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第14話 王女様と不安の種

王弟の私室は、王宮の中でも妙に静かだった。

華美ではない。だが品がある。

「穏やかな人間」の部屋に見える。


王弟は窓の外を眺めていた。

治安局の旗が掲げられたと聞く。


(兄上は、決めたか)


表情は崩さない。

穏やかに、静かに、理解ある兄を案じる弟の顔。


この一手で、王国府は王国を締める権利を握った。

締める権利を握った者は、いずれ諸侯の首輪も握る。


そして、その中央に、アリシアが立っている。


まだ子供。

それなのに、政治の場に現れた。


王弟は薄く笑った。


(目立ちすぎだ)

(だが、目立つほど、燃やしやすい)



治安局設置から一週間程。

港都の貴族街。

男たちが小声で酒を回す“控えの間”。


「王国府は横暴だ」

「治安局だと?」

「これでは我らを賊扱いではないか」


「港の検問、両替商の監査、夜間巡回の統合…」

「王国府が我らの街に手を突っ込んでおる」


「姫君が狙われたから? それは分かる」

「だが、だからと言って我らまで疑われる筋合いはない」


不満は、正論の衣を着る。

正論ほど厄介だ。

正論は、まとめやすい。


そして、まとめる者が現れる。


王弟が現れるのは、ど真ん中じゃない。

少し外。

主役ではなく、聞き役。

怒りを煽るのではなく、心配を置きに行く。


その夜、数名の諸侯が王弟のサロンに招かれる。

招かれたというより、偶然集まった風に。

王弟のやり方はいつもそうだ。


王弟は微笑む。


「皆さま」

「港都が落ち着かぬのは、さぞお困りでしょう」


諸侯が息を吐く。

この時点で、王弟は理解者になる。


「困るどころか、屈辱だ」

「治安局など、我らを賊扱いではないか!」


王弟は驚いた顔をする。

だが、否定しない。

否定したら火が消えるからだ。


「…賊扱い」

「そんなつもりが王国府にあるとは、私は信じたくありません」


あえて“王国府”と言う。

王家ではなく、王国府。

矛先を王家から逸らし、官僚機構に向ける。


諸侯が噛みつく。


「つもりがなくとも結果がそうだ!」

「王国府は我らの権利を削る気だ!」


王弟は、少しだけ眉を寄せる。

そして、ゆっくりと言葉を置く。


「子どもの肩に」

「王国の未来を載せるのは」

「重すぎるのでは、と」


それは“誰かを責める言葉”ではない。

“子どもを案じる言葉”だ。

だから反論しにくい。


そして。


一番刺さる。


諸侯がざわめく。


「第一王女殿下のことですかな」

「最近、会議に出ていると聞く」


「いくら聡明でも、まだ子供だ」

「それに王女だぞ」

「いずれ嫁ぐ可能性もある」

「そんな者に王国の政を預けて良いのか!」


王弟は首を振る。

否定ではない。


「殿下を責めたいのではありません」

「殿下は与えられた役目を果たそうとしているのでしょう」

「…ただ」


ここで“ただ”を入れる。

火を大きくする合図。


「王国府が」

「殿下を盾にしているのではないか、と」


諸侯が一斉に息を飲む。

それだ。

子どもを盾にする大人という構図は、誰もが嫌う。


王弟はさらに続ける。


「もし、殿下に何かあれば」

「王家は二度傷つく」

「そしてこの国は、外に狙われる」


「帝国と連邦は」

「我らの内の裂け目を待っている」


正論だ。

正論の薪は、よく燃える。


諸侯の一人が言う。


「では、どうするのです」

「治安局を潰せと言われるのか」


王弟は、そこで絶対に言わない。

潰せと言った瞬間、扇動になる。


王弟は穏やかに笑う。


「いいえ」

「私は提案などしません」

「皆さまのお立場も、王国府の事情も、私は分かりませんから」


「ただ」

「殿下が会議に出るなら」

「それは“正式”であるべきでしょう」


「諸侯の前で」

「殿下ご自身の言葉を聞けるように」

「そうでなければ」

「殿下はただ、王国府に利用されてしまう」


諸侯は、頷く。

頷いてしまう。


“正式なお披露目”

“諸侯の前での確認”

“王国府は横暴”

“我らを賊扱いするな”


全部が正論の形をしている。


王弟はその場で、何も結論を言わない。

火をつけた者ほど、火から離れる。


「皆さまのご苦労が、少しでも和らぎますよう」

「…王家のためにも」


穏やかな祈りの顔。

それが王弟の仮面。


諸侯が去った後、部屋に残ったのは暖炉の小さな火だけ。

王弟はそれを見つめて、静かに思う。


(大きく燃えなくていい)

(“煙”さえ立てば、皆が臭いを嗅ぐ)


(そして臭いを嗅いだ先で)

(私が、“導く”)


