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第24話 王妹殿下は前にでる

王宮内、白い石の評議室。

戦場のような広間ではない。わざとだ。

声を荒げにくい部屋。暴力より言葉が強い部屋。


壁際には近衛。

隅には魔術師が立つ。封魔と行動阻害の布陣。

あからさまに“抑止”だが、名目は「警護」。


宰相が宣言する。


「諸侯各位の意見具申を承る」

「本会は、王国の秩序と調和のために設けられた」


“調和”。

その言葉だけで、全員が理解する。

ここは反乱の場ではない。

反乱に見えた瞬間、王国府が法で叩ける。


玉座はない。

アリシアは長椅子の上座に座る。

黒の礼装。王冠はなし。

だがその場の重心は完全に彼女だ。


そして、その半歩後ろに、王妹クロエ。

七歳。銀髪。控えめに手を組み、視線は落ち着いている。

が、心の中の社畜は愚痴を吐く。


(この並び、完全に“女王腹心”の扱いなんだが…)



宰相が続ける。


「第一、諸侯の私兵運用に関する臨時制限」

「第二、街道・港の通行税上限」

「第三、王妹殿下の同席に関する意見」


三つ目。

最初から刺しに来ている。


最初に立ったのは、西方の伯爵。

不満派の顔役。だが言葉は丁寧だ。


「国葬において、陛下のご威徳に一同感銘を受けました」

「若き御身で国を背負われた覚悟、まこと尊く…」


褒める。

褒めてから縛る。


「しかし、陛下は十三歳」

「政務の全てを負わせるは、王国府の本意にあらずと存じます」

「王家の威信を守るためにも、摂政、あるいは顧問の設置を」


守るため。

優しい言葉で権限を奪うやり方。


別の子爵が続く。


「臨時制限と称する私兵制限」

「港の監督強化」

「通行税の上限設定」


「…どれも理解はいたします」

「ただ、臨時が常態化すれば、諸侯の領地経営は立ち行きませぬ」


要するにこうだ。

金と兵の自由を返せ。


アリシアは黙って聞く。

黙ることで、相手に余計に喋らせる。


そこで、王弟が立った。


王弟は涙の残る顔で、柔らかい声で言う。


「皆の憂いは理解できます」

「兄上が守った均衡が崩れれば、帝国も連邦も嗅ぎつける」

「この国は、内輪揉めをしている余裕はない」


正論。

その正論を言う人間の立場が、一番危険だ。


王弟は続ける。


「だからこそ」

「王国府は、陛下を過度に前面へ立てるべきではない」

「陛下の御身が折れれば、国が折れます」


場が頷く空気になる。

王弟殿下のお言葉は魔法だ。

誰も反対しにくい。


王弟は火をくべた。

反王国府派が、正義の側に立てるように。


次に立ったのは、港湾利権に強い公爵家の使者。

この男は露骨にアリシアを刺すより、周辺を刺して崩すタイプだ。


「陛下」

「王妹殿下について、僭越ながら」


来た。

三つ目の議題。


「王妹殿下は七歳」

「幼子を政の場に同席させることは、王家の神聖を損なう恐れがございます」


守るための形で排除する。


だが本音は別だ。

この男はクロエを見た。

わざと視線を合わせる。

そして言う。


「王妹殿下」

「差し支えなければ、お聞かせ願いたい」


宰相の眉が動く。

だが止めない。止めると都合が悪い、に見える。


男は柔らかく問う。


「殿下は、今後どのように王国をお支えになるおつもりですか」

「お若いゆえ、学びの途上でしょうが」

「女王陛下があえて側に置かれる理由を、我らも理解したい」


(うわ、完全に面接だこれ)


場の視線がクロエへ集まる。

諸侯は“見たい”のだ。


ただの飾りか


女王の操り人形か


それとも、本当に“何か”か


クロエは心臓が一度強く跳ねた。

だが表情は崩さない。

リディアで覚えた、王女の無が役に立つ。


クロエは一歩前へ出ない。

半歩後ろの位置を守ったまま、静かに口を開く。


「恐れながら」

「私は、女王陛下の判断を補佐する立場です」


無難。

だがそれだけだと“飾り”に見える。


公爵が、わずかに笑う。


「補佐、とは具体的に?」


二段目の揺さぶり。

ここで詰まれば、空と判断される。


クロエは、あえて子どもらしい言葉を混ぜた。


「私はまだ学びの途中です」

「ですが」


一拍。

子どもの間。

なのに空気を握る間。


「国が割れるのは、困ります」

「帝国も連邦も、喜びますから」


ざわり。

諸侯の数人が目を細める。


(七歳がその言葉を選ぶ?)

(誰かが吹き込んだ?)

(いや、理解している?)


クロエは続ける。


「ですので」

「諸侯の皆さまの“言い分”は、ここで仰ってください」

「外に出る前に」


それは、王国府の狙いと一致している。

反発を制度の中に閉じ込める。


宰相が内心で息を吐く。

(王妹殿下、受け止めた)


だが諸侯は、まだ試す。


別の貴族が、もっと危険な角度で刺す。


「王妹殿下」

「殿下がいずれ、婚姻により他国へ嫁がれる可能性は否定できません」


「王家が外へ流れる恐れがある以上」

「王国府が、王家に権限を集中させるのは…危ういのでは?」


丁寧な言葉で、女性を縛る。

そして姉妹を分断する言い方。


(来た、テンプレ地雷。しかも俺には直撃)


クロエは喉の奥で、叫びそうになる。


(結婚とか無理無理無理無理)


