第23話 王妹殿下は目の敵にされている
翌日。王宮、謁見の間。
帝国使節が入る。
豪奢ではない。だが隙がない装い。
礼は深く、言葉は丁寧。
「国王陛下、王妃殿下の薨去」
「痛恨の極み」
「皇帝陛下より、弔意と哀悼の品を預かっております」
完全に友好国の顔。
だが、その場にいる王国府の面々は知っている。
(言葉は花)
(刃は、その後ろ)
アリシアは玉座に座らない。
正式戴冠前のため、少し低い席。
それでも全員が“女王”として扱う空気を作っている。
クロエは摂政のように、半歩後ろ。
口を挟まない。
だが目線だけで場を締める。
帝国使節は心の中で思う。
(…連邦が絡んでるのか?)
(いや、連邦にしては大胆すぎる)
(帝国が疑われるような“雑さ”もない)
(…じゃあ内部?)
そして、アリシアを見る。
(十三でこの圧)
(おい、誰が育てた)
(それとも…“そういう個体”か?)
だから帝国は、確信を避けて探る。
「事故原因の解明に、帝国として協力できることがあれば」
「技術者、医師、海の者。」
アリシアが受ける。
「協力に感謝します」
「必要な範囲でお願いしましょう」
「港湾局の指定区域で」
受けるが、縛る。
帝国使節は内心で舌を巻く。
(協力を拒否しない)
(だが入口は渡さない)
(…この女王、外交慣れしている)
帝国使節はさらに探るため、柔らかく言う。
「国内の統制も大変でしょう」
「王国府が諸侯を締め付ければ、不満も」
アリシアは表情を変えない。
「不満は、国を守るための議論として受け止めます」
「ただし、秩序を乱す者は処罰します」
“議論”と“処罰”。
両方を一息で言う。
帝国使節は確信する。
(外から押すより)
(内側が割れた瞬間を待つのが得策だ)
同時に、疑念は残る。
(この事故)
(帝国がやったと思われているのか?)
(連邦もそう思ってる?)
(誰が得をする?)
帝国は結論を出さない。
出さないまま、軍を“演習”名目で動かす準備だけを進める。
帝国の使節が去った翌日。
謁見の間は同じでも、空気は少し変わる。
連邦は「国家」ではなく「集合体」だ。
四つの国の利害を束ねるため、言葉が回りくどい。
そして回りくどい言葉ほど、たいてい刺さる。
入ってきた使節団の先頭は、バルナバス・ヘルト。
身なりは上品。小太りなのは変わらず。
ただ、目だけが速い。
クロエの目が一瞬ぶれる。
(こ、こいつか…このおっさん、うざいんだよなぁ)
ヘルトは深々と礼をし、朗々と哀悼を述べた。
「国王陛下、王妃殿下の薨去」
「連邦を代表し、深く哀悼の意を表します」
形式は完璧。
そして、すぐに本題へ入る。
「さて」
「このような不幸の直後に申し上げるのは心苦しいのですが」
心苦しいと言うときほど、心苦しくない。
アリシアは表情を動かさない。
そのまま続ける。
「アルトフェン国内には、連邦各国の商会、居留民、資産がございます」
「今回の事故により、動揺が広がることを危惧しております」
言い換えればこうだ。
治安を保証しろ。できなければ我々がやる。
ヘルトは笑みを浮かべたまま、やんわり踏み込む。
「連邦として、治安維持の助力」
「例えば、居留区の警備補助、護衛の派遣」
そこで、アリシアが先に切った。
「必要ありません」
言い方は静か。
しかし否定は明確。
ヘルトは眉ひとつ動かさず、話を続ける。
「もちろん、陛下の統治を疑う意図はございません」
「ただ…」
“ただ”が来た。
刺すための間。
「陛下はお若い」
「そして、王妹殿下も、さらにお若い」
男は、クロエを一度だけ見た。
視線は短い。だが的確。
「王国が重大局面を迎える時」
「若き王家が前面に立つのは、心労も大きいでしょう」
褒めているようで、言っていることはこうだ。
“子どもに国を任せて大丈夫?”
