第22話 王妹殿下は女王の柱
参列者の列の中、王弟が静かに頭を垂れていた。
涙を見せる。
震える肩。
悲しみの仮面は完璧。
だが彼の視線は、わずかに横へ滑る。
クロエ。
第二王女。生きている。病ではない。
しかも、アリシアの半歩後ろ。
王弟の胸の奥で、何かが焼けた。
(…邪魔だ)
(私の正統の物語に)
(あの子は要らない)
王弟は歯を噛み、笑みを作り直す。
(国葬が終われば)
(空気が緩む)
(その時に、薪に火をつける)
彼は祈るふりをしながら、決めていた。
国葬の場に立っているのに、クロエの心は前世の病院を思い出していた。
白い病室の天井。
心電図の音。
助けられたはずの命。
(…助けられない)
(ここはそういう世界なんだ)
その現実が、今さら体に染みる。
そしてもう一つ。
自分たちは、もう戻れない。
アリシアは王になった。
クロエは王妹になった。
「姉妹で生き残る」
その決意は、ただの願いではなく、政治そのものになった。
クロエは、棺へ視線を向け、心の中で言った。
(父上、母上)
(守るって、こういうことなんだな)
(俺たち、やるしかない)
礼拝堂の外で、鐘が鳴る。
葬列が動く。
花が落ちる。
国は喪に沈む。
だが、王は立っている。
そしてそれを見た全員が思う。
この国は、まだ死んでいない。
…だからこそ。
次に誰が、どう殺しに来るかが始まる。
国葬が終わっても、喪は終わらない。
喪の衣のまま、王宮は戦時へ切り替わる。
礼拝堂の香の匂いがまだ残る回廊を抜け、執務室へ。
扉が閉まった瞬間、空気は一段冷たくなった。
机を囲むのは最上位だけ。
宰相。
外務卿。
内務卿。
財務卿。
近衛隊長。
騎士団長。
神官長は形式上同席。
そして、
新女王アリシア。
王妹クロエ。
宰相が短く言う。
「即応会議を開始します」
誰も異を唱えない。
喪の涙が乾く前に、国を守る段取りを決める。
宰相は報告書を置く。紙が一枚、重い。
「国王陛下、王妃殿下の薨去は既に外へ通達済み」
「略式即位も既成事実」
「問題は、次に誰が“口実”を作るかです」
外務卿が即座に続ける。
「帝国は哀悼使節を送る名目で、要求を添えるでしょう」
「連邦も“資産保護”と称して口を出してきます」
「幕府は交易継続を盾に、港と治安の保証を求めるはず」
内務卿が苦い顔で言う。
「国内諸侯も同じです」
「今、王国府の統制は強められています」
「私兵制限、不満は燻っています」
騎士団長が拳を机につく。
「葬儀は無事終わった」
「次は、内乱の芽を潰すべきだ」
その言葉に、近衛隊長が即座に噛みつく。
「力で押さえれば、帝国と連邦に口実を与える」
「“王家が自国民を弾圧している”と喧伝されるのがオチだ」
空気が張る。
ここでアリシアが、淡々と結論を置いた。
「押さえつけない」
「締める」
言い換えは正確だった。
強権ではなく、秩序。
暴力ではなく、手続き。
宰相が頷く。
「陛下のお考えを、具体に落とします」
外務卿が言う。
「帝国は『事故原因の調査協力』を名目に、王宮へ立ち入ろうとします」
「拒否すれば隠していると騒ぐ」
「受け入れれば内情を抜かれる」
アリシアが即答する。
「受け入れる」
「ただし、港湾局と王国府の指定区域のみ」
外務卿が目を細める。
「限定付きの協力、ですね」
クロエは控え席で内心うなずいた。
(協力するフリで主導権を握るやつだ。官僚ムーブ)
外務卿が言う。
「連邦は資産と民の保護を持ち出します」
「つまり港都ヴェルの商会・倉庫・居留区の安全保障」
「連邦側の治安部隊の派遣を言ってくる可能性が高い」
財務卿が低く言う。
「受ければ、連邦が港の一部を握る」
「断れば、金融と交易で締め上げられる」
