表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/80

第19話 王妹殿下と女王の誓い

医療室を出て、回廊を曲がる。

近衛が道を塞ぎ、侍女が泣きそうな顔で控え、宰相が言葉を探している。


全員が同じ方向を見ている。

次の段取り。

王位。

空白を作らないための、最短手順。


宰相が口を開きかけた、その前。


アリシアが言った。


「宰相」


声は静かだった。

静かすぎて、逆に周囲が凍る。


「…少しだけ」

「二人にさせて」


宰相の顔がわずかに歪む。


今この瞬間に?

そんな余裕は…と、理性が叫ぶ。


だが、宰相は分かっていた。

これは命令ではない。

祈りでもない。


最後の確認だ。

王になる前に、人間として息をするための、ほんの数分。


宰相は目を伏せ、短く答えた。


「…5分」

「それ以上は、許されません」


アリシアは頷く。


「十分です」


宰相が近衛隊長に目配せする。


隊長が廊下の先を封鎖し、扉を二枚隔てて人払いをする。

音が遠ざかる。

石の回廊に、王家の気配だけが残った。


扉が閉まる。


二人きり。


アリシアは、そこで初めて肩を落とした。

ほんの一瞬だけ。

鎧の継ぎ目が外れたみたいに。


クロエは、何も言えないまま立っていた。

七歳の身体は小さい。

けれど中身は大人で、だから余計に言葉が出ない。

出せば壊れると知ってしまっている。


アリシアが小さく息を吐く。


「…ごめん」


クロエは目を見開く。


「え?」


「ごめん」


アリシアはもう一度言った。

誰に対してか、分からない形で


「…守れなかった」


クロエの胸が痛む。


(守れなかったのは、俺たちじゃない)


(殺したのは…)


でもその言葉は飲み込んだ。

今この瞬間に必要なのは、正義じゃない。


クロエは、小さく言った。


「…お姉ちゃん」


アリシアの喉が動く。


「今は、それで呼ぶの?」

「陛下じゃなくて」


クロエは、笑えない笑いを浮かべる。


「陛下って呼んだら」

「ほんとに、遠く行きそうだし」


アリシアは目を伏せた。


「…行かない」

「行けない」

「この国が、私を離してくれない」


クロエは頷く。


「俺も」

言いかけて、また飲み込む。


「…わたしも」


アリシアがほんの少し、口元を緩めた。

泣く代わりの表情。


「クロエ」

「約束して」


クロエは即答した。


「する」


「一人にしないで」

「…私が折れそうになったら、引っ叩いて」


クロエは一拍置いて、真顔で言った。


「了解」


アリシアが、息を漏らした。

笑いに近い。

泣き声ではない音。


「ありがとう」


クロエは、視線を落とした。


「母上、昨日」

「新しい家族ができるって言ってた」


言った瞬間、胸が潰れそうになる。

アリシアも同じだったのか、指先が握られる。


「…うん」

「だから、余計に許せない」


アリシアの声が、少しだけ鋭くなる。

それは怒りだ。

悲しみの上に立つ、怒り。


クロエは、そこでようやく泣きそうになって、奥歯を噛んだ。


「…父上と母上が守ったアルトフェンを」

アリシアが言う。

言葉が、決意の形になっていく。


「沈ませない」


クロエが続ける。


「沈ませない」


「沈めさせない」


二人は見つめ合った。


扉の向こうから、宰相の咳払いが聞こえた。

五分が終わる合図。


アリシアは目を閉じ、開く。


その瞬間、また“王”の顔に戻った。

戻る速度が速すぎて、クロエは少し怖くなる。


アリシアが扉へ向かう。

手をかける直前に、振り返り、クロエへ言った。


「行くよ」


クロエは頷く。


「うん」


扉が開く。

光と人と、責任が押し寄せる。


宰相が頭を下げる。


「準備が整いました」

「略式の戴冠式を」


アリシアは一歩前へ出て、静かに告げた。


「正式な戴冠は後日」

「今は、空白を埋める」


その言葉が、王宮の空気を決めた。


こうして、略式の戴冠式が始まる。

泣く暇もないまま。




礼拝堂。

玉座の間ほど華やかではない。だが、神前での誓いは「正統」の最低限になる。


祭壇の前。

白い布。

香の匂い。

祈りの声が、低く響く。


集まったのは最小限だ。


宰相。

近衛隊長。

騎士団長。

内務卿。

外務卿。

神官長。


そして、王位継承者。


アリシアは黒い喪の衣をまとっていた。


まだ幼い身体に、その衣は重く見える。

それでも、背筋だけは一切曲がらない。


隣に控えるのは、クロエ。


病で引き籠っているはずの第二王女。

本来なら、この場にいること自体が危うい。

だがアリシアは通した。


「私のそばに置く」

その言葉が、今や王宮の命令になっている。


(み、見られてる…)


クロエは喉が渇くのを感じながら、黙って立った。

礼儀作法は叩き込まれた。

だが今の自分の中身は、社畜のまま凍りついている。


神官長が、一歩進む。

手には小さな冠。正式の王冠ではない。

戴冠の儀礼用の「冠」だ。


神官長の声は震えていた。


「…神の御前にて」

「アルトフェン王国」

「国王アルベルト陛下、薨去」

「王妃カタリーナ殿下、薨去」


宣言が二つ並んだ瞬間、礼拝堂の空気が重くなる。

同時喪失の重さ。


神官長が続ける。


「よって」

「王位継承権第一位」

「アリシア・フォン・ヴェルディア殿下を」

「暫定の王としてここに戴冠する」


暫定。

後日、正式な戴冠を行う。

今日は空白を埋めるだけ。


だが、空白を埋めるだけで国は救われない。

埋めた瞬間から、王は狙われる。


アリシアは祭壇の前で膝をついた。

その動作は驚くほど淀みがない。

まるで何度も練習したみたいに。


神官長が冠を掲げる。


「王として、国を守る誓いを」


アリシアは言った。


「誓います」

「父と母が守ったこの国を」

「沈ませない」


声が、礼拝堂に響く。

幼い声だ。

だが内容が幼くない。


宰相が目を伏せた。

近衛隊長が顎を引く。

騎士団長の拳が固く握られる。


神官長が冠をアリシアの頭上に置く。

軽いはずの冠が、空気だけで重い。


「アリシア陛下」


その呼称が出た瞬間、礼拝堂の全員が膝をついた。

遅れた者はいない。

遅れた瞬間、“誰が反抗心を持つか”が浮き彫りになるからだ。


クロエも膝をつく。

だが、完全に頭を下げきらない。

姉の横にいるために。

控えるために。


アリシアが立ち上がる。

冠を戴いた瞬間から、彼女は王だ。


そしてその直後。


礼拝堂の扉が開いた。


続きが気になる方は、ブクマお願いします!

また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