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第15話 王女様の7年間~家族になった日のこと~

新展開スタート回。

王国は、少しずつ締まっていった。

いや、正確には、締めなければ死ぬから、締めた。


帝国、連邦、幕府の使者は日をずらして王都へ現れた。

帝国は窓口を欲しがり、連邦は入口を欲しがり、幕府は利を欲しがった。

王国府は、笑顔で受領し、笑顔で拒否し、笑顔で引き延ばした。

面子だけを渡し、足場だけは渡さない。


その裏で、王国府は国内を締め始めた。

私兵の制限、港湾警備の再編、監査の強化。

「治安」の名の下に、諸侯の自由は静かに削られていく。

当然、不満は噴き出した。


「王国府はやりすぎだ」

「たかが王女に政治を見せるな」

「王女は嫁ぐ。国を任せる器ではない」


それらの言葉は、まるで誰かが配った台本のように、同じ形で広がった。

背中を押したのは、いつも“穏やかな人”だった。

王弟は微笑んで頷き、諸侯の不満に“正しい言葉”を与えた。

直接は何もしない。

ただ、火種に風を送るだけ。


王国府は強権で潰さなかった。潰せなかった。

強く押さえつけた瞬間、帝国と連邦が「治安」を口実に入り込む。

だから妥協点を探り続けた。

締める、譲る、締める、譲る。

その繰り返しで、国は燃えずに済んだ。


表面は平和だった。

しかし内部では、火が燻り続けていた。


外もまた、同じだった。

帝国は北の蛮族に押され、手を伸ばす余裕を失った。

連邦は4国の継承問題で足並みが揃わず、会議は長引くばかり。

幕府は港が健全である限り、交易に夢中で上機嫌だった。

米も味噌も醤油も売れる。王家が主導する技術交流も、少しずつ形になった。



【侍女と犬~クロエ2歳~】


クロエは奥の間で育った。

表舞台から引かれた第二王女。病ということになっている。

誰もが触れない、触れさせない。

ただ、触れていい人間がいた。


リディア。

若い侍女であり護衛。剣を持ち、身体強化の魔法も使える。

クロエの世界は、まず彼女の歩き方と息遣いで広がっていった。


リディアは日常を淡々と守る。

朝は髪を梳き、服を整え、礼儀作法の前段だけを遊びに混ぜる。

赤ん坊の頃は抱き上げられるだけだったクロエも、二歳を過ぎるとよちよち歩き始める。


そのたびに、リディアは背後に影を感じた。


ノクス。


黒装束だった男。

今は“いないことになっている”男。

誰にも見えない位置に立ち、誰にも聞こえない足で歩く。


最初、リディアは彼を認めなかった。

認めた瞬間、背中が寒くなるから。


だが。


クロエが熱を出した夜。

リディアが薬を取りに部屋を離れたわずかな隙。

窓の外に気配が走った。


リディアが戻った時、ノクスは窓辺にいた。

音もなく、ただそこに。

何かを“追い払った後”の匂いだけが残っていた。


「…見てたの?」


リディアが問うと、ノクスは短く答えた。


「仕事だ」


それだけだった。

でも、リディアは初めて、彼を認めた



【姉妹が会う日~クロエ3歳~】


三年目のある夜。

クロエの部屋の扉が、静かに閉められた。

人払い。灯りは少しだけ。


リディアが「姫様、少し離れます」と頭を下げる。

クロエは察して、何も言わず頷いた。


(…来る)


足音がする。

軽い。だが、迷いがない。


扉が開き、入ってきたのは金色の髪の少女。


アリシア・フォン・ヴェルディア。

第一王女。


クロエは息を呑んだ。

写真も絵もない世界で、“姉”を初めて肉眼で見る。


アリシアは一歩、二歩。

クロエの前で膝をついた。


「…クロエ」


名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が変に温かくなる。

それだけで、ずっと遠かった距離が縮まる。


クロエは、震えそうなのを誤魔化すために、あえて言った。


「お姉ちゃん」


アリシアの顔が、崩れた。

崩れたと言っても、ほんの一瞬だけだ。

だが確かに、表情が溶けた。


「…っ」


言葉にならない顔。


クロエは内心で叫んだ。


(効いた!)