その瞬間、謁見の間の空気が一段張る。
大臣たちの顔色が変わる。
近衛隊長の指が僅かに動く。
だがアリシアは、表情ひとつ変えない。
「心配に感謝します」
まず礼を言う。
次に縛る。
「居留区は王国府が守ります」
「連邦には視察を許可します」
「だが武装は不可」
「視察範囲と日程は、王国府が指定」
帝国に対したときと同じ骨格。
受けるが、主導権は渡さない。
使節は、そこを褒める。
「素晴らしい」
「実に合理的で、透明性が高い」
そして刺す。
褒めてから刺すのが上手い。
「…ただ」
「事故原因の調査は“透明性”が肝要です」
「王国府が全てを握る形では、誤解を生みます」
誤解=口実。
連邦は誤解を盾に動ける。
アリシアが即答する。
「誤解は生ませません」
「調査記録の写しは、連邦にも提出する」
「ただし、原本は王国府が保持する」
ヘルトは目を細めた。
譲らない。
しかも「情報は渡す」ことで、拒絶には見えない。
(王女時代からやっかいだったが…さらに手強くなっている)
男は腹の底で笑う。
だから方向を変える。
連邦の得意技、助け舟の形で縄を掛ける。
「もし、医療が必要なら」
「連邦には優れた外科医もおります」
「王妃殿下の件は…いえ、失礼」
一瞬、場の温度が下がる。
亡くなった者の名を、医療で揺さぶる。
残酷だが効果的。
アリシアは、一拍置いてから言う。
「必要なら、呼びます」
「必要なら」
その二語で、完全に主導権を取り返す。
クロエが無表情のまま感心する。
(姉、外交官の顔してる…さすが元外務省)
ヘルトは最後に、柔らかく締めた。
「連邦は地域の安定を望みます」
「アルトフェンが、独立と繁栄を保つことを」
美しい言葉。
でも本音は違う。
お前らが倒れたら、こっちが困る。
ただそれだけ。
数日後。
王国府に「意見具申」の文書が届き始めた。
最初は一通。
次に三通。
次に七通。
内容は似ている。
言葉は丁寧。
しかし痛烈だ。
宰相の執務室。
机の上に積まれた紙束を、宰相が指で叩く。
「…始まりましたな」
内務卿が苦い顔をする。
「王弟殿下が動いたのでしょう」
「露骨な反逆ではない」
「だが、諸侯がまとまった形になりつつある」
文面の一部が読み上げられる。
「国葬の折、若き女王陛下のご威徳に一同感銘を受けました」
「ただし国政の重責においては、王国府が拙速に陛下を前面に立てるは本意ではございません」
「陛下は十三歳、王妹殿下は七歳」
「王家の尊厳を守るためにも、王国府は節度ある運用を」
褒めている。
敬っている。
守りたいと言っている。
つまり、王の自由を縛る準備だ。
別の文書。
「王妹殿下を政務に同席させることは、王家の神聖を損なう恐れがございます」
「幼子を政争の場に晒すべきではない」
「王国府は王妹殿下を奥にお戻し申し上げるのが筋」
“幼子を守れ”という顔で、クロエを排除しようとする。
クロエが控えに立つこと自体が、邪魔なのだ。
そして最も痛烈なのは、これだ。
「王妹殿下がいずれ婚姻により他国へ嫁がれる可能性は否定できません」
「よって国政の要を握らせることは、国家として危うい」
言い方は丁寧。
中身は毒。
“女だから信用できない”
“外へ行くかもしれない”
そう言って権限を削る。
クロエの頬が少しだけ揺れる。
(ほら来た、テンプレ)
アリシアは黙って文書を読んでいた。
読み終えたあと、紙を丁寧に置く。
そして言う。
「…彼らは間違っていない」
「表面上は」
宰相が頷く。
「正論の顔をした縛りです」
近衛隊長が言う。
「放置すれば、王国府が弱く見える」
「押し返せば、反発が爆ぜる」
まさに綱渡り。
ここでアリシアが、結論を置く。
「返答は一つ」
「感謝する」
「そして」
「期限付きで譲る」
内務卿が目を見開く。
「譲る、のですか」
アリシアは淡々と。
「譲ったように見せる」
「実際に守るのは“線”だけ」
クロエは背筋がぞくりとした。
この姉、ほんとに官僚だ。
アリシアは続ける。
「私の年齢を理由にするなら」
「私は“即位”を理由に返す」
「王位は空白にできない」
「だから私はここにいる」
「クロエを理由にするなら」
「王妹は“補佐”ではなく“同席”だ」
「同席は罪ではない」
「彼女を守るのは、王国府の責務だ」
言葉の枠組みを、相手から奪う。
論点をずらさず、言い換えて勝つ。
そして最後に、宰相へ。
「諸侯を集める」
「意見具申の“場”を与える」
「こちらが主催で」
宰相が理解する。
「場を与えて、場を握る」
「反発を“制度”に押し込めるのですな」
アリシアは頷いた。
「火が外へ飛ぶ前に」
「炉の中に閉じ込める」
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