だが、ここで感情を見せたら終わる。

相手の狙いは“揺れ”を見ることだ。


クロエは、視線を上げず、淡々と言った。


「王家が外へ流れるかどうかは」

「王国の仕組み次第です」


諸侯が微かにざわめく。


「仕組み?」


クロエは言い切らない。

言い切ると“提案”になって攻撃される。

今は匂わせで十分だ。


「私の事は、女王陛下が決めます」

「しかし」

「外へ流れない仕組みは、作れます」


その言い方が、逆に怖い。

七歳の口から出るには、整いすぎている。


王弟の目が細くなる。

(…やはり、月も異常だ)


クロエへの揺さぶりが一段落したところで、アリシアが口を開く。


声は小さい。

しかし全員が黙る。


「諸侯各位の忠言、感謝します」


まず感謝。

そして、期限。


「私兵制限は臨時措置」

「期限を明記する」

「加えて、王国府が監督する“共同警備隊”を編成する」


共同。

諸侯の面子を立てる言葉。

だが実態は王国府の指揮系統に組み込む策。


「通行税の上限も臨時」

「港の安全が確保され次第、見直す」


次に、核心へ。


「そして、王妹クロエの同席について」


アリシアは一瞬だけ間を置く。

全員が息を止める。


「彼女は、私の“補佐”ではありません」

「私の家族です」


王弟の眉が微かに動く。

家族、と言われるのは癪だ。

だが否定できない。


アリシアは続ける。


「王家が弱いと見せれば」

「帝国も連邦も、幕府も、言葉を変えて踏み込みます」


「だから私は、王妹を奥へ戻さない」

「守るために、ここに置く」


“政務に参加させる”ではない。

守るために置く。

諸侯が反論しづらい言い方。


そして最後に、全員へ釘。


「私が若いことは事実です」

「だが、王位は空白にできない」


「諸侯が求めるのが秩序なら」

「秩序は、今ここにあります」


静かに言って、完全に場を支配する。


宰相が締める。


「以上をもって、本会の結論とする」

「次回は期限と具体運用案を提示する」


諸侯は引くしかない。

押し切れない。

しかし納得もしていない。


火は消えていない。

炉の中で、赤く燻ったままだ。


王弟だけが、心の中で微笑む。


(いい)

(反発は生きている)

(あとは、もう少しだけ…)



西方伯爵が、再び一歩前に出た。

先ほどまでの強い口調ではない。むしろ丁寧で、気遣いすら滲む。


「陛下のお言葉、しかと承りました」

「王妹殿下は補佐ではなく家族、そして守るために側に置く」


伯爵はそこで軽く頭を下げ、続ける。


「ならばこそ、なおさら」

「正式に、お披露目されてはいかがでしょう」


場が静かになる。

言葉は柔らかい。だが刃がある。


「現状、王妹殿下は…失礼ながら、突然お出ましになった感が否めません」

「病で奥におられたと聞く者もいれば、存在すら知らぬ者もいる」

「このような状況は、憶測を生みます」


憶測。

それは噂。

噂は、外へ流れる。


「そして憶測は」

伯爵は、わざとゆっくり言った。

「帝国、連邦にとって、都合の良い口実にもなりましょう」


口実。

大国が介入するときに使う言葉だ。


子爵が、さらに追撃する。


「王妹殿下を守るために側に置く、と仰せられるのでしたら」

「なおのこと」

「殿下の立場を明確にし、王国の内外に示すべきです」


正論の顔をしている。

だが中身はこうだ。


表に出せ。そうすれば守りが薄くなる。


さらにもう一人、公爵が言う。


「我らとしても、忠誠の対象を明確にしたい」

「女王陛下に忠誠を誓うのは当然」

「しかし王妹殿下は、どうお扱いなされるのか」


「王妹殿下は、王国府の儀礼序列において」

「どの席に座り、どの範囲の謁見に同席し、どの文書に名を連ねるのか」


制度の話に見せかけて、縛りに来ている。


(やめろやめろやめろ、俺を表に出すな…!)


クロエの胃がきゅっとなる。

だが顔は“王女の無”。

長年の鍛錬が効いている。


王弟が口を挟む前に、アリシアが先に答えた。

ここで王弟に、善意の提案を言わせたら、場の主導権を渡す。


アリシアは静かに頷く。


「もっともです」


諸侯側の目が一斉に光る。

通ったと思った。


アリシアは続ける。


「王妹クロエの正式なお披露目は、行う」

「ただし」


ただしで縛る。

この一語が王国府の武器。


「今は国葬直後」

「外の使節が王都に滞在している」

「この状況で王妹を大勢の前に立たせるのは、守るという目的に反する」


正面から否定しない。

今はタイミングが悪いにする。


「よって」

「お披露目は、時期を定めて行う」

「王国府が警備計画を整え」

「諸侯にも、共同警備隊として参画してもらう」


参画。

面子を立てる。

だが実際は王国府指揮下での動員。

諸侯に責任も負わせる。


「これにより」

「妹を守る責任は、王家だけでなく、諸侯も共有する」


諸侯は反論しづらい。

守りたいと言っていた手前、自分たちの責任を拒めない。


そして、アリシアは最後に釘を刺す。


「なお」

「王妹クロエの序列と同席範囲は、王国府が定める」

「諸侯の意見は聞く」

「だが、決めるのは王国府だ」


短い。

しかし、完全に線を引いた。


諸侯の一人が、最後に軽くクロエへ頭を下げる。

礼儀の形をとりながら、毒を添える。


「王妹殿下」

「お披露目の折には、どうか…王国の象徴として」


象徴。

つまり飾り。


クロエは子どもらしく、でも妙に落ち着いた声で返した。


「はい」

「守られるだけで終わらないように、努めます」


諸侯の一部が、目を細める。


(この子、飾りじゃない)

(だが、まだ弱い)

(だからこそ、狙い目だ)


アリシアは微笑まない。

ただ、クロエの肩に一瞬だけ視線を置いた。

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