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第21話 王妹殿下と女王の決意

王宮の夜は、やけに静かだった。


昼間の喧騒が嘘のように、人の気配が消えている。

灯りは最低限。

泣き声も、怒号も、もう聞こえない。


その静けさの中で、二人だけが残された。


アリシアの私室。

扉は閉められ、近衛も下がっている。

今夜だけは、女王と王妹ではなく、姉と妹だ。


アリシアは椅子に腰掛けたまま、動かない。

冠は外している。

それでも、背筋は伸びたままだ。


クロエは部屋の中央に立ち、何をすればいいのか分からずにいた。

抱きつくには、距離が遠い。

言葉を掛けるには、重すぎる。


しばらくして、アリシアが言った。


「…泣いていいのは、今夜だけ」


声は低く、静かだった。

でも、その一言で何かが壊れた。


クロエの喉が詰まる。

堪えていたものが、一気に溢れた。


「…なんで」


声が震える。


「なんで、いっぺんにいなくなるんだよ」

「父上も、母上も」

「赤ちゃんだって…」


最後は声にならなかった。


クロエはその場にしゃがみ込み、膝を抱えた。

嗚咽が漏れる。

止めようとしても、止まらない。


アリシアは、少しだけ遅れて立ち上がった。


迷うように一歩進み、クロエの前に膝をつく。


そして、初めて。

何も考えずに、妹を抱きしめた。


「…悔しい」


その声は、初めて感情を剥き出しにしていた。


「守れたはずだと思ってしまう」

「令和の医療なら、とか」

「違う世界なら、とか」


アリシアの指が、クロエの背で震える。


「でも…ここは、ここなのよ」


クロエは、アリシアの胸に顔を埋めた。


「…ずるいよ」

「王になるとか、責任とか」

「そんなの、今考えられるわけないじゃん」


アリシアは、答えなかった。

否定も肯定もできないからだ。


代わりに、静かに言った。


「…だから」

「今夜だけは、姉でいる」


その夜、二人は泣いた。

声を殺さず、我慢もせず。


泣き疲れて、気づけば夜が明けていた。




翌朝。


王宮は再び動く。


黒布が掛けられ、回廊に白百合が並ぶ。

神官が入り、祈祷の段取りが組まれる。

宰相は書類の山に埋もれ、外務は弔問使節の調整に追われる。


国葬は、三日後。


早すぎる。

だが、遅らせる余裕はない。


遅らせれば、「王宮が混乱している」という印象を外に与える。

外は今、それを待っている。


アリシアは執務机に向かい、淡々と承認を重ねていた。

黒い喪服。

小さな身体に、大人の責任。


クロエはその少し後ろ、控えの椅子に座っている。


表情は無。

感情は、奥に沈めた。


宰相が報告する。


「国葬の参列は、国内諸侯全て」

「国外は、使節のみ」

「帝国、連邦、幕府、順に弔問を希望」


アリシアは頷く。


「全て受ける」

「ただし、個別対応」

「一度に会わない」


宰相が少しだけ安堵する。

分断。

情報を混ぜないための判断だ。


「…陛下」

宰相は一瞬、言葉を選んだ。


「お身体は」


アリシアは視線を上げない。


「動ける」

「動けなくなったら、この国は死ぬ」


宰相は、それ以上何も言えなかった。



国葬準備が進む一方で、

静かに、だが確実に、別の動きが始まっていた。


王弟は、王宮の奥ではなく、あえて外で動く。


諸侯の屋敷。

古い縁を持つ貴族。

最近、王国府の改革に不満を持っていた者たち。


彼は涙を見せる。


「兄上も、義姉上も…」

「こんな形で…」


彼は憤る。


「事故だとしても、あまりに無防備だった」

「王国府は、王家を守れていたのか?」


彼は心配する。


「アリシアは優秀だ」

「だが、まだ十三だ」

「この国の重さを、一人で背負わせていいのだろうか」


言葉は、正論だ。

正論だからこそ、刺さる。


「摂政が必要だ、とは言わない」

「だが…支える大人は、必要だろう?」


彼は名乗らない。

自分がその大人だとは言わない。


ただ、火を近づける。


「国葬が終われば、情勢は動く」

「帝国も、連邦も」

「その時、王国府が強権を振るえば…」


言葉を濁し、続きを相手に考えさせる。


「我々が、国を守らねばならない時が来るかもしれない」


薪は、静かに積まれていく。


