第3話 会議に出たい王女様は侍女から離れない
確信した。
この世界、説明がない。
チュートリアルがない。
そのくせ、生後半日で襲撃される。
(ある意味SSRだけどさぁ)
だから必要なのは情報。
サポセンに投げる。とにかく投げる。
半透明のメール画面が視界に浮かぶ。
世界観を捨てたUIが、今はありがたい。
宛先:Support Center
件名:質問、世界情勢とこの国のこと、分かる範囲で全部
本文:
「いきなり襲われた。何も分からない。ここはどんな国で、周辺はどういう勢力図で、第二王女が狙われる理由は何?文明レベル、魔法の扱い、戦争の有無、最低限でいいから教えて」
送信。
(とりあえず詰め込んだが…)
返信待ち、部屋の外が騒がしい。
指示を飛ばす声や、多くの足音が聞こえる。
床に落ちた硬貨は布に包まれ、隊長格の男が手の中で転がしていた。
暗殺(誘拐)犯は逃げた。
だから、次は「内側」を締める時間になる。
俺がぼんやりそう結論した時、侍女が隊長に報告しているのが聞こえた。
俺を守って戦った人。
「隠匿と静音。殺すより、連れ去りの動きでした。姫様を狙っています」
「誘拐か」
そこで、侍女がほんの一瞬だけ言葉を選んだ気配がした。
「隊長。二の姫様、ひとつ気になることが」
「なんだ」
侍女の声が、少しだけ柔らかくなる。
「二の姫様は…一の姫様…アリシア殿下によく似ておいでです」
(一の姫?姉か?)
俺は画面に意識を向けたまま、耳だけで拾う。
「目が、似ています」
隊長は鼻で息を吐いた。
「姉妹なら似るだろう」
「ええ。ただ、アリシア殿下も、赤ん坊とは思えない聡明さがありました」
「…ほう」
侍女が一拍置き、言いにくそうに続ける。
「クロエ様も同じです。こちらの言葉を理解している節がある」
(やめろ! 俺のカバーが剥がれる!)
俺は内心で叫ぶ。
しかし現実の俺は赤ん坊で、叫べない。指しか動かない。
隊長が少し黙った。
「確信は?」
「断片です。視線の追い方、握り返し方、反応が…」
(やめて! それ全部“生存のための必死”だ!)
ここで俺の集中が一瞬だけ切れた。
メール画面がぼやけ、周囲の音が波みたいに押し寄せる。
隊長が硬い声に戻る。
「それは会議で言うな。噂になる。姫君に利がない」
「承知しています」
(よかった)
俺は、聞き耳を続ける。
室内の会話を拾う。
「宰相府へ」
「王妃様へ報告」
「港都ヴェルの税関にも通達」
「グラント関門にも伝令を」
(会議だな)
社畜だった俺の勘が言う。
これは“緊急対策会議”の前の動きだ。
俺はサポセンの返信を待ちながら、考える。
この後、絶対に対策会議をやる。
そして普通、赤ん坊が会議に出られるわけがない。
(でも出ないと、俺は置いて行かれる)
情報がないまま、次の襲撃を迎えたら終わる。
(状況把握。最優先)
俺は赤ん坊としてできる最強の戦術を思い付いた。
離れない。
当事者として、この侍女は絶対参加するはず。
ちょうどその時、俺を抱えたままの侍女が、他の侍女に言った。
「姫様をお願いします。私は少し離れます」
(来た)
(会議に行く)
俺は全力を出した。
侍女の胸元の布の縫い目に指を引っかける。
掴んだら離さない。
腕をふにゃふにゃの限界まで曲げ、体ごとしがみつく。
ぎゅ。
ぎゅううう。
(や、柔らかい…)
(これが…お、お…)
(いかん、命の瀬戸際だぞ!俺、冷静になれ!)
「クロエ様?」
侍女が困惑する。
隣の侍女が受け取ろうと手を伸ばす。
俺は泣けない代わりに、全身で拒否した。
顔を胸に押し付ける。服を掴む。離れない。
(渡すな。俺を置いていくな)
侍女は一瞬だけ、隊長と目を合わせる。
“どうします”の無言の確認。
隊長は短く頷いた。
「抱いたまま行け。今夜は例外だ」
(ナイス判断)
侍女は小さく息を吐き、周囲に告げる。
「姫様が離れたがりません。しばらく私が抱いたまま参ります」
こうして俺は、赤ん坊として会議へ“同伴”することになった。
前室へ移動する廊下。
(情報の匂いがする)
紙束の匂い。蝋の匂い。
忙しく走る足音。
前室のドアを護衛の近衛が開けた、その時。
《返信》
《Support Center》
お問い合わせありがとうございます。
個別の詳細は地域差が大きく一概に回答できません。
【一般情報】
・あなたは「回廊型の交易国家」の王族です。
・東西に大国があり、大国間を隔てる天蓋山脈、南端平野が該当します。
・海に面しており、南の島国との交易拠点でもあります。
・王族は婚姻・人質・保護名目の介入に利用されやすい傾向があります。
・文明水準は近世初期相当。火器あり。魔法は希少だが暗躍に用いられます。
【推奨】
・「誰が窓口か」「誰が得をするか」「誰が動いたか」を優先して把握してください
(単語が揃ってきた)
回廊。交易。大国。保護。援助。介入。
魔法は希少だが、暗躍に使われる。さっき見た通りだ。
侍女が俺を抱き直す。
俺は耳を澄ませる。
そして、さっきの会話を反芻する。
(姉も、赤ん坊とは思えない聡明さがあった?)
(アリシアも、何かあるのか?)
俺はまだ知らない。
でも、断片は拾えた。
この国は内側に穴がある。
俺は姉に似ている。
姉も、普通じゃないかもしれない。
扉の向こうから、低い声が漏れた。
「恐れながら…第二王女殿下は居なかったことには…」
(は?)
赤ん坊の俺は、ふにふにの指で侍女の服を掴んだまま、離さなかった。
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