アリシアは咳払いを一つして、いつもの表情に戻ろうとする。

戻りきれない。


「…私は、あなたに会えなかった」

「でも、守ってきた」

「表からは、守れなかったけど」


クロエは小さく頷く。


「見てたよ。ずっと」


アリシアの目が細くなる。

でも互いに分かっていた。


その夜、二人は長く話せなかった。

言葉より先に確認が必要だった。


同じだった。

中身が大人で、世界の理不尽を知っていて、それでも前を向くしかない。


別れ際、アリシアが言った。


「次は…家族で」


クロエは、笑って頷いた。



【家族が揃った日~クロエ4歳~】


翌年。


夜の食卓に、四人が揃った。


国王アルベルト。

王妃カタリーナ。

第一王女アリシア。

そして、第二王女クロエ。


誰も大きな声を出さない。

それだけで、奇跡みたいだった。


王妃は、最初ぎこちなくクロエを見る。

病で伏せていることにしている娘。

抱いたことはある。だが、家族として向き合うのは初めてに等しい。


クロエが先に、頭を下げた。


「…母上」


その一言で、王妃の表情がほどけた。

不器用な人だ。

でも、愛情だけは嘘じゃない。


国王は杯を置き、短く言った。


「…家族が揃った」


それだけ。

多くは言わない。言えない。

この国の王は、家族の時間すら政治に狙われると知っている。


アリシアが、食卓の空気を整えるように言った。


「月に一度」

「この夕食会を続けたい」


宰相も近衛もいない、家族だけの席。

王妃が頷き、国王も頷く。


「よし」


その日から、月に一度。

短い家族団欒が始まった。



【暖かい日々~クロエ5歳~】


月一の夕食は、儀式だった。

政治の話は最小限。

でも、完全に抜けない。


アリシアは報告をする。

クロエは質問をする。

国王は方針を確認する。

王妃は、二人の表情を見て、必要なだけ間を埋める。


そして、その儀式が終わると。


少しだけ“家族”が出る。


カタリーナはクロエの髪を撫で、結び方を直す。


アルベルトはクロエを膝に乗せ、絵本を読む。


アリシアは、クロエの肩に自分の外套を掛ける。


クロエはそのたびに思う。


(愛されてるな)


(前世じゃ、こんなのなかった)


それが、胸に刺さる。

だからこそ、守らなければならないと思う。



【クロエの日常~クロエ6歳~】


クロエは、所作を学んだ。

リディアの動きを観察し、真似をし、遊びに混ぜた。


礼をする。

歩く。

座る。

言葉を選ぶ。


結果、クロエは“やけに慎ましい王女”になっていった。


リディアは時々心配する。


「姫様、無理をなさらず…」


クロエは無表情で言う。


「だいじょうぶ」


(大丈夫じゃない)


(俺の魂は社畜で、女児の皮を被ってて、将来は政略結婚が…)


だが言えない。

だから淡々としてしまう。


リディアはその淡々さを、違う風に解釈する。


「…姫様は、強い」


強くない。

ただ、諦めが早いだけだ。


でも、その誤解が守ってくれた。

王女が泣き喚くより、無表情の方が“格”がある。


そしてノクスは、その日常の影にいた。

現れない。目立たない。

だが、必ず間に合う。


ある日、クロエが転びかけた。

リディアが手を伸ばすより早く、影が支えた。


リディアは見なかったふりをした。

ノクスも、何も言わなかった。


その夜、リディアは小さく呟いた。


「…使える犬ね」


どこかで、風が笑った気がした。



そして七年。

アリシアは十三歳になり、クロエは七歳になった。

この国はまだ沈んでいない。

火種は消えていない。

でも、王家は確かに“家族”になった。



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