アリシアは、迷わない。
「治安は、こちらが守る」
「連邦には“監査権”だけ与える」
外務卿が確認する。
「監査権?」
アリシアの声は冷たい。
「居留区の安全状況を視察する権利」
「だが武装はさせない」
「視察は公開、記録は王国府が持つ」
(監査って言葉選びが強い。相手の顔を潰さず縛るやつ)
宰相が言う。
「連邦は体面を求めます」
「拒絶された形にするな」
「我々が守る、あなた方も見て安心していい、にする」
内務卿が言う。
「幕府は単純です」
「港が健全ならご機嫌、港が死ねば敵になる」
財務卿が続ける。
「交易継続の確約を求めるでしょう」
「また今回、王家の船が幕府技術と関わる以上、責任問題も怖がる」
アリシアは少しだけ表情を緩めた。
ほんの僅かに、あの魂が米に引かれる顔。
それをクロエが見て、思う。
(…姉、やっぱ日本人だろ)
アリシアはすぐ戻して言う。
「幕府には、最初にこちらから謝意を示す」
「技術交流の継続を明言」
「港湾の安全は最優先事項として、共同の事故調査団を提案する」
内務卿が頷く。
「幕府の面子を守りつつ、こちらの技術も守れる」
近衛隊長が釘を刺す。
「ただし、幕府の調査団にも自由行動は許さない」
「港の見せていい場所だけ」
アリシアが言う。
「見せる場所は、こちらが決める」
「全部、同じ」
三国とも、協力を受けるが主導権は渡さない。
それが骨子になる。
内務卿が言う。
「諸侯は二つに割れます」
「王国府の統制を支持する派」
「私兵制限と税に反発する派」
「反発派の背中を押す者がいます」
宰相が言った。
名前は出さない。出さなくても全員が察している。
「王弟殿下、でしょうな」
騎士団長が吐き捨てる。
アリシアは静かに言う。
「まだ、確証はない」
「確証のないうちは、王家から敵を作らない」
近衛隊長が頷く。
「挑発に乗れば、殿下の思う壺です」
クロエは控え席で、手を握った。
(あいつ絶対火をつけるぞ)
(でも姉は、火をつけさせない土台を先に作る気だ)
アリシアが言う。
「諸侯には弔意と感謝を先に渡す」
「国葬参列への礼、領民の秩序維持への礼」
「…その上で、条件を出す」
宰相が問う。
「条件とは」
アリシアは淡々と。
「私兵の臨時動員の禁止」
「城門の夜間閉鎖の徹底」
「街道の通行税の上限設定」
「全部、臨時だ。期限を切る」
期限。
それが妥協点だ。
永続を匂わせれば反発が増える。
短期なら飲ませやすい。
内務卿が頷く。
「期限付きの非常措置」
「王家を守るためでなく、国を守るためとして出せば、通ります」
騎士団長が言う。
「破った諸侯は?」
アリシアの声が冷える。
「破った者は、国を乱した者」
「処罰する」
それは強権ではない。
法の宣言だ。
だからこそ重い。
宰相が最後に確認する。
「陛下、王妹殿下の扱いは」
この問いは危うい。
王妹は“表に出てはいけない存在”だった。
だが国葬で出た。もう戻れない。
アリシアは答える。
「クロエは私の影ではなく、柱」
「外には多く語らないが、王宮内では私の補佐として扱う」
クロエは思わず背筋が伸びた。
(柱…)
(やべぇ、責任重い言葉使うな…)
アリシアはクロエを見ない。
見たら姉の顔が出るから。
今は王の顔で言い切る。
「以上」
「今夜から動く」
「王国は止まらない」
宰相が頭を下げる。
「承りました、陛下」
会議が終わり、扉が開く。
人が動き出す。
命令が飛ぶ。
手続きが走る。
そして、廊下の先、
誰にも見えない場所で、薪を抱えた者が静かに笑った。
まだ火は上げない。
だが火口は、確実に整っている。
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