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第20話 王妹殿下は確信する

足音は静かだった。

静かすぎて、逆に目立つ。


入ってきたのは王弟。

アルベルト王の弟。

穏やかな笑み。丁寧な礼。

悲しむべき顔が、完璧に整っている。


周囲がざわりとする。

彼が遅れて来た理由は、誰も聞かない。

聞けない。聞いた瞬間、礼拝堂が政治の場になる。


いや、もう政治の場か。


王弟はゆっくり膝をつき、深く頭を下げた。


「…陛下」

「このような形での即位、誠に胸が痛みます」


声は柔らかい。

心配しているようにも聞こえる。

だが宰相は、王弟の目を見ない。

見たら何かを読み取ってしまうからだ。


王弟は顔を上げ、続ける。


「陛下はお若い」

「国政は、荒波です」

「今こそ、王家が一枚岩であることを示さねばなりません」


理屈は正しい。

この場にいる全員が分かる。

だからこそ、悪意が隠れる。


王弟は、静かに言った。


「…私が摂政となり」

「陛下を支えましょう」


礼拝堂の空気が凍る。


宰相の背筋が硬くなる。

近衛隊長の指が剣の柄へ寄る。

騎士団長が歯を食いしばる。


摂政。

それは“支える”ではない。

実質的に“奪う”だ。


そして何より、今言うべき言葉ではない。

国王夫妻の遺体が温かさを失ったばかりの今日、言う言葉ではない。


だがアリシアは動揺しない。

むしろ、その提案を“待っていた”かのように静かだった。


彼女の視線が、王弟へ向く。


「摂政は不要です」


一言。

切り捨てる。


王弟の笑みが、ほんのわずかに揺れた。


「陛下」

「ご自身の負担を…」


「負担は、王の仕事です」


アリシアの声が、礼拝堂の石を打つ。


王弟はなお食い下がる。

柔らかい声のまま、刃を押し込む。


「陛下が万一…」

「国内の諸侯が不安を抱けば」

「帝国と連邦は、その隙を」


「だからこそ」

アリシアは言う。

ここで、わざと一瞬だけ間を置いた。


「私は今日、即位しました」


隙を見せないという答え。


王弟の目が細くなる。

まだ足りない、と言いたいのだろう。

子どもだと見せたいのだろう。


だがアリシアは、ここで一歩前に進む。


「そして」

「私は、一人ではありません」


その言葉と同時に、彼女の視線がわずかに横へ動いた。


クロエへ。


礼拝堂の空気が、さらに張り詰める。


王弟の目が、初めてクロエを捉えた。

そこで、ほんの一瞬だけ感情が漏れる。


(…いるのか)


(…この場に?)


(…今?)


王弟の笑みが、ほんの少しだけ固くなる。

病のはずの第二王女。

それがここにいるという事実が、彼の計算を狂わせる。


アリシアは続けた。


「クロエは、王妹として」

「私の補佐をする」


クロエは一歩、控える位置のまま、頭を下げた。

礼儀は完璧に。

存在感は確かに。


(うん、俺いま刺されるポジションだわ)


王弟が口を開く。


「…第二王女殿下が?」

「ご病気では」


アリシアは切る。


「病は、もうよい」

「医師も神官も承知している」

「必要なのは、今だ」


言外にこう言っている。


(口を出すな)

(今ここで争うなら、敵だ)


王弟は一瞬、沈黙した。

その沈黙で、礼拝堂の全員が理解する。


王弟は、ここで押し切れない。


押し切れば今この場で反逆の匂いになる。

帝国も連邦も嗅ぎつける。

諸侯も乗る。

国が裂ける。


王弟は、表情を整え直した。

哀しみと忠誠の仮面。


「…承りました、陛下」

「どうか、御身を大切に」


頭を下げる。

見た目は完璧な臣下。


だがアリシアは見逃さない。

王弟の目の奥にある、静かな怒りを。


そしてクロエも、見逃さない。

姉の横で、背筋を凍らせながら思う。


(この人、絶対やる)


(しかも正義の顔でやる)


