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第16話 シアワセノカケラ

月に一度の夕食会。

その夜は、いつもより灯りが柔らかかった。


王宮の食卓に並ぶ皿は少ない。豪奢ではない。

家族だけの席に、飾りは要らないと決めたのは国王だった。


国王アルベルトは、いつも通り寡黙だった。

ただ、杯に口をつける回数が少しだけ多い。

王妃カタリーナは、どこか落ち着かない。

それでも笑っている。


アリシアは十三歳。

すでに王女として政に参加している。

彼女の背筋はまっすぐで、視線は鋭いままだった。


クロエは七歳。

病で引っ込んでいた王妹として、まだ表に出ていない。

それでもこの席では、誰より自然に家族だった。


食事が半分ほど進んだところで、カタリーナがナイフを置いた。

小さく息を吸って、二人の娘を見た。


「ねえ…聞いてほしいことがあるの」


アリシアはすぐに察したのか、表情を変えない。

だが、指先だけが止まる。

クロエは、無意識に背筋を伸ばした。


カタリーナは微笑み、両手をそっと自分の腹に添えた。


「…新しい家族ができるの」


一瞬、時間が止まった。


アルベルトの目が、驚きで見開かれる。

それから、信じられないほど静かに、頬が緩んだ。


アリシアは言葉を失いかけて、すぐに王女の顔を作る。

でも、作りきれない。

目の奥が、揺れている。


クロエは、理解した瞬間、胸の奥がぎゅっと締まった。


(赤ちゃん)


(この世界で、俺たちの“弟”か“妹”か)


カタリーナが、クロエに向けて言う。


「クロエも…お姉ちゃんになるのよ」


クロエは思わず、口を開いた。


「…ほんとに?」


子どもみたいな声が出た。

いや、子どもだ。見た目は。


カタリーナは笑う。

その笑い方は、王妃ではなく母親だった。


「ほんとに」


アルベルトが、遅れて言った。

声が少しだけ震えている。


「…よく、言ってくれた」


カタリーナは頷く。


「黙っておこうと思ったの」

「でも、あなたたちには…ちゃんと、最初に言いたかった」


アリシアが、ようやく言葉を見つける。


「…母上」

「お身体は、大丈夫ですか」


その言い方が、あまりにも第一王女で、王妃は少しだけ切なそうに笑った。


「大丈夫よ」

「あなたは…いつも私の心配ばかりね」


アリシアは返せなかった。

照れでも、照れ隠しでもない。

ただ、家族の場でどう振る舞えばいいか、まだ慣れていないのだ。


クロエが、ぽつりと言った。


「…じゃあ」

「名前、考えよ」


アリシアが、反射でクロエを見る。

仕事じゃない提案に、戸惑ってから、少しだけ口角が上がった。


「…そうね」


アルベルトが珍しく、笑った。


「お前たち、気が早い」


カタリーナは嬉しそうに頷く。


「気が早いくらいが、いいのよ」

「この家は…やっと、家族になれたんだから」


その言葉が、食卓に静かに落ちた。


クロエは思う。

本当にそうだ、と。


最初は生き残るための配置だった。

表と裏と目を揃えて、火種を潰して、外をいなして。

それでも月に一度、食卓だけは守った。


守り続けたから、ここまで来た。


アリシアが、ぎこちなく、でも確かに言った。


「…弟でも妹でも」

「私は守るわ」


カタリーナが微笑む。


「ありがとう、アリシア」


アルベルトが言う。


「守るのは、私の役目だ」


クロエは心の中で、笑ってしまった。


(今さら父親の顔出すの、遅いよ)


でも、その遅さが愛しかった。


クロエは、ぽそっと言う。


「…じゃあ、お」


“俺”と言いかけて、飲み込む。

クロエは咳払いをして言い直した。


「わたしも、守る」


アリシアの目が一瞬だけ細くなる。

(今の、聞こえた)みたいな顔。

でも突っ込まない。

この場では、家族が優先だと分かっている。


カタリーナが、二人の手に自分の手を重ねた。


「約束ね」


食卓の灯りが、揺れた。


誰も口にしない。

けれどクロエは、なぜか胸の奥に薄い棘が刺さったままだった。


社畜の嫌な勘が、ほんの少しだけ、鳴った。


でもその勘を、クロエは押し潰した。


今だけは。


家族として笑う。


今だけは。

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