国の次官は笑っていない笑みを返す。


「確認?」

「連邦が先に動く癖があるのは、こちらも承知している」


ヘルトは肩をすくめた。


「我々が動けば、文書が残ります」

「文書が残る動きは、今回のような件には向かない」


帝国側の情報局の男が、机の上に一枚の紙を滑らせた。

紙には、短い箇条書きだけ。


近海の処女航海


国王死亡(搬送時にはすでに死亡)


王妃腹部負傷→搬送後死亡


略式即位(異様に速い)


「連邦のやり口に似ている」

帝国情報局の男は淡々と言う。

「政治的な余韻を残す。周囲に深読みさせる。相手国の動きを鈍らせる」


連邦代表の一人が即座に返す。


「帝国のやり口にも似ている」

「事故に見せ、内部に疑心暗鬼を植え、属国化への道を整える」


帝国次官が軽く指を鳴らす。


「属国化を狙うなら、わざわざ“事故”にする必要はない」

「演習を増やして圧をかければ十分だ。我々はそれを得意としている」


ヘルトが、にこやかに刺す。


「だから“得意ではない手段”を使ったのでは?」

「帝国がやれば帝国が疑われる」

「では、帝国の中の誰かが独断でやったら?」


帝国側の軍務連絡官の眉がわずかに動く。

そこを連邦は見逃さない。


さらに続ける。


「帝国は中央集権」

「しかし中央集権は、中央が見えない独断が起きると、急に脆くなる」


「第二皇子殿下は強気ですからなぁ」


帝国次官は一拍置く。

笑みを崩さず、逆に返す。


「連邦は四国連合」

「だから内部事情が“事故”の形で外に漏れる」

「今回の件、四国のうち一つが暴走した可能性は?」


連邦側の空気が一瞬硬くなる。

四国、という単語は地雷だ。

連邦が一番触れられたくないのは“内輪揉め”だ。


ヘルトは、あっさりと流す。


「可能性はゼロではない」

「ですが我々は、わざわざアルトフェンで火遊びはしません」

「帝国との境目で火を起こせば、我々も燃える」


帝国次官が頷く。


「その意見には同意する」

「だからこそ、今回が不可解だ」


情報局の男が低い声で言った。


「結論は三つ」

「一、連邦がやった」

「二、帝国がやった」

「三、内部」


「三?」と連邦代表が顔をしかめる。


帝国情報局の男は続ける。


「アルトフェン内部の反対派」

「王国府の締め付けに反発する諸侯」

「そして、王位に近い者」


帝国が言外に“王弟”を置く。

連邦側も、それを理解する。


ヘルトが、わざと軽く笑った。


「…十三歳の女王が即位し、七歳の王妹が控える」

「そこに摂政が入れない」

「内部の誰かが焦るのは自然です」


帝国次官は、そこで初めて少しだけ温度を上げた。


「焦って船を沈めるか?」

「国王夫妻を同時に落とすのは、火が大きすぎる」

「内部の者がやるなら、もっと小さくやる」


ヘルトが、柔らかく頷く。


「その通り」

「だから我々は、帝国の関与を疑っている」


真正面の「お前だろ?」を、上品な形に変換しただけ。


帝国次官も、同じように返す。


「我々も、連邦の関与を疑っている」


会議室の香が、少し苦くなる。



ここで大国同士が本当に怖いのは、犯人よりも 誤解で前線が動くことだ。

だから互いに、言質にならない範囲で“手打ち”を作る。



帝国次官が言う。


「互いに、国境の動員は“演習”の範囲に留める」

「アルトフェンを理由に先に踏み越えない」


連邦代表が頷く。


「代わりに、アルトフェン王国府への接触は増やす」

「使節、商会、監査、視察。名目は山ほどある」


ヘルトが、最後にこう締めた。


「どちらがやったにせよ」

「新女王アリシアは、予想より厄介です」

「彼女が国内を固めれば、外の介入余地は減る」

「帝国が絡んでいないなら、それで良い」


扉が開き、互いの護衛が戻る。

会議は終わった。


だが疑いは、残ったままだ。




帝都、情報局本部。

石造りの執務室は、夜でも静まり返っている。


皇帝直轄の情報局長が、机に指を置いた。


「…結論は出ていない」


机の前に立つのは、対外担当の分析官と軍務院の連絡官。


「連邦がやった証拠はない」

「だが、我々がやった証拠もない」


それが最悪の状況だった。


情報局長は淡々と命じる。


「アルトフェン国内の内通網を再点検しろ」

「古い線、新しい線、全部だ」


分析官が頷く。


「諸侯の不満層、港湾関係を重点的に洗います」


情報局長は、そこで一言付け足す。


「必要なら…餌をやれ」


分析官が一瞬だけ顔を上げる。


「餌、とは」


「金、情報、地位の匂い」

「向こうから寄ってくるように仕向けろ」

「だが」


情報局長の声が、少しだけ低くなる。


「絶対に事は起こすな」


その言葉に、軍務院連絡官が即座に反応する。


「…軍の件ですが」

「殿下を諌めるのは骨ですぞ」


情報局長は即答した。


「国境の演習部隊は縮小」

「撤退させろ」


軍務院連絡官が眉をひそめる。


「ですが、弱腰と見られるのでは」


「構わん」

情報局長は冷ややかだ。


「馬鹿の独りよがりで、連邦と火事を起こす気はない」


「今は、疑われないことが最優先だ」


沈黙。


情報局長は最後に言った。


「アルトフェンは、内部が先だ」

「外から触るな」


命令はそれだけ。

だが意味は重い。


帝国は一歩引いた。

刃を収めたのではない。

今は振るわないと決めただけだ。




連邦評議会、非公開室。


円卓に集まる四か国の代表。

空気は張りつめているが、声は抑えられている。


最初に口を開いたのは、小太男、バルナバス・ヘルト。


「率直に確認します」

「誰も、勝手に動いていませんよね?」


即答が返る。


「我が国は関与していない」

「同じだ」

「アルトフェンで火を起こす理由がない」


四人目が、少し苛立ちを滲ませる。


「そもそも、やるならもっと確実にやる」

「国王夫妻を同時に落とす? そんな派手な真似などせぬ」


調整官が手を上げる。


「結論は一つです」

「連邦として、統一見解を保つ」


「今回の事件に、連邦は関与していない」

「単独行動はしていない」

「信じ合う、という形を取る」


言外の意味は全員わかっている。


疑いはあるが、証明できない。

だから割れない。


調整官が続ける。


「当面の方針は三つ」


指を折る。


「一、アルトフェンは様子見」

「二、居留民と資産の保護を名目に、接触は継続」

「三、帝国の動きを注視。先に踏み出さない」


別の代表が言う。


「新王アリシアは…予想以上だ」


ヘルトが苦笑する。


「ええ」

「十三歳にしては、ね」


「だからこそ、今は手を出さない」

「彼女が失敗するなら、自然に失敗する」

「成功するなら、その時に考えればいい」


連邦は決めた。

動かないことを、全員で決めた。



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