礼拝堂の空気がわずかに緩む。

儀礼は続けられる。

だが、ここで決まった。


王位は継がれた。

摂政は拒否された。

王弟の癪は、確かに触れた。




王宮の鐘が、二度鳴った。


一度目は国王アルベルトの死を。

二度目は王妃カタリーナの死を。


その音が石壁に吸われるより早く、宰相は命じた。


「全伝令を回せ」

「港の事故は“事故”として。だが王位は確定として送れ」

「曖昧にするな。曖昧は刃になる」


こうして、報は外へ飛んだ。


王国府発・公式通達


「処女航海中の船事故により、国王アルベルト陛下ならびに王妃カタリーナ殿下が薨去」

「王位継承権第一位、アリシア・フォン・ヴェルディア殿下が略式にて即位」

「正式戴冠は後日」

「国内秩序維持のため、国境・港湾・街道の警備を強化」

「外国人の保護と交易の継続は保証する」


文章は丁寧で、硬い。

だが行間には、はっきり書いてある。


“隙は無い”




帝都、外務局。


帝国の魔法使いが通信魔法でアルトフェンからの公式通達を送る。


報告官が読み上げた瞬間、室内の空気が変わった。

誰も声を上げない。代わりに、紙をめくる音だけが増える。


「国王夫妻、同時に?」

「近海の処女航海で?」

「…随分、都合がいい“事故”だな」


最初に出るのは疑念だ。

帝国は中央集権の国で、権力の匂いに敏感だ。


そして次に出るのは、計算。


「アリシアが即位した?」

「摂政は立てたか?」


「拒否した、との追加報」

「第二王女が側に控える、と…」


その一文で、帝国の空気が微妙に固まる。


事故の隙を食いに行くつもりが、扉が閉まっている。

しかも閉めたのが子どもだ。


「…あの王家、いま何が起きてる」

「誰が糸を引いている?」

「連邦か?」

「いや、連邦にしては乱暴すぎる」


帝国は結論を急がない。

急げば、相手の罠に踏み込む。

代わりに、動くのは裏。




連邦外務局。

四つの加盟国の代表が同席する会議室。


小太りの外務局員、バルナバス・ヘルトが報告書を置いた。

置き方が丁寧すぎて、逆に胡散臭い。


「…帝国がやったんじゃないの?」

誰かが言う。

すぐに別の誰かが返す。


「帝国にしては露骨すぎる」

「事故で王妃まで同時に落とす? 火種が大きすぎる」


連邦は連邦で、疑う先がある。


「じゃあ内部?」

「王弟か、諸侯か」

「いや、それも早すぎる。戴冠が速すぎる」


そこに出るのが、アリシアの名前だ。


「略式即位が早い」

「普通なら泣き崩れる」

「この速度は、準備していた者の速度だ」


「…十三歳だろ?」

「十三歳が?」


誰も笑わない。

笑った瞬間、情報戦に負ける。




海の国は、反応が違う。


幕府の評定の場。

報告が届いた瞬間、まず出た言葉はこれだ。


「港は無事か」


人命の心配、もある。

だが本音は別にある。


港が死ねば、商が死ぬ。

商が死ねば、国が痩せる。


「処女航海で沈む船など、縁起が悪い」

「だが……王家の船だ。技術交流の面子が絡む」

「幕府の技術が原因と噂されれば面倒だぞ」


(この国の新しい女王)

(即位が早すぎる)

(舐めていい相手じゃない)


幕府は怖がるより、値踏みする。




王国において、諸侯の噂は狼煙より早い。


「王が死んだ」

「王妃も死んだ」

「第一王女が即位した」


この三点セットは、血が騒ぐ者が出る。


「摂政を立てろ派」


「王国府の増税・私兵制限を止めろ派」


「今なら王家に条件を飲ませられる派」


そして、ここに背中を押す者が現れる。


表では穏やかで、涙を見せ、忠誠を語る者。

裏で、火のつきやすい薪を集める者。


王弟。


ただし、まだ火は上げない。

今、火を上げれば「国葬前の反逆者」として正統性を失う。


だから彼は、静かに、周到に、囁く。


「王は若い」

「国は揺れる」

「我らが支えねば」


囁きは、いずれ叫びになる。


そして…内乱の火種が、今日、芽を出した。


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