王弟は笑わない。

笑わずに、暖炉へ薪を一本だけ足した。


ほんの少しだけ。




小会議室。前回より、空気はさらに硬い。

港都治安局の設置から二週間。

諸侯は「反対」とは言わない。

代わりに、現場で例外を作る。

規則を運用で崩し、治安局の権威を削る。


机の上には報告が並ぶ。


「某伯の従士が夜間検問を拒否。『領主の許可がある』と主張」


「貴族街で治安局員が足止め。『ここは王国府の管轄ではない』と門番が言い張る」


「港の倉庫で監査を妨害。『商会の契約上、開示できない』と法を盾にする」


「姫君を盾にするのかという噂が、酒席で回り始めた」


宰相が紙束を閉じた。


「動き出しました」

「諸侯は、例外で揺さぶってきています」

「治安局を無力に見せ、王国府の威信を削る狙いでしょう」


内務卿が歯噛みする。


「堂々と反対できぬから、現場を腐らせる」


近衛隊長が低く言う。


「現場で例外が常態になれば、規則は紙になります」


騎士団長も頷く。


「強く出れば出るほど、諸侯は横暴と叫べる」

「弱く出れば、治安局が笑いもの」


王妃カタリーナが淡々と言う。


「最初の一、二回の例外をどう裁くかで、次が決まる」


「王国府としての線を引く」

「例外は認めない」

「だが、血は見せない」


宰相が頷き、言葉を整える。


「例外を作る者を、公開の場で叩くのではなく」

「例外が成立しない仕組みに変える」

「そのための案を、今ここで決めます」


その時アリシアが、指先でツインリンクを軽く叩いた。

一呼吸置いて、セリフスタンプを送る。


「アイチャンネル」

「今」

「見て」


奥の間のクロエへ。

アリシアはこの会議を、共有すべきだと判断した。



(姉が共有って言った…)

赤ん坊クロエは内心で背筋が伸びる。

(つまり、かなりヤバい)


クロエはアイチャンネルを起動する。


宰相が地図を広げる。港、貴族街、王国府区。


「諸侯は規則そのものを否定しません」

「だから運用を崩す」

「治安局を『お願い』に引きずり下ろすよう動く」


内務卿が言う。


「なら、お願いで回らぬようにする」

「治安局の権限を明文化する」

「『港都治安条例』を作る」


騎士団長が眉を寄せる。


「条例は必要だが、紙だけでは押し切れない」

「現場で剣を抜くのは誰かが決めねば」


近衛隊長が言う。


「治安局の初動は治安局」

「ただし貴族街で揉めると炎上する」

「最初の摘発は港で行うべきです」

「港は民と商が多い。諸侯が強弁しにくい」


(うまい)

クロエは心で頷く。

(殴るなら、世論が味方の場所から)


王妃カタリーナが続ける。


「例外を作るなら、例外を作った者が困る形にする」

「例外を通したら損をすると、皆に学習させるの」


宰相が言葉にする。


「具体策は三つ」


「夜間通行許可・検問免除は、王国府印と治安局印の二重鍵にする」

「諸侯が『領主の許可だ』と言っても、治安局印が無ければ通れない」

「逆に治安局が勝手に免除しても、王国府印が無ければ無効」


内務卿がにやりとする。


「これなら、現場が悪者にならない」



「港の監査拒否は、即日『積み出し遅延』扱い」

「港の稼働は民の命」

「大騒ぎを起こさず、損をさせる」


騎士団長が頷く。


「剣を抜かずに勝つ」

「だが、やるなら最初の一回は徹底が必要だ」


宰相が言う。


「最後に、『王国府は第一王女殿下を盾にするのか』」

「この遠回しな言い方は、諸侯の常套句」

「放置すると効く」


国王アルベルトが低く言う。


「娘を盾にはしない」

「盾ではなく、王家の目だ」


アリシアが、静かに口を開いた。

六歳の声だが、会議室が一瞬で静まる。


「私は」

「盾にならない」

「私が決める」

「父上が決める」


(姉、強い)

クロエは内心で息を呑む。

(これ、諸侯に聞かせたら刺さる)


宰相がすぐに政治の言葉へ翻訳する。


「殿下を盾と言う者には、逆に問えばよい」

「殿下の決裁を否定するのかと」

「それは王家の判断を軽んじる発言になる」


内務卿が笑う。


「噂を無礼に変えるのだな」


国王が結論を出す。


「治安条例を作る」

「二重鍵で例外を潰す」

「最初の締めは港でやる」

「噂は王家への無礼として扱う」


近衛隊長が確認する。


「摘発の第一号は、誰にしますか」


王妃カタリーナが淡々と言った。

「諸侯の名を使って好き勝手している者から」

「諸侯は面子を守れるし、王国府も線を引ける」


(上手い)

クロエが心の中で拍手する。

(貴族本人を殴ると内戦。手先なら『しつけが悪い』で済む)


騎士団長が頷く。


「なら、治安局と騎士団で共同捜査」

「治安局の顔を立て、剣は騎士団が抜く」


国王アルベルトが最後に命じる。


「近衛隊長、騎士団長」

「人選を急げ」

「治安局は王国府の手ではない」

「王国の手だと示す」


会議が一区切りついた瞬間。

アリシアは視線を落とさず、ツインリンクへ短く送る。


「忘れないで」

「今の敵は外じゃない」

「内の“例外”」


奥の間でクロエは、赤ん坊なのに胃が痛くなる。


(敵、内側…)

(社畜の頃より嫌なやつだなこれ)


そして同時に、クロエは理解した。


王国府が締めるのは、外のためじゃない。

外に付け込まれないために、内の穴を塞ぐため。


そしてその穴を塞ぐ作業は、派手な戦争よりずっと粘っこい。


アイチャンネルの残り時間が減っていく。

けれど今日の10分は、赤ん坊の人生を変えるには十分すぎた。



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