まだ火はつかない。

だが、乾いている。


王弟は笑わない。

焦らない。


国葬の日を待つ。


王家が最も無防備になる、その瞬間を。




国葬当日。


空は、皮肉なほど澄んでいた。

冬の青。泣きたくなるほど透明な青。


港都は黒に沈み、白に縁取られていた。

黒布と喪章。

白百合と白蝋。

石畳に落ちる花弁は、まるで雪みたいに静かだ。


王宮の大門が開き、葬列が動き出す。


棺は二つ。

国王アルベルト。

王妃カタリーナ。

そして…公には語られない第三の喪。

生まれてくるはずだった命。


そのことを知る者は、王宮のごく一部だけ。

だからこそ、喪の重さは二重に沈む。


国内諸侯は勢揃いだった。

この場に来ないという選択肢はない。

来ない=王家の正統を軽んじる、だからだ。


だが彼らの目は、祈りではなく計算をしている。


「王は死んだ。王妃も死んだ」

「新王は十三」

「摂政は立っていない」


言葉にしない声が、会場の底にうごめく。


そして外の目。


帝国使節。

連邦使節。

幕府使節。


三国は日程をずらして弔問を済ませる予定だったが、国葬の場だけは別だ。

ここには顔を出す価値がある。


なぜなら。

ここは王家の弱り目であり、同時に正統の舞台でもあるから。




礼拝堂の扉が開く。


祈りが止まった。

ざわめきが凍った。


アリシア・フォン・ヴェルディア。


喪服の黒。

胸元に小さな王家の印。

冠はない。正式戴冠はまだだ。

だが、誰も彼女を“王女”とは見ない。


彼女が一歩進むたび、空気が締まる。

歩幅は小さい。

足音は静か。

けれど、迷いがない。


(…十三の歩き方じゃない)


国内諸侯の多くが、その異様さに気づく。

そして気づいた者ほど、恐れる。


アリシアの少し後ろ。


銀髪の少女が控えていた。


クロエ。


病で引き籠っているはずの第二王女。

王妹。


参列者の間で、ごく小さく波紋が走る。


「…第二王女?」

「生きていたのか」

「病では…?」


疑問。驚き。憶測。

そして、最も危険な種類の関心。


クロエは顔を伏せ、余計な表情を一切捨てていた。

王妹としての立ち位置。

アリシアの半歩後ろ。

護るためでもあり、護られるためでもある位置。


(これ、視線が槍なんだが。誰だよ国葬は安全って言ったやつ)


安全なわけがない。

国葬は、国家が一番無防備になる日だ。


だからこそ、王宮は逆に一番固く締めている。

見えないところで近衛が動き、魔術師が張り、影が落ちている。


リディアは列の端、表の警戒。

ノクスは影、裏の警戒。

そしてアリシアは、全体の温度を支配している。



神官長が弔詞を読み上げる。


国王の功。

王妃の慈。

交易国家としての歩み。

二大国の狭間で生き残ってきた歴史。


誰もが聞いているふりをする。

だが、皆が待っている。


新王の、女王の言葉を。


神官長が言った。


「…アリシア陛下」


呼ばれた瞬間、全員の視線が一点に集まる。

重圧が形を持つ。


アリシアは一歩前へ出た。


声は大きくない。

だが不思議と、礼拝堂の隅まで届いた。


「父アルベルトは、剣ではなく秩序で国を守りました」

「母カタリーナは、慈しみで国を守りました」


一瞬だけ、喉が詰まる。

その兆しを見せた瞬間、諸侯の中の誰かが“いける”と思いかけた。


だが、次の瞬間。


アリシアはその詰まりを飲み込み、刃に変えた。


「私は」

「二人が守ったこの国を、沈ませません」


“沈ませない”

昨夜クロエと交わした言葉。

それが公の誓いになる。


外の使節が、顔色を変える。

帝国は「即応」を感じ取る。

連邦は「空白がない」ことを確認する。

幕府は「商売相手が立っている」ことに安心する。


国内諸侯は、別の意味で反応した。


(…弱ってない)

(むしろ、固まっている)


アリシアは続けた。


「王家は、国のために存在します」

「私は、逃げません」


この国にとって、逃げない王は脅威だ。

諸侯にとっても。

外にとっても。


そして最後に、アリシアは視線を落とす。

棺へ。

父へ。母へ。


「…安らかに」


それは公の言葉だった。

だが、声の端にだけ、娘の感情が混